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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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2度目の地球

~承前






 サイボーグの目は、見た物を映像として記録できる。


 ディスカバリーの展望デッキにあるソファーの上。

 テッドはナイルの内で読んだエディのレポートを思い出していた。


 その能力は、持ち出し禁止の資料を後から読み返せると言う特技に繋がる。

 自分の都合が良い時、誰にも覗かれない形で見直す事が出来るのだ。

 そして、いま見ているのは、この半年ほどの間の、大まかな流れだ。


 ボーン親子がどう暗躍したのかの記録。

 ニューホライズンの地上であった歴史的な出来事。

 そして、エディがそれをどう見て、どう評価しているのかの……本音。


 ナイルを出発する直前の僅かな時間だったが『全部覚えろ』と見せられたのだ。

 ページ数にして実に50項に及ぶモノだ。

 だが、エディが普段は決して口外しない、生々しい本音を書き連ねてあった。


 ――強行派を切り捨てようとしているのか……


 テッドはそんな印象を持った。

 エディが目標とする到達点はだいたい理解しているつもりだ。

 だが、そこへ至る課程は全く想像が付かない。


 そして、アグライアー三姉妹の処遇については、エディも手に余したようだ。


 慮外の事が発生し、リカバリーする前にシリウス軍側が動いた。

 その結果として、独立闘争委員会はシリウス全土への影響力を大幅に失った。

 コミッサールという委員会への忠誠を誓った将校が軍の手で粛正されたのだ。


 だが。


 ――ウソだよな……


 その事実について、エディはこう書いていた。


『現場から面倒な事を言ってくる使えない連中を、シリウス軍側から切り捨てさせ処分した考えて良い。この先で障害になる規模の連中なので、シリウス軍の手により全員を殺し、身軽になり、しかも独立強行派にはある意味で見せしめの効果を持つ事になった。穏健派に日和れば殺される。そんな恐怖を煽り、結束を固めた結果に繋がった。問題は多いが、コミッサールは生かしておくべきだった』


 その一文にテッドは僅かならぬ不満を持った。

 不倶戴天の敵と言ってもいいような集団だ。


 ニューホライズンの地上において、コミッサールと自警団がどれ程の悪行を重ねたのかは、思い出したくも無い数々のシーンとなって蘇る。


 しかし……


 ――無能な味方は一番の強敵……か


 シリウス軍の現場で絶大な権力を持っていたコミッサールだ。

 軍の攻勢が失敗に終われば、その責任を取らされる事になる。

 それ故にコミッサールはヒステリックなまでに非常な作戦を行ってきたが……


『その存在が消え去った以上、シリウス軍は今以上にシビアな判断を迫られる事になる。作戦が失敗した場合、コミッサールに全ての責任をおっ被せる事が出来なくなった。シリウス軍は所定の目的を果たす為に、自分たちの手で無茶や無謀な作戦を立案し、実行し、結果を出さねばならない立場に追い込まれた。言い換えれば、コミッサールが居なくなった事で独立闘争委員会は参謀本部の中でシリウス軍を指揮する将官と、それを任命したヘカトンケイルに対し、やり方が甘いと噛み付く口実を手に入れた』


 ――エディはコレを危惧しているのか……


 シリウスの地上で独立闘争委員会は小さいながらも『独立』を果たした。

 ジュザの地で攻撃的な集団を集め、小さな国家になったのだ。

 そしてそれは、ある意味で熱狂的・狂信的な支援者だ。


 人民というハッキリした後ろ盾を付け、ヘカトンケイルを口撃できる。

 口鉄砲で充分なのだ。少しずつ少しずつ時間を掛けて浸食していけば良い。

 一定の圧力をシリウス軍にも掛けられるのだから、その中で結果を残せば良い。


 支配という名のゲームを続けながら、少しずつ浸食し、浸透し、簒奪する。

 ヘカトンケイルの権威や人気を蚕食していって、最後には乗っ取るのだろう。


 ――大した連中だな


 改めてテッドは驚くしか無かった。

 あの連中の恐るべき手腕に。手練手管にだ。


『結果、シリウス軍の将官は必要な結果を得る為に、兵に無理な作戦を強いる可能性がある。或いは、シリウス軍全体の名誉と誇りの為に、減耗を強いる強攻策を執らざるを得なくなる可能性がある。多くのシリウス軍士官や将官にとって、それは恥ずべき行為であり、また、結果の為に犠牲を強いるのは人倫に悖る行為となる』


 エディが危惧する最も深いところの話。テッドはそれに思い至った。

 そして、あの独立闘争委員会が何処まで仕込んでいるのかと嘆きたくもなった。


『一度や二度ならばまだともかく、三度四度と繰り返した時、シリウス人民の穏健派などが、ヘカトンケイル直下の参謀本部に失望を抱く可能性が高い。そうなった場合、逆説的な論法で独立闘争委員会の勢力が息を吹き返す可能性がある。少なくとも年内中の直接交戦は考えにくいが、年が明けた直後にシリウス軍が大攻勢を仕掛けた場合、犠牲よりも必要な結果を最初から欲したなら、穏健派が一気に寝返りかねない。こうなった場合、双方のバランスが一挙に崩れ――


 読み止しで小さく溜息をこぼし窓の外を見たテッド。

 エディの脳内でシミュレーションされた近未来の出来映えに寒気を覚える。


 何を危惧し、何を恐れているのか。

 エディはその全てを開陳し、テッドに見せたのだった。


「何考えてるの?」


 地球を見ていたソフィアは、沈思黙考に沈んでいたテッドの意識を呼び戻した。。

 展望デッキのソファーの上で、テッドに並んで椅子に座っていたのだ。


 地球周回軌道に入って既に6時間。

 幾度かは地上との連絡が行われ、細々とした手続きが行われていた。


「……ちょっと楽しい話」

「楽しい?」

「あぁ。ちょっとだけな」


 柔らかに微笑んだテッドはそっと肩を抱いた。

 本来ならソフィアに聞かせる話ではない。


 ソフィアはシリウスを出てからの5日間もカウンセリングを続けていた。

 その甲斐あってか、感情の暴走や精神の先鋭化こそ影を潜めている。


 だが、基本的には複数の人格がまだ衝突している状態だ。

 ソフィアと言う人格の中でミリアは相変わらず小言を言い続けて居るらしい。


 そして、リディアらしい人格は姿を現さない。

 テッドをテッドとして認識し、ジョニーを殺してしまったと泣いたのだが……


「どんな話?」


 もはやテッドにとってはどっちでも良い問題になりつつあった。

 ソフィアであるかリディアであるか、たいした事では無い。

 異なる人格だが、その実として性格的なものはあまり違いがなかった。


 ソフィアが見せる攻撃的で衝動的な振る舞いは、マイクロマシンの影響だ。

 シリウスエリアを離れて電波が途絶えると、途端にソフィアは大人しくなる。


 基本的に思慮深く、注意深く、なにより慎み深い。

 淑女と言うには些か褒めすぎだが、軽い人間ではなかった。


「……ちょっと言えないなぁ」

「なんで?」

「立場的に君は捕虜だからね」

「じゃぁ、亡命すればいい?」

「無茶を言ってくれる……」


 クククと笑ったテッドだが、実際はまんざらでもない部分もある。

 タイレルの工場で身体が作れるなら、地球への亡命は重要な選択肢だ。


 ただ、姉キャサリンの処遇がある。

 ここは一つ上手く振る舞っておかないと……


 ――あっ……


 上手く表現できないが、テッドの中で何かが一本の線に結ばれた。

 漠然とし過ぎていて掴めなかった全体像を、初めて把握したような感触だ。


 様々な事象や出来事やイベントの全てがタイムライン状に脳内で並んだ。

 その全てを突き抜けて細く輝く一本の糸が、キラキラと光りながら貫いている。


 ――こういう事か!


 エディが繰り返して言う『上手く振る舞え』の意味をテッドは理解した。

 表面的では無く立体的にだ。


 そして、それは言葉の重みや深みと言った物では無い。

 時間的な部分をも含んだ四次元的な概念だ。

 ややもすれば抽象的すぎて理解しきれないが、確かにそこにあるもの。


 境界部分は曖昧だが、ちょっと離れてみた時には雲のように見えるのだろう。


「またなんか難しい事考えてる?」

「難しくは無いよ。ただ、やっと一つに繋がったんだ」

「私も繋がりたい」

「え?」

「みんなが色々言ってくるけど、私は私だから」


 総体としてそこにある一つの意識。

 自我を表現するのは難しいものだ。


 だが、ソフィアは私という表現で複数の自我を繋げた。

 その中にリディアが居る事をテッドは祈った。


「地球でもカウンセリングを受けるんだろ?」

「うん」

「俺も良くわからないけど……」


 テッドは空中に指で画を描いた。

 複数のパーツが組み合わさって、一つの形を作る姿だ。


「きっと、最初は一つだったものが別れちゃったんだな」

「……そうなのかな」

「だから、どこかに隠れてる物を引っ張り出せば、ちゃんと組み合わさってさ」

「うん」

「また同じ形になるよ」

「そうなりたい」


 ギュッと頭を抱いたテッド。ソフィアはされるに任せていた。

 ここ数日で、何度かカウンセリング中にソフィアが失神する事があった。

 精神科医はそれを潜在人格の顕在化拒否と表現した。


 隠れているリディアが表に引っ張り出されるのを拒否している。

 穴蔵に閉じこもって外界を拒否している状態だと表現した。


 ――どうしたもんかなぁ……


 アレコレと手立てを考えるテッドだが答えは見えない。

 正答の無い問題に対し、もっと正答に近い不正答を導き出す。

 それはもう理屈や理論では無く、踏んだ場数で決まる事だった。


「テッド少尉。寛いでいるところをすいません」


 思案を巡らせていたテッドのところにディスカバリーの最先任曹長が現れた。

 エンデバーの保安将校だったバロウズの元同僚らしいが……


「いえ。艦内でこんな事を…… すいません」


 ソフィアの肩を抱いたまま、テッドは恥ずかしげに笑った。

 

 リードと名乗った最先任曹長は、テッドとソフィアの向かいに腰を下ろした。

 既にヴェテランの域になった曹長は、睦まじい二人を祝福するようだ。


「それが少尉の任務です。幸せになる事が任務なんですよ」

「……そう言って貰えると助かります」

「こう言っては何ですが……」


 リードは両手を広げていった。

 包み隠さず、本音を言うように。


「お二方を見ていると、地球に残してきた女房を思い出します。半年も顔を見ていませんから、どうなっているか心配なんですがね」

「曹長はもう何往復しましたか?」

「まだ4往復です。約2年ほど時に喰われましたが――


 ニコリと笑ったリード曹長は白い歯を見せた


 ――そもそも女房は4歳下なので、あと4往復したら追いつかれますね」


 ハッハッハと声を上げて笑ったテッドとリード。

 ソフィアも話しを聞いて微笑んだ。


「で、本題は?」

「えぇ、明日の午後に地球重力圏へ入りますが、本艦は必要物資を搭載した後、すぐにシリウスへ出発します。少尉は地球に残ってください」


 いきなり言われた言葉にテッドは表情を引きつらせた。

 だが、慌ててシリウスに戻る理由は言うまでも無い事だった。


「地球からの出発艦艇は?」

「小職の把握しておりますところによると、空母3隻と巡洋艦22隻。そして、大型貨物船12隻。それと――


 手帳を広げたリードは資料を再精読した


 ――大型戦列艦が4隻になっていますね」

「大艦隊だな」

「ですな」


 うーん……

 小さな声で唸ったテッドはシリウスを思った。

 もう一度地上の全てを焼き払える位の戦力だ。


 そして、エディが言ったコミッサールを存続させるべき意味を理解した。

 連邦側が一方的に攻めたて、シリウスが負ければコミッサールのせいに出来る。

 必死の抵抗により痛み分けになれば、闘争委員会の非道を攻められる。

 シリウス側の勝ち戦に終われば、休戦期間の設定に反対した連中を失脚出来る。


 悪い事は一つも無い筈だった。


「で、もう一つ、仕事の話ですが……」


 一つ前置きを置いてからリードは殊更深刻そうな声を上げた。

 かなり怪訝な表情になったままだが……


「こんな時は自分のポジションを呪いたくもなります」


 リードがテーブルに出した書類封筒は、ちょっと膨らんでいた。

 中に何が入っているのかは、テッドもソフィアもすぐに理解した。


「遠慮しなくとも結構です」


 ソフィアは穏やかな声でリードに言った。

 今さら言われなくとも、その意味はよくよく理解していた。


「申し訳ありません。少尉殿。これも任務なので」


 リードは一息こぼしてから、封筒を開けた。

 中から出てきたのは、テッドが首から提げるIDカードの入ったパスケース。

 そして、ソフィア向けのレプリ管理条約における自爆機能付きチョーカー。


 地球の地上でレプリカントを管理する上では絶対に拒否できない代物。

 また、違う見方をすれば、レプリカントが人類に対し絶対反抗できない軛だ。


「ペアリングは済んでいます」


 テッドはそのチョーカーを手にとってソフィアの首へと巻いた。

 規定に従い、指一本が何とか通るレベルまで締め上げた状態だ。


 その状態を確認し、テッドはIDカードを右手の甲へ載せた。

 簡易的ながらもカードリーダーが装備されていて、テッドは情報を読み取る。

 チョーカーとの間は16ビットの簡単なIDコード通信だ。

 一定の距離が離れると警告を発し、更に距離が離れると爆発する。


「俺から離れるなよ」

「なんなら首にくさりでも付けてくれれば良いよ」

「……やめとくわ。凄く恨まれそうだ」


 優しい笑みで顔を見合わせたふたり。

 シリウス出航から5日目にして、このシリウス軍士官の捕虜とテッドの関係は艦内に知れ渡っていた。そして、地球へ来た目的がカウンセリングだと言う事も。


「カードとの距離は?」


 本来なら機密情報なのだが、テッドはリードへ問いかけた。

 リードはやや困った表情になりながらも……


「遮蔽物無しなら1500メートルですね」


 と、遠慮無く答えた。


「そうなんだ」


 カードケースに付いたグルグル巻きの首ヒモを伸ばし、そのままソフィアの首へとテッドはぶら下げた。コレで事実上チョーカーは自動爆発しない。

 爆破コードは読み取ったので、強制爆破を行う事は出来るのだが……


「いいの?」

「あぁ。逃げる気は無いだろ?」

「うん」

「じゃぁ良いよ」


 強制爆破出来る事はソフィアも知っている。

 だが、それをしないだろうという確信もある。


 無言のままに伝わりあう信頼関係は心地よくあるものだ。

 それこそがソフィアにとって一番の治療なのだとテッドは聞いていた。

 少しずつ前進している。それを実感して、テッドはまた笑った。

 地球西暦2249年、9月15日の事だった。

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