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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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ソフィアの叫び/リディアの本音

~承前






 ――――怖かったろうマイスウィート!


 芝居がかった調子でカメラのライトを集めたその男は、隠しボタンになった純白のマオカラーコートに金のベルトを巻いていた。


 ……キザな野郎だ


 テッドはのっけからそう思った。

 だが、多数のテレビカメラが集まっている中で、随分と芝居がかった振る舞いを行う姿は、悔しいが()()になっていた。


 ――――こっちへおいで!

 ――――迎えに来たよ!


 それはまるでジュリエットを迎えに来たロミオのようだ。

 或いは、白雪姫やシンデレラを迎える王子の様だ。


 ただ、テッドは思う。

 現状では間違い無く、シリウス社会での立場は王子だろう。

 実力者のボンボンは、おおむねボンクラのボンが多い。


 だが、この王子は少なくともそれに見合うだけの実力を備えている。

 精神科医で脳外科医で、そして、心理学などのプロだ。


 シリウスの宣撫工作を担当し、統計戦略学的な視点から大局を判断する。

 野卑な自警団や国家お抱え暴力団その物な突撃隊など、その手の()()()()としての『力』を管理する独立闘争委員会は、無能な愚か者で務まる様な立場肩書きでは無い。


 ニューホライズン全土に100万を下らない数で存在する独立委員会と、その支持派閥一派は一元的に闘争委員会によって束ねられていた。その中に存在する、ややもすれば本能の赴くままに暴走しかねない欲望の塊な者達を束ね、その組織としての(たが)が緩まぬ様、しっかりと締め付けねばならないのだ。


「さて……」


 ワスプの艦内で様子を伺っていたエディは、テッドとリディアに視線を送った。


 ――出番だ……


 テッドは緊張で喉が乾く錯覚を覚えた。

 サイボーグになってから、そんな事など一度も無い。

 だが、口の中がからからに乾き、無意識に水を欲した。


「行こうよ」

「……あぁ」


 グッと奥歯を噛んで顎を引いたテッド。

 その双眸には怒りを閉じ込めた強い意志が宿った。


 ――必ずこの手で……


 ガンルームから一歩踏み出したテッドは、引き紐の端を握っていた。

 そのヒモの先はリディアの腰ベルトに付いていた。


「飼われ犬みたいだね」

「馬鹿な事言うな」


 緊張しているのか、テッドには全く余裕が無かった。

 そんな姿にリディアは胸の内がキュンとしている。


「ねぇテッド」

「ん?」


 ガンルームからメインゲートへ向かう途中、窓が一切無いところで立ち止まったリディアはテッドを呼んだ。そして、手錠足錠を掛けられた状態でテッドの首に手を回した。それは、リディアが見せるキスをねだる仕草だ。


 ――マジかよ……


 仲間達が見ている前だ。テッドは一瞬だけ考えた。

 だが、それは木からリンゴが落ちる課程の様なものだった。

 リディアを抱き寄せてキスを交わしたテッド。

 そのキスの後、リディアは言った。


「キャシーねぇさんを取り返そう」

「……あぁ」

「大丈夫。ちょっと演技するだけだよ」


 笑みを浮かべるリディアを抱き寄せ、テッドはもう一度キスした。

 強く抱き寄せられたリディアは、無意識のうちに舌を絡ませてキスしをした。

 口中に入り込んできた舌を絡ませ、ディープキスに及んだリディア。


 ややあって酸素を貪る様に開いた口から銀の糸が延びた。

 そして、わずかに上気した表情になり、油断した表情で笑った。


「……(とろ)けた」

「なら、準備良いな」

「うん……」


 酩酊した様な足取りで歩き出したリディア。

 テッドはその紐を持ったまま艦外へと出た。

 一斉にライトが降り注ぎ、テッドは無意識にリディアを背なへと隠した。


「ライトは止めてください。捕虜は精神的に参っている」


 テッドの声にマスコミ陣がライトを落とした。

 ソレほど明るくは無いが、カメラで捉えきれない暗さでも無い。


「マイハニー! 心配したよ!」


 まるで安いドラマのワンシーンだとテッドは思った。

 だが、クロス・ボーンは真剣な表情だった。


「なんだいそれは…… 地球人というのは無粋だな」


 クロスは自らの首を絞める様にして戯けて見せた。

 リディアの首に巻かれているチョーカーを嗤ったのだ。


「そんな邪魔なモノは早く取ってくれ給え。シリウス人は自由を愛するのだ」


 まるで歌劇のワンシーンの様に、舞台で踊る俳優の様に。

 クロスは大袈裟なジェスチャーを見せ、首のチョーカーを取れと要求した。

 その要求に慌てた様にバロウズがやって来て、電磁ロックを解除した。

 ぽとりと落ちたチョーカーが床へと落ちてパンッ!と弾けた。


「さぁおいで!」


 両手を鳥の様に広げたクロスは、まるで求愛ダンスの様に振る舞った。

 そんな仕草に絆された様に、リディアはフラフラとした足取りで歩き始めた。


 どこかうつろな目つきで、薄笑いを浮かべていた。


「私と帰ろう! 二人の愛の巣へ!」


 その言葉に、テッドの頭の中の何かがブチッと切れた。

 瞬間的に銃へ手を掛けそうになって、ギリギリの所で思いとどまった。


 そのテッドの振るまいを腰抜けと嗤う意図か、クロスはより大袈裟に舞った。

 手を出せないのだろ?と嗤う様な仕草だった。


「もう一度 夜の長さを何度も味わおう! 愛しているよハニー!」


 それは、勝手に拉致していったと罵られたボーンの、その精一杯の否定だ。

 元ワルキューレなシリウス人は、ボーンと懇ろになったのだから転籍した。

 それを印象づける為の演技だとテッドは思った。


 本来であれば、同じ女を争った仲とも言えるのだろう。

 だが、テッドは絶対に許せない状態だ。


「クロス……」

「マイハニー 心配したよ!」

「わたしは……」


 蕩けた様な表情だったリディアはフラフラとクロスの前に進み出た。

 両手を広げ待ち構えるクロスの前で、リディアは両手を突き出した。


「取って」

「あぁ」

「こっちも」


 両手両脚の拘束錠と外したクロスは、もう一度両手を広げた。

 その腕に中へ一歩進み出たリディアの表情がスッと引き締まった。


「会いたかった……」

「私もだよ」


 ニコリと笑ったリディアの目尻がキリリと切り上がっている。

 それはソフィア人格が優勢な証だ。


「クロス……」

「ソフィア!」


 ただ、リディアと違いソフィアはやや粗暴なところがある。

 自らが気に入らなければ、構わず暴れかねない獣の部分だ……


「でも、わたしは……」


 ニコリと笑ったソフィアが口を開いた。

 その時、クロスはある一点に目が釘付けになった。


「どういうこ『やかましい! このペテン師!』


 ソフィアの舌が割れてない事に気が付いたクロスをソフィアが一喝した。

 虚を突かれ、クロス・ボーンは一瞬だけ全ての思考が停止した。


 その瞬間だった。


「この筋金入りの変態男!」


 ソフィアは激しい声で一喝した。その声にクロスは一瞬たたらを踏んだ。ずり下がったクロスへの間を埋める様にソフィアは前に出た。そして、鳥が翼を広げる様に右腕を振りかぶった。その手が凄まじい速度で振り下ろされ、クロスの左頬を力一杯に叩いた。


 ――やるなぁ……


 ニヤリと笑いながら見ていたテッド。

 その向こうでソフィアはクロスの襟倉を掴みあげ、腕一本で引き上げた。


「おい! よく聞けこのド変態の糞バカ野郎!」


 わずかに血を流しているクロスの左頬へ、再びソフィアの一撃が入った。

 鈍い音を立てて叩かれたその頬は、紫色に変色していた。


「アンタがアタシの身体に彫り込んだ柄も模様も全部消し去った! 蛇みたいに切り裂いた舌も治してきた。お前好みのバカ女はもう死んだんだ!」


 左頬を殴り振り抜かれた右腕は、再び裏拳を使ってクロスの右頬を襲っていた。

 力の入った一撃は、鈍い音を立てて骨を砕いたらしい。

 クロスの口から血飛沫が漏れだし、空中へ飛び散った。


「あの女の事なら素直に諦めやがれ! あんたにゃ過ぎた女だよ! 負け犬は尻尾丸めて大人しく帰って、あのお前さんがシリウス中から集めた哀れな女たちの墓へ帰りやがれ!」


 再び振り上げられたソフィアの右腕は、平手では無く拳となって襲い掛かった。

 クロスは逃げる事も躱す事も出来ず、その拳をまともに受けてしまった。

 鈍い音がこぼれ、その左頬辺りも砕けたらしい。


「女の正体が抜けるまで薬漬けにして、よがり狂って失神するまでなめ回すのが大好きなド変態なら、墓穴がお似合いだ! とっととあの臭い穴に帰って、情けねぇサイズのダメ息子でもしごいてろ! このクズ野郎!」


 左手を力一杯に突き出し、クロスを投げ飛ばしたソフィア。

 無様に床へと転がったクロスは両頬を砕かれ、フゴフゴと情けない声だ。

 グッと加速を付けて駆け寄り、強烈なサッカーキックを叩き込むソフィア。

 どちらかと言えば大柄なクロスの身体が浮き上がり、身体をくの字に曲げた。


「シリウスを裏切るつもりは無い! ただ、お前みたいなクズのところへ帰るなら宇宙に放り出されて死んだ方がマシだ! シリウスを蝕む最大のガンめ!」


 内臓が破裂したんじゃ無いか?と誰もが思う様な状態だが、ソフィアは構う事無くクロスを蹴り飛ばし続けた。そして、顔と言わず身体と言わず、アチコチの骨が折れた状態になっているのだが、ソフィアは止まらなかった。


「いいか! よく聞け糞野郎! シリウスを食い物にする偽善者! 私を連れて帰りたかったら! もう一度この身体をなめ回してみたかったら! お前がその手で脳の前半分を切り落として、お前の言う事しか聞かない人形に成り下がった私の姉さんを連れてきな!」


『聞いてんのか!』と襟倉をつまみ上げたソフィア。

 クロスは引きつった顔でブンブンと頷いていた。


「対等の女が怖いんだろ? そうなんだろ? この糞野郎!」


 レプリカントの強い膂力がクロスを再び投げ飛ばした。

 大型なエレカーの側面に叩き付けられたクロスは、頭から床に落ちた。


「部下だの奴隷だの洗脳済みだの、そんな従順で反抗しない女じゃ無いと怖いんだろ? ん? 何とか言ってみろ? え? 怖くて怖くて致死量すれすれまで麻酔を打って、脳を切り裂いて、ボクちゃん好き好き愛してるって言ってくれる人形じゃないとダメなんだろ? 気持ち悪いんだよ! お前みたいなナメクジ男は!」


 ソフィアはペッと唾を吐き出してクロスに吹きかけた。


「ほら! 早く嘗めろよ! 好きだったろ? どうした? 遠慮するなよ」


 心底蔑む様な眼差しで見下したソフィア。

 クロスはカタカタと震えだし、やがて獣が唸る様にデタラメな声を出した。

 そして同時に、床へ大の字に寝転がって、両手足をバタバタさせながら喚いた。

 悔しさや憤りや怒りと言った感状が爆発し、手を付けられない状態だ。


「これがシリウスを牛耳る独立闘争委員会の正体だ!」


 マスコミに対し啖呵を切ったソフィア。

 その映像は生中継でシリウス中へ放送されていた。


「こんな糞野郎が来る限り、捕虜返還を捕虜本人が拒否する!」


 ソフィアはすぐ近くに居たシリウス系放送局のカメラを指さした。


「そのカメラは録ってるな?」


 カメラマンの近くに居たディレクターがウンウンと首肯する。

 それを確かめたソフィアは、目一杯のカメラ目線で言った。


「私はシリウス人民の平和と安定の為ならいつでも死ぬ用意がある。だが、独立闘争委員会の為に死ぬのはまっぴらゴメンだ! シリウス人民の為に独立闘争委員会を根絶やしにするなら、地球へ転んで死ぬまで闘ったって良い!」


 ソフィアはクロス・ボーンばりに大袈裟なジェスチャーでカメラマンを集めた。

 そして、私を録れと自らを指さした。


「シリウス最大の敵は地球連邦軍では無い。ヘカトンケイルでも無い。地球政府に反抗したいだけの独立闘争委員会だ。地球の社会に居場所を無くし、シリウスまで逃げてきた腰抜け共のなれの果てな、あの負け犬の集団だ! 親衛隊に護られていないと怖くて夜も眠れないクズ共だ!」


 ソフィアは精一杯の声でシャウトしきった。

 その声はシリウス中へ中継されていた。


 カメラに写らぬところで、テッドもニヤリと笑っているのだった。 

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