古い時代の終わり / 501中隊の人々
――――2245年5月1日 1600
ルドウシティ中心部 地球連邦軍 臨時前線本部
「しかしまぁ……」
ボソリと呟いたジョニーは荒れ地の方角を見て言葉を失って居た。
16時を回ったルドウの中心部は人の気配も少なく、乾いた風が吹き抜ける酷い場所だった。
ルドウ戦闘における臨時前線本部が置かれたビルの前。野戦供食大隊が忙し気に動くそこは屋外レストランになっていて、膨大な瓦礫と燃え残った戦闘車輌に彩られるワイルドでアナーキーなオープンカフェでは、疲れ切った表情の兵士達が黙々と食事を続けていた。BGM代わりに響く爆発音は地雷や不発弾を処分するもので、つい先ほどまで激しい戦闘をしていた兵士にしてみれば、もはや何の感慨も湧かない『ありふれた音』でしか無かった。
「なんともごつい眺めだな」
ジョニーの近くで食事をしていたヴァルターが呟く。戦闘の趨勢が決まった13時過ぎから3時間以上も経過してからの食事だ。腹が減ったどころの騒ぎでは無く、もはや低血糖でぶっ倒れる寸前だった。
可動状態にあったシリウス軍の戦車を全滅させ、不幸にも生き残っていた装甲車や装甲パワーローダー達の処分を連邦軍が終えたのは14時前だった。コレで終わりだと食事の夢を見た連邦兵士達だが、戦闘終了後に少なからぬシリウス軍兵士の生き残りがいて、その処遇を巡って連邦側も少々混乱を来したのだ。
そも、地球側とシリウス側の間では地球におけるジュネーヴ条約に準ずる戦時捕虜取り扱い協定が結ばれており、『人間』に対する非人道的な扱いや行為については、双方の参謀本部責任事項として厳しく取り締まる事が義務付けられていた。
しかしながら、人間は捕虜で良いがレプリの処遇についてシリウス側と方針の齟齬があり、地球側の方針としてレプリを全てを処分する課程で人間の一部がレプリと共に自決してしまい、その事後処理についてシリウス側と少々もめた事が原因だった。
「無駄口叩いてる暇があったらさっさと飯食っとけ」
頭に包帯を巻いたロージーは、痛みに顔をしかめつつ暖かいスープを飲んでいた。供食隊が拵えた今日のメニューは得体の知れない鳥のレッグを茹でたものと、フリーズドライになった野菜を水で戻した炒め物。パウチの果物とパン。そして、正体不明の肉のスープだ。
食えるだけましと言う状況下だが、極限の緊張と恐怖を味わった後だと、なにを食べても美味く感じるのだから人間の味覚などいい加減な物だとジョニーは思っていた。
「これ、結構美味いな」
「何の肉だ?」
「そこら辺にたくさん落ちてる鳥じゃねぇか?」
隊の面々が口々に言いたい事を言っている中、ジョニーはちょっと離れた場所で食事をしているエディを見つけた。その向かいには左腕を肩口から失ったアンディー中尉が居て、ブルーサンダースのレジー少尉と何事かを話している。ただ、いつもならアンディー中尉の隣に居るシェロン少尉の姿が無い。
アンディー中尉の隣にはレジー少尉が座っていて、その隣にはもう一人分のメニューと共にブルーサンダースのマークが入ったパワードスーツのヘルメットが置かれていた。
「シェロン少尉は……戦死かな?」
隣に座っていたヴァルターへ声を掛けたジョニー。ヴァルターはパンをもそもそと齧りながらジョニーを見た。
「スペンサー大尉の話じゃ、なんか壮絶な最期だったらしい。シリウス軍戦車を立て続けに5輌も破壊して6輌目に掛かった時、周囲から一斉に撃たれたんだってよ」
「……狙われたのか」
「だろうな。囮って訳じゃ無いが、何処かに静止した時じゃ無いと銃弾もあたらねぇときたもんだ。6輌目の戦車に取り付いてパイルバンカー向けた瞬間、20ミリで撃たれたんだってよ」
「20ミリ……」
パワードスーツもそれなりに装甲を持っているが、人間より一回り大きい程度なのだから重装甲と言うわけにはいかない。ある程度の近距離で20ミリ砲を受ければ、さしものパワードスーツもいちころだった。
「ところでこれから…… どうするんだろうな?」
パンを食べきったヴァルターはコーヒーを飲みながら遠くを指差した。
合戦を終えた連邦軍の戦闘車両が続々と結集し、戦車整備大隊の修理を受けている。だが、その大半は戦車回収車などによる残骸回収と言った方が早いコンディションだった。
シリウス側のM-1重戦車とやりあった連邦軍のM550重戦車やM520戦車はどれも酷く損傷したモノが多く、M351装輪戦車なども戦闘不能一歩前が殆どだった。
「地球から持って来た戦闘車両はどれも酷い状態だ。戦車なんか大半がダメだろ」
肩をすぼめてドゥバンがぼやく。彼が搭乗してた4号車は戦闘中にモーター制御用のインバーターが故障し、常に最大出力でモーターが回る馬鹿仕様になってしまっていた。M200系列の装輪装甲車に砲塔を乗せたM300系列の装輪戦車は501中隊が使っている4輌を含め、満足に稼働するのは全部で50輌足らずになっているのだった。
「この様子じゃアンディー中尉達が更に大活躍ってあんばいだな」
ヴァルターも顔をしかめている。
エディが言った『ブーステッド』の生き残りである中尉はパワードスーツ部隊の首魁とも言えるポジションで、その人間離れした戦いぶりは、傍目に見ていても命知らずなんてモノでは無かった。
「ブーステッドって凄いな」
「あぁ、俺も見ていてそう思った」
ジョニーの呟きにドゥバンが応じる。
ヴァルターも遠目に眺めながら、残っていたフルーツをコーヒーで押し込んだ。
「なんで今はブーステッドって居ないんだろうな」
そんなヴァルターの呟きに答えたのは、たまたまそこへやって来たドッドだった。頭と左目に包帯を巻いたドッドは右腕を三角帯で首からぶら下げていた。装甲車のターレに直撃を受けた際、左目を圧壊させ右腕をへし折るほどの衝撃を受けたのだった。
「ブーステッドは非人道的って事で条約により禁止されたのさ」
「なんでですか?」
更に疑問をぶつけたジョニー。
ドッドは肩をすぼめて言う。
「ブーステッドがどう生まれてくるか?なんてのは難しすぎて、俺の頭じゃ理解出来ねぇ。ただな、精子の代わりになるモノを使って人工的に受精した人間の胚を母親の腹に戻して生まれてくるんだそうだ。その子はだいたい3歳の時に親から離され、専用の施設で一人前の化け物になる様に育てられる。100メートルを6秒か7秒で走りマラソンなら100キロを4時間ちょっとで走りきる。反応速度は並に人間を遙かに超え、少々撃たれた位じゃ死なない強靱な肉体だ」
え?
そんな表情で話を聞いている新兵三人。ドッドふ片手で器用に食事を続けているが、やはり動きにくい様だ。ジョニーはドッドのパンへチキンをスライスしてはさみ、野菜を添えて即席のサンドをこしらえた。これなら片手でも食べやすいはずだ。
「おぉ! 気が利くじゃ無いか!」
「いや、この方が食べやすいかな?って」
「それが大事なことなんだ。戦闘中も一緒さ」
片手で食事をしていたドッドもエディとアンディー中尉を見た。
同じように左手を使えない状況だが、注意とドッドではその中身が大きく違う。
「中尉殿もこっから大変だ」
溜息混じりに呟いたドッドの言葉が妙に迫真で、ジョニーもヴァルターもジッとドッドを見ていた。その説明を求める眼差しに、ドッドは苦笑いしてしまう。
「幾らブーステッドでもなくした腕が生えて来る事はねぇってこった。そして、片腕になったブーステッドに使い道なんてねーんだよ。自爆前提のカミカゼ突撃が、後進指導で教官役か、精々そんなもんだ。だけどな、ブーステッドを作るうえでかなり金を掛けてるはずだから、その分だけでも役に立たねぇと色々面倒なのさ」
ふと何かに気が付いたヴァルターがジッとドッドを見た。
「じゃぁ…… もしかして中尉殿はここで……」
「あぁ。血路を切り開け!みたいな死ぬの前提の作戦に投入されて、華々しく散りましたってオチが用意されるってこったろうな。それを何とかしようとうちのボスがこっからアレコレ政治力駆使しようって魂胆だろう。なんせうちのボスは――
調子よくしゃべり続けていたドッドを遠くからエディが呼びつけた。
ドッドはすぐに反応して士官席へと走っていく。その後姿を見ながら、士官が置かれた状況や背負う責任や、そして、全部承知で知らないフリをしてそれに付き合って気を遣わねばならない下士官の責任を垣間見た新兵三人組。
「アンディー中尉どうなるんだ?」
ドゥバンの言葉には隠し様の無い苛立ちが混ざっていた。
軍隊と言う組織の恐ろしい部分がここでも発露している。
「良くて教官役。悪けりゃ自爆特攻。あんまりだな」
ヴァルターもまた半ば諦観のような苛立ちを見せた。
何者かを護る為に組織された軍隊と言う機関は、それに従事する人間の事に付いて驚くほど淡白で、そして冷酷だった。
「なんかしら仕事があるんじゃないかな。もうちょっとマシな……」
無駄な期待だとわかっていても、尚それに縋らざるを得ない事態。使い潰されるのを前提に出撃して行くなど狂気の沙汰だが、それでも出撃命令が出た以上は笑顔で出撃が求められる。それが仕官と言う立場。
統率する部下を不安にさせない為に、いつも余裕風を吹かし笑っていなければならず、部下の前で取り乱したり慌ててドジを踏んだりも出来ない難しい立場だ。
「オフィサーって大変だな」
「まったくだ」
ヴァルターとドゥバンの声を背中に聞いたジョニーは、最後のパンを食べきってコーヒーを飲み始めていた。
「おーぃ! 新入りトリオ! ちょっとこっち来い!」
士官席にほど近い場所からグーフィーが三人を呼びつけた。
返事をして走っていく若者三人は、士官席に設置されたモニターに釘付けになった。それほど大きくは無いモニターだが、そこに映されている人物に言葉を失ったのだった。
「ウソだろ」
「俺、初めて見た」
「俺も」
ジョニーの呟きにヴァルターもドゥバンも相槌を打って押し黙る。
その周りには501中隊の面々が揃っていた。みな、一様に押し黙って固い表情だった。そして、恐ろしい表情を浮かべたエディが睨みつけるようにモニターを見ていた。
モニターの中には、シリウス独立闘争委員会の面々が雛壇状に2列18名で並び、その上の段にはシリウス自治政府であったシリウス最高評議会のメンバー。つまり、『始まりの16人』と、その子等である34名の議員が居た。
「……ヘカトンケイルだ」
誰かがそう呟き、そして重い沈黙が続く。不機嫌な咳きと小声で流れる怨嗟。エディの隣に座っていたアレックスは、上目遣いにモニターを睨みつけ、そして呟いた。
「……いまさらなんだと言うんだ」
その声音が不自然に固く、重く、そして、不愉快さを滲ませていた。
『地球から遠く離れたこの惑星に生きる人々よ――
その声音に驚いたジョニー。隣をふと見れば、ヴァルターもドゥバンも呆然としている。まるで少年のような透き通るように澄んだ柔らかな声音だった。モニターを良く見れば、まるで20代の青年たちが並んでいるかのような画だ。もっといえば、ジョニーやヴァルターたちより多少年上程度の年齢に見える。
むしろ独立闘争委員会のほうが余程年嵩に見えていて、まるで人生のヴェテランに率いられた若者たちと言った風だった。
「相変わらずだな」
皆が驚いて言葉を飲み込む中、まるで全てを知っていたかのようにエディが口を開く。その言葉にも驚いたのだが、モニターのスピーカーから流れるヘカトンケイルたちの言葉は、もっと驚くモノだった。
『全てのシリウス人へ告げる』
『瞠目せよ! 立ち上がる我々の姿に』
『かつ目せよ! 逃げ惑う敵の姿に』
『戦いの時は来たれり!』
『我らは全身全霊を持って敵を粉砕せんと欲する!』
『怒りに満ちた人民の鉄槌は大地を割るだろう!』
『古き血の者たちは新しき血の者たちの為に生きよ!』
『新たな時代、新たな希望、新たな情熱を我らは欲するのだ!』
ヘカトンケイルの最前列に座っていた男たちが短いワードを喋り、そこからヘカトンケイルの50人が順番に言葉をつむいで行った。その内容に連邦軍兵士は驚愕するしかなかった。そして、同時に絶望を感じていた。
『今日、ルドウの街に黒い花が咲いた』
『古き血の者達は新しき者たちの為に美しき花を咲かせた』
『富める者も貧しき者もこの地に集え』
『欲にまみれた愚かな者どもは知るだろう』
『誰一人として孤独な生など出来やしない』
『全てが報われ、全てが救われる日がやってくる』
『さぁ、全てを毀すのだ』
『己の利益の為に戦争を起す者も』
『己の快楽に溺れ他を巻き込む者も』
『全ては虚無でしかないなどと言う者も』
『他人の利益ばかりが気になる者も』
『その全てを無の深遠へと追い返すのだ』
『このシリウスから卑怯な守銭奴たちを追い払うのだ』
『他者を虐げ利益を貪る鬼を追い払え』
『新しい大地は新しい人間を鍛える』
『我らの血に染まった緋色の大地に鋤を打て』
『大地を耕し豊穣を志せ』
『全ては子等の為に』
『古き血の者達は勇敢に戦った』
『ルドウの街は白と赤の血を覚えた』
『この街へ居座る地球からの侵略者は知るだろう』
『流された血は腐る事無く』
『大地の奥底で生き続けるだろう』
『やがてこの世界へと戻ってくる』
『新しい時代を拓く為に』
『新しい命となって』
『全てが終わった日に我らは思い出す』
『鋤打った大地からあふれ出す血は青く染まっている』
『碧血の志は時を越えて我らを励ますのだ』
『理想と希望と情熱と信念とを我らに教えるだろう』
『その全ての為に我らはここで立たねばならぬ』
『今日古き血の時代は終わった』
『明日新しき血の時代が来る』
『かりそめの勝利に酔う者たちを祝福せよ』
『そして敬虔な祈りを捧げよ』
『彼らは明日知る事になる』
『眩き光に包まれた甘き死の姿を』
続々と流れてくる言葉に聞き耳を立てていた中隊メンバーだが、マイクは一人不機嫌だった。忙しげに足を震わせ、貧乏ゆすりを止められずに居た。
「なぁエディ。要するに連中はなんて言ってるんだ?」
「まぁ簡単に言えば勝って良かったねってことだろ」
「その割には随分と長ったらしいぞ?」
「負け惜しみは長くなるものさ」
エディのジョークに皆が乾いた笑いをこぼす。
だが、その張本人であるエディだけが怪訝な表情だ。
「……明日から大変な事になるな」
一言だけ呟いて黙りこんだエディ。
皆がその横顔をジッと見ていた。
18話終了時における第501特務中隊の人々
第501独立野戦特務中隊
1号車
・エディ (少佐) エイダン・マーキュリー (車長)
・ドッド (上級兵曹長) ドナルド・アームストロング (照準手)
・マルコ (二等軍曹) マルコ・アレクサンドルフ (運転手)
・ロージー (一等軍曹) ローズブロー・シルバーランド (戦闘助手)
・ジョニー (シリウス義勇軍)
2号車
・リーナー (少尉) ??????? (車長)
・ウェイド (特務曹長) ジム・ウェイド (医療兵)
・スター (一級兵曹) ジム・ジャスタフィールド (照準手)
・ファリー (二級兵曹) ハイメ・ファリアス (運転手)
・ボーミー (二級兵曹) ボフミル・ヴァヴルシュカ (戦闘助手)
・ジャック (特務軍曹) ジャック・レノン (技術開発団)
・クイック (二等軍曹) ソウジロウ・ハヤカワ (戦闘助手)
3号車
・マイク (大尉) マイケル・スペンサー (車長)
・イノ― (士官候補生) ハワード・ワーグマン・イノウエ(戦闘助手)
・クリス (一級兵曹) クリスティアーノ・ノルダウ (照準手)
・ハンス (二級兵曹) ハンス・ノイコム (運転手)
・サム (一等軍曹) サムエル・ペトルジェルカ (戦闘助手)
・ロブ (一等軍曹) ルカ・ロブレス (戦闘助手)
・カッパーゾ (二等軍曹) ベス・カッパーゾフ (戦闘助手)
・ヤング (二等軍曹) ジョージ・ヤングランダー (戦闘助手)
・ヴァルター (シリウス義勇軍)
4号車
・アレックス (大尉) アレクセイ・トルストイ (車長)
・グレッグ (士官候補生) マシュー・グレグソン (戦闘助手)
・リック (一級兵曹) リッキー・ジャストラゴン (照準手)
・ピエロ (二級兵曹) ピエロ・クレミヨン (運転手)
・グーフィー (一等軍曹) エンリケ・グッドフィールド (戦闘助手)
・ブロー (一等軍曹) ステファーヌ・ブロー (戦闘助手)
・タック (二等軍曹) クリフォード・ターラント (戦闘助手)
・ウォレス (二等軍曹) ウォレスティ・エレフィン (戦闘助手)
・ドゥバン (シリウス義勇軍)
・機動強襲装甲歩兵隊(パワードスーツ部隊)『ブルーサンダーズ』
1号車便乗
・アンディー (中尉) アンドレイ・ヴラニー (装甲歩兵)
5号車
*シェロン (小尉) ドミニク・シェロン (装甲歩兵)
・ブルー (上級特務曹長) ブルース・デュッハンフェイフ (装甲歩兵)
・ロベルト (特務曹長) ロベルト・シュワンコフ (装甲歩兵)
*フランシス (特務曹長) フランシス・カッペイロ (装甲歩兵)
・シルバー (特務曹長) シルベスタ・ヴェスケレス (装甲歩兵)
6号車
・レジー (少尉) レジナルド・パッテン (装甲歩兵)
*ヨゼフ (特務曹長) ヨーゼフ・グレネマイヤー (装甲歩兵)
*ヘクター (特務曹長) ヘクター・ゲイティス (装甲歩兵)
・ボリス (特務曹長) ボリス・ルシュコフ (装甲歩兵)
・レオン (特務曹長) レオン・ボロジーン (装甲歩兵)
*マークは戦死者