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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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帰るところ/戻るところ

今日2話目です

~承前






 地球時間4月1日午前9時過ぎ。

 エンデバーは係留されていた宇宙ステーションを離れた。

 接続されていたボーティングゲートが静かに離れ、補助エンジンに火が入る。


 エンタープライズとほぼ同サイズの船体は、見る者を圧倒する巨大さだ。

 ただ、空母や強襲降下揚陸艦などに比べれば、随分と小さいものだ。


「私がここにいて良いのか?」

「あぁ。問題ねぇって事だ」


 シリウスを目指し航海に出るエンデバーの艦内。

 ソフィアは黒いのチョーカーを首に付けたまま、テッドの部屋に入っていた。

 レプリカントを規制するそのチョーカーは、テッドと距離が離れると爆発する。

 常に一緒に居なければ即死と言う状態で、それ自体が精神的にストレスだ。


「それに、あの部屋じゃ俺が充電出来ないしな」


 ソフィアの首へチョーカーを巻いた技官は、永久設置だと勘違いしたらしい。

 臨時の設営だと聞き青い顔になっていたのだが、当のソフィアは歓迎していた。


 気になって仕方が無い存在であるテッドと四六時中一緒に居られる。

 その心理の裏側にあるモノを理解できるわけではないが……


「ソフィアは幸せだ」

「え?」


 ソフィアはまるで他人の様に自分自身を表現した。


 ――あぁ……

 ――こういう事か……


 バロウズに見せられたアイズオンリーの機密書類は、リディアのレポートだ。

 報告先はエディとロイエンタール伯宛てだが、テッドにも閲覧が許されていた。


 その中で、リディアは自己人格認識が希薄になりつつあると書き記されていた。

 つまり、自分が誰かと言う部分での認識が非常に弱くあるのだ。


 自分の意識が誰でも無い第三者の状態にある。


 これを放置すれば新たな人格になってしまう可能性がある。

 そして、ソフィアやリディアを他人目線で眺め、それを嘲笑う事で安定する。

 何とかこれを防ぎたいのだが、先ずはリディアの人格を救出する事が先決だ。


 ――――複数の人格を統合する事は難しい

 ――――だが、記憶の再合成は可能だ

 ――――記憶を統合し、複数の人格が共存する状態にする

 ――――現状における目標はここである


 そんな言葉で所見レポートは結ばれていた。

 僅か5日で随分と治療が進んだ事を印象付けていた。


「薬物中毒で死んでしまった者は余りに多い」


 誰にも語っていなかったシリウスの舞台裏を、ソフィアは遂に語り始めた。

 テッドは慌てて視野映像と聴覚情報を連携記録し始めた。

 サイボーグが持つこの能力は、こんな時に非常に役に立つ。


 そして、同時進行でエンデバーの保安部門にその情報を転送し始める。

 恐らくは各方面へ転送されて、交渉の材料となるのだろうが……


「薬物中毒って……」

「シリウスの地上では食料が足りて無いんだ」

「……そうなのか」

「各地から集められた孤児は、薬物入りの食事を与えられて調教される」

「調教?」

「シリウスの役に立つ事を異常に望むようになる」


 抑揚を抑えた声で語るソフィア。

 痛みの担当であるソフィアは、その忸怩たる思いを見つめ続けてきたらしい。


「成績の優良な者は宇宙へ送り出される。200機300機と一斉出撃し、生き残った者に専門教育が行なわれる。その中でさらに優秀な者だけが集められる。ソフィアはその子供たちを訓練するのが仕事だった」


 ――マジかよ……


 テッドたちの経験してきた戦闘経過の裏側が赤裸々に語られ始めた。

 他の誰でも無いテッド自身が、その言葉に衝撃を受けていた。


「やがて子供たちは自我が無くなり始めた。機械の様に無表情で、感情が無くなった。酷い戦闘で無く事も落ち込む事も無くなった。適応しない子はクロスが直接に手を下して、従順な存在に改造した。あの子達は完全に機械になった」


 訥々と語るソフィアの言葉にテッドは心中で唸った。

 そして、彼女がクロスに溺れたのは性的快楽でも依存傾向でも無いと知った。


 ――恐怖だ……


 こうは成りたくないと言う恐怖がソフィアを支配した。

 僅かに震えるソフィア=リディアは恐怖を思い出しているらしいが……


「あの子達は恐れや迷いや、そう言った人間らしい部分を全て失った。出撃すれば任務の達成だけを求めた。死ぬ事に対する恐怖が無くない、楽しい事に笑う事も無くなった。コロニーを破壊しろとクロスは言った。そして、出撃志願する子には薬を打ち、僅かに感情らしい表情を浮かべたところで褒めた」


 ――認知欲求だ……


 どんな人間だって褒められれば嬉しいし、やる気にもなると言うもの。

 ましてや感情が薄くなるように仕向けられた子供たちだ。

 そこへ過剰な幸福感や達成感を感じるように薬を打つなど鬼畜の所業だろう。


 子供たちはまた褒められたいから努力するようになる。

 生きて帰ってくればまた褒められる。

 その犬レベルなまでに愚直なマインドは、こうやって作られたらしい。


「酷い話だな」


 ボソリと呟いたテッドの声にソフィアがビクリと震えた。

 そして、悲しみに満ちた目でテッドを見上げた。

 潤んだ瞳には涙が一杯に溜まっていた。


「誰も止められなかった。だけど、それを止めようとした人が居た」


 俯いて鼻をすすったソフィアは、辛そうに顔を振った。

 僅かに嗚咽の声を漏らし、涙をこぼし始めた。


「その人はクロスを殴った。そしてすぐに取り押さえられた――


 テッドの眼がクワッと開かれた。

 ソフィアの肩を抱き寄せ、その顔を見た。


「それは?」

「何人もの大人がクロスを止めようとしたのだが、全部捉まって脳を改造された。そんな大人たちは子供以上に従順な存在になってしまった。まるで人形の様になった者達は『バトルドールか』そう……」


 ソフィアは肩を振るわせ泣き始めた。


「怖かった。ああなりたくなかった。だけど…… クロスは……」


 許しを請うようなその眼差しは、まるで子犬のようだと思った。

 小さくなって震えているソフィアの姿に、テッドは妙な愛しさを覚えた。

 だが……


『テッド少尉』


 突然脳内にバロウズの声が響いた。

 薄々は分かっていた事だが、バロウズは艦内保安将校ではない。

 間違いなく情報セクションにいる将校で、工作員そのものだ。


 ソフィアの監視役として、また、テッドの監視役として、付けられたのだろう。

 たまたまエンデバーにポストの空席があり、そこへ押し込まれたのだと思った。


『はい』

『辛いことだが……』

『何を聞けば良いですか?』


 今さらテッドは迷わなかった。

 病人ではあるが、ソフィアは、リディアはシリウス軍の将校だ。

 当然の様に部外秘の情報を持っているはずだ。


 いまさらカマトトぶったような事は言わない。

 シリウス軍をねじ伏せる為に必要な事は、なんでもしなければならない。


『多くは聞かなくて良い。ただ、あの例の超高速型の数を聞いてくれ』

『分かりました』


 バロウズとの会話の最中もソフィアは訥々と喋り続けた。

 戦闘中に正気に返った子供の話。

 脳をいじられ切って電源が切れた瞬間に死んだ子の話。


『それって?』と聞いたテッドに、ソフィアは迷わず答えた。

『脳にチップを埋め込んだ』と。

 そして……


「クロスはサイボーグの研究をしていた。あなたの様に、完全に機能するサイボーグだ。クロスはいつも言っていた。シェル自体をサイボーグにすれば良いって」


 その言葉を聞いたテッドは、総毛だった様な顔になった。

 連邦軍の内部でも同じ事を検討しているのは公然の秘密だ。

 ハーネスで直結できるシェルは、事実上同じ意味だった。


「何度も何度も、シェルと脳を直接つなげる試験をした。頭蓋骨に穴をあけて、本当に直接繋げた事もあった。ただ、人間がすぐに死んでしまうから……」


 ブリッジチップにはサイボーグの最も重要な秘密が込められている。

 これを解析できればシリウスでも同じ事が出来るだろう。


 だが、そのブリッジチップを持つサイボーグは、まだひとりも欠けていない。

 撃破されたシェルのパイロットは、エディが必ず回収していた。


 ――あぁ……

 ――そう言うことだったのか……


 機密を護る為にエディは努力したのだ。

 そして、シリウス軍側がパイロットを回収したのも、連邦軍兵士を探す為だ。

 運良くサイボーグの兵士を捕まえられれば、全バラにして秘密を探るのだろう。


 そう思えば、今まで何度か撃墜されているが、運が良かったとしか思えない。

 シリウス側に捉まっていれば、間違いなく酷い事になっていたはずだ……


「俺も運がいいな」

「そうだね」


 ふと気がつけば、エンデバーは加速をつけていた。

 室内のモニターには、間もなく火星軌道との表示があった。

 継続的に加速度を感じていたのだが、そんな速度になっているとは思わない。

 光速の30%程度まで加速していて、さらにそれは続いていた。


「ところで君が乗っていたあのシェル」

「ブルースターだ」

「ブルースター?」

「そう愛称が付いている」


 ソフィアはそう答えて遠くを見た。

 室内の情報モニターには現在の座標が表示されていた。


「あれ、飛行中に制御できるのか?」

「出来ない。パイロットは離発着と攻撃目標だけ選択する」

「……あぁ、そう言うことか」


 テッドも合点がいった状態だ。

 あのとんでもない速度では、思考制御でも対処しきれない。

 完全なコンピューター制御しか無いだろう。


「だけどさぁ」


 テッドはあくまで気楽な調子で問い掛けた。

 出来るだけソフィアに警戒させないようにだ。


「最初に遭遇した時、俺たちのシェルから剥ぎ取ったパーツをコレクションしてる奴が居たんだけど、あれって出来るのか?」

「それをやったのはソフィアだよ」

「君?」

「ちがう。ソフィアだ」


 ――しまった!


 一瞬だけテッドは表情を強張らせた。

 リディアやソフィアに続き、別の人格を作ってしまった。


 一番恐れていた事態ともいえる。

 だが、それに付いてテッドはどうする事も出来ない。

 ただただ、流れに乗るしかないのだが……


「そうなんだ……」


 当たり障り無く相槌を打ってテッドはやり過ごす事にした。

 素人がどうこうして悪化させては元も子もない。


「ところで、あれ。まだあるのか?」

「作ってる筈だけど……」

「そうか……」


 ウーンと唸って考え込むテッドをソフィアが見上げた。


「どうしたの?」

「またあれと戦うのかと思うと気が重い」

「戦わなきゃ良い」

「そうも行かない。俺もパイロットだからさ」


 力なく笑ってソフィアを見たテッド。

 ソフィアは目を合わせて自然に微笑んだ。

 その僅かな機微がまるでリディアだとテッドは思った。


「君は……


 誰だ?と聞きそうになって、その言葉をグッと飲み込んだテッド。

 人格のコンフリクトだけは絶対に避けなければならない。

 多くの人物が、無意識の内に複数の人格を使い分けていると言う。

 その使い分けがより深く強くなった状態がこれなのだ。


「なに?」

「君はもう乗らなくて良い」

「捕虜だからね」


 素直な言葉遣いにテッドの心は散々に乱れた。

 今すぐにでもリディアと叫びたいのだが、それは絶対に出来ない。

 自分からリディアと言い出すまで、絶対にやってはいけないと忠告されていた。


「とりあえずシリウスへ帰るけど……」


 テッドを見ているソフィアは素直な眼差しだった。

 あの濁りきって泥沼のような眼差しでは無かった。

 何処までも透明な、春風のような眼差し……


「連邦軍の基地にいてもらう事になる」

「それは聞いている」

「カウンセリングも続くように手配しよう」


 黙ったまま頷いたソフィア。

 その小さな振る舞いにもう一度グッと来たテッドは、ソフィアを抱きしめた。

 すぐにでも『リディア』と呼びかけたいのを必死で押し留めながら。


 シリウスまで5日ほどの航海は、始まったばかりだった。

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