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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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ブローバック計画完了・マシンガン作戦への序章

~承前






 朝7時のワスプ艦内。

 501中隊向けのガンルームは、重い空気に包まれていた。

 事の次第は、そもそもテッドが持ち込んだリディアに関するレポートだ。

 ある意味、プライバシーの塊なのだが……


「見て良いのか?」


 最初に渡されたヴァルターは、一言そういった。

 テッドの真意がどうかはともかく、これはアイズオンリー(機密事項)かも知れない。


「……仲間に隠し事はしたくねぇ」


 やや俯き気味にそう言い切ったテッドは、誰が見ても憔悴していた。

 それ以上のあれやこれやと言葉を掛けるのが憚られるほどだ。


「わかった」


 ヴァルターがそう答え、最初にページを開いた。

 そして、クレイジーサイボーズの面々は、テッドの差し出した18ページに及ぶレポートを回し読みし始めた。


 明け方近くになってワスプへと帰ってきたテッドは、ほぼ一睡もしていない。


 ただ、どれ程深酒をして荒れようとも サイボーグの顔は変化しない。

 浮腫んだり土色になったりと、生理的反応を示さない。

 故に、テッドは涼しい顔をしていた。その内面が表に出てこないのだ。


 重々しい空気が流れ、痛いほどの5分が経過した後、ヴァルターが呟いた。


「ウソだろ……」

「ここまでするのか…… あいつら……」


 ヴァルターに続きディージョも怒りを露わにしている。

 そしてウッディまでもが『クソ共が……』と、らしくない言葉で詰った。

 ある意味でシリウスのやり口を知っている面々ですらも怒りを露わにしている。


 まさか……

 ここまではしないだろう。

 もう少しマシだろう。


 そう思っていた淡い期待は完全に踏みにじられていた。

 そんな甘い集団では無い事を、指導部では無い事を再確認していた。

 必要な目的の為とあれば、人間の根本を蹂躙し破壊し尽くしてしまったのだ。


「人間の尊厳を根底から破壊するんだな」


 首を振りながら、ジャンは悲痛な言葉を漏らした。

 人格全てを根底から入れ替えてしまう行為は、常に精神崩壊の危険をはらむ。

 だが、それをさせない為の様々なノウハウを持っているのだろう。


「旧共産圏国家でよくあった話だ。組織的な利益のために個人の権利が踏みにじられる。全体の為に個人が犠牲になる。そこに同意があるならまだしも、無作為や適性と言ったもので選ばれた個人に一方的に押し付けられる」


 マイクの言葉は憤りと怒りを含んでいた。

 西側陣営と敵対した東側陣営の行ってきた政策は、非人道的な扱いや対応をも許容する行き過ぎた国家社会主義体制だった。


 そして、それに異を唱えるものは反動主義者と。

 或いは、そのものズバリに裏切り者と呼ばれた。

 彼らの迎える『人生の終点』は、悲惨と言うにも酷すぎる結末だった。


「本来テッドに聞かせる話しじゃ無いが――


 一言先置きしてアレックスが切り出した

 それは、テッドの耳に入れるのが忍びない話だ


 ――人格改造を施された人間の元人格が現れると、間違い無くコンフリクト(人格衝突)を起こし、双方の人格その物が破壊されて再起不能になるケースが多いんだが……」


 アレックスの目はテッドを見ていた。

 その眼差しは『続けて良いか?』という問いだった。


 テッドは総毛だったような表情で僅かに首肯した。

 アレックスも極々僅かな首肯を返し、話を続けた。


「……それを防ぐ為には新しく植え付けた人格に古い人格を殺させるんだ」


 テッドは目をまん丸に見開き『それってどうやるんですか?』と言った。

 今にも眼球ユニットがこぼれ落ちそうなほどだ。


「……多重人格状態にある人間は常に複数の人格が起動している状態に陥る時がある。状況としては、いわゆる統合失調に近い状態だ。脳内で複数の自分が言い争っている。その状態で殺したい方の人格の依り代を用意するのさ。例えば、その肉親や恋人など生物その物を使うのが望ましいが、それが無い場合は人形とか……」


 完全な無表情で話しを聞いていたテッドは、小さな声で『アッ』と呟いた。

 リディアがいつも持っていた小熊のぬいぐるみを思い出したのだ。

 あのぬいぐるみの名前はテッドではなくジョニー。


 自分の名前をあそこに置いてきた筈だ……


「新しい人格の方に協力者を仕立て、耳元で囁くのさ。大丈夫だ。俺がいる。俺がいるって。そうすれば新しい人格は迷う事無く()()を実行する」


 アレックスの話しを聞いていたテッドの脳裏に、ソフィアと名乗ったあのリディアが、半狂乱で小熊のぬいぐるみを滅多刺しにしているシーンが浮かんだ。

 それはリディアとジョニーその物。そして、ソレを実行しているソフィアの後ろに立っている男は……


 ――クロス・ボーン……


 テッドの脳裏にひとりの男の名前が浮かび上がった。

 マスコミの報道に時々姿を見せるその男は、まるでエディの様に長身痩躯だ。

 彫りの深い北欧系人種特有の顔立ちは、百凡な顔立ちと言えるテッドに劣等感を抱かせるのだが……


「ましてや精神的に弱ってる状態へつけ込んで、新しい人格の精神へ寄り添えばコロッと行くだろ。女なら」


 遠慮無くキツイ事を言ったヴァルター。

 テッドは露骨に嫌な顔をしているが、『だよなぁ』と相槌を打つ。

 どんなに強がっても粋がっても、人間には弱まってしまう時がある。

 ましてや女は本能的な部分で誰かの助けを求める様に作ってある。


 新しい命の揺りかごであり、そして最大かつ無条件な庇護者である女の本能は、自分よりも大切な誰かを優先することに抵抗が少ないのだ。それはつまり、母親の本能でもある。


「えげつねぇ手を使うな」

「全くだ」


 心底嫌そうに吐き捨てたマイクとエディ。

 黙って様子を伺っていたふたりは、顔を見合わせて溜息を吐いた。


 ただ、個人がどれ程打ちひしがれていようと、歴史はソレを考慮しない。

 時間が止まることは無く、怒りも哀しみも内包したまま未来へと進んでいく。


「いずれにせよ、我々は我々の任務を果たす。そこに些かのブレも無い。テッドには気掛かりもあるだろうが、だからと言ってシリウス軍が遠慮してくれる訳ではない。むしろ、我々の戦闘力が低下すれば、これを好機と二倍三倍の力を入れてくるだろう」


 エディの言い放った言葉にテッドの表情がガラリと変わった。

 忸怩たる思いを抱え、それでも結果を求められる立場の辛さを重い知った。


 ただ、それが士官の宿命だ。

 泣いても喚いても、それは個人の事であり組織には関係ない。


 義務と責務を果たし、出来る事なら戦略的な必要結果を越える戦果をあげる。

 戦術戦略両方を理解し、参謀本部の思惑や本音を読み取り、必要な結果を出す。


 その為に士官は厳しく教育され育てられていく。

 テッドはいま、どんな士官学校の教育カリキュラムよりも良い指導の真っ只中にいた。本人の辛さや悲しさの一切を無視した状態だが。


「今日の仕事だ。コロニー周辺のパトロールを重点的に行う。我々が機能不全の間、生身にずいぶんと負担を掛けたようだ。彼等に臨時の休暇が与えられる事になっている。彼等が一杯やってばか騒ぎして憂さ晴らし出来るようお膳立てだ。シリウス側の残存戦力は心配するようなレベルじゃ無いが、先のワイルドウィーゼルをやらかした連中の生き残りが居ると面倒だ。抜かり無く、油断無く。しっかりやろう」


 エディの言葉は優しく、そして厳しかった。

 それはお互い様を意識させるものだ。


 ついつい忘れがちだが、自分達が居るのは宇宙なのだ。

 その快適な環境を守るには、それなりの努力を要する。


「4時間ほどのソーティーをこなすがその間に次の派遣艦隊が到着する事になっている。つまりブローバック計画の完成と言う事だな」


 厳しかった計画の完了に、ガンルームの中へ一瞬だけホッとした空気が流れた。

 ただそれは、次の計画や作戦の発動を意味する。


「で、次の弾が装填されると言うことだ。休み明けには長丁場だが集中力を切らさずにな。特にテッド、お前だ。気持ちは分かるが切り替えろ。お前自身の為でもあるんだぞ。連邦軍の内部でお前が組織の役に立っているなら、組織はお前の大事な物を大切にする。順番を間違えちゃいけないのさ」


 キョトンとした顔でエディを見たテッド。

 そんなテッドを笑って見ながらエディは言う。


「義務を果たすから権利が生まれるんだ。権利だけ行使しようとするな。必ず、先ずは義務を果たせ。未来はその先にある」


 どこかささくれ立ったテッドの心に、エディの言葉がスッと染み込んだ。

 柔らかく自信のある笑みでテッドを見つめるエディは、父親を思い起こさせるものだった。


「どんな状態にせよまだ生きてる。つまり、まだチャンスはある。自棄を起こすな。不貞腐れるな。誠心誠意を忘れるな。正しい行いが幸せな結末を迎えるとは限らないが、自暴自棄を起こした者に神は微笑まない。今は分からないかもしれないが、そう言うものだと覚えておけ。理解しなくても良いから、覚えておけ。いつか結果が出る」


 小さく『はい』と返事をして首肯したテッドは、手にしていたレポートをシュレッダーにかけた。

 その反応を確かめたエディは、声音を改めて切り出した。スクリーンに新たな情報を表示し、手順と戦略的な到達目標を提示しつつだ。


「新たな計画が立案され実行されることになった。ブローバック計画は完了を見たが、コレにより得られた戦術的戦略的な勝利を最大限に生かす。先に地球へ向け出発した艦隊はコロニー船を追い越し、先に地球へ到達するだろう。今回到着したエンデバーも同じように帰還者を乗せて地球へ戻る計画だ。まぁ、ここまで言えば分かるだろうが、要するに地球帰還希望者をピストン輸送する」


 スクリーンの表示が切り替わり、5隻の大型超光速宇宙船が表示された。

 地球へ向かっているビッグEことエンタープライズを筆頭に、エンデバーと、ディスカバリー。ブランとムーリア。それ以外にも、各国が持つ中型小型の超光速船を地球中からかき集め船団が形成されることになった。


「ブローバックの次でマシンガン計画と名付けられているが、ある程度の間隔を開け、高速大量輸送しようという作戦だ。コレにより輸送人員は一気に増える。この計画の肝は、経費の掛かる冷凍睡眠カプセルが必要ないと言う事だ。物理時間としては片道80日を要するが、船内時間は僅か5日しかない」


 再びスクリーンが切り替わり、今度は動画が表示された。

 時間表示と共に、刻々と動いていく惑星表示が新鮮だ。


「現在のシリウス系惑星配置と太陽系惑星配置は超光速船の航行に都合の良い状態だ。シリウスと太陽の間に、各星系の公転惑星が殆ど入り込まない。この時間的猶予は3年。つまり、この約千日の間に各輸送船団が五往復するプランだ」


 再びスクリーンが切り替わった。

 今度は搭乗人員の話になっている。


 驚くより他ないのだが、冷凍睡眠カプセルは殆どが出発済みになっていた。

 残された者達は、一旦冬眠モードを解除され、それから出発する予定だ。


「コロニーの中に残るのは一握りの連邦側事務スタッフと連邦軍関係者。そして、シリウス人協力者達だ。彼らの安全と安心を担保する為に、連邦軍が駐留を続ける事になっている。まぁ、要するに、撤退作戦が始まると言う事だな」


 苦笑いでそう言い切ったエディの表情に、テッドは事態の悪化を感じ取った。

 シリウス側は着々と体制を整えてくるのだろう。故に、ここで連邦側が有利な内に状況を一気に進める計画だと感じた。


「さて、とにかく出撃だ。4時間しっかり働くぞ」


 エディの声に促され、テッドはガンルームを出た。

 出撃に向かう支度を整え、シェルに向かう道すがら、テッドはふと思った。


 リディアの件は、人の心を見つめるプロに託してあるのだと。

 自分自身の手で何が出来るのかと言われれば、何も出来ないと答えるしか無い。

 すぐ近くで寄り添ってやりたいが、そうも行かない状況だ。


 ならば、信用するしか無い。

 例え連邦軍が目的が、機密情報を吐かせる為のものだとしても……だ。


 反抗的なソフィアではなく協力的なリディアの人格を呼び覚まし、欲する情報を聞くだけ聞いたら捨ててしまうかも知れない。ソレは望まないし、やって欲しくない事だ。

 ならば、エディが言うとおり、連邦軍内部で確固たる地位を築く敷かない。

 テッドが機嫌を損ねると困るくらいになって無ければならない。


 ──望みを託すしかないな……


 気は重いし晴れないが、それでも自分が出来る事をやるしかないと……

 そう割り切る努力を試みた。


 そうやって試行錯誤しながら、思うようにならない世の中と上手く付き合う方法を学び、少年は大人になっていく。ただ、テッドはまだそこまでを気が付く程に成長していなかった。

 後になって振り返り、良い経験をしたと思う日の為に、エディが深謀遠慮を巡らせていることすら、気が付く余地も無かった……

ブローバック計画は完了です。

少し時間をおいて、マシンガン作戦を開始します。

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