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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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反撃の狼煙

~承前





「これは一体……」


 ぼそりと呟いたウッディは、ナイルから届けられた新聞を眺めて絶句した

 ナイルで発行されている大衆紙リバーの表紙には、収賄容疑で逮捕される何処かの企業の経営陣が写っていた。金額的に大したものではなく、通常であれば査察なり監査なりを行い、しかる後に罰金で済まされるようなものの筈だ。


 だが……


「この金額で逮捕するかなぁ」


 小生意気な小僧少尉軍団とか揶揄される四人組だが、その中でもウッディは割とインテリな部類だ。そのウッディも驚く程の微々たる金額で、今回は容疑者の逮捕が実行された。その額、たったの50ドル程。あり得ない微罪逮捕だった。


「……まぁ、理由はなんだっていいんだな」


 9ミリ拳銃を手入れしながらテッドはそう言った。

 隣にはこの日もリディアがいた。

 同じように拳銃の手入れをしながら笑っていた。


 地球製とシリウス製の拳銃は組み立て精度の若干の違いがある。

 寸法精度は地球の方が一桁上という印象だが、部材の肉厚はシリウス製の方が丈夫に見えた。

 故障した場合に、すぐ新しいモノと交換する地球側の物量主義に対し、シリウス側は丈夫さを優先して、多少は命中精度が悪くても撃てる事を優先していた。


「だけどさぁ」

「あぁ。ちょっとあからさま過ぎる」


 ヴァルターもディージョも薄笑いで言う。

 それが遠回しの圧力であり、しかもエディによる『宣戦布告』であることを当事者は感じている事だろう。罰金ではなく有罪を前提に逮捕された企業担当者は、検察の手により全体像を暴かれる事になる。

 その罪状は、連邦軍へ納める各種兵器の価格を不正操作し、シリウス軍へ有利な価格で納入を行った事だ。ただ、実際には価格が問題では無い事など誰だって解るだろう。敵軍への納入にアレコレと手練手管を尽くした事への()()だった。


「当事者はさぞかし首元が涼しいだろうさ」

「だよな。なんせ……」


 紙面に踊る企業の名前は、シリウス人なら誰でも知っている地球系企業のシリウス現地法人だ。その多くが地球で設計された図面を使い、シリウスの現地工場で組み立ててシリウス軍に納入している。

 敵軍への機材納入と言った冗談の様な行為だが、地球から見てシリウスは独立しているわけでは無く、あくまでそこは拓殖地、事実上の植民地なのだから、敵国条項には当たらないと言う建前だった。


 地球連邦軍側がどれ程に武器輸出の停止を求めても、企業側の言い分には法的瑕疵が無いのだから停止する理由は無い。道義的にどれ程問題になっていても、法的に問題なければ、それは黒では無くグレーの行為だ。

 そのグレーゾーンへ何処まで踏み込んでいけるのか。そこに企業繁栄の肝と言うべき部分がある。つまり、執行役員達の気合と度胸と、そして、戦争遺族から叩かれる事に耐える面の皮の厚さだ。


「しかし、改めて見ると冗談じゃねぇよな」


 ジャンは沈んだ声でそう言った。

 連邦軍の最前線にいる兵士は、地球系企業が生産した戦闘兵器を使い、双方で派手に撃ち合って、そして派手に死んでいた。

 漆黒の宇宙にパッと咲く鉄火の華は、何処かで生まれた生身の人間が咲かせた命の華の最後の輝きなのだ。


「シリウス側はレプリカントが戦っているから……って事なのね」


 リディアもまた沈んだ声で言った。

 その声音にジャンだけで泣くオーリスやステンマルクも怪訝な顔色になる。


「実際の所どうなんだい? シリウス軍兵士ってレプリばっか?」

「いえ、概ね30%ですね」

「30%?」

「えぇ。それ以外は戦争孤児や裏切り者だと摘発された者ですね」


 リディアが語るシリウス軍の内情に、全員が固まった。

 最初はレプリによる戦闘と言う事で、シリウス側はある程度の余裕を持っていたそうだが、レプリカント工場や兵器工場への艦砲射撃により大幅に生産が滞り始めた頃から変わってきた。

 現在のシリウス軍を支えているのは、戦争孤児となった少年少女に教育を施した若年兵達が大半だそうだ。小さな愛国者である彼らは、親兄弟の仇の為に、驚く程の勇敢さを見せる事があると言う。


 ――――私はしばらく教官をしていましたが……


 リディアの声音が急に変わったので、テッドだけでは無く全員が切り替わったと思った。普段は顔を見せないソフィアが出てきたのだ。


 ――――子供達は最初にゲーム機で遊ばされて、そこで基礎を覚えます

 ――――その後に実際の兵器へ搭乗し、幾度かヴェテランと飛びます

 ――――だいたいは3度目に独り立ちし、そこで大半が戦死します

 ――――だいたい30%、良くて35%が生き残り、育って行きます

 ――――いま現状のシェルパイロットは、だいたいそれです


「じゃぁさ……」


 唖然としているジャンは、わずかに口をパクパクとさせた後に言った。


「その子達は、死ぬのを前提に教育されてるってのか?」


 ジャンの追求染みた声にソフィアの表情が曇った。

 不機嫌になった様でもあり、哀しみの色を浮かべたようにも見える。


 ――――そもそも、孤児になった原因が地球側の攻撃です

 ――――子供達は純粋な敵意を持って事に当たってます

 ――――正直に言うと怖いくらいです

 ――――年端の行かない10歳くらいの子供が言うんですよ

 ――――地球人を必ず殺してやるって

 ――――その原因を作ったのは誰ですか?


 激情に任せて激しい言葉を吐く事はしなかった。

 ただ、的確なソフィアの言葉に、ジャンは二の句が付けなかった。


 艦砲射撃による都市部や工場への無差別砲撃はそもそも禁止されていた。

 ところが、双方だんだんと自制が聞かなくなるのは戦争の真実だ。

 最も効果的な攻撃を行い、敵を屈服させる為の戦術と戦略。

 その鉄火の下に嘆く者達が現れ、敵意と殺意を育てていく。


「ヘカトンケイルは分かっていたんだよ。戦争を始めればこうなるって」


 ウッディは静かな声でそう言った。

 地球の地上で人類が何度も繰り返してきた愚行を、地球から10光年も離れたシリウスで再び繰り返している。それが人類の愚かさその物だ。だが……


「だが、それで金が儲かると分かっていれば、平気でやるのも人間だぞ?」


 窘める様にオーリスがそう言った。

 そして、北欧系なステンマルクも相槌を打つ。


「おまけに、今のシリウスを牛耳っているのは、あの糞以下なコミュニスト(共産主義者)共の、そのなれの果ての敗残者以下だ。革命ごっこを夢見て地球で頑張ってシリウスへ追放された連中だ。民衆をアジって煽って戦争に駆り立てて、正義だ独立だ勝利だって散々やったのさ」


 赤軍アレルギーを色濃く残す北欧国家群から身を立てたステンマルクは、共産主義への敵意が凄まじい。

 そもそも、地球国家における人民虐殺ベスト3の全てが共産国家で、しかもその大半が自国民の粛正なのだから、共産主義というシステムが悪魔その物に見えるのだろう。


「そういや…… あいつらさ」


 ディージョは薄笑いでヴァルターを見た。

 この場合、あいつらと言う言葉が指すのは、独立闘争委員会だ。


「同じ委員会のメンバーをタヴァーリッシ(同志)って呼んでるよな」

「そういやそうだな。あれ、ロシア語だろ?」


 相槌を打ったヴァルターにステンマルクが嗤う。


「俺も地上放送で見たよ。ヴィー モイ(あなたは我が) タヴァーリッシ(同志)ってな」


 ハッと鼻白んだ様に嗤ったステンマルクだが、その身体からは隠しようのない怒りと敵意が見えていた。

 ロシア・ソヴィエトへのアレルギーが強い国家出身ならば仕方が無いとも言える事だが、リディアにとってはそれが新鮮な事だった。


「あいつら、シリウスで共産革命やりたいのさ」

「要するにヘカトンケイルのポジションに収まりたいんだな」


 ステンマルクのジャンが呆れた声で言う。

 人類が繰り返してきた権力闘争と言う愚かな側面がここでも現れていた。


「まぁ、いずれにせよ……」


 読み終わった新聞を折りたたんだウッディは、その新聞ラックへと返した。

 こう言う部分でウッディは恐ろしく細かいのだった。

 各部へと気を配る性格は、ある意味で実に隊長向きとも言える。


 テッドは密かに見習いたいと思っているのだが……


「ウッディ少尉は丁寧ね」


 リディアの細かい追及にテッドは肩をすぼめた。

 それはまるで、すっかり遠い日になったふたりの生活の再現だからだ。

 どちらかと言えばがさつなテッドと細かいリディアの対比。

 いつも『散らかしすぎ!』と文句を言うリディアの姿をテッドは思い出す。


「俺には真似出来ねぇ」

「頑張れば良いのに」

「……努力するよ」


 ふたりの気安い会話にガンルームの中がホッコリとした空気で埋まった。

 ウッディも話を続けるのだが、その表情は柔和だった。


「ここからエディ少佐の反撃ってことだね。何処まで締め上げるのか分からないけど、本格的に追及を受ける事になる企業担当者や将校は大変だろうな」


 へラッと笑ってコーヒーをすすったウッディ。

 そのカップをテーブルへ下ろしたとき、ガンルームのドアが開いた。


「なんだ。全員揃っているのか」


 楽しそうにガンルームへと入ってきたアレックスは、リディアの頭をポンと叩いて奥へと入った。


「さて、早速だが動きが出た」


 全員が楽しそうな表情を浮かべてアレックスを見る。

 情報担当将校の様にしているアレックスは、書類を全員に見せた。


 本来であればシリウス軍士官であるリディアもいるのだが、誰一人としてそれに違和感を持っていなかった。


「シリウス系企業の上のほうでかなり内部調査が進行しているようだが……」


 アレックスの手にあった書類には、惨たらしい遺体が写っていた。

 どうやた高いビルから飛び降りたらしいその死体は、シリウス系企業の役員らしい人物の最期を捉えた立体写真の平面処理化だった。


「各部でトカゲの尻尾きりが始まったようだ。死亡直後ならば脳神経の一発転写で情報を抜き取られるからだろうな。とにかく頭を潰す方向で全員が死んでいる」


 陰惨な話をしているはずのアレックスだが、その表情はニヤニヤと笑った状態で固まっていた。底意地の悪そうなその酷い笑顔は、凶相と言って良い状態だ。


「まぁ、情報の管理に気を使っていると言うことだろう。進でいるのではなく殺されている状態だが、それは……


 アレックスの言葉が続いている最中、全員の無線にエディの声が割り込んだ。

 その声を直接聞けないリディアは、急に黙ったアレックスを不思議そうに見ているが、テッドは口をあけてスピーカーモードで無線の中の声を発した。


「こっちにも動きが出た。参謀本部の戦略補給セクション担当将校がひとり、拳銃自殺したようだ。マイケル・リー少将だな」


 テッドの口から漏れたエディの声に、リディアがニヤリと笑った。

 だが、そのリディアの口角がキリッと切り上がった。


 ――――クロスの口から出た人名ね


 ソフィアの言った言葉に全員がニヤリと笑う。

 もちろん、無線の向こうにいるエディも笑っていた。


「さて、ここからだぞ」


 無線の向こうのエディは声が弾んでいた。

 反撃の狼煙は上がったばかりだった。

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