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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
160/425

少しずつ前進する日々

~承前






 テッド達が地球へやって来て4日目。

 ようやく地球の流儀にも慣れてきた頃だが、ソフィアは相変わらずだった。

 治療が進み、精神的な不安定さは影を潜めつつある。

 だが、精神的な依存と認知欲求をもて余していた。


「今日はなにするんだ?」

「……カウンセリング」


 その少し冷たい物言いに、テッドは恥じらいの様なものを感じた。

 ソフィアかリディアかは解らないが、人格の根本がテッドを意識している。

 恋する乙女のようであり、仇を憎む敵のようでもある。


「取ったのか?それ」

「……とれた」


 ソフィアの部屋のテーブルには、舌に乗せていたピアスがあった。

 普通の方法では外れないはずのタンピアスだ。事前に外れることは無い。


 ──治療が進んでいるな……


 手応えを感じているテッドは、同時に自分の仕事に焦りを覚えつつあった。

 自分の身体が記憶しているシェルの戦闘データを全部吐き出したテッド。

 そのデータをベースに新しい戦闘アルゴリズムを作っているのだった。


「じゃぁ、また夜に会おう」

「……うん」


 心残りと言わんばかりのソフィアが小さく返答した。

 あまり甘やかすなと精神科医はテッドに釘を指していた。


 ────自立しないとダメなんです

 ────誰かに依存しているうちは治りません


 言われなくともそれは分かる。

 思えば、あの頃のリディアは、自立した一人の人間だった。

 自分の意志でそこに居て、ジョニーにアレコレと物を言う人間だった。


 だが今のソフィアは違う。

 誰かに好かれたい。誰かの役に立ちたい。

 そんな認知欲求の塊とも言える。


 不安定な人格とその精神が、自らの存在意義を見いだせないでいるのだ。


 だから余計に、誰かに依存する。

 そして、その人間に気に入られたいと努力する。

 或いは、役に立つ存在でありたいと、喜ばせられる存在でありたいとする。


 総合病院の部屋を出たテッドは、歩哨に敬礼で送られて病院を出た。

 気が付けばこの病院のソフィアの部屋がテッドの拠点になっていた。


 ――さて……


 今日の予定はなんだっけ?と、アレコレ思慮を重ねるテッド。

 しかし、その頭の中にはグルグルとソフィアのイメージが廻っていた。

 気が散るようでは任務は務まらないし、事故の元だ。


 ――まずいな……


 そんな事を考えていた時、テッドの元へバロウズが姿を現した。


「少尉!」

「あ…… バロウズ大尉」

「探したよ」


 手にしていた機密書類専用のファイルを見たテッドは、表情を変えた。

 アレを見る時はだいたい碌な話じゃ無いケースが多いのだった。

 無茶な出撃や危険なミッションの時は、エディが楽しそうに持っている。


 ――嫌な予感……


 怪訝な顔になったテッドをバロウズは笑ってみていた。


「そんな厳しい表情になられても困る」

「……すいません」

持ち出し厳禁(アイズオンリー)だ。中身は後で読んでくれ」


 サイボーグならば目視情報を映像として記録できる。

 つまり、眺めるだけ眺めて、中身はあとで理解しろという意味だ。


「とりあえず大事な事は先に言う。忘れないでくれよ?」


 ニヤリと笑ったバロウズ。


 ――なんだ?

 ――嫌な笑い方だな……


 少なくとも叱責される覚えは無い。

 故に、テッドは一瞬だけ怪訝な表情になった。

 しかし、切り替える事も必要だ。

 フゥと一つ息を吐き、テッドは顔を上げた。


「急な話で済まないが、明日のお昼に出航する」

「出航……ですか?」

「あぁ、シリウスへ戻る事になった」


 この時点でテッドは覚悟を決めた。

 向こうで絶対何かがあった。


 ただ、ここまでどうやって通信したのかが分からない。

 光速を越えてやって来たエンデバーだ。

 シリウスから光通信をしたって、また10年近く掛かるはず。


「当初は10日間ほど地球に滞在の予定だったが、船倉が一杯になったので出港することになった。まぁ、善は急げと言うからな」


 ──あぁ……

 ──なるほど


 エンデバーは決して遊びに来たわけではない。

 民間のスペースクルーズ船でもない。

 あの船はあくまで地球連邦軍を形作るブリテンロイヤルネイビーの船だ。

 つまりは、地球へ補給物資を積みにやって来ただけ。


「ところで、個人的な興味なんですが」

「答えられる範囲ならね」


 ニヤリと笑ったバロウズは、先に釘を指した。

 その機転の早さと回転の良さがなければ、保安将校は勤まらない。


「エンデバーの積み荷にシェルのパーツは入ってますか?」

「うーん、どうだろうね。そのレベルになるとわからない」


 バロウズは率直な言葉でそう答えた。

 実際問題としてシェルの補修パーツも尽きつつある。

 高性能であるぶん、機体のパーツは高精度で仕上げられている。

 そして、そんな機体を維持整備するには、定期的な部品交換が欠かせない。


 遠慮無く新品の精度が出ているパーツを組み込み、次に備えるのだ。

 外された部品は消耗度合いと精度を確かめ、許容範囲内であれば予備とされる。

 宇宙空間を超高速で飛翔するシェルは、はた目に見るよりも余程精密機械だ。


「少尉はシェルパイロットだったな」

「そうです」

「なら、気になるよな」


 幾度か首肯しテッドの肩を叩いたバロウズ。

 僅かに思索を重ね、口を開いた。


「私の出来る範囲で調べておこう。仲間に持って帰る土産話も要るだろうしな」

「よろしくお願いします」


 手をあげて別れたバロウズは『集合点呼時刻に遅れないように』と言った。

 兵卒や下士官の手前、士官が時間にルーズでは困るのだ。


 『了解しました』と答えたテッドは敬礼でバロウズを見送る。

 シリウスへの帰還が近付いている。

 なんだけそれだけでワクワクしている自分がおかしかった。


 ──やっぱシリウス人だな、おれは


 当たり前の事を再確認してほくそ笑み、再び歩き始めたテッド。

 だが、この日もやって来たシェルメーカーのラボでテッドは改めて驚愕した。

 凡そ30分ほどの距離だが、そんな時間距離以上のギャップがあったのだ。


「おはよう少尉。突然だがこれをテストしてくれないか」


 テッドを待っていたホワイトは、満面の笑みで彼を迎えた。

 その手にシェル用ストラップとハーネスを用意しながら。


 ――あ……

 ――これって……


 いわゆるパイロット待ちだ。

 サイボーグのパイロットを待っていたのだ。


 ――まぁ、やるだけだな……


 顔を上げて見上げたテッド。

 そこには従来のドラケンとは少し違う形をしたタイプ01がいた。


「これって……」

「大気圏外向け高出力エンジン実験機だ」


 テッドを誘ったホワイトは、そのドラケンの背面に回った。

 従来よりも細長いノズルがクラスター化されて、複数装備されてる。

 そのマウントはボール状で、見るからに柔軟な装着方法だ。


「トップスピードは残念だか従来と変わらない」

「……そうですか」


 露骨に落ち込んだテッド。

 あの、ソフィアが搭乗していたシェルには追い付けそうにない。

 だが──


「ただ、その代わり、機動性だけは猛烈に向上したはずた。君の戦闘データにあった直角ターンなどのトリッキーな動きも、この機体なら完璧に再現できる」


 再現できると言う表現が引っ掛かったテッド。

 ただ、直後に内心で『あっ……』と呟く。


 脳内でイメージした動きをシェルが再現しきれていない。

 そのストレスから解放されると言うことだ。


「今ですか?」

「いや、宇宙に出てからだ」

「接続テストは?」


 テッドの言ったそんな言葉に、バロウズが楽しそうに笑った。

 その笑みに『あぁ、やっちまった』とテッドは落ち込む。


 もっと思慮深く慎重に。

 一言発するにしても、よく考えて。


 ――手痛い思いから学べってな……


 心の中に顔を出したエディは、底意地の悪そうな笑顔だった。

 ニヤニヤと眺めるその眼差しは、浅はかさを嘲笑うようだ。


「きっと少尉ならそういうと思っていたよ」


 ──あぁ、やっぱり……


 力なく笑ったテッド。

 バロウズはストラップとハーネスを手渡した。


「今からシミュレーターでテストする。問題は?」


 テッドは薄笑いで首を降った。

 もう時間がないからチャッチャとやろう。


 受け取ったハーネスを脛椎バスに差し込み、テッドはドラケンに収まった。

 ある意味で見慣れたモニターの並ぶコックピットだ。


 まだまだ全周リニアコックピットは実現できそうにない。

 シェルは基本的にサイボーグ前提の兵器なのだ。


 ――実視界など潰してしまえば良いのに……


 ふと、そんな思索を重ねたテッド。

 そこへバロウズの言葉が響き、現実へと意識が帰ってくる。


「さて、では始めようか」


 シミュレーターとは言え、かなりの部分まで再現できる状態だ。

 テッドは覚悟を決めてシミュレーターにログインした。

 奇蹟の機動性と呼ばれるようになる、未来のシェルの第一歩だった。

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