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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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賽は投げなれた

~承前






 ナイルの周辺に投錨していたワスプの艦内。

 士官サロンでは無く501中隊のガンルームでは、中隊が勢揃いだった。

 皆で雁首を並べ眺めていたのは、ウルフライダー(ワルキューレ)の記者会見だ。


「大丈夫かな……」


 ノイズに埋め尽くされたモニターを見ていたテッドは、ぼそりと呟いた。

 音からして大口径のサブマシンガンだ。火役発射式の高サイクル銃。


 当然、当たれば痛いで済むはずも無く、その威力で死は免れない。

 そして、即死しなかった場合は、死ななかったことを後悔することになる。


「派手にやりやがったな」

「しかも、ご丁寧に乱入飛び入りだぜ」

「犯行声明が要らないレベルで解りやすいね」


 ディージョは鼻で笑い、ヴァルターは呆れた声をだし、ウッディは静かに笑う。

 中隊の主力四人はその茶番劇が下らなすぎて、不覚にも笑ってしまった状態だ。


「要するにさ……」

「あぁ。彼女達に言わせたいんだな」


 記者達が求めていた言葉は、ヴァルターやウッディとて良くわかる。

 ハッキリと批判して欲しかった。文句を言って欲しかった。


 それを新聞記事として書き立て、彼らを責めたかった。

 彼らが何を意味するかは論を待たない。

 独立闘争委員会の面々は、今頃どんな面だ?とテッドは思った。


「さて、とりあえず、賽は投げられたぞ?」


 ガンルームの中でエディは楽しげに言葉を吐いた。

 どんなピンチの時でも、状況を楽しむ余裕がある男だとテッドは思った。

 そして、常に鷹揚としていて動じないのだ。


「しかしなぁ」

「相変わらず美人が揃っていやがるな」


 アレックスの言葉にマイクがそう返した。

 

 ――あれっ?


 テッドは不思議そうに二人の大尉を見ていた。

 バーニー少佐以下、ワルキューレの面々と面識があるのかと思ったのだ。

 彼女達はエディの思い人を含め、それぞれに訳ありの面々らしいのだが……


「何か言いたそうだな、テッド」


 ニヤニヤと笑うマイクは楽しそうにテッドを見ていた。

 明らかに混乱している状態だが、結論は分かっている。

 元々がシリウス系に縁の深い立場だったのだろう。

 そして、エディの政治的手腕で引き抜かれたのかも知れない。


「あ、いや……」


 混乱を飲み込み強がりな言葉を探したテッド。

 そんなテッドを見つめている眼差しがあった。


「おぃテッド! しっかりしろよ!」

「そうだぜ兄貴! ねぇさんが心配そうっす!」


 ヴァルターとロニーが公然と冷やかしに掛かる。

 指笛が鳴り、ヒューと甲高い声が漏れる。


 モニターの前に陣取るテッドの隣にはリディアが居たのだ。

 相変わらず首元にはチョーカーがあった。

 一定の距離まで離れれば、自爆してしまうチョーカーだ。


 リディアはテッドがこうやってやり込められる姿を初めて見た。

 そして、ある意味で孤独な日々だった頃を思い出し微笑む。

 ここには気の置けない仲間達が居る。


 口さがない言葉で冷やかし、からかう仲間達だ。

 そこには悪意や敵意がある訳では無い。

 純粋に笑い逢える大切な仲間達だ。


「何を言おうとしたの?」


 リディアの言葉にテッドは再び口籠もった。

 そんなテッドにジャンやステンマルクまでもが冷やかしを浴びせた。


「素直に言っちまいな」

「その方が楽になるぜ」


 ハハハ……

 軽快な笑い声がガンルームを漂う。

 リディアはこの空間が好きになっていた。


「……マイクもアレックスも、あの彼女達は旧知なんですか?」


 テッドは遂に口にした。

 その言葉にリディアもハッとした表情になった。


「そう言えばそうだ…… 私も聞いた事が無い」


 リディアは不思議そうにしつつ、マイクやアレックスを見た。


「おいおいリディア。そんな目で見ないでくれ。とっくに無くした心臓がドキドキしてるよ。もしかしたら心筋梗塞かもな」


 マイクの言葉に中隊全員が大爆笑した。

 サイボーグの胸の中に心臓などあるわけが無い。

 油圧ポンプはあるが、それは少し意味が違うモノだ。


「まぁ、話せば長くなるが、要するに、私とマイクはバーニーとは面識がある」

「……そうなんですか」

「同じ士官学校出だからな」


 アレックスの言葉に『あぁ……』と言わんばかりの顔をしたリディア。

 バーニーは以前に自分は地球の士官学校出だとリディアに言っていたのだ。


「さて、とりあえず話を先に進めよう。バーニーの会見でシリウス軍は君を取り戻さざるを得なくなった。地球側がどう振る舞うかも重要な案件になる。そもそも捕虜の範疇に我々の様なサイボーグと君の様なレプリカントボディユーザーは含まれていない。つまり、新たな折衝が必要になると言う事だが」


 楽しそうに笑うエディは、アレックスと視線を交わした。

 それが何らかの合図で有る事はすぐにわかった。

 アレックスはリディアへと向き直り、切り出した。


「恐らくだが、向こうはボーンが出てくるだろう。直接名前を出された訳では無いが、ボーン一門としてはメンツ丸つぶれだ。従ってここで一つ挽回しておかねばならない。おそらくは当人が出てきて『帰っておいで』などとやるんじゃ無いか?」


 ボーンがそんな芝居染みた事をする理由を、テッドには今ひとつ理解出来ない。

 だが、テッドより早くヴァルターは気が付いたようだった。


「つまり、アレですね。拉致誘拐同然ではなく、本人の希望で帰らないのだってアピールしたいわけですね」


 そんなヴァルターの言葉にテッドは心底嫌そうな顔になった。

 大切な恋人を取られたという悔しさに震えるのだ。


「しかも、向こうはある意味で……」


 肘でテッドを突いたディージョ。

 何を言いたいのかは良くわかる。


 つまり、『調教済み』と言う事だ。


 命じられるままに、公衆の面前でも全裸になって奉仕出来るまでに堕ちている。

 ボーンはそう信じ込んでいるかも知れない。テッドはそれですら面白くない。


「私を信じてくれる?」

「勿論だ」


 リディアの言葉にテッドは即答した。

 どんなピンチでも乗り越えていけると確信していた。


「じゃぁ、公衆の面前でアイツの顔をひっぱたくから」

「……マジでか?」

「うん」


 リディアは爽やかなまでに禍々しい笑みだ。

 積年の恨みを全て果たすと言わんばかりだ。


「なら、俺は何があってもリディアを護る」

「よろしくね」


 テッドの言葉にリディアが微笑んだ。

 何も問題ない。全員がそう確信していた。

 ただ、現実はより一層にハードだった。






 ――――5日後






 3月26日の早朝。

 シリウス側は非公式ルートでリディアの返還を求めてきた。


 先ずは所在地を教えろと言う要望付きの話を持って来たのは、エンデバーの保安将校であるバロウズ大尉だった。この時点でテッドもやっと悟った。この大尉もエディと()()なんだ……と。


「で、彼らは何だって?」


 エディの言葉にバロウズはメモを取り出した。

 ビッシリと書かれたメモのリストは恐ろしい程だ。

 ソレを眺めるバロウズがニヤケ面なのはともかく、シリウスは焦っていた。


「リディア少尉の待遇に関する情報と現在の所在地。並びに捕虜交換に関する覚え書きに従い、同等の捕虜少尉を開放する用意があると言う事で、そのリストです」


 小さな声で『ハッ』と笑ったエディは、楽しそうにリディアを見た。

 待遇に関する情報が意味するのは一つしかない。


 事前情報でシリウス側が掴んでいた『リディアの夫』の話だ。

 リディアがソフィアになっているのはシリウス側もよくわかっている。


 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()のだから、間違い無い。

 少なくともまともな情報交換は出来ないだろう。

 ソフィアがシリウスの内情をつぶさに漏らすとは思えない。


 そんな事を考えてるのかも知れないとテッドは思った。

 だが、話しを聞いていたエディは、ニヤリと笑って思案していた。


「向こうも焦っているな」

「でしょうね」


 バロウズもニコニコと凶悪な笑みを浮かべていた。


「シリウス側は突撃隊とは別の組織、対外連絡室が窓口になっているようです」

「ほぉ…… で、その組織ってのの全体像はどんなだ?」

「簡単に言えば外務官僚の手足です。地球との庶務交渉担当ですね」


 バロウズの説明にエディは頷いた。

 少なくともシリウス側の本気が垣間見えたからだ。


 穏便に済ませるつもりが無ければ突撃隊の出番だったのだろう。

 交渉を引っかき回し、相手を力で屈服させれば良い事だ。

 だが、シリウス側は公式ルートにも使えるセクションを非公式で使ってきた。


 これが意味するところはただ一つ。『こっちのメンツを立ててくれ』だ。

 独立闘争委員会に向けられた国民の冷たい視線を少しでも和らげたい。

 そんな意図が見え隠れするシリウス側の動きにエディは手応えを感じていた。


「さて、歯車が噛み合った様だ」

「歯車?」

「そうさ」


 テッドは意味を理解し得なかった。

 エディの見せた深謀遠慮は、その全体像を把握しきれぬものだった。

 だが、一つだけ間違い無い事もある。この勝負はエディの手の上と言う事だ。


「役者は揃っている。ゆえに、先ずはひと芝居ブツぞ?」


 楽しそうに笑ったエディは、ガンルームの中のテッドとリディアに声を掛けた。

 素っ頓狂な声で返事をしたテッドだが、リディアは凶悪な笑みを浮かべてテッドの腕を取った。


「エディ少佐のお芝居は楽しそうね」

「……まさかとは思いますが」


 何を考えているのかを理解したテッドは、あまり良い顔をしていない。

 率直に言えば、演技と分かっていても不愉快だ。面白いわけが無い。

 だが……


「ねぇさんの為よ」

「それだけか?」

「もちろん!」


 ニコリと笑ったリディアだが、テッドは心配そうだ。


「おいおいテッド。そう言うところも男の度量だぞ」

「ですが……」


 エディにも窘められているが、やはりテッドは不愉快な様子だ。

 ただ、そんなテッドをジッと見つめるエディの眼差しは、優しく暖かい。


 ――だよな……


 エディにはエディの目的があって、それに沿って動いている。

 自分自身がその歯車の一部である以上、それに沿って踊るしかない。

 もちろん、それに抵抗は無いし不満も無いが、それでも……


「まぁ、落ちるところに落ちて、それで全ては落ちつくさ」


 エディはそんな表現でテッドを宥めた。

 どうやったって割り切れないモノが世の中にはあるのだ。


「さて、あまり時間がない。バロウズ大尉。すまないが片棒を担いでくれ」

「望むところです」

「早速だが、シリウスの担当者に返答を送ってくれ」

「了解です!」


 すかさずメモ帳を取りだし、バロウズは速記を始めた。

 エディはそれを確かめつつも、脳内で言葉を練った。


「ソフィア本人の言として、シリウスへ帰ったら処分されると恐れている。帰るのが怖いので出来ればボーン本人に迎えに来て欲しい。そうすれば、独立闘争委員会の中の背任行為も誤魔化せるのではないか?……と。そう言ってくれ」


 エディの吐いた言葉に対し、バロウズはニヤ付いた表情で大袈裟に頷いた。

 そして、早速部屋を飛び出して行った。その行動の速さは特筆に値する。


「まるで鉄砲玉ね」

「凄いなぁ……」


 感心しているリディアとテッド。

 だが、エディの深謀遠慮については考慮していない様だった。


「まぁなんだ。シリウス側にとっては、独立闘争委員会への疑念を解消する事が最重要課題って事だ。その助け船を地球側が出したとなれば、彼等は喜んで飛び付くはずだろうさ」


 少なくとも地球側の内部に協力者がいるのは間違いない。

 エディはそれを承知で偽情報を流した事になる。

 それは、文字通りに効果覿面な鬼手だと思われた。


「罠だって思わないかな?」

「普通は思うだろうな」


 リディアは楽しそうに言い、テッドは不機嫌そうに返した。

 そのコントラストが面白くて、エディはただただ笑っていた。


「クロス・ボーンが来る事を祈ろう」

「あんまり…… 来て欲しくないです」

「そう言うな。そのうち自分の手で射殺してやれ」


 殺してやれと言う言葉に『イエッサー!』と元気よく答えたテッド。

 物騒な言葉が飛び交っているというのに、リディアも笑って見ていた。




 だが、その日の午後になって事態は動いた。


 ワスプの停泊するポートに大型のエレカーがやって来た。

 その中から姿を現したのは、純白の衣装なクロス・ボーンだ。


「これは…… 大きいな」


 良く通る柔らかな声が響いた。

 その声をマスコミが拾おうとマイクを向けている。

 わずかな供だけを連れたクロスの周りにはマスコミ関係者が集まっていた。

 幾多のカメラが回る中、千両役者の如き振る舞いで降り立った。


「我が軍の勇者達はコレと同じモノを幾つも撃滅したのか」


 その感嘆する声までもが芝居がかっているとテッドは思った。


 ――本当に来た……


 テッドはただただ驚くより他なかった。

 真の狙いがどうであれ、クロスボーンはソフィア救済の姿勢を見せたのだった。

 ナイルの外壁部まで来たクロスは怪訝な顔で辺りを見た。


「わざわざ出向いたのに迎えも無しか。気が効かないね」


 ランチの仕度を命じたクロスは、マスコミのインタビューに応じている。

 その姿は実に堂々としていると思うテッドだ。


 ――あの野郎……


 忸怩たる思いを抱えながらも、敵ながらあっぱれだと、そう思っていた。

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