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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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別人格

 ~承前






 巨大な円筒形の密閉型コロニーの内部。

 いくつか開けられた明かり取り窓の淵にテッドは佇んでいた。

 深い溜息を吐きながら、辛そうな表情で、宇宙の深淵を眺めていた。

 言葉にならないつぶやきを幾つか漏らし、悲痛な吐息を漏らす。


「ようテッド!」

「……ヴァルター」

「何やってんだ? こんなところで」


 どこか棒読み的な言葉を吐いたヴァルター。

 手には、小さな容器に入ったコーヒーを二つ持っている。

 その姿は、テッドとの遭遇が偶然では無い事を暗に物語っていた。


「……ショックだよな」


 テッドはまだ立ち直ってはいない。

 全部承知のヴァルターは、その隣へ黙って腰を下ろした。

 そして、余計なことは言わず、黙ってコーヒーのパックを押し付けた。


「すまない……」


 そのパックを受け取って静かに口を切ったテッド。

 鼻腔センサーが捉えたその香りは、芳しいまでのシリウスコーヒーだ。


「彼女も好きだったんだ」

「あぁ、それは何度も聞いてる」

「だけど……」


 俯いて溜息をこぼしたテッド。

 ヴァルターはその肩をポンと叩いた。


「泣きたいのに泣けないなんて……」

「……俺たち、機械だからな」


 顔を上げたテッドの表情は、一言で表現出来ない程にうちひしがれていた。

 まるで判決を待つ罪人のようで有り、死を待つ病人のようで有り。

 そして、取り返しの付かない事をして後悔する愚か者のようで……あり。


「死んだ方がマシだった」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ」


 握り拳を自らのこめかみに打ち付け、テッドは力の限りに後悔していた。

 ゴンっ!と鈍い金属音が響き、その拳の勢いがどれ程かをヴァルターは知った。


「馬鹿やってんな! 脳がダメージを受ける!」

「いっそ死んだ方がマシだぜ!」

「じゃぁ彼女はどうするんだ!」


 ヴァルターの言葉にテッドは頭を振った。


「あれは…… アレは幽霊だ」

「幽霊って馬鹿言うな! 例え何であれ、再会は再会だろ!」

「……あれはリディアじゃ無い!」


 テッドにしてみれば、むしろ死んだ方が楽だったと言えるレベルの話……


「リディアは…… 死んだんだよ」


 ヴァルターの言葉に吐き捨てるような言葉を返したテッド。

 そのまま両手で頭を抱え、悪いイメージや記憶を振り払う様に左右へと振った。


 ただ、そんな事で振り払える様な、生易しいものではない。

 人を痛めつける最もひどい苦痛とは、肉体的な痛みでは無いのだ。


 精神を蝕んでいく後悔。

 手の届かない所が発する痛み。

 それこそが、最も人を憔悴させる痛みだ。


「でも…… 再会は再会だろ。まぁちょっと特殊だけど」

「ありゃ再会なんかじゃねぇ……」


 エディの影響で大人しい言葉遣いを心掛けていたテッドだが、衝撃の強さに耐えられなかったのか、べらんめぇな口調に戻ってしまっていた。


 それはつまり、テッドという男の根幹、心根だ。正体と言ってもいい。

 気に入ら無いものを気にいらないとハッキリ言い切れる強さ。

 言い換えるなら単純さ。


 それは本来、自分の弱さを隠す為の強がりでしかない。


「エディはなんだって?」

「……まだ話をしていない」

「そうか」


 撃墜から19日が経過した12月の24日。

 テッドはコロニー内部の総合病院で目を覚ました。

 猛烈な対空火器の斉射を受け、機体ごと原子分解していく途中だった筈だ。


 胸部パーツの大半を失う程に機体構造を壊したテッドは、偶然にもやって来た豆粒サイズな荷電粒子の塊を頭部ユニットに受けた。脳幹の僅かに下辺りを貫通した荷電粒子の塊により、テッドは一瞬で活動不能に陥ってしまったのだ。

 サイボーグにとって最大のアキレス腱は、ブリッジチップと呼ばれる生体と機械をつなぐ特殊なチップだ。これが破壊されれば、サイボーグは一瞬にして行動不能になり、その後の数分で死を迎える事になる。


 ただ、テッドにとって幸いだったのは、目の前に凄まじいまでの設備が整っていた病院施設があった事だ。ヴァルターの救助を受けコロニーの病院内で必死の治療が行われた結果、19日目で目を覚ましたのだが、その目覚めは最悪な悪夢の始まりでしか無かった。


 目覚めた病院の中で新型の身体を受領したテッドは、セッティング出しの作業を続けていた。まだエディ達も受領していない、地球製の高性能な機体の……だ。

 従来の機体と比べ、イメージトレースで三倍、動作班の反応速度は実に五倍の速度を持つ高性能な機体。ただ、そんな高性能さ故に、細々としたセッティング出しが欠かせない。


 本人の意思や意図をサブコンに学習させる為にリハビリを行うはずだった。そんな病院の内部をヨタヨタと移動中に遭遇したのは、連邦軍のMP達だ。軍の機密事項やスパイ狩りや、反抗的な敵対者を見つけ出し狩り出すのが任務。


 そんなMPが監視していたのは、後ろ手に手錠を掛けられ、両脚にも足錠を装着し、拘束衣を着せられた姿のリディアだった。一般外科病錬から自分の足で歩き出てきた彼女は、あの長い赤髪を殆ど失ってボブになってた。






 ――――――――前日






「リディア……」


 思わず声を掛けたテッドはリディアに走り寄ろうとした。

 だがすぐにMPに遮られ、テッドは足を止めた。


「待ちたまえ少尉」


 MP少佐はテッドを押し戻して距離を取った。

 だが、テッドはそれを押して前進しようとした。

 その様子が鬼気迫るモノだったのか、リディアは目を剥いて怒りを露わにした。


「リディア!」


 声を上げたテッドを強引に押し戻し、その顔を押さえた名も知らぬ少佐は、力尽くでテッドの顔をそらした。


「アレはシリウス軍の士官だが…… 君の知己かね?」

「え?」

「一切自白調書を取れないのだ。それに……」


 一瞬口籠もった少佐は、目を反らして小さな声で言った。


「人格的に崩壊しているようで、発言内容に一貫性が全く無い」


 伏せた目を上げ、三白眼で少佐はテッドを見た。

 そして、口の動きだけでテッドに伝えた。


 ――――解離性人格障害


 いわゆる多重人格だ。


「ウソですよね……」

「いや、残念だが……」


 テッドは自分を押しとどめていた少佐を押し出す力で前進した。

 高性能サイボーグの機体は、大の大人が3人や4人で立ちはだかっても問題にしない出力だ。


「リディア! だいじょ……『お前は誰だ?』……え?」


 その声は確かにリディアだ。

 だが、口調もなにも全く別人だった。


「お前は誰だと聞いているんだ! 地球人!」


 驚きのあまりに目を見開いたまま固まったテッド。

 複数のMPが耐衝撃スーツを着込んだ完全武装でリディアを囲んでいる。

 彼女が暴れ出した時に押さえ込む為のスタンナックルを装備して……だ。


「冗談だろ?」


 テッドの目を見ていたリディアは、一歩下がってニヤリと笑った。

 下がった先のMPにぶつかり『下がるな』と警告を受ける。

 『触るな下郎!』とキツイ言葉を吐き捨てたリディアは、アゴを突き出し傲岸に見下すような視線をテッドへと注いだ。


「……お前もあの女の友達とやらか?」


 鼻で馬鹿にするような声を漏らしたリディアは、醜いまでに頬肉を引きつらせて笑ったままテッドを睨み付けた。


「私はソフィア。リディアとか言う女は居ないよ」


 ハッと声を出して笑ったリディアは、小馬鹿にするような表情でテッドを見た。


「あの女は死んだよ。もう出てこない」

「出てこない?」

「そんなにあのカマトトな豚女が良いかね?」


 ヘッ!と鼻を鳴らして小馬鹿にするような物言いをしたリディアは、心配そうに覗き込むテッドの顔に向かってペッと音を立て唾を吐きかけた。心底嫌そうな表情を浮かべ、歯を剥いて怒りを露わにしていた。


「地球人ってのはどういつもこいつもクズ揃いだな。え? それともなにかい? あたしに地球連邦へ転べとでも言うのかい? 馬鹿にするのもいい加減にしろ」


 まるで無頼の女が気っ風良く吐き捨てるように言い切ったリディア。

 その姿はまるで戦闘中だ。


「地球人はひとり残らず殺してやる。お前も必ず殺してやる。必ず! 必ずだ!」


 まるで本物の狼のように歯を剥き、血走った目でテッドを睨み付けるリディア。

 その姿に過日の面影は一切無い。ここに居る女は、リディアとは全く違う人格。


「リディ――『私はソフィアだ!』


 ギリギリと歯ぎしりの音が響くほどに奥歯を食いしばり、その悔しさを露わにするリディア。テッドの表情は凍り付いたように固まった。


「行けっ!」


 後ろに立っていたMPが乱暴に背中を押し出し、リディアは歩き始めた。

 数歩進んで振り返り、心底蔑むような流し目でテッドを見た。


「残念だったな地球人!」


 狂った様な毀れた様な、甲高い声で笑い出したリディア。

 何がおかしいのか、まるで気が触れたように笑い続ける。


「ザマー見ろ! あたしを転ばそうったってそういくもんか! 転んでなんかやらないぞ! 諦めろ! 諦めて早く殺せ! そうしないと、また連邦の奴らをひとり残らず殺してやる! ひとり残らずだ! アッハッハッハ……


 呆然とその姿を見送ったテッドは、ポカンと口を開けて背中を見ていた。

 周りの音など一切入っていなかった。


 ――少尉! テッド少尉!」


 ハッと気が付いて少佐と視線を交わしたテッド。

 MPの少佐はディンゴのネームシールがあった。


「申し訳ありません。ディンゴ少佐」

「……いや、ショックだよな。あのレプリ士官は一事が万事あの調子でな」

「いや、彼女はレプリでは無く……」


 俯いたテッド。

 事情を知るらしいと気が付いたディンゴ少佐はテッドの肩をポンと叩いた。


「リハビリ中という事だが申し訳無い。2~3分だけ、時間を取らせてくれ」

「はい」

「あれは……なんだ?」


 テッドは今にも泣きそうな表情になった。

 サイボーグが泣けないのはディンゴ少佐も分かっているらしい。


「あれは…… レプリじゃありません」

「レプリじゃ無い? と言う事は、脳だけ?」

「えぇ」


 俯いたテッドは頭を振って泣きそうな声を出した。


「レプリでは無く人間です。中身は人間は……」


 この時点でテッドは内心『アッ……』と気が付いた。

 リディアの事情を自分が知っているとしたら、スパイの嫌疑を掛けられる。

 だが、もう手遅れだ。


 ならば、全て包み隠さず話してしまおう。

 もうそれしか手が無かった。


「彼女は…… リディア。リディア・マーキュリー」

「……ほぉ」


 ディンゴ少佐はテッドが首から提げているIDカードを見た。

 そこに書いてあるテッドの名前がテッド・マーキュリーとなっていた。


「まさかとは思うが……」


 怪訝な表情でテッドを見た少佐は、辛そうに息を一つ吐いた。

 言いたくても言えない事は沢山あるが、その逆も多々ある。

 立場上それを言いたくない事を言わねばならない時も沢山あるものだ。


「彼女は少尉の親族かね?」


 痛いほどに長く重い沈黙を経て、逡巡の末にボソリと『ワイフ()』と呟いた。

 そんなテッドの一言に、ディンゴ少佐は表情を変えた。


「……なぜ?」


 その言葉の意味をテッドは捉え損ねていた。

 ただ、僅かに考えた末、『ザリシャグラード攻防戦で生き別れに』と呟いた。


「……そうか」

「彼女は…… 妻は…… リディアは……」


 ガックリとうなだれて肩を震わせるテッド。

 その肩を抱いたディンゴは、もう一度溜息をこぼした。


「少尉、リハビリが完了したらもう少し話しを聞きたい。解っていると思うが、コレは略式の事情聴取だ。貴官も何かと忙しいだろうが、現状ではスパイの嫌疑を掛けられても仕方が無いのだよ。辛いとは思うが、協力して貰えないだろうか」


 うなだれていたテッドは顔を上げた。

 そこには藁にも縋るかのような表情があった。


「少佐。彼女は…… 彼女は正気を取り戻すでしょうか?」

「さぁなぁ…… 申し訳無いが、私はその専門家では無いから解らない」


 ディンゴ少佐は冷たく突き放すように言った。

 ただそれは、軍人ならば誰でも持っている矜持の一つ、その場を取り繕う為に適当なことは言わないと言う赤心・誠意の一つだ。ディンゴ少佐は専門家に委ねるべきと言う意図の言葉を、そう言う形で表現したに過ぎない。


「彼女が正気を取り戻すなら、どんな協力も惜しみません。ですが……」


 悲観的な顔で悲痛な吐息を漏らしたテッドに、ディンゴ少佐はその振る舞いが随分と生々しいなと感じていた。本当に機械か?本当にサイボーグなのか?と訝しがっているようなモノだ。

 全く新しい機体を受領したテッドは、まだ一部感受性の鋭い者が感じていた不気味の谷を飛び越える容姿を手に入れていた。


「精神科医を手配してある。間も無く到着する見込みだ。PTSDの兵士を治療する専門医だけに効果は期待出来るだろう。身体は癒えたが心は癒えなかったと言う事だな」


 ディンゴ少佐の言葉に驚きの表情を見せたテッド。

 少佐は困った様な表情を見せて苦笑いした。


「何処のパイロットか知らないが、彼女が…… 少尉の細君が搭乗していた戦闘兵器をコロニーの外壁に叩き付けてな。両腕両脚や背骨や、ついでに言えば頭蓋骨まで陥没骨折していた。さすがレプリの身体だよ。即死こそ免れたが――


 呆然と話しを聞いていたテッド。

 ディンゴ少佐は自嘲気味に笑っていた。


 ――まぁなんだ。今日はクリスマスイブだ。奇蹟には不自由いないさ。君の細君にも神の恩寵があるだろう。君を疑うのは本意では無い。サイボーグになってまで戦闘を継続する意志は大したモノだ。君の細君に何があったのか。それを我々も知りたいのだ」


 テッドはゆっくりと頷いた。

 ディンゴ少佐はポンと肩を叩いてテッドを送り出した。


「リハビリを続けてくれたまえ」


 一言残してディンゴ少佐は病院を出て行った。

 窓辺に向かえば、そこには連邦軍本部の護送車が停まっている。

 車内には不機嫌そうな顔のリディアがいた。


 傷の癒えた彼女は本格的に取り調べを受けるのだろう。

 強靱なレプリの身体で暴れないように、拘束衣を着せられたまま。

 走り去る護送車を見送ったテッドは、無意識に追いかけそうになった。


 ――リディア……


 テッドの耳の中に、あのウルフライダーから聞いた言葉がよみがえっていた。


『リディを助けて!』


 と……

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