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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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隔離

今日2話目です

~承前






「棺桶みたいだ」


 ソフィアはそんな言葉を残してカプセルに入った。

 自爆チョーカーは、バロウズ大尉の手によりあっさり切断され、テッドは拍子抜けだ。絶対に切れないと思っていたその素材も、専用のカッターを使えばスパッと断ち切れるのだった。


「なに、すぐに慣れるさ」


 他人事のような言葉をバロウズは言った

 だが、シリウス独立闘争委員会はマイクロマシン向けの強い電波を発している。

 その電波はニューホライズンだけでなく、その周辺へも降り注いでいた。


 だが、船内医は、ふとある事に気が付いた。


 ――――医務室に置き続ける事は出来ない


 やがてナイルへと入港するエンデバーは、入港時点で各部の電源を落とす。

 強力なリアクターを複数搭載している船だが、電源が無尽蔵と言う訳ではない。


 サポート電源が落ちれば、医務室の電波遮断は機能を失う。

 そうなれば、ソフィアは再び精神的に暴走し、大暴れするだろう。

 ゆえに、電波を浴びぬよう何かしらの対処が必要だ。


 ――――バイタルパート(重要区画)の中なら大丈夫だ


 船内医はそう言い切った。


 恒星間飛行船は、様々な宇宙線や強い電波に晒される定めだ。

 それ故、船の重要区画の全てを完全に遮断出来る仕組みになっている。

 シリウスや太陽と言った恒星の放つフレアなど高速粒子の貫通すらも防ぐのだ。


 ただ、そんなバイタルパートは、船の命運を握るところ全てをカバーしていた。

 CICや機関室と言った艦船の機能を維持するに当って最も重要な部分全てだ。


 そんな場所にソフィアを入れる事はかなり危険な事だ。

 シリウス軍士官だけでなく、精神的に不安定な疾患を抱えている。


 しかも、彼女はレプリカントだ。

 その力は強く、何かあった場合には生身では対処しきれ無い公算が高い。


 バロウズは最初、それに強く反対した。

 だが、船内医は電波の影響を受けない限り問題無しと言うものだった。

 その言葉で、責任の所在がバロウズの手を離れた。


 ここから先、降りかかる責任は暴れた場合の鎮圧だけだ。

 そしてそれは、物理的な彼女の排除も含まれる……


「ここからそのまま出ると、君はまた大暴れだよ?」

「それは私も困る」

「だろ?」


 テッドは出来る限りに人格を特定しないように語りかけていた。

 ソフィアである事に違和感は無いが、基本的にはリディアだという認識だ。


「さて、時間が無い。どんどんやろう」

「そうですね」


 船内医はカプセルの電源を入れ、鈍い音を立ててシステムが起動する。

 ソフィアの入っているカプセルは、重傷者向けのメディカルカプセルだった。


「カプセルの予備があって本当によかったよ」


 船内医は端末を操作しながらそう言った。

 メディカルカプセルは重傷者などを入れて緊急冷凍保存する為のものだ。

 このカプセルは、体内に残った電磁作動信管対策で完全電波遮断だった。


 恒星間飛行巡洋艦だけにエンデバーは様々な装備を持っている。

 その中でも、命を救うと言う面でも、装備が充実しているのだった。


「じゃぁ行こうか」


 カプセルのハッチを閉め始めた船内医は、笑気ガスのスイッチを押した。

 ゆっくりと閉まる蓋の隙間から見たソフィアは、不安そうな顔をしていた。

 その表情が完全にリディアだとテッドは思った。


「彼女は?」

「笑気ガスの影響で眠るはずだ」

「レプリにも有効ですか?」

「……あぁ、問題無い筈だ」


 一瞬だけ口ごもった船内医の所見を信じるしか無いテッドだ。

 ハッチが完全に閉まったのを確認してから、小さく『リディア』と呟いた。


「こんな事は言いたく無いが……」

「分かっています。もちろん」


 バロウズ大尉の言葉にテッドは首肯を返した。

 ソフィアの『最上位管理責任者』はテッドだ。

 万が一にも暴れ出した場合は、テッドが無制限に責任を負う。


 そしてそれは……


「彼女を殺してでも止めてみせます」

「辛い仕事だな」

「その後で自分も自爆しますよ」

「出来ればそれもやめてくれ」


 露骨に怪訝な顔になったバロウズは言った。


「所見報告の書類をあと30ページ追加しなきゃならなくなる。書類仕事は苦手なんだ」

「私もですよ。学が無いもので」


 それ以上面倒を考えるのはやめて、テッドはカプセルを押し始めた。

 船内医務室を出て、そのままバイタルパートの奥へと入っていく。


「しかし、こんな区画があるんですね」

「あぁ。私も初めて知ったよ」

「初めて?」

「あぁ。保安将校として専門教育を受けたはずだがね」


 ハハハ軽快に笑って船内を歩くテッドとバロウズ。

 バイタルパートの中に入ったふたりは、機関室を目指した。

 エンデバーの艦長が選んだ新しいソフィアの部屋は、かなり特殊な環境だ。


 『第3完全遮断室』


 そんな名前の付いた小部屋は、機関室の中央部に設置されていた。

 リアクタールーム脇にある、縦横6メートルほどの小部屋だった。


 そもそもエンデバーは恒星間飛行船だ。それ故の特殊装備とも言える。

 この部屋はリアクター用の予備燃料を格納する部屋だった。


 一度火を入れれば50年は反応し続けるリアクターだ。

 その核燃料にも予備を搭載する念の入れようといえた。

 また、リアクターに何らかのトラブルが発生した場合、機関科要員の避難先だ。

 核燃料が漏れたり、或いは暴走などが発生した場合に逃げ込むところだ。


「この部屋なら完全に遮断できるな」

「なんせ核物質向けですからね」


 ソフィアのカプセルを運び込んだテッドとバロウズ。

 室内のガイガーカウンターは、全く問題ない数値を示していた。


「さて、生活道具を運び込ませよう。新婚さんの新居だからな」

「そう言う生活をしてみたかったですよ」

「これからすれば良いじゃないか。生きている限り、人生は何度でもやり直せる」


 ふと、テッドは思った。

 このバロウズ大尉と言う人物は、基本的に物凄くポジティブな人間だと。

 そして、楽観的な人生観で後に引かないタイプだ。


 常に抑圧され、辛く苦しい生活が基本なシリウス人とは違う人間。

 地球人は常に前進する事を、明るい方向へ進む事を信じて疑わないのだった。


「あと23時間でナイルへ到着だ」

「懐かしいと言う気すらしますね」

「実際に、向こうに居る者たちにすれば、半年ぶりの再会だよ?」


 バロウズの言葉に『あぁ、そうか』とテッドは呟く。

 片道凡そ80日の船旅を一往復しているのだ。

 それだけで160日が経過する事になる。


 しかも、地球では約5日間を過ごしていた。

 ナイルを出航してから、トータルで165日が経過した事になる。

 テッドの体感時間は15日。僅か2週間でしかない。


「……これが時間に喰われるって事なんですね」

「そう言うことだな。それ故、船乗りにも制限が課せられる」

「私も初めて知りました」


 アハハハと一頻り笑ったふたりだが、バロウズはふと表情を翳らせた。

 その振る舞いには、テッドも思うところがあった。


「神の御手を踏み越えていると思うよ」

「私は碌に勉強も協会の日曜学校にも行かなかったのですが、同感です」

「物理法則を飛び越えてしまうこれは、本来、人の手に余る物だと思う」


 バロウズはどこか深刻そうな表情で笑った。

 罪の深さに慄く罪人の様でもあり、親に叱られ小さくなる子供の様でもある。


 フゥと一つ息を吐き、バロウズは遠くを見た。

 その眼差しが何処を見て居るのだろうと、テッドは変なところを気にしていた。


「人は神の写し身だと言う。天なる父は人の親だと言う。ならば……」


 テッドをジッと見たバロウズは、暗い表情で笑った。


「時間に喰われると言うのは、神の与えたペナルティかも知れないな」

「……または、対価でしょうか」

「対価?」

「はい」


 テッドもまた小さな声で言った。

 ある意味でシリウス人らしい思想でもあった。


「神の定めた範疇から飛び出す為の対価」

「……なるほどな」


 突然ノックの音が響いた。

 完全遮断室の二重ハッチを開いたバロウズは、外部のスタッフを招きいれた。

 続々と運び込まれるベッドやテーブルは、全てテッドの部屋にあったモノだ。


「うん。新居の完成だな」

「ちょっと凄い場所ですけどね」

「君は問題ないだろ?」

「……そうですけど」


 露骨に嫌な顔になったテッドはそっぽを向いた。

 こういう面でふてぶてしく振舞える程、テッドは人生経験豊かな訳ではない。

 精神的に幼い面を残していて、際どいジョークを真正面から受けてしまうのだ。


「少尉」

「はい」


 優しい顔になったバロウズは言った。


「これから…… 君は様々な軋轢と戦わねば成らないだろう。口さがない者や心無い言葉を遠慮なくぶつける者も居るだろう。そんな時の為にね、どんな時にも笑い飛ばしていられるように」


 何も言わず、うんうんと首肯して見せたテッド。

 バロウズは全部承知で際どい言葉を吐いたのだと知った。

 悪意や敵意に近い言葉でなじられる事もあるだろう。

 そんな時の為に、経験を積んでおかねばならない。


 テッドは改めてエディの言った『上手く振舞え』と言う言葉を思い出した。


「人生って難しいですね」

「おいおい」


 テッドの肩をポンと叩いてバロウズは笑った。

 エディよりも若干年嵩に見える男だが、その実の年齢は良く分からない。

 ただ一つ言える事は、少なくとも平坦な道ばかりを歩いてきた人間では無い。


 山あり谷あり。

 そんな障害を乗り越えて来たのは間違い無さそうだが……


「人生が真っ直ぐな道だったら寂しいだろ?」

「え?」

「あっちへ寄り道、こっちへ寄り道。ひとつひとつ障害を乗り越えていく」


 腕を組んだバロウズは、もう一度どこか遠くを見て言った。


「少尉は山登りをした事があるかい?」

「いえ…… 生まれ育ったところは草原でしたから」

「そうか」


 一息の間をおいたバロウズは楽しそうに言った。


「山登りは平坦で平穏な道を行くわけじゃない。辛い道だ。ずっと上り坂の厳しい道だ。そこを耐えて耐えて登り続けて、その頂上に立った時、素晴らしい眺望を得る事が出来る」


 登山の経験が無いテッドにはいまいちピンと来ない話だ。

 航空機やシェルなどで飛んでしまえば、素晴らしい眺望は簡単に手に入る。

 それをなんで、わざわざ辛い思いまでして登らねば成らないのか。

 テッドはそれが全く理解出来ないのだ。


「努力し続けた成果が報われる瞬間だ。達成感を得る為に人は登るんだよ」

「……はぁ」


 フッと笑ったバロウズは、もう一度テッドの背中をポンと叩いた。

『じきに分かるようになるさ』と、そんな言葉を付け加えながら。

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