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黒い炎  作者: 陸奥守
第七章 交差する思惑・踏みにじられる感情
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痛みの告白

~承前






「どうする? 同席するかやめるか。好きな方を選べ」

「……それって」


 ワスプの艦内へと戻ったテッドはエディから衝撃的な一言を聞いた。

 ガンルームを出たテッドとエディは、重い沈黙で向き合っていた。

 ただ、それに対して抗議している時間も自由も無かった。


 エディはふたりの件に付いて情報交換するとテッドに言った。

 同席するのはエディとウルフライダーのボスだけだった。

 他のメンツは交えないで、突っ込んだ話をする算段だと気が付いた。


「すぐに決断しろ」


 エディはいつもそうだ。

 土壇場になって究極的な選択を行なわざるを得ない条件を突きつけてくる。

 テッドは言葉に詰まり、頭の中では様々な事がぐるぐると廻っている。


 だが、これもエディの士官教育だとテッドは気がついた。

 即答しがたい難しい条件で究極の決断をし、同時にその決断に責任を取らせる。

 そうやって厳しい局面を乗り越えていく事で精神が鍛えられるのだろう。


「……します。同席させてください」

「分かった。丸腰で来い」


 一言だけ言ってエディは姿を消した。

 5分後にエディの私室で……と言うことだった。


「テッド。抜かるんじゃねぇぜ」

「そうっすよ。兄貴、勝負っす」

「出来るものなら手伝えるといいが」


 周りで聞いていた者がテッドの背中を叩いた。

 ヴァルターもロニーも気合を入れてくる。

 ウッディも我がことの様に心配している。


「ありがとう。ちょっと行って来るわ」


 その声に皆が首肯している。

 それを見届け、テッドはワスプの艦内を歩き始めた。

 隅々まで知り尽くした艦内だが、この時はやけにエディの部屋が遠く感じた。


 ――あっ……


 途中、ウルフライダー達に宛がわれた部屋の前を通ったテッド。

 ドアの前には歩哨が立ち、ドアの開閉厳禁と目を光らせていた。


「すまない。いつも派手に殺しあっているライバルの顔を見たいんだが」

「申し訳ありません少尉殿。如何なる事情があろうと面会途絶です」

「そうか…… わかった」


 体操の様に敬礼した曹長へ敬礼を返し、テッドはエディの部屋へと向かった。

 無くなった筈の胃がギリギリと痛み、心臓が早鐘を打っているようだった。

 だが、同時に心の中はスーッと熱が引いていて、氷のようだ。


 ――なんだ?

 ――この感覚……


 不思議な心境に自ら驚きつつ、テッドはエディの部屋をノックした。

 ややあって中から『入っていいぞ』と声がかかり、ドアを開けたテッド。

 室内にはエディとシリウス軍のバーニー少佐がいた。


「良い顔になったわね。ぼうや」

「……あっ――


 何か言葉を言い掛けてテッドの頭は真っ白になった。

 ありがとうございます……と、そう言い掛けていた。


 だが、その全てが途切れ、頭の中が真っ白になった。

 室内のテーブルには、見覚えのあるワッペンが二枚、置いてあった。

 銃とバラのマークのワッペン。そして黒衣の未亡人のワッペンだ。


 それが何を意味するか、テッドは深く理解している。

 だからこそ……


「あなたに謝らなきゃいけないわね」

「謝らなくていいですから…… 現状を教えてください」


 精一杯の強がりを言ったテッドだが、その声は無様に震えている状態だった。

 立ったまま、全身がカタカタと震えだすような、そんな激しい怒りが渦巻いた。


 そして、射抜くような眼差しでバーニーを見たテッド。

 眼差しの力に負けたのか、バーニーは目を逸らして呟いた。


「私の力が…… 足らなかったって事よ」


 バーニー少佐の双眸は空を見つめ、濁りきった水底の様に重く沈んだ。

 痛切な後悔と自責の念が、その身体と心を痛めつけたのだとテッドは思った。


 だが、それで済む話ではない。反省や後悔はもういい。

 最も重要な事は事態の解決でって、誰かの反省や後悔では無い。

 このバーニー少佐がどう自分を責めた所で、リディアは返ってこない。


「何があったんですか?」


 テッドは素直な言葉でそう問うた。他に言葉が出てこなかった。

 知りたい事の全てを内包し、テッドはそう言葉を発したのだった。


「あなたがザリシャで別れ際にあの子達ふたりを抱きしめた後――


 フゥと一つ息を吐いたバーニーは、沈んだ表情のまま言った。

 何処までも付いて回る重い後悔に打ち拉がれているようだった。


 ――ザリシャから脱出出来ないと知った市民がコミッサールに密告してね」


 顔を上げたバーニーは強い眼差しでテッドを見ていた。

 その眼差しにテッドは攻め立てられている錯覚だった。


 ――――お前があの時迂闊な事をしなければ……


 バーニーの目は言外にそう言っている。

 テッドはそんな印象を持った。


「すぐにコミッサールがやってきて、簡単な尋問を幾つか行なっていってね」


 バーニーの眼差しが『覚悟は良いか?』と言わんばかりになった。

 テッドは力強く首肯して、覚悟を示していた。


「最初は誰も知らなかったし、私も知らなかったキャシーとリディーの秘密が明らかになったてね。血を分けた弟が連邦軍に志願している。将来を誓った夫が連邦軍に志願している。しかもその男の父親は、自警団に反抗的だったヘカトンケイル直任の地域保安官だった」


 テッドの眼差しがクワッと開かれた。

 シェリフであった父はヘカトンケイルの直任だった。

 そんな事実をテッド自身が初めて知った。


 ただ、そんなテッドの驚きなど無視するように、バーニーは続けた。

 テッドにとってはあまりに重い言葉の数々を、淡々と並べるように。


「これ幸いとコミッサールは言ったわ。ヘカトンケイルに親任された父親を裏切り、そしてシリウス人民を裏切った男の情婦と」


 グッと奥歯を噛みしめてテッドは怒りを飲み込んだ。

 今はコミッサールに帯する殺意や怒りを楽しんでいる余裕は無い。

 それは後で良いし、今は問題では無い。


 コミッサールの吐いた『情婦』という言葉にテッドの頭脳が沸騰するが……


「最初はリディーが責められた。洗い浚い喋れと、相当強力な自白剤を打たれたらしい。日中は薬漬けで自白を迫る取り調べが続き、夜になって酩酊状態のまま官舎へと帰ってきてた」


 バーニーの目がテッドを射貫いていた。

 それは、文字通りに自らの迂闊な振る舞いの結果だ。


「そしてね、リディーは薬物への中毒症状から嘔吐と痙攣を続け、一睡も出来ないまま、次の日も、その次の日も取り調べを受けて」


 一瞬、テッドは目の前が真っ暗になった。


 あの時、抱き締めたりせず、敬礼でもして別れていれば……

 敵軍同士なのだから、それこそ罵りあって別れていれば……


 こうはならなかったかも知れない。

 だが、まるで死んで腐った魚のような目のテッドに、バーニーはたたみ掛けた。


「5日目の夜には薬の禁断症状が現れ始め、6日目の朝にはもう、妄想と現実の境目が認識できなくなってた。だけどね、私達はヘカトンケイルの下だけど、あの子は『一般シリウス軍人だったらしいな』


 テッドの言葉にバーニーが頷いた。

 それは、文字通りに後悔の念だと思う姿だ。

 痛切なため息をこぼし、バーニーは続けた。


「何度か出撃の依頼が来て『依頼?』


 話の腰を追って聞き返したテッド。

 バーニーはもう一度うなづいた。


「私達はヘカトンケイル以外から命令を受けないの。だから、委員会の中の戦闘遂行小委員会は命令ではなく依頼を出してくる。それについてヘカトンケイルが是非を判断し、良かれと認可が出て初めて出撃するのよ」


 シリウス軍の内部を垣間見たテッドは、どこか目眩のようなものを覚えた。

 複雑な指揮命令系統は混乱を生み、結局は責任のなすり付け合いになる。


 部下は責任を取らされたくないので、とにかく上にお伺いを立てて指示を待つ。

 その間に貴重な時間が浪費されて行くことだって多々あるはずだ。

 どれ程に明確な敵の存在が在ろうとも、指示無しには動かない存在になる。


「リディ抜きで何度か出撃したんだけどね。ある日、帰ってきたらリディが居なかった。コミッサールの担当将校は、自分の手を離れてしまったとしか言わないし、レオが来て問い詰めれば、目の前で自決するし」


 いよいよ話が剣呑になってきたとテッドは思った。

 秘密を守る為に自決した担当将校は、何を黙っていたのだろう。


 ただ、今は話の続きを聞くのが先だ。

 テッドは目で『続けてくれ』と、意思表示した。


「それから何日かしてキャシーが呼び出された。やっぱり同じように薬を打たれたらしいけど、リディ以上にキャシーは強かったみたい。官舎に帰ってきたキャシーは……」


 バーニーがジッとテッドを見た。その目は罪の許しを請う罪人のようだった。

 ただ、テッドは分かっていた。この時点でリディアがまともじゃない事を。


「続けてくれ。PLEASE(たのむ)……」


 懇願するようなテッドの言葉にバーニーは頷いた。

 そして、床へと目を落とし、深く深く溜息をこぼした。

 ガックリと項垂れたまま、力無く首を振っていた。


「リディはコミッサールの施設の中で、戦闘薬と自白剤の両方を打たれ、さらに、酒を飲まされて完全に正体が抜けた状態で、延々と輪姦されていたそうよ。まともな思考ができない状態で、快楽漬けのままの数日間を過ごしていたの。そこへキャシーが運び込まれ、今度は狭い独居房へ押し込まれ、両手両足を縛られたまま、三日間放置されたって……」


 薬物中毒の禁断症状は、経験無き者の想像をはるかに超える苦痛をもたらす。

 強い意志や目的意識があれば、大概の者はかなりの苦痛にも耐えられる。

 だが、どんな人間でも一度味わった快楽の禁断症状には逆らえない。


 ましてや、リディアは女だ。

 薬物的な深みに堕ちる事無く、性的快楽に溺れて道を踏み外す者だっている。

 そんな快楽に薬物的な快楽が加わると、理性など有って無きに等しい事だ。


 どれ程に固い鉄の意思を持っていたとしても、地力で立ち直る事は無いだろう。

 他者からの支援を受けたとしても、完全に立ち直る事はかなり難しい。


「独居房の中で禁断症状の苦痛に泣き叫び、喚き続けたらしい。そして、段々と精神的におかしくなり始め、房事に耽って悦んだ自分に激しい自己嫌悪を示して」


 バーニーはテッドがまともじゃない事に気が付いた。

 表情らしい表情を失い、テッドはボンヤリと空を見つめたままになった。

 まるで、何かのマスク(仮面)でも付けているかのような顔だった。

 何事かを譫言のように呟きながら、テッドは呆然としていた。


「……それで」


 小さな声で『……それで ……それで ……それで』と繰り返すテッド。

 エディはテッドの肩を抱き、そっとソファーへと座らせた。

 だが、そんな状態でもテッドは衝撃から立ち直れない状態だ。


「それで…… リディアは……」


 衝撃を受けたらしいテッドは顔を上げてバーニーを見た。

 一滴の涙をもこぼしてはいないが、泣いているとバーニーは思った。

 テッドの脳内は何処までも純白な状態で、細波一つ立っていなかった。


「そんなリディをキャシーは見つめ続けさせられたそうよ。そして、コミッサールはキャシーに対して、洗いざらい喋れば、あの娘を楽にしてやれると囁いた。どんなに意志の硬い人間でも親しい人が見せる地獄の苦しみは耐えられない。赤の他人ならともかく、キャシーとリディは……『姉妹のようだった』でしょ」


 ソファーの上で身動きの取れなくなったテッドは、首を振って泣き顔になった。

 もう止めてくれ!と懇願しつつ、続けてくれと願っていた。


 相反する二つの意志が脳内で衝突し、テッドは激しく混乱していた。

 だが……


「キャシーはその場にいた全員が予想もしなかった行動に出たらしい」


 バーニーは敢えて興味を引くように話を切りだした。

 それに釣られたようにテッドの目がバーニーへと向けられる。


 バーニーは小さな声で言った。


「あの子は…… 孤独な戦いを始めたの」

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