砲戦
――――2245年5月1日 早朝
ルドウシティ郊外
生暖かい空気の中を走る装甲車のナビゲーターハッチを開け、ジョニーは頭だけ出して外を見ていた。遙か遠くから不機嫌な金属音が鳴り響いている。軋む様な金属の擦れあう音と重々しいエンジン音。間違いなくシリウス軍の戦車だと気が付いて、ジョニーの腕に鳥肌が立ち始めた。
散々とやりあったシリウス軍の戦車はあらん限りの重装甲を施され、至近距離からのパンツァーファウストでも一撃で破壊する事が難しい。ただ、高機動装甲車の主砲は射程こそ短いモノの威力はとにかく絶大で、いとも簡単にシリウス戦車を圧倒出来る。なにせ、深夜の戦闘では2両まとめて撃ち抜く威力だったのだ。手痛い一撃さえ貰わなければなんとかなる。そんな印象をジョニーは持っていた。
「さて、今日も一日楽しませてくれそうだ」
ニコニコと笑うエディは狙撃の恐怖を微塵も感じさせず、装甲車のコマンダーシートから上半身を乗り出している。
風を切って走る装甲車はルドウの街を抜け、郊外の荒れ地へと差し掛かっていた。深夜に街中でやり合って以来、シリウス軍は比較的大人しい状況だった。ただ、ドローンによる戦略偵察情報によれば、ルドウ郊外の荒れ地辺りでシリウス軍戦車などが結集していると言う情報がある。
地球連邦軍の地上機甲師団は各方面からルドウの街に結集し大規模な地上戦をやる算段になっていた。
「おぃ! エディ! また撃たれるぞ!」
無線で呼びかけてきたマイクが笑っている。冷やかされたエディも笑っている。勿論、無線を聞いている501中隊のみんなが笑っている。笑ってないのはジョニーたち新兵だけだ。
「なに、俺は生まれつき運が良い。またかすり傷で済むさ」
「かすり傷って言っても手間が掛かるんだから気をつけろって」
「マイクは心配しすぎだ。禿げるぞ?」
「おぃおぃエディ 心配するのが俺の仕事だぜ? それに……」
「それに?」
無線の向こう。あちこちから一斉に笑い声が流れた。一瞬言葉を聞き取れなかったジョニーだが、無線の中の大爆笑にヴァルターの声が混じっているから、聞き取れなかったのは自分だけだと気が付いた。
「禿げられるモンなら禿げてみたいぜ!」
より一層の大爆笑がわき起こり、話しから取り残されたジョニーは疎外感に身悶えた。だが、それを聞き直す勇気も無くて悶えるしかない。士官様と対等に話をするなら士官になるしかない。シリウス義勇兵でも士官への道はあるのだろうか?と、変な心配をし出して、そしてもう一度身悶える。
「おいジョニー」
「へい」
いきなりドッドに声をかけられ油断していたジョニーの返答が緩くなった。だが、ドッドにしてみればそれを見逃す訳にはいかない。新兵は半年シゴいて一人前だ。それまではココの緩い空気でたるませる訳にはいかない。中隊から死人を出すのは、下士官の長にしてみれば恥だからだ。
「へいじゃねーだろ!」
「あ、すいません。油断してました。腕立てですか?」
「ここでやりたいか?」
「出来れば勘弁して欲しいです」
「じゃぁ気を付けろ」
「イエッサー!」
椅子の上とは言え、ちゃんと背筋を伸ばしたジョニー。その辺りの細かな振る舞いに、ドッドはジョニーの父親を思った。相当固い人間だったのが透けて見える。息子を見れば父親がわかるのは、いつの時代も普遍の真理だ。
「で、なんでありますか?」
「……これからルドウ郊外でシリウス軍の機甲師団とやり合うことになる。間違い無く酷いことになる。次はどれか仲間の車が燃えるかもしれない。だから、抜かるなよ」
「イエッサー!」
「郊外で補給を受ける。そこで色々言われるかもしれないが、それはグッとこらえろ。決してブチ切れるんじゃないぞ」
「……シリウス系だからですか?」
「そうだ。家族がテロで死んだとか、女房子供が死んだとか、そんな奴は掃いて捨てるほどいる。そう言う人間の心理は理屈じゃ割り切れないんだよ」
テロと言う言葉に身を固くしたジョニー。思えばジョニーの父もテロリストを随分と射殺している筈だ。ふと、父の笑顔を思い出したジョニーは、何処か遠くを見て思案にくれた。
「どうした?」
「実は親父が街のシェリフだったんですが」
「あぁ。エディがそんな事を言っていたな」
「親父もそうとうやりあった筈です。シリウス解放戦線の連中と何度も撃ちあってましたから」
「……そうか」
「結局は死んでしまいましたが」
吐き捨てる様に言ったジョニーだが、それは侮蔑ではなく怒りだった。目的を達するために暴力を選んだ事への怒り。
「親父はよく言ってました。目的を達するのに暴力的手段を選ぶ事は、やましい目的がある時だけだって。何事かを決めるのに話し合いと多数決以外で手段はいらない筈だから、そこで暴力的手段を選んででも自分の意見を通そうする奴らの為に、俺の様なシェリフがいるんだって」
何と無く小っ恥ずかしい思いのジョニーは、照れ笑いを浮かべている。だが、そんなジョニーをドッドの拳が叩いた。
「ジョニー。その言葉を忘れるなよ。すごく良い言葉だ。でな、シェリフじゃ済まねぇ時の為に軍隊って組織が存在するんだ。要するに、話し合いで解決する為に軍隊があるんだ。綺麗事だけじゃ世の中回らねぇのさ」
ドッドとジョニーの会話を何と無く聞いていたエディがニヤリと笑う。501中隊の意思は見事に統一されているのだと再確認し、ほくそ笑むのだった。単調なエンジンの音に揺られながら眠気を催して来る頃合いだが、車内はこれから始まる大戦に向けて、少しずつ緊張感が高まっていた。
やがて、視線の先に連邦軍の大型トラックが幾つも停車してる拠点が見えてきて、ジョニーたち501中隊の装甲車は主砲弾の補給を受けた。榴弾を中心にHEAT系の砲弾を満載になるまで搭載した1号車。砲弾ラックのコレクションを眺めニヤニヤと笑うドッドを他所に、ジョニーは戦車とまたやりあうのだと気が付いて、身を固くするのだった。
――――2245年5月1日 0900
ルドウ郊外50キロ
ニューホライズンへ降下し地上展開を完了した連邦軍兵士は実に100万に達し、集結した戦闘車両は実に300輌に達していた。ジョニーの想像をはるかに超える大軍勢が見渡す限り広がっていて、そこへ参加することになった501中隊の装甲車は、エディの手腕か予備兵力側へ回された。
少し離れた場所に展開する自走砲や榴弾砲の部隊を守護する任務で、直接打ち合う危険は避けた形になる。だが、アンディー達パワードスーツ隊は急遽正面戦力となる中央軍集団へ配置変更となり、主砲を持たない装甲車を集合場所へ置いて中隊を去って行った。
「少佐殿。お世話になりました」
「何を言ってるんだ。こっちこそ世話になった。いつもいつも面倒をかけて済まなかった」
「その言葉を聞けただけでも幸せですよ」
エディとアンディーが硬く握手を交わした。
「フランシス達も連れていければよかったんだが」
「勝手に隊を離れやがって…… 本当なら懲罰なんですが、生憎自分の知らないところで勝手に階級を上げやがりまして」
「きっと今でも何処かでスタンバイしてるさ。いつかまだ何処かで出逢うだろう」
「……そうですね」
言葉に詰まったアンディーは僅かに俯いて目を伏せた。そんなアンディーの肩にエディが手を載せた。何度も一緒に死線を潜れば、親子を越える情もわくものだ。
そして、男の別れに涙はないが、目から溢れる汗もある。
「死ぬなよアンディー。また一緒に旅しよう」
「えぇ…… もちろんです。また、少佐とシリウスを旅したいです」
「この合戦が終わったらもう一度俺のところへ来れる様に話を通しておく。心配するな」
もう一度肩を叩いたエディとアンディーが敬礼を交わして別れた。
その後ろ姿をジョニーは見送る。何と無くもう会えないんじゃないか?と、そんな不安にかられたのだ。
「どうしたジョニー。そんな顔をして」
エディの目が優しくジョニーを見ていた。
まるで子を諭す父親のような眼差しだった。
「なんだか、もう会えない様な気がしました」
「あぁ、会えないだろうな」
「え?」
「会えないんだよ。それが分かっていてなお、アンディーは行ったんだ」
「……なぜ」
エディの目から表情が消えた。
時々みせる作り物の様な無表情さでエディは遠くを見ていた。
「それが士官の義務なんだよ。最初に死ぬのさ」
「過酷ですね」
「兵士に死ねと命じるのも士官だ。だから、自分も率先して死地へ行くのさ。口だけ大将に命は預けられないだろ?」
ジョニーはユックリと頷いた。エディの口からそんな言葉が出るとは思っても見なかっただけに、驚きを通り越して、何か神聖な物でも見る様な目になっていた。
「いずれ分かる様になるさ」
「いつかは士官にって事ですか?」
「いや、士官じゃ無くても……な」
何かを言いかけたエディだが、その前にマイクが口を挟んだ。
無線の中でガナりたてるマイクの声が割れるほどに響いていた。
「エディ! 始まりそうだ! シリウスの連中は相当気張ったと見えるぜ。戦車だけでも500近く用意しやがった」
「そいつは剛毅な話だな」
「装輪系の装甲戦闘車も同じくらい居る。後方には自走砲の大群と来たもんだ。こりゃ酷いことになるぞ」
連邦軍の広域戦術無線が一斉に通達を出し始めた。ジョニーの乗る1号車の共通作戦情報表示が緊急通達と情報更新注意の赤文字で埋まりはじめる。夥しい量の文字がタイムラインを流れていき、目でそれを追うだけでも大変だった。
「最初は砲撃戦から始まる。どんな大戦もそうだ。まず互いに戦力を削ろうとするのさ」
その文字を真剣に読んでいたジョニーへロージーが声を掛けた。ニヤニヤと笑う表情には余裕すら感じさせる物がある。だが、そんなところへ甲高い音を立てて砲弾が降り注ぎ始め、あちこちに着弾して黒い煙を上げ始めた。
ロージーの笑顔をも引きつり始め、装甲に囲われた車内では妙なハウリングを伴った残響音を混ぜた地響きが反響する。そして、その音の発生源では死神の鎌から逃げられなかった戦車や戦闘車両が次々に爆発し、不幸にも生き残ってしまった乗員達が血塗れで車外へ出て救援を叫ぶ。
だが、次から次へと砲弾が降り注ぐ状態では、衛生兵も近くには寄れないのだ。幸運にも痛い思いをする前にヴァルハラへと旅立った者を羨ましがりながら、死を待つばかりの不運な者たちは神を呪う……
シリウス軍に負けじと連邦軍の野砲中隊や自走砲中隊が次々に砲撃を開始した。シリウス側から遅れて砲撃を開始するのは、敵の砲兵陣地を確かめる為じゃないだろうな?とジョニーは怪訝な表情で戦闘状況をモニター越しに見ていた。砲兵は砲兵で叩くと言う戦術上の鉄板を行う為に、敵が先に撃つのを甘受する。だが……
「これでこっちの位置が向こうにバレた訳だ」
ドッドは相変わらず笑っている。笑う事で自分をしっかりと保持しているのかもしれない。ふとそんな事を思ったジョニー。だが、戦況モニターはシリウス側砲兵陣地に着弾した直後から生き残った砲兵が反撃を開始したと表示された。
砲兵の位置がわかれば最優先でそっちを叩く。逃げる事の出来ない砲兵達は碌に防循の無い環境で砲撃を続ける義務を負う。敵の砲兵が全滅するか、こっちが先に滅びるか。足を止めてノーガードで打ち合うボクサーの様に、砲兵達は死を覚悟して撃ち合うのだ。
「ウソだろ……」
ジョニーは誰にも聞こえない声で一人ごちた。作戦を考えるだけの者は死なないのだから、どんな非情な事も出来るのだろうと腹が立ち始め、そんな事を思っている間にも、1号車は鼻を突く硝煙と焼けた薬莢が放つ鉄の臭いに包まれた。
「さて、そろそろこの辺りにも降ってくるぞ! 根性決めろよ」
凄みのある笑を浮かべたエディ。その向こうでニヤニヤと笑うドッド。運転席ではマルコがのんびりとタバコに火をつけていた。
「おぃマルコ。車内は禁煙だって言っただろ?」
「んな事言ったってエディ。場合によっちゃ今生最期の一服だぜ?」
「俺が乗ってる限りこの車は吹っ飛ばねぇから安心しろ」
困った様に笑うマルコはタバコをもみ消して窓から外へ捨てた。
「直撃喰らったら恨むぜエディ?」
「文句はあの世でたっぷり聞いてやるから安心しろ」
声を出して笑ったマルコとエディ。それにつられてドッドもロージーも笑い出した。笑い声が響く車内は明るい空気だった。ただ、遠くから恐ろしい音を立てて砲弾が降ってくるタイミングだったのだが……
「さぁ! おいでなすった! お前ら小便漏らすなよ!」
ドッドがそう言うが早いか、腹の底まで響く様な地響きを立てて砲弾が着弾し始めた。数輌隣にいた大型自走砲の砲身がポッキリと折れるのがジョニーにも見えた。周辺に有った弾薬へ誘爆し、凄まじい大爆発を引き起こしている。その周辺にいた自走砲のオペレーター達が続々と挽肉になり始め、真っ赤に焼けた鉄の上に乗った肉片はジューと音を立てて人間のステーキになり始めた。
「いやいや、全く食欲をそそられねぇ臭いだな。せっかくのステーキなのにな」
「シリウス軍の連中はレプリの肉を焼いて食うそうだぜ」
ロージーとマルコがいきなりとんでもないことを言い出した。だが、エディはニヤニヤ笑ってドッドを見た。まるぜ『お前が言え』と言わんばかりの眼差しにドッドも苦笑いを浮かべるのだった。
「食料としてだけではなく、カニバリズムの一環だそうだ。レプリカントが希望するらしいな。誰かに食われて終わりたいって」
「なんだそりゃ」
「俺も聞いた話だが、レプリカントは完全な人工物だから、最期はタンパク質に分解されて次のレプリカントの養分になるらしいけど、そうじゃなくてシリウスの食物連鎖に組み込まれたいんだとさ」
「なんでまた」
「次は人間に生まれて来る様にって祈るらしいぜ」
ドッドの説明にジョニーはひどく不思議な顔をした。全くもって理解できないと、そう言いたげな表情だ。首を傾げてしばらく考えたジョニーだが、答えを見つけ出せずにいた。
「レプリカントにも宗教があるんでしょうか?」
分からないなら聞くしかない。
ジョニーは質問することを選択した。だが……
「さぁな。あいにく俺にはレプリカントの知り合いはいねーしシリウス軍にもいねぇし。だから確かめようがねぇ」
「おおかた、最初に食料に困ったシリウス軍の士官がレプリカントを喰うにあたって、生き残ったレプリカントにそう説明したんだろうさ。それが寿命の短いレプリカントの間で語り継がれてるってのが真相だろう」
なんとも救われない話だが、現実的にはそんな物なのかもしれない。食料に困れば人間だって人肉食をしたのだし、カニバリズムの宗教的意義は誰かの一部になって生き続けるというものだ。寿命の短いレプリカントにして見れば、有る意味で永遠の命を得られる方にも聞こえるのかもしれない。
「エディ! 次は直撃をもらいそうだぜ!」
いきなりイカレた声で叫んだドッド。対空レーダー画面には危険度判定でSSS評価の砲弾が落下しつつ有った。モニターが点滅し、ドッドの表情がこれ以上無く引きつって、そして裏返った声で車内に警報を叫ぶ。
「お前ら気合入れろ!」
空気を震わせながら降ってくる砲弾が耳を劈く音を響かせている。不機嫌に甲高いその音はだんだんと周波数を落として行って、そして地上まであと僅かと言うところでいきなり炸裂した。
「クラスターかよ!」
国際条約により地球上では使用が禁じられたクラスタ弾頭が連邦軍の頭上に降り注いだ。装甲に囲まれていない者は間違いなく即死する。あちこち大慌てで装甲の影に逃げ込むのだが、オープントップ構造の大口径自走砲などはオペレーター数名が即死だった。
「嫌な手を使ってくるぜ!」
「だけど今回も命拾いしたな」
「エディがいる限り大丈夫な運命だ!」
「死ぬ事も出来ねぇけどな!」
マルコとロージーが首をすくめて言いたい事を言う中、ドッドは前線本部の砲撃支援要請を受けて諸元入力を進めていた。射程の短い装甲車の主砲ではギリギリの距離だが、支援砲撃を行っておいて悪いことはない。焼夷榴弾を選択し装填したドッドは主砲の発火電源を確かめた。
「エディ!」
「あぁ!遠慮なくやれ!」
各車へ発砲予告を送ったドッドは一つ深呼吸してから、足下の発射ペダルを踏みつけた。弾体加速装置にスパークが飛び、リニア駆動式の主砲が火を吹いた。何者かを確実に殺す威力の砲弾が砲口を飛び出し、遥か彼方を目指して飛んで行く。その弾頭が着弾するところは一体何が有るんだろう? ジョニーは全く得にもならない事に思いを馳せる。例えそれがなんであれ、戦いが早く終わるならそれに越したことはない。早く終わって。いや、終わらせてリディアの元へ帰ろう。ふと、そんな事を考えた時、頭上に二斉射目の着弾があった。再びクラスタ弾頭がやって来て、ジョニーはグッと奥歯を噛んだ。
「ビビんなよジョニー!」
ドッドの声が響きジョニーは苦笑いを浮かべる。
「ドッド! 遊んでないでジャンジャン撃て! 構うこと無いぞ!」
「ヘイ! 親分!」
ドッドが再び射撃を開始する中、遥か前方では戦車同士の砲撃戦が始まった。少しでも有利なポジションを取ろうと起動的に動き回る中、連邦の戦車はシリウスに比べ長い射程を生かし砲撃を続けている。高初速で貫通力の強い弾頭による攻撃はシリウス戦車のしかばねを次々ち量産していた。
ただ、如何せんシリウス側の数が多すぎて、破壊しても破壊しても終わりが無い。次から次へと新しい部隊が前に出て来て戦闘を継続している。痺れを切らした連邦軍の機甲師団は楔陣形を取って穿孔突撃を開始し、それを支援するべく野砲が唸りを上げた。続々と破壊されるシリウス戦車の影から次の戦車がやって来る。点で突破を図った筈なのだが、気が付けば連邦軍は面で押され始めた。
「さて、嫌な局面だ」
「どうする?」
エディの独り言にドッドが反応した。逃げると言う選択肢は無いが、少しでも有利なポジションを取る自由はある。移動するかどうか土壇場で悩んだのだが、その前に戦域情報が更新された。
「前線本部の連中は回り込んで丘を取れって言ってるぜ!」
吐き捨てる様に叫んだマルコはエンジンを戦闘モードに切り替え、いつでも起動出来る様に切り替えた。同じタイミングで作戦状況表示が更新され、シリウス軍の側面にある丘へ登って効射力を送れと指示が出ている。しかし、501中隊の車両周辺には夥しい量の人間だった代物が転がっていた。それを踏みつけなければ移動はできない。
「甚だ不本意だが移動を開始する。マルコ、発進しろ。西側の丘を取る。丘を越えて砲撃を行うぞ」
「……気は乗らねぇが止むをえねぇな。全員つかまってくれ! ぶっ飛ばすぜ!」
1号車に続き各車が一斉に動き出した。巨大なタイヤの下でメキメキと音を立てて人だった物が潰れて行く。その音が響く都度にジョニーは耳を塞ぎたくなる。時々は断末魔の声が響いて顔をしかめた。
「ジョニー。面倒は考えるな。難しいだろうけど、まずは目的を果たすことを最優先に考えろ」
エディの声は何処までも非情で冷静だった。だが、先ほど聞いたとおり、士官は目的の達成を第一に考えるのだろうとジョニーは思う。どんなに酷い事になっても、任務を達成する事を最優先に動く。個人ではなく全体で勝利を目指す姿勢を固く維持する事こそが仕官の条件……
「目的って、任務ですよね?」
「勿論だ? そして今日この場所で最優先の任務と言えば、先ずはこの戦力をきちんと温存する事だ」
「温存?」
訝しげなジョニーの言葉にエディはニヤリと笑った。
「そうだ。まだまだニューホライズンには地球派が残っている。彼らを安全に地球へ脱出させるのが我々連邦軍の最も重要な任務だ。それは絶対に忘れてはいけない」
マルコの運転により装甲車は丘を回り込んで坂道を上がり始める。オーダーは簡単で、敵までの距離を射程圏内まで近づき砲撃せよ。それだけだ。だがそれは手痛い一撃を受ける可能性がある。主力戦車ならばアウトレンジからの砲撃が可能だが、あくまで装甲車でしかない501中隊の車両の場合は接近する必要があるからだ。つまり、反撃を受け爆発炎上の危険がある。
ジョニーは手の中に嫌な汗を掻き始めた。身体中にザワザワと静電気のような悪寒が走り、指先と言わす足と言わず、無様にカタカタと震え始めた。どれほど我慢しようとしても、抑えることが出来なかった。