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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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深謀遠慮

今日2話目です

~承前






 ――――3.2.1.イグニッション!


 カウントダウンの音と同時に、実験室の向こうから轟音が響いた。

 アメリカ軍のカリフォルニア実験場では、新型エンジンのテストが続いていた。


 タイレルのラボを出たテッドは、ここへ向かう様に指示を受けていた。

 コレも任務のウチだろうと思っていたのだが、なんとなく嫌な予感がしていた。


「少尉! これなら大気圏内でもシェルでドッグファイト出来るぞ!」


 大気圏内向けに作られたシェル様の新型エンジンは、常識外れの推力だった。

 上機嫌なエンジニアは、センサーの吐き出す数値を見ながら喜色満面だ。

 そのエンジンは、音速の2倍から3倍程度を維持できると計測された。

 初期のドラケンが装備していたロケットエンジンとは違うジェットエンジンだ。


 現在使っている熱核ジェットは、放射能を残すので大気圏内では使えない。

 その為、大気圏内向けエンジンが切望されていた。


「これ、地上向けに使うなら予め換装が必要ですよね?」

「その通りだ。だが……」


 別の実験スタッフも楽しそうに笑っていた。

 幾つも並んだ計測器機の数字を見ながら、メモを取っていた。


「整備の連中が苦労する事になるが、地上が放射能汚染されるよりはマシだろ?」

「それに、地上戦型と割り切った方が、思い切った装備が出来る」


 まだまだシェルは実験的な兵器の域を出ていない。

 経験を積み重ね、失敗を繰り返す事でこなれていくものだ。


「シェルはそもそも地上戦向けの兵器だったからな、野砲による撃ち合いを考慮しているのさ。ドラケンの重装甲だってそのための装備だよ。」


 開発責任者である大佐は、モニターを見ながら楽しそうに言った。

 ビゲンではなくドラケンをベースにした実験機は、幾つも弾痕があった。


「あの弾痕って……」

「距離300で140ミリの直撃を受ける試験だ」

「持つんですが?」


 テッドは上ずった声でそう言った。

 その打撃力は相当な物だろう。


 機材が破壊されずとも、内部にはかなりの打撃力が伝わる筈。

 機体は耐えられてもパイロットが持たないと思われた。


「……さぁな」

「え?」

「まだ試してないからわからない」


 ニヤリと笑った大佐の顔に、テッドは一瞬寒気を覚えた。

 そして、次の言葉の察しが付いた。


「だから君がシリウスから呼ばれたんだよ」


 ――やっぱり……


 たった一人で地球へ行けと言われた時点で、大体碌な話じゃないと察していた。


 この手で殺してやりたいと思っていた男が目の前に来る。

 その時点でテッドはシリウスからほっぽり出される運命だった。


 ただ、軍隊がそれほど生易しい組織で無い事を忘れるべきではなかった。

 これは容易に想像が付いた事だ。サイボーグの存在その物が実験的なモノだ。

 ましてや戦闘用サイボーグと戦闘用巨大人型兵器だ。


「オンケーブルで接続できるサイボーグの存在を前提にしているからね」


 チラリと見た大佐の胸にはホワイトの文字があった。

 ただ、その顔は褐色でホワイトでは無い……


 地球上における混血の進行もかなり進んでいる。

 多種多様な人種の混交が進むシリウスと同じだ。


「重装甲で重い機体だが、あのエンジンはそれを十分飛ばせるだけの推力がある。これで地上戦でも、あのシリウス軍のロボット兵器と互角に戦えるって事だ」


 ニューホライズンの地上で散々手こずったあのロボを思い出したテッド。

 戦車では撃破できず、野砲の砲撃でも軽い砲では歯が立たない。


 大気圏内へシェルを下ろし、上空から弱点への一撃でやっと破壊できる代物だ。

 あれと戦う為なら、地上戦専用型と割り切ってでも欲しい装備だ。


「……いつですか?」


 どうせ『やれ』と命令が出るんだ。面倒は早く片付けた方が良い。

 それならば、積極的に参加した方が良い。人事評価だって上がるだろう。


 ふと、テッドは少しだけ世の中が見えたような気がした。

 そして、それを見せて、感じさせて、理解させるためだと気が付いた。

 エディとロイエンタール伯の深謀遠慮だ。


 ――やっぱスゲェな


 様々な事が頭の中をグルグルと廻るテッドは、一瞬だけ油断した。

 その一瞬は永遠と同じ意味を持つモノだったとテッドは知った。

 気が付いた時には実験室の中の全員が床に伏せていた。

 そして、轟音を立てていたエンジンが突然不正燃焼した。


 ――えっ!


 咄嗟に身体を捻ってうずくまったテッド。

 様々な物が実験室の窓ガラスを突き破って飛んできた。

 相当ぶ厚いアクリルガラスだった筈だが……


「全員退避!」


 ホワイト大佐の怒声が響き渡った。

 慌てて避難用の防爆室へ飛び込んだテッド。

 次の瞬間、大音響と共にメインエンジンが大爆発した。


 ――アチャー……


 苦虫を噛み潰していたテッドは、ふと周囲のエンジニアたちを見た。

 そこには爆発原因に付いて盛んに討論する男たちが居た。


「……強いですね」

「そりゃそうさ」


 けろりと笑ったホワイト大佐は、安全を確認して防爆室から出た。

 ドラケンの背面にあったメインエンジンが黒焦げになっていた。


「何処だ?」「プリバーナーだな」「2段燃焼はやっぱり危険じゃないか?」

「流れ弾に当って爆発は歓迎しないな」「1段燃焼だと失火したら墜落だぞ?」

「1段燃焼のクラスター化でどうだ?」「ノズルをまとめてしまうとか」

「いっぺんに火が消えたときは?」「その時は改めて泣き喚き驚愕し……」

「機と運命を共にしてだな……」「おいおい、ここにパイロットが居るんだぞ?」


 エンジニアが一斉にディスカッションするのをテッドは聞いていた。

 そして、その打たれ強さに驚いていた。


「失敗は成功の母だ。失敗しなければ前進しない。失敗から学ぶ。失敗は偉大だ」

「でも、不可能に挑んでいるのかも知れません」

「そうかもしれない。だが、違う角度から見れば、それは大切な事だ」


 テッドの肩をポンと叩いたホワイトは片づけを指示し、実験室の整理を始めた。

 飛び散った書類や倒れた機材ラックを整理し、端末を操作して見る。

 使える機材は使い、壊れた機材は修理し、次の実験に供えるのだった。


「不可能な事を確かめる為に実験している。或いは失敗している」


 ホワイトはそんな言葉を吐いて白い歯を見せた。

 純白に輝く前歯は、文字通りホワイトだった。


「その失敗を積み重ねて、不可能である事を確認する為に実験するんだよ」


 ――すげぇ……


 そのメンタルの強さにテッドは唖然とするばかりだった。

 そして、こんなスタッフが根気良く作っているシェルの強さを理解した。

 考えて考えて考え抜かれて作り上げられたモノだ。


 ――作った側の思考を理解しろって事か


 ただ上手く使いこなすだけではない。

 それを作った側が何をどう考えたのかを理解する。

 あるいは、深く考察する。


 それもまた大切な事だ。


「なんか、色々と勉強になりました」

「それはよかった」


 ありあわせの椅子に座ったホワイトは、白い歯を見せて笑った。


「次に来る時は、もう少しマシなモノを見せるよ。また来てくれ」

「はい、了解しました」


 実験をかねたテストは延期され、テッドは命拾いした。

 だが、早く飛ばしてみたいと言う気も湧き上がった。


 ――面白そうだ……


 気がつけばテッドはにんまりと笑っていた。

 新しいシェルの誕生は近かった。






 ――――その晩






 すっかり日が暮れて、夜空には月が輝いていた。


 ――これがムーンか……


 地球から見る月の美しさにテッドは驚いていた。

 ただ、足を止めている時間は無い。


 軍の実験場を出たテッドは、その足で市内の総合病院へと向かった。

 連邦軍関係者が沢山出入りするその病院には、高名な精神科医が揃っていた。


 いつの時代も精神を病む者は多い。

 ましてや、子供の頃から権利権利で護られて育った者ばかりな時代だ。

 大人になって突然背負わされる『責任』と言う名の義務に適応出来ないのだ。


 義務を果たさず権利だけを享受しようとする。

 その結果、周囲と軋轢を産み、それが元で精神を病んでしまう。

 権利と我儘を履き違えたまま大人になってしまうと、そこに待つのは絶望だ。


 この時代の精神科医は、総じて言えば再教育の為の教師と言う側面が強かった。

 ただ、これから見舞いに行く相手は、そんな再教育が主題では無い。


 失われた自分を探す。


 何とも冒険チックな響きだが、その実はかなり深刻な問題だった。


「どうだい?」


 そんな言葉で明るく切り出したテッド。

 ソフィアは病室の中で孤独に震えていた。


「……私は誰なんだろう」


 ソフィアはそんな言葉を口にした。

 その表情は硬く、そして悲壮感を醸し出していた。


「随分哲学的な質問だな」

「本当に…… 分からなくなった」

「……どうした?」


 ソフィアは不安を隠さなくなり、怯えた表情でテッドを見ていた。

 面会謝絶な明るい病室の中、ソフィアはソファーの上で震えていた。

 部屋の外に見張りが立っているとは言え、その室内は驚く程だ。


 どこかのホテルのスィートルームなみな室内には、豪華な調度品が並んでいた。

 キングサイズのベッドを二つ入れた寝室に、ソファーの置かれたリビング。

 大きなバスルームと広いキッチン。


 ――ザリシャの官舎だ……


 テッドはあの日々を思い出した。

 そして、それがエディの思惑であると感じた。


「私は…… 誰なんだ?」

「ソフィアだろ?」

「私はソフィアじゃ…… ない……」


 今にも泣きそうな表情でテッドを見たソフィア。

 テッドはその隣に腰を下ろし、その肩を抱いた。


「怖いか?」

「怖い」

「酷く?」


 小さな声で。

 本当に小さな、消え入るような声で『うん』と答えたソフィア。

 その姿は、あのナイルコロニーで見た毒々しい姿では無かった。


 ――――お前もあの女の友達とやらか?


 強気の言葉を投げつけたソフィアは、心底軽蔑する目だった。

 射貫くような鋭い眼差しでテッドを射貫いていた。


 ――――私はソフィア。リディアとか言う女は居ないよ


 それが仮想人格だったとしても、あの時はソフィアが優勢だった。

 クロス・ボーンが作り上げたその人格は、完全に乗っ取っていた。


 ソフィアの振る舞いはリディアとは到底同じ人間とは思えないモノだ。

 粗暴を極め、野卑な言葉遣いだ。そして、下品の極みだ。


 ――――あの女は死んだよ

 ――――もう出てこない


 勝利者の余裕とでも言うのだろうか。

 ソフィアはそんな風に自らを誇示した。

 お前は関係無いと言わんばかりにしてた。


 おそらくはクロスの情婦だったのだろう。

 あの男が悦ぶように努めて振る舞ったのだろう。


 ――――そんなにあのカマトトな豚女が良いかね?


 リディアの中にあった満たされない部分。望んでも手に入らなかったモノ。

 そんな部分を煽りつつ、隠された本性の全てをリディアは引き出された。


 クロス・ボーンと言う男の手腕に驚きつつも、同時にテッドは怒りを覚える。

 リディアの中にあった自己認知欲求を使い、精神を完全に逆転させてしまった。


 ――――似合うぞ

 ――――とても似合うぞ


 そんな言葉を掛けながら、ソフィアはリディアの最も嫌がる姿になった。

 苦手な爬虫類をイメージするような舌に改造したのは、その為だろう。


「君はソフィアなんだろ?」

「アタシは……」

「ん?」


 テッドの目をジッと見たソフィア。

 その目は間違いなくリディアだと思った。


「アタシは…… ソフィアじゃない」

「ない?」

「アタシは…… アタシは…… わたしは……」


 言葉が変わった……と。テッドはすぐに気がついた。

 そして、それ以上の言葉を吐く前に、テッドは強引にキスした。

 言葉による自傷は精神に癒せない傷を残す。

 その一文が所見報告にあったのだ。


「わたしは誰?」

「君は君だ。名前なんて関係ないだろ?」

「でも……」


 テッドの腕の中でガタガタと震えるソフィアは涙を浮かべた。

 あの勝気で強気で剣呑な雰囲気の女はどこかに消えた。

 ここに居るのは、不安に震える一人の少女だ。


「自分が誰かなんて、俺はそんな事考えた事なんか無いよ」


 そんな言葉を吐いたテッドは、内心で『あっ……』と呟いた。

 全てが、分からなかった全てが、一本の線で繋がったのだ。


 タイレルに持って行ったあの小さな肉片は、リディアの身体の一部だ。

 それも恐らく、オリジナルな肉片の一部だろう。


 ――あれが……


 その肉片から、新しいレプリボディが建造されるのだ。

 タイレルの中で、まっさら新品の身体が生み出される。

 リディアの脳をそっちに移植し、併せて、脳自体の治療も行なう。


 その二つが完了したとき、リディアの精神が解き放たれる。

 彼女が嫌がる全てを……

 全てを……


 ――ん?


 ソフィアの手がテッドの股間をまさぐっていた。

 夢遊病のような、濁りきった目で。


 正体が抜け切ったその顔は、欲望をむき出しにした獣だ。

 薬を打たれ輪姦されたリディアは、恐怖と絶望の中で望まぬ絶頂に苦しんだ。

 やがて精神の堰が破壊され、心の奥底の後ろめたい欲望が顔を出した。


 ――そこに付け込んだのか……


 ソフィアの身体をギュッと抱き締め、もう一度強引に唇を奪う。

 その僅かな動きだけで、ソフィアは蕩けそうな顔をしている。


 過日、同じ事をしたリディアなら『だめ』と拒絶した筈だ。

 その辺りの事をきっちり線引きする女だったはずだ。


 ――こりゃ……

 ――辛いわ……


 身悶える女を悦ばせる愛情の大筒は失われた。

 どうする事も出来ず、ただ舌を這わせるだけのテッドもまた身悶えていた。

 心のどこかに押し込んで意図的に無視していた『男』が顔を出していた。


 ――俺もつれぇけどな


 我慢するのではなく、そう言う感情を上手くかわす。

 それを覚えろと言うエディの思惑をテッドは本質的に理解しはじめていた。

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