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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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暫定和平とは戦争の準備期間に過ぎない

今日2話目です。まだ頭がガンガンする……

絶賛迎え酒中なう

~承前






「ところでさぁ」


 そう切り出したテッド。

 今度はこっちの番だと皆が目を輝かせている。


 テッドにとっては2週間の出来事だが、シリウスに残っている連中にしてみれば、半年の間の出来事が積もり積もっているのだ。


「何から話せば良い?」


 ウッディまでもが目を輝かせている。

 その瞳のキラキラ具合に、テッドも苦笑するのだが。


「まず、コロニーとニューホラの周りが驚く程『綺麗になってんだろ?』


 胸を張ってディージョが答えた。

 そしてヴァルターが言う。


「二ヶ月掛けて周辺のデブリを掃除したんだ」

「掃除? シリウスの封じ込めは?」

「あぁ、それは……」


 それに答えたのはウッディだ。

 手にしていた情報端末に情報を表示させて言った。


「ニューホライズンの地上は公式に3集団へと別れた。過激な独立集団は一番小さな団体に成り下がったな」

「へぇ…… んじゃ、あの闘争委員会は?」

「連中を中心にした狂信集団な共和国が出来た」

「共和国…… ねぇ……」

「ジュザ大陸を本拠にするシリウス人民共和国」


 露骨に嫌な顔をしたテッドは、ウッディの端末を覗き込んだ。

 それほど大きな範囲を占めているわけでは無いが、それなりに存在感がある。


「で、穏健派はリョーガー合衆国になった。ここが一番の他民族国家だ」

「ってことは、なに? リョーガー大陸が?」

「そう。リョーガー大陸のほぼ全てと、周辺の少しばかりが領土だね」

「へぇ……」


 穏やかに独立を目指し、それが無理ならせめて平和と安定を。

 それを主眼とする巨大国家が誕生していた。


 シリウス人口の半分以上を占める人々がここに属し、比較的穏やかな国家だ。

 強い口調で独立を求める事は無いが、地球の言いなりは嫌だ。

 そんなところが落としどころになっているらしいのだが……


「だけど、リョーガー沖合のゴールドランド諸島はシリウス共和国の領土だ」

「マジかよ」

「まぁ、色々と闘争があるんだろうさ。なんせほら。あいつら好きじゃん」

「……だな。闘争とか勝利とか、そんな言葉が大好きだ」


 顔を見合わせて露骨に嫌な表情を浮かべたウッディとテッド。

 そんな仕草にヴァルターもディージョもクスクスと笑った。


「最後は地球派市民の国家だ。と言っても、国家と言うには些か規模が小さい。小さな国家の集合体だな。孤立大陸ヲセカイに作られた中立派小国家群の集まりであるホロケウ自由国家連合」


 ニューホライズンの南極洋に近いエリアに浮かぶ孤立大陸ヲセカイ。

 それは星都セントゼロがある完全に孤立した大陸だ。


 多くの大陸が集約する地域の反対側にぽっかりと浮かぶ大陸で、大気圏外から見た時、多くの者がその形を扇型とも銀杏の葉っぱとも表現する事が多い。

 ヲセカイの周辺には膨大な諸島群が存在しており、複雑な海流と相まって船舶による接近が困難という特徴があった。また、その周辺は巨大カルデラが幾つもあるのだが、どれも全てが死火山で、ニューホライズン地質学上一番の謎だった。


「んじゃ、ヘカトンケイルの連中は」

「あぁ。ヲセカイにいる。基本的には緩衝しない方針だが……」


 ……そんなわけ、無いだろ?

 そう言わんばかりの表情でウッディは笑った。


 ヘカトンケイルはシリウスの全てに影響力を持っている。

 そんな彼らは、基本的に中立という大義名分なヲセカイにいた。

 独立派からは地球のイヌ呼ばわりされるホロケウの象徴だ。


 そして、リョーガー合衆国はヘカトンケイルを象徴的元首と位置づけた。

 現状でヘカトンケイルの権威と立場を認めないのはシリウス人民共和国だけ。

 主権在民を思想的根拠としている彼らは、独立闘争委員会の走狗だった。


「その三つの国家の他にもまぁ…… 小さなっつっても、それなりにサイズのある島が独立国家宣言してたりするんで、まぁ色々あるが、3国家それぞれに議会制民主主義を宣言した。でもって、ニューホライズンはシリウス連邦の発足を準備している」


 シリウスも政治的に動き始めている。テッドはそんな印象を持った。

 まだまだ不安定で復興が必要な地上も多いが、地球系企業による開発と投資は続いている様だ。そもそも地球とシリウスの両方で活動する巨大多国籍企業は、その存在が既に領土を持たぬ国家の様相を呈している。


 そんな企業達は『利益』という分かりやすい目標を持って、多くの国家に食い込んでいくのだろう。企業という組織なりの安定と実績を求めて。


「まだどう転ぶかは分からないけどさ、要するに連中は地球に比肩する組織にしたいようだ。そして、一定のところまで行ったら、対等に話が出来る存在になりたいらしい。なに言ってんだって気もするけど、目標はデカイ方が良いだろ?」


 シリウスが落ち着き始めた。

 そもそもがシリウス人のテッドだって、それ自体は歓迎することだ。


 ただいわゆる強硬派がどう出るかは心配の種だ。思うようにならぬと癇癪を起こせば、暴力的な手段に訴えてでも目的を果たそうとする。今現状のシリウスは、その結果に過ぎないのだ。


 異なる意見を許容できない強硬な思想は、粛正や暗殺と言った手段に訴える。

 弾力性を持たない国家指導部が民衆統制の手段として使うのは、いつの時代も恐怖政治と思想弾圧だ。人類史に名を残す暴虐的な指導者は、大体が同じ事を繰り返していた。


「まぁ、ここから先がどうなるかだな」


 テッドは鼻白んだようにそう言った。

 どう綺麗事を並べたところで、話し合いでの解決なんてのは理想論でしかない。

 相手を話し合いの席に付かせる為に、結局は軍事力に頼ることになる。


「で、シリウス軍はどうなった?」


 シリウスの地上が分裂したなら、軍の掌握が微妙な問題となる。

 そもそも、国家間の足並みが乱れた地球側は有志連合として連邦軍を作った。


 では、シリウスはどうなるのか。

 三つの国家に別れた以上、統一軍事力となるには手間が増える。

 そうなった場合、軍閥化した軍事力をどう御するかが問題になるはずだ。


「それについてはだな――


 その問いに答えたのはステンマルクだった。

 やはり資料を出してきて説明を始めた。


 ――シリウスは連邦統一議会を作る予定にしているが、その議会の直下にシリウス軍参謀本部が設置される予定だそうだ。現時点では準備段階だが、これはこっちとの直接交渉でヘカトンケイルが明らかにしたから間違いない」


『ヘカトンケイル? ホントに?』と裏返った声でテッドは驚いた。

 そして、こんな制御まで行っているのかと、サイボーグのサブコンにも驚く。

 なんともまぁ、生々しい振る舞いだが、逆に言えば人間らしい部分だ。


「あぁ。強硬派側がどんなに強行手段を主張しても、統一議会で否決されれば、それは出来ない事になるらしい。まぁどこまで機能するかは未知数だが、今までのように人を人とも思わない強攻作戦は出来ないだろうな」


 そんなステンマルクの言葉に、全員が乾いた笑いをこぼした。

 目的の為なら手段を選ばないのがシリウスの強みでもある。

 そして、捨て石となっても喜んで作戦を実行する愚直な集団だ。


 敵に回した時、これ程恐ろしい集団はなかなか無い。

 それこそ、昔から言う様に、無能な働き者の味方と同じくらい手強いのだ。


「でさ、結局のところ、封じ込めは?」

「それについては……


 ヴァルターがその役を買って出た。


「今のところ、年内中には戦闘を再開しないと言う事で暫定和平が実現している。ただ、言わなくても解ると思うけどさぁ」


 ヴァルターの微妙な表情にテッドも首肯を返した。

 人類史を紐解けば、それが何を意味するか嫌と言うほど分かる事だ。


 期間を決めた和平など、戦闘再開に向けた助走期間に過ぎない。

 戦闘兵器の再整備と戦力の再分配。そして、補給物資の調達と配達。


 多くのスポーツゲームが前半/後半に別れていて、その中間にハーフタイムを挟むように、戦争だって要するにゲームだ。後半戦へ向けて再準備を入念に行い、後半のホイッスルに備える。


「地球側は不利だな」

「全くだ」

「それ、いつの話?」

「6月1日」

「うわっ……」


 シリウス側の交渉術は相当な物だ。

 6月1日付けでの年内戦闘停止ならば、後半戦への助走期間は半年。

 超光速船で地球へ飛んでも、その往復だけで終わってしまう。


 また、現地へ行って事情を説明し、物資をかき集めたとて、その量はたかが知れているし、また、どう頑張っても船倉以上の積み荷は運び込めない。


「たった半年でも絶対的にシリウスが有利だな」

「そうさ。だからこそ――


 ヴァルターは船便の予定表を見せた。

 4月の半ばに地球行きの船が一隻出発していた。


 ――この船が地球に到着し、見込み発車で物資をかき集めているはずだ。また、地球には生き残った空母達が到着しているはず。あの船に積めるだけ資材を積んで帰ってくるだろう」


 カレンダーの上をヴァルターの指が走る。

 4月にシリウス(こっち)を出て、7月の終わりに地球に到着したはずだ。

 そこから資材をかき集め、10月に出発すれば12月の終わりには帰ってくる。


「来年1月1日付けで休戦協定は切れる。その時、こっちが不利にならないように色々と工作しているらしい。だけどさ……」


 肩をすぼめて笑ったヴァルターは、どこかウンザリな表情だ。

 その意味はテッドだって良くわかるし、ディージョやウッディも同じ顔だ。


「シリウス側の政治的な安定が実現しないとダメって事か」

「そう言う事だね。現状じゃ三つに分かれた国家全てが不安定だ」


 テッドとヴァルターはもう一度顔を見合わせた。

 お互い、言いたい事は嫌と言うほど分かった。


 どこかが弱くなれば、一気にそこへつけ込んで吸収合併を図るかも知れない。

 実際問題として、シリウスの歴史は多くの派閥の吸収合併だ。

 そして、最大勢力となっていたのが独立闘争委員会に過ぎない。


 彼らはその規模的な圧力を使ってシリウス全土で活動してきた。

 そこにクサビを打ち込み分裂させたのは、ヘカトンケイルの努力だろう。

 ソフィアが言うように、小さな愛国者と言うべき子供達まで使って……だ。


「戦闘再開までに、こっちも準備しねぇとな」

「そう言うこった」


 再び顔を見合わせウンザリとした表情になったテッドとヴァルター。

 だが、時間は流れ歴史は紡がれると言う事をテッドは思い知る。


『テッド。悪いが今すぐナイルの参謀本部に出頭しろ』


 クレイジーサイボーグズのチーム無線にエディの声が響いた。

 ハッとした表情になったテッドは、無線の中で言葉を返す。


『了解しました。緊急事態ですか?』

『緊急じゃ無いが、拙い事態だ』

『了解しました』


 ――――すまない!


 右手を挙げてガンルームを出たテッド。

 仲間達に見送られ参謀本部を目指すのだが、足取りは重かった。

 ここに来てエディに直接呼び出された理由はだいたい察しが付く。


 ――次の戦争の準備だ……


 自分だけが地球に送り込まれた理由。

 ソフィアを宛がわれ、タイレルに行った理由。

 そして、タイレルの本社で自分だけが見せられたミイラの理由。


 ――俺だけいろんな物を背負うのか……


 どこか愚痴染みた自嘲をこぼしたテッド。

 刻々と過ぎる時間の中、テッドは焦りを覚えた。


 ――次は勝てない


 そんな予感がしていたのだった……

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