敵討ちとターンチェンジと
今日2話目です
~承前
────マイク、悪いがもう一度頭から言ってくれ
何度聞き返してもその話の中身は変わらない。
だが、エディは聞き返さずにはいられなかったのだ。
──遅かった
テッドはそう思った。
地球とシリウスは離れすぎている。
片道80日の航海を必要とするのだ。
――――これほど衝撃を受けるとはな……
それはエディの率直な言葉だ。
全体像をうかがい知る事は出来ないが、少なくともエディにとっては肉親だ。
シリウスから地球へと送り出された始まりの子を育てた者。
テッドのイメージするロイエンタール伯は、そんな人物だ。
「エディ……」
寂しげな笑みを浮かべたエディは、静かに頷いてソファーへ腰を下ろした。
沈痛な表情を浮かべているが、どこかサバサバした空気をも漂わせていた。
――なぜ?
テッドはそれが腑に落ちない。
エディにとってはロイエンタール伯もカードの一枚に過ぎないのだろうか?
そんな思考が頭の中をグルグルと巡っている状態だ。
「人の死とは呆気ないモノだな」
抑えた声でそう吐き捨てたエディ。
だが、そこには確実な怒りと哀しみがあった。
基本的に喜怒哀楽をあまり感じさせない人物。
テッドはそう思って来たのだが、実際のところはちゃんと怒るし悲しむ。
今だって酷く落ち込んで嘆いているのだが……
「さて、これをどうやって取り返してくれようか……」
額に手を添えて思案に暮れるエディは、沈思黙考の様な姿だ。
リディアがマイクロマシンの影響を受けていない事も気に止めていない様子だ。
ただ、それはエディの冷淡さを示す物では無く、むしろ……
「あなたの悪い癖が出てるわよ?」
「……そうか?」
バーニーの言葉にエディはハッと我に返った。
そして、ニコリと笑ってリディアを見た。
「そうか。影響が出てないか」
「はい。おかげさまで」
「問題ないならそれで良し。作戦は続くぞ」
「はい」
何度か頷き、そしてテッドを見たエディ。
その目はやる気を漲らせた猟犬だった。
「作戦の基本コードは変わらない。到達目標もだ」
ソファーから立ち上がり、狭い室内を歩いたエディは、不意に俯いて顎に手を添え、ジッと考える仕草を見せた。
「……そうだな。そうしよう」
磁気テーブルの上に指先で画を描き始めたエディ。
ボタン一つで表示された情報を消去できるホワイトボードは便利だ。
ネットワークでリンクしておけば、画像情報として後から呼び出せる。
物理的な証拠を残さないでおけるというのは、情報管理の観点から非常にありがたい事だった。
「テッドは分かるだろうが、シリウス協定時間でいま現在は2250年3月21日だ。ニューホライズン標準時間で午後3時40分過ぎ。暫定休戦協定は双方同意の下に三ヶ月間延長されていて、どちらかがそれを破らない限り、随時自動延長される事になっている。つまり、シリウス側が圧倒的に有利だ」
エディの言葉に目眩の様なモノを覚えたテッドは、眉間を押さえた。
時間は万民に平等と言うが、現状ではシリウスの方が圧倒的に有利だ。
総生産力としてみれば地球の方が圧倒的に有利といえる。
だが、シリウスは生産と戦線を一本化できる強みがある。
なにより――
「現状ではシリウスの地上でレプリが続々とケースアウトしていて、推定で100万前後の数が戦闘準備中だ。年間2000万体を生産できるシリウスなのだから、それはまぁ予測の範囲の中だな」
小さく溜息をこぼし、エディは顎をさする。
だが、その間も思考はグルグルと回り続け、作戦は紡がれていくのだ。
「連邦側は3ヶ月に一回のペースで戦力の増強が図られる。連邦側の基本方針は、シリウスと同等の戦力を保持し続ける事。直接的な圧力は必要ないが、いざ会戦したならば手痛い事態に陥る程度が望ましい。つまり、歴史は繰り返され、ニューホライズンの地上では冷戦が始まっていると言う事だ」
状況説明を続けるエディ。
テッドはそれが自分への個人授業だと気が付いていた。戦術と戦略の講義だ。
勝つ為の術が戦術であり、勝つ為の算段が戦略。そしてコレは全体把握。
「シリウス側にしてみれば、その直後が一番有利と言える状況だろう」
エディは連邦軍では無くシリウス軍側から見て考えている。
テッドはそう確信した。そして、敵を知り己を知れば~と言う言葉を思い出す。
ただ、エディの言葉がいまいち腑に落ちなかったテッドは質問を浴びせた。
「何故ですか? 何故直前では無いんですか?」
シリウス到着直前が戦力差的に最大になる筈だ。
ランチェスターの法則通りとは言わないが、数的有利は絶対的なモノの筈だ。
「良い質問だが大切な視点が抜けている」
「大切?
「そうだ。増援が必ず来ると分かっている兵は手強い」
「……あっ」
その通りだとテッドは思った。
間も無く応援がやって来る。おろし立ての兵器で増援がやって来る。
それを信じる兵はかなり手強い。自分自身がそうだった様にだ。
後続の兵がサポートしてくれると思えば俄然やる気になる。
有利なところまで何とか推しておいて、そこにフレッシュな戦力を投入する。
大きな視点で見れば、それこそが戦術と戦略の妙味だろう。
「だが、新戦力の到着直後で、まだまだ体制的に落ち着く前ならば、巨大戦力が徒になることもある。統制の取りきれない戦力を蚕食し、兵士がパニックに陥ったところで更に嵩に掛かって攻め立てる。それならば連邦側全体がパニックになる。おまけに頼みの綱の増援は三ヶ月後だ」
――どうすんだ?
流石に青くなり始めたテッドだが、エディは何とも楽しそうだ。
まだニューホライズンの地上を走り回っていた頃からの事だが……
――エディは負け戦が好きなんだ……
あり得ない事だが、テッドはふと、そんな事を思った。
そして、そんな場面をひっくり返す知恵と度胸と実力を持っている。
相手が勝ちを確信した場面に介入し、それをひっくり返す。
兵を鼓舞し、相手に落胆を与え、精神的に有利な状況を作り出す。
メンタルが乱れれば、どれ程精強な兵でも戦闘の継続は難しい……
――打たれ強いってこういう事か
また一つ学んだとテッドは思った。
そして同時に、万全の信頼でそれを見ているバーニー少佐を思った。
「で、どうするの?」
「そうだな。おそらくは……」
モニターのスイッチを入れて座標を確かめたエディ。
ナイル到着まで、あと12時間だ。
「ロイエンタール卿一派は重要なポジションからかなり外された事だろう。故に私もポストが危ない。従って……」
エディはバーニーを指さした。
「リリスの振る舞いが大切だ」
「何をすれば良い?」
自信たっぷりに笑みを浮かべたバーニー少佐は、ジッとエディを見た。
その磐石な関係を羨ましいと何度も思っているテッドだが……
「ヘカトンケイルのじいさん達に言って、シリウス側から捕虜を返還しろと。状況的にシリウスが有利で連邦軍内部に協力者も沢山居るのだからと、ハッキリ圧力を掛けさせよう、それで――『あぁ。なるほどね』
バーニー少佐が頷く。
そしてリディアを見た。
「公式記者会見でハッキリ言っちゃえば良いのね。連邦軍内部の協力者により捕虜が捕らわれているのは知っているって。そして、闘争委員会に花を持たせて」
「そう言う事だ。ワルキューレの仲間が捕らわれているっておっぱじめよう」
着々とお膳立てが整えられていく。これは一種のクーデターだ。
軍と言う超絶に指揮命令系統が厳しい環境の中は、どうしたって出る釘が打たれてしまう閉鎖社会そのものだ。その中で自らの領分を越えずに事を起すならば、それはもう正論モンスターになりきるしかない。
世の中を上手く回す為ならば、時には悪を承知で行なわねば成らぬ事もある。
そんな必要な悪ですらも軍と言う社会では認められない時があるのだ。
だからこそ、二河白道を正確に歩むが如く、一歩も踏み外さぬ能力が必要だ。
「そこで私が……」
「拒否すれば良いんだな」
リディアとテッドも手順を理解した。
そして、エディが狙っている事を理解した。
「シリウス軍から独立闘争委員会の息が掛かった者を排除し、併せて、連邦軍内部の裏切り者を粛清する。ロイエンタール卿の敵討ちと言う大義名分でそれを行なう事にする。既に地球からの増援軍団の中にはロイエンタール派が到着しているだろうから、その辺りとまずは旧交を温めよう」
たった4人の者たちでしか無いが、これから立てる波風は相当なモノだ。
恐らくは各所で壮絶な摩擦を引き起こし、両軍の内部で猜疑心に駆られた当事者たちが疑心暗鬼に足の引っ張り合いを始めるだろう。そこを一網打尽にしてしまう作戦なのだから、立てる波風は大きいに越した事が無い。
「まぁ、お誂え向きにナイルが共有地になっているからな」
「え?」
エディの一言に驚きの言葉を返したテッド。
素で漏れた一言にバーニーが笑った。
「驚くにしたってもうちょっと上手くやりなさいな」
「そうだ。今のは無用心だ。知らない情報に接した時こそ上手くやれ」
エディにも窘められ、テッドは小さくなった。
だが、いま聞いた情報は尋常なモノでは無い。
「コロニーが共有地化って、どういう事ですか?」
テッドの代わりにリディアがそう言った。
言葉遣いはリディアそのものだ。
僅かに漏れる機微がリディアでもソフィアでも無いときもある。
だが、その人格傾向はリディアがやや優勢といえる。
複数に分かれた人格が融合しつつあるとテッドは感じた。
――もうチョイだな……
急いては事を仕損じる。ここでも慎重さを求められる。
油断して焦れば全てが終わり。そんなプレッシャーが身を焦がす。
――あっ……
ふとテッドは気がついてしまった。
エディは、こんなプレッシャーの中で生きて来たのだ……と。
少しずつ協力者を増やし、着々とやって来たのだと。
そしていま、自分がその歯車のひとつになっている。
エディの野望を実現するカードの一枚になっている。
だが、テッドはそれが少しも不快ではなかった。
むしろどこか、誇らしくすら感じていた。
――エディの役に立つ事が嬉しい
そんな事を思ったテッドだが、当のエディはあっさりと言った。
「シリウス側が突きつけた暫定停戦の延長条件はコロニーの共有化だった。それに反対したロイエンタール伯が拘束され、コロニーは共有地化された。つまり」
――あちゃぁ……
テッドは中身を察した。
「連邦サイドはシリウスにおける最も重要な拠点を事実上失った」
テッドはただただ、溜息をこぼすことしか出来なかった。




