忸怩たる想い
本日二話目です
~承前
「テッド。もう聞きたくないとは思うが」
「分かってます。そこまで子供じゃないです」
「それも承知しているが…… な」
501中隊のシェル11機はワスプを発艦し、宇宙の虚空を飛んでいた。
シリウス標準時間で1月8日の午前9時。11機は所定空域に到着した。
「さぁ、おいでなさるぞ」
「間違ってもぶっ放すなよ?」
アレックスとマイクがそんな言葉を無線へと流した。
ニューホライズンの地上から白く太い柱が幾つか伸びてくるのが見える。
その中にはシリウス側のシェルが入っているはずだ……
――来た……
複雑な思いでそれを眺めているテッドは、無意識に兵装セレクターを呼び出す。
モーターカノンは発火電源が常時投入されていて、いつでも発砲できる状態だ。
キックオフしたチェーンガンはしっかり油圧が掛かっている。
そして……
――こいつならこの距離でも……
テッド機も手にしている大型荷電粒子砲は、加速器の中に常時通電されていた。
大気の揺らぎを考慮に入れても、まだそれほど高度を稼いでいないなら……
「撃つなよ?」
エディは念を押すようにテッドへと声を掛けた。
その声がどこかコミカルな印象だったテッドは――
「大丈夫ですって」
その言葉と同時に、セーフティーを掛けなおした。
ここで撃ってしまっては元も子もない。
今必要なのは、しっかりした停戦協定と、和平に向けた動きだ。
――リディアを……
彼女をどうするか。
テッドにだって答えは分からない。
だが、憲兵隊からの事情説明要請に対し、テッドは洗い浚いの事を喋った。
そして最後に『妻を…… 助けてください』と本音を漏らした。
自らが地球軍へ志願する結果になった過程ですらも喋ったのだ。
――――貴官の身の上は全て承知した
――――決して悪いようにはしない
――――これは、私個人としての約束でもある
MPのディンゴ少佐はテッドにそう言った。
同席していたディンゴ少佐の上司も、同じように言った。
――――率直に言う
――――君の細君の件はシリウスとの交渉で有利な材料となる
――――国民にこれほどの無理強いをしている君らの正義とはなんだね?と
――――洗い浚いシリウス人民に暴露しても良いと
テッドの顔には苦み走った驚きが張り付いた。
個人の心の痛みや苦しみですらも国家間の交渉では材料になるのかと。
国家と言う巨大なシステムが個人を踏み潰そうとしている。
だが、同時にテッドはハッと気がついた。自分自身が地球連邦軍の歯車だ。
シリウスを併呑しようとしている、巨大なヒュドラの一部に過ぎない。
そして、その頭のひとつとして、意思を持ってシリウスに牙を向いている。
――――ただ、これは決して忘れないで貰いたい
ディンゴ少佐の上司、アンデルセン大佐は笑顔で言った。
南米系と思われる陽気さのある笑みだった。
――――このディンゴ少佐と同じく、私も君の味方だ
――――君の身の上がどうかは問わない
――――巨大な思惑に振り回されて苦しむ者はみな味方だ
――――君と君の細君の幸せの為に最大限努力する
――――そして……
この時、アンデルセンは数枚の書類をテッドへ見せた。
部外非の判が押されたその書類には、地球から来るスタッフのリストがあった。
――――地球から複数の医療関係者が来る
――――その中に脳神経や精神の専門医が複数いるんだよ
――――彼らに協力を願う事にする
――――シリウス軍の内情を知りたいと言うのが第一義だ
――――だが、君の細君が正気を取り戻せるように努力するよ
テッドは一言『お願いします』と言うしか出来なかった。
彼女の為ならどんな困難も乗り越えると誓った。
たとえこの身が砕け散って、雨に打たれる平原で錆付こうとも……だ。
――リディアを取り戻す……
その強い意思で、テッドはここに居るのだった。
「バカはやりません。リディアの為です」
テッドの言葉には一片の迷いも無かった。
ただひたすらに前進する意志だ。
どこか満足そうにエディが『そうだな』と返し、沈黙する。
ニューホライズンから上がってきたロケットは、フェアリングを取っていた。
「……来たな」
「マジかよ……」
フェアリングの向こうには純白のシェルが納まっていた。
2機ずつ5本のロケットで上がってきたそのシェルはウルフライダーだ。
キャサリンとリディアが居ない分だけ数が減っている。
だが……
「迂闊に手を出すなよ」
アレックスの言葉に全員が失笑する。
ここであったが百年目と戦闘に及ぶのは容易い。
しかし……
「やっぱりドラケンの方が格好いいな」
ボソッと呟いたテッドの言葉に全員が爆笑を起こした。
初めて搭乗し、手足の様に慣れ親しんだドラケンだ。
絶対的な性能であれば、こなれてきたビゲンに分がある。
だが、ドラケンは出来ない事まで把握しきっていた。
アレが出来る、コレが出来ると言う安心感では無い。
極限条件の時に、アレをやるとヤバイ、コレをやるとまずい。
それを把握しているというのは大きなアドバンテージになる。
ギリギリの勝負の時は、安全マージンまで削って旋回を決める事が多い。
そんな条件の時に、出来るか出来ないかで危ない橋を渡りたくないのだ。
「出来る出来ないを知り尽くした機体は安心だよな」
「ドラケンにビゲンのエンジンが付いていればなぁ」
ウッディとディージョはそんな会話をする。
頑丈なドラケンのフレームは、未だに魅力を感じるモノだ。
ビゲンの強力なステアリングエンジンは、フレームを歪ませる事すらある。
「まぁ、出来る事を着実にこなしていこうぜ」
ヴァルターはそんな言葉を漏らす。
その間も着々とウルフライダー達は準備を整えていた。
ある意味で一触即発の空気だった。
――――広域戦闘指令よりクレイジーサイボーグズ
――――パッセンジャーが来るので護衛せよ
広域戦闘無線に入ってきた指令の声は妙に明るかった。
そして、ニューホライズンから新たなロケットが登ってくる事を告げていた。
打ち上げ地点は南半球にある砂漠の発射場だ。
「委員会の連中はあんなところに住んでるのか?」
唸るような声音で言うディージョは、露骨な不快感を示した。
どう見たって人の住んで無い地域。住めない地域だ。
逆に言えば、襲撃の心配が無く、デモなどの嫌がらせも無い。
反政府活動を扇動した彼らは、その矛先が自分に来る事を何より恐れる。
騒動を焚きつけ社会を不安定にし、その混乱の中で敵対者を屠るのだった。
「いや、実際はもっと別のところじゃないか?」
上昇してくるロケットを見ながらウッディは言った。
住環境としてはかなり厳しい条件下だ。
なにより、ニューホライズン全土へ影響力を及ぼしがたい。
「恐らくは大きな都市圏の近くに居て、所在地をごまかす為にあそこから」
「なるほどなぁ」
ウッディの分析にジャンが感心の声を漏らす。
なんだかんだ言ってウッディの考察は深く鋭い。
「まぁなんにせよだ」
場を切り替えるためにマイクは声音を変えていた。
いつもの低く轟くような声音は影を潜め、明るく朗らかであった。
「ロケットの中身に注意しろ。流れ弾にやられないようにな」
エディの言葉が無線に流れ、再びメンバーが大爆笑する。
そんな中、高度を上げきったロケットからは小さなランチが姿を現した。
エンジンを吹かし機動を遷移させたランチはネルソンへと吸い込まれていく。
一部始終を見ていたテッドは、コックピットの中のグリップを握り締めていた。
今にも発砲しそうな程の殺気を撒き散らせていたのだが――
――エディ……
エディのシェルはテッド機とネルソンの間に割って入っていた。
そして、全部承知でテッドに背中を預けていた。
エディなりの優しさであり、また、気遣いだ。
――――戦域指令より各護衛機へ
――――パッセンジャーを収容した
――――各機は移動の準備にうつれ
「さて、片道6時間の船旅だぜ」
ヘヘヘと笑いながらジャンが大きく旋回した。
501中隊が旋回した後をウルフライダー達が付いてきた。
「つか、あいつら、ホントにワスプへ収容するんすか?」
ロニーは露骨に嫌そうな言葉を吐いた。
信用ならない相手への嫌悪感だ。
だが、信用なくして前進は無い。
時には味方より信用も出来る敵だ。
出撃前の打ち合わせ段階から、ロニーは露骨に嫌がっていた。
そんなロニーの態度に、テッドはふと、人見知りの傾向が強いと感じた。
ただ、自分の生活圏へ『敵』を入れることの生理的嫌悪感は強い。
「……そう言うな。他にシェルを20機以上収容できる船が無い」
編隊の最後尾を飛ぶエディは、ウルフライダー機に接近を促した。
シェルの腕を大きく振って、手招きのポーズだ。
『順次着艦されたい。こちらのシェルが手本を見せる。それを真似てくれ』
エディはオープン無線で呼びかけた。
ややあって『了解した』と返答が返ってきた。
その声はリーダーの、あの大きなベルのマークだとテッドは思った。
物静かで落ち着いた声音だ。
包み込むような安心感を覚える声でもある。
「テッド。最初に着艦しろ」
「俺ですか?」
「そうだ。おまえだ」
抗議染みた声を出したテッド。
だが、その中身はよくわかっている。
どこかでブチッと切れてしまって、事に及ぶかも知れない。
そうならない為に、エディは精一杯に気を使っている。
――あんまり気を使わすのも……
言われるがままにそのまま着艦した。
飛んでいるよりも船に戻った方が暴発しないと自分でも気がついた。
――あっちに用はねぇしな……
心の何処かで妙な細波が立っている事に気がついた。
だが、実際はどうする事も出来ないのだから流れに乗るしかない。
――まぁ、仕方ねぇな……
そう、割り切るしかなかった。
ワスプの着艦管制に誘導され、狭いハッチへと水のように流れ込む。
もはや慣れた行為だが、あのウルフライダーの連中はどうだろう?と思った。
実際、ワスプのハッチはそれほど大きいわけじゃない。
軍艦の常として、防御力の為に使い勝手を我慢している部分もある。
使い方でカバーしろと言うのは、何処の世界でもある話だ。
防御力の有る無しが生き死にに係わるかも知れない。
どちらが良いかと聞かれれば、兵士ならば誰だって防御力を選ぶだろう。
攻撃は最大の防御と言うが、防戦一方の時だってあるのだ。
――入り口に激突しなきゃ良いな……
ふとそんな事を思ったテッドだが、心配するだけ無駄だったようだ。
実際には全く問題なく次々とハッチに飛び込んで来ていた。
そして、実に紳士的な振る舞いで艦内誘導に従っている。
――いや、紳士じゃ無くて淑女だな
堂々としていて、細やかな振る舞いだ。
艦内管制が驚く程に流れるような動きだった。
そして、驚く程に短時間で10機全てが着艦する。
むしろ、後になって艦内へ戻ってきた501中隊のシェルの方が奔放だった。
荒々しく着艦し、艦内誘導の声を聞きつつも、手近な所に駐機している。
――まぁ、いつもの事だ……
思わず苦笑いしたテッド。
中隊のシェルはまるで学芸会で盛んにはしゃぐ子供達のようだ。
ワイワイと大騒ぎしつつ、収まるべき所へと収まっている。
そんなコントラストを見つつ、テッドはあのウルフライダー達に興味が湧いた。
シリウスで一番な腕利き集団と話をしてみたい。
最後になってワスプのハッチへ飛び込んできたエディを見つつ……
そんな衝動に駆られているのだった。




