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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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運命の記者会見

~承前






 コロニー『ナイル』の外れ。

 シリウス軍が管理している施設の中では記者会見が開かれていた。

 中央に座るのは、ヘカトンケイルの直下にいるワルキューレ達だ。


 シリウスに生まれた女子達にとって、武の到達点がここに居る。

 美しく、そして強く、しかも、自由だ。


 何にも縛られぬ特権を持ち、ヘカトンケイルの為に飛び回る女騎士たち。

 彼女達はシリウスの為とあらば、如何なる行為も許される。


 ――――シリウスに暮らす全ての民の為に


 ヘカトンケイルの存在がシリウスの象徴であるならば、彼女達はその手足。

 ワルキューレの馬と呼ばれる狼は、シリウス軍にとってもう一つのシンボルだ。


 ただ、この狼のマークは突撃隊に取り上げられてしまった。

 バトルドールと呼ばれる独立委員会麾下の集団が使っていた。

 そもそもはワルキューレのモノだったはずなのだ。


 それ故か、いま現在のワルキューレが飾るシンボルサインはオオカミでは無い。

 戦士をヴァルハラへと導くワルキューレだが、同じように多くの子供達を導く存在として飾るのはハーメルンの笛吹き男(パイドパイパー)だ。笛を吹き、音を鳴らし、子供達を連れて導く存在。

 ヘカトンケイルは必ず『子等よ……』と呼びかけるので、その麾下にいる彼女達は女性なのだがパイドパイパーのマークを背負っていた……


 ――――では、少佐。ヘカトンケイル直属のワルキューレがと言う事ですか?


 ニューホライズンからやって来たと思しき特派員は、慎重に言葉を選んで質問していた。記者会見の解除が静まりかえり、皆が固唾を飲んで返答を待った。

 舞台の中央には10人の女性が並び、その中央にはシリウス軍のバーニー少佐が座っていた。ワルキューレを率いるリーダーだ。隣には副官としてバーニーをサポートするサミール大尉。

 ふたりは顔を見合わせアイコンタクトし、決然とした表情で激情を吐き出した。


「そうです。我々のチームメイトのうち、独立闘争委員会のチームへ転籍した者が連邦軍の捕虜になったまま帰って来ません。捕虜交換協定違反です」


 ――――転籍ですか?


「そうです。独立闘争委員会の関係者により()()()()()()()()()


 ――――それは…… 転籍とは言わないのでは?


 違う質問をしたのは、恐らく地球系マスコミの記者だろう。

 シリウス人にとってデリケートな問題も、彼には全く関係無い事だ。


 遠慮無く厳しい質問を浴びせ、それに対する態度や返答から本音を探る。

 百戦錬磨なその記者は、遠慮無くシリウス社会の恥部をえぐっていた。


「シリウスでは転籍です。()()()()に連れて行かれ、後に転籍したと()()()()()()()()()()()()でも、それは転籍です。周囲の者は()()()()()()だと()()()()()()()()んです」


 ツインソードのマークを背負ったサミールは、力強い口調でそう言った。

 それが遠回しに独立闘争委員会を揶揄する言葉なのは論を待たない。

 

 表だって批判すれば、間違い無く突撃隊や親衛隊に寄って粛正される。

 ヘカトンケイル直下のワルキューレとて、()()()()()に遭うかも知れない。


 それを知ってるからこそ、こんな形でしか文句を言えないのだ。

 皮肉にまみれた物言いで、遠回しに批判するしか無い。

 そして逆に言えば、ここまでの物言いが出来るのはワルキューレだけだ。


 一般市民ならば、誰だって真夜中に自宅のドアをノックされるのは望まない。

 乱暴にドアをノックされ、叩き起こされたなら人生はそこで終わる。


『お前にはスパイ容疑がある』と、問答無用で連行されるのだ。


 それは、シリウス社会における魔女裁判

 連行されたが最後、まともな状態で帰ってくる事はまず無い。

 やってもいない罪の自白を迫られ、居もしない協力者の名前を吐かされる。


 そうやって出てきた名前が次のターゲット。

 同じように真夜中の訪問者がドアをノックし、問答無用で逮捕される。

 突撃隊と繋がっている軍警ですらも、突撃隊には逆らえない。


 圧倒的な権力を持つ彼らに対し、下々の者は自分に火の粉が掛からないように。

 目立たず騒がず、穏便に穏便にと、当たり障り無い生活をするしかない。

 その歯痒さを皆が知っているからこそ、それ以上に突っ込む者はいない。


 弁護士も判事も無い暗黒裁判。有罪を前提に行われる粛正裁判。

 その恐怖に怯えながら毎日を暮らす。それがシリウスの現実だった。


 ――――しかし、捕虜というのは間違いありませんか?


 地球側の記者は遠慮無くそう問いただした。

 首から提げているIDカードは、ゴシップ誌に片足を突っ込んでいる様な大衆紙と呼ばれる新聞社のマークが入っていた。


 彼らはその実情の正否や是非を問わないのだ。センセーショナルな見出しを付けて、しかも、その中身は尾ひれを盛大に持った馬鹿馬鹿しいまでに大袈裟な記事を書く事で新聞を売るのだ。

 読者はその文章の行間を読み、今何が起きているのかを理解する事になる。それが出来ない者や、言われた言葉をそのままに飲み込む愚かな者は、マスコミと上手く付き合う事など出来ず、永遠に踊らされる事になる……


「もちろんです。これは独立闘争委員会のメンバーが()()()()()()()から得た情報なので、相当の確度のはずです」


 バーニーを挟んでサミールと反対側に座っていた女が答えた。

 背中にはティアラのマークのスタジャンがある。サンディと呼ばれるもう一人の副官、サンドラだ。


「もし、連邦軍内部で我々を謀る目的があるなら話しは別ですが、先の連邦軍最高責任者更迭情報とあわせ、内部から、それも、相当高いところにある者から直接得られたものです」


 その言葉に記者会見の席がざわついた。地球側もシリウス側もだ。

 つまり、両軍の高官の間で最初から話が出来ている出来レースかも知れない。

 しかもそれは、犠牲が生じる事を考慮せずに行われた、ある意味で裏切り行為。


 地球側の記者は裏返った声で尋ねた。

 事と次第によっては連邦軍の上層部や参謀本部などで纏めて首が飛びかねない。

 それだけで無く、国連組織の中や将官の出身国で政治的スキャンダルとなる。


 文字通りの特ダネが転がっている状態だ。


 ――――では、連邦軍内部に内通者が居ると言う事ですか?


「それは私には判断できかねます。私はシリウス軍所属ですので地球連邦軍の内情を窺い知る事は出来ません。ただ、地球サイドにも色々と都合があるのでしょう。先般亡くなった地球側の最高責任者は、部下の手により事実上幽閉され、持病療養の医薬品を与えられる事無く亡くなったと聞いております。我々シリウスサイドだって声には出来ない事情が幾つもあるように、地球側にもいろいろと思惑があるのでしょう。それについてはあなたが地球で取材すればよろしいのでは?」


 地球側記者の質問に対し、しれっと毒を混ぜた吐き出したバーニー少佐は、記者達の反応を確かめた。少なからぬものが衝撃を受けているか、それもそうだろう。


 ――――少佐は独立闘争委員会のメンバーにも…… その…… つまり……


 シリウス側の記者は言葉を慎重に選んでいるが、その全てを吐き出すまで至っていなかった。言いたい言葉は相当難しいものだ。場合によっては()()()()()()()()事態になりかねないものだ。


「独立闘争委員会を批判する事は我々の仕事では無いので、その点についてはノーコメントです。ただ、地球連邦軍内部の相当高いところにいる将軍クラスと直接面識があり情報交換が出来る存在は、間違い無く委員会のメンバーにいるはずです」


 バーニー少佐は『批判では無い』と前置きした上でしっかりと批判した。

 立つ瀬が無くなる様に言葉を選んで使ったのだ。


 ――──少佐はどう思われますか?


 シリウス側記者の言葉はより一層のおびえが混じっていた。

 本来であれば、この質問も充分に危険なモノだが、聞きたい言葉は一つだ。

 独立闘争委員会の面々から吊し上げられなくて済む数少ないシリウス人によって言って欲しいのだ。


 公衆の面前で堂々と、独立委員会を批判して欲しい。

 それが出来る人間の口によって、シリウス人の気持ちを代弁して欲しいのだ。


 だが……


「申し訳ありません。質問の意味が図りかねます」


 全部承知でバーニーは質問を切ってしまった。

 コレにはシリウス側だけで無く地球側の記者もガタリと音を立てて動いた。


 シリウス側記者が言わせたかったのは、内部分裂と取られかねない言葉だった。

 それはもちろん、地球側の記者だって喉から手が出るほど欲しい言葉だ。


 ──いや、ですから……


 答えを引き出そうとした記者は、それ以上の質問を浴びせる事が出来なかった。

 ただ、言わせたかった言葉を求める気持ちは、双方共に良くわかる。


 ワルキューレのメンツから突撃隊に引き抜かれた者が居る。

 相当の腕利きなのは間違い無く、また破格の能力がある筈だ。

 そして、独立闘争委員会は、その面々にさらなる実績を積ませようとしている。


 委員会の面々が連邦軍と裏で繋がっているなら、最終的に行き着く結論は一つ。

 誰も反論できない体勢になるまでシリウスの社会を徹底的に締め上げ、地球側の承認を受けて現在のヘカトンケイルがあるポジションに彼らが収まると言う事だ。

 その課程であの狼藉集団が、より一掃手の付けられない状態になる。しかも、実績を積み上げ発言力を持つようになるのだ。シリウス人なら誰だって悪夢と言うだろう。現状で充分に悪夢の様な状態だというのに……だ。


 ――――すいません


 地球側の記者が手を挙げて立ち上がった。

 何を言うのかと多くの記者の耳目が集まった。


 ――――突撃隊は更に発展すると思われますか?


 直球どストライクが来た。

 一瞬、全員が呆気にとられた。


 アチコチから小さな声で『バカッ』『何考えてんだ!』『やべぇ』と声が漏れ、舌打ちの押し籠もった悲鳴と、引きつる様な笑みが溢れた。


「それは我々の任務とは関係ありません。我々の任務は、ヘカトンケイルの警護です。そして、ヘカトンケイルが指示した任務を実行するだけです。今回はその指示により捕虜の返還を求めるだけです。それ以外の件に関しては考慮しません」


 スパッと言い切ったサミーはアラブ系特有の翡翠色な瞳で笑みを浮かべた。

 イスラム文化をまだ堅持しているサミーは、大きなスカーフを身にまとって佇んでいる。その文化の多様性こそがシリウスの強みなのだが……


 ――――では、突撃隊がより実績を積み皆さんの活動の障害になった場合は?


 食い下がった記者は鋭い質問を浴びせた。

 聞きたい言葉はただ一つ。


 困る……と。

 はっきりそういえば良いのに……と。


 その言葉を聞いている者は、皆同じ印象を持つ。

 だが。


「その質問についてはノーコメントの範囲です。ただ、未返還の捕虜が居る事は、我々の主であるレオ様だけでなく、独立委員会のボーン氏も心配されている事でしょう。ですから、我々は地球側に強く求めるだけです。地球連邦軍の──


 サミーが次の一言を言おうとしたとき、突然会場の灯りがすべて消された。

 そして、会場の後方扉から武装集団が飛び込んできて、銃を乱射し始めた。


 悲鳴と罵声。

 そして、助けを求める声と、痛みに呻く声。

 それらが渾然一体となり、会場を埋め尽くした。


 ――――出口は何処だ!

 ――――逃げろ逃げろ!

 ――――突撃隊だ!

 ――――コレはテロだ!


 地球側記者だけで無くシリウス側記者からも声が上がった。

 シリウス全域に生中継されているはずの記者会見が騒然とした形で終わった。

 わずか数分間の出来事だが、インパクトは十分だ。


 一般家庭で成り行きを注目していた者達は、唐突に映像が打ち切られたのを目撃していた。


 シリウスでは良くある事。

 独立闘争委員会の都合の悪い放送は行われない。


 それで済ませてはいけないことだが、結局はそれで割り切るしか無い。

 それ以上でもそれ以下でも無く、シリウスの現実の一部だった。

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