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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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501中隊壊滅

~承前






 ――あっ!


 テッドは言葉にならない声で叫んだ。

 高機動型のシェルは脱出したジャンをつかみに行った。

 ただ、その動きが余りに速すぎて、ギリギリとのところで掴み損ねたらしい。


 ――殺される!


 理屈ではなく直感としてそう危惧したテッドはエンジンを全力で吹かした。

 遠くへと飛び去ったシリウスシェルの前にジャンを回収しようとしたのだ。


「ジャン!」

「バカやろう! 俺じゃなくて敵をやれ!」


 何度か撃墜されているジャンだけに、どこか達観している部分があったらしい。

 先ずは敵を何とかすると言う部分での優先順位思想が少し歪だ。

 だが……


「それもそうだな!」


 構わず相槌を打つテッドもどこかおかしい。

 少々のことでは死んだりしないと言う変な自信がサイボーグ中隊にはあった。


 そもそも、死に慣れや撃墜慣れなどと言うものが存在するほうがおかしい。


 ただ、多くの戦闘訓練の場で使われるシミュレーターと実戦の境目が希薄になり始めた頃、装甲に覆われたコックピットの中で全周視野なリニアシート装備機パイロット達は、デジタル処理された視野が現実感の喪失に繋がると報告していた。

 ゲーム化してしまったシミュレーターの中で死に慣れしてしまうと、実際の戦闘で回避の努力を忘れ簡単に諦めてしまうのだ。『まずった!』と一言呟いて撃破されてしまうケースが余りに多くなり、戦闘教官達は講義の大半を『ゲームじゃ無いんだ!』と口を酸っぱくして言い続ける事が仕事になった。


「しかし、大した腕だな」


 感心するように呟いたエディは、機を旋回させつつ射撃姿勢を崩さない。

 同じように中隊全員が荷電粒子砲を構えて四方八方から一斉射撃を加えた。

 眩い閃光が虚空を切り裂き、光速の刃が襲い掛かっていく。


「……嘘だろ」


 呆気に取られたアレックスの言葉が全てだった。

 シリウスの高機動型はその全てを完璧に回避しきっていた。

 かする事すらなく、全ての塊を避けきったのだ。


「ありゃバケモノだ」


 シートの小さなガススラスターで姿勢制御し、ジャンは回避行動を取っている。

 過去幾度かの被弾撃墜でシートごと脱出する機会が有った経験から、シェルのコックピットシートに付けられた最後の機動力が役に立っていた。


「あっ!」


 全ての刃をかわしたシリウスシェルに呆然としていたその刹那を突き、荷電粒子砲の反撃がやって来た。1秒の半分やその半分と言った次元ではなく、数百分の一レベルの油断だった。


「ロニー!」


 そう叫んだステンマルクの目の前で、ロニーの機体は右半分が無くなっていた。

 巨大な荷電粒子砲が無ければ、機体のど真ん中を撃ち抜かれていた筈だ。


 全員が無意識にそれを見た時、今度はステンマルク機の大半が蒸発した。

 そして、連射を続けたシリウス機により、オーリス機も左半分を失った。

 両機とも巨大な荷電粒子砲を抱えていたが為に、コックピットを外していた。


 ――見かけ上の誤差か!


 シリウスシェルの照準システムは、連邦シェルが抱えている荷電粒子砲の中心部をコックピットとみなしているのだった。


「支援す――


 見事な腕前で一瞬にして三機を撃破したシリウスシェルは、四射目でエディ機を捉えた。右肩辺りから下方向へ直撃を受けたエディ機はコントロールを失った。


「エディ!」

「戦闘中だ! 油断するな!」


 慌てて機を寄せようとしたテッドを声で制し、エディは残されたスラスターで機体を制御しつつ回避しようとした。だが、撃破された四機の前に、シリウスシェルが接近していた。


 ――()られる!


 声にならない声で叫んだテッドは、真横のやや後方から狙った。

 この角度が完璧な死角になるはずだった。


 ――喰らえ!


 荷電粒子砲をぶっ放したテッドは、その瞬間に自分の悪手を思い知った。

 射線方向にロニー機の残骸とジャンがいたのだ。


 ――ッ!


 やっちまった!と瞬時に理解したテッドは凍りついた。

 あろうことか、味方を自分の手で殺してしまったのだ。


 だが……


「なんて奴だ!」


 マイクがそう叫んだ。

 高機動型のシリウスシェルは、その両腕でロニーの残骸とジャンのシートを掴んで回避したのだ。そして、それだけでなく、伸ばした左腕に質量のあるロニー機を掴んだ関係で機体がスピンし、一瞬にして真横を向いたシリウスシェルは、テッドの方向に向かって再び荷電粒子砲を放った。


「な……っ!」


 直感的な機動でそれをかわしたテッドだが、一気に真横を向き三連射したシリウスシェルの荷電粒子砲はヴァルターとリーナーの両機を撃破した。中隊の半数がやられ、しかもシリウスシェルはジャンとロニーを抱えている。


 ――どうする……


 一瞬だけテッドは思案した。

 味方ごと撃つか、それとも……


「構わず撃て!」


 ジャンの声が響き渡った。

 それは強がりでも割り切りでもない、強い意思の発露だった。


「どうせ一度は死んでるっす!」


 ロニーも叫んでいた。

 その言葉が終るや否や、アレックスとマイクが連携してシリウスシェルの前に立ちはだかった。左右に並び距離を取り、同時に2機は撃てない体勢だ。


 ――とっちかが生き残る……


 瞬時にその手を思いついた2人の大尉は、互いに万全の信頼で結ばれていた。

 そして、その後方には撃破されコロニー側へ退避を続けるエディ機があった。


 ――そうか……


 王の為に盾になろうとしている。

 マイクもアレックスもその意志で振舞っていた。

 テッドはそこに騎士の誇りを感じた。


 だが……


「バカな!」


 一機に急減速したシリウスシェルは、抱えていたジャンとロニーを投げつけ急旋回した。慣性軌道にのった2人は虚空を泳ぎ、マイクとアレックスの間を抜けエディ機にぶつかって止まった。


「チキショウ! 盾にしやがったな!」


 マイクはその振る舞いに劇昂してみせた。

 ジャンとロニーの2人がいるから、中隊が発砲できなかったのだ。

 そんなシーンを見せ付けられたマイクは怒り狂って荷電粒子砲を三連射した。

 コンデンサーが空っぽになるような砲撃だった。


「さすがに三発目はダメだな」


 ヴァルターの微妙な笑い声がながれ、小僧軍団に乾いた笑いがこぼれた。

 三発目の威力はたいした事がなく、幾らも行かぬ内に宇宙の闇へ解けて消えた。


「一発目はともかく二発目は辛そうだ」

「三発目ともなりゃカスしか出ねぇってもんさ!」


 ウッディの微妙な言葉にディージョが遠慮なく返した。

 こんな時ではあるが、若い男の頭などその程度なのかも知れない。

 ただ、油断の酬いはすぐに現れるものだ。


 マイクの一撃を見事なマニューバでかわしたシリウスシェルは、再び連射モードに入った。リアクターの容量がでかいのかジェネレーターが優秀なのか、シリウスシェルの連射は全く威力が落ちる気配は無い。


 威力十分なその発砲はアレックスとマイクの両機を一瞬にして撃破し、マニューバの途中でウッディとディージョをも捕らえた。その余りに一方的な無双ぶりにテッドは全身がガタガタと震えるような恐怖を覚えた。


「ヴァルター! このままじゃ帰れねぇぜ!」

「あたりめーだ!」


 もはや2人に戦略的撤退などと言う発想は無かった。

 連邦軍最強な501中隊のシェルは一方的に撃破されてしまった。


「ここじゃ不味い!」

「場面ごとチェンジしようぜ!」


 テッドはヴァルターと距離をとって挟み撃ちでもするかのように迫った。

 罠の気配を読んだシリウスシェルが進路を変えると思ったからだ。

 だが、シリウスシェルは一気に突っ込んできた。

 進路を変える気配すらなかった。


 ――弾き飛ばされる!


 テッドは咄嗟にそう思った。

 シェル戦闘では、撃破された場合は残骸の中で待つのが基本だ。

 有害な宇宙線を浴び続ける環境では、残骸とはいえど中の方が安全だ。


 しかし、機動力を失ったシェルなどデブリと変わらない。

 中途半端に電源が生きていていれば戦闘を試みたくもなると言うもの。

 だが、火砲などの反作用は何処へ行くか分からないのだ。


 ただ、兵士の本能として、敵が目の前に居れば反射的にそれをやってしまう。

 破滅的な結末を迎えると分かっていながらも、攻撃を選んでしまう事がある。

 頭では分かっていても、身体に染み込んだ条件反射はすぐには消えないものだ。


 ――バカな事をしてくれるなよ……


 祈るような気持ちで突っ込んで行ったシリウスシェルを睨むテッド。

 シリウスシェルは速度を落とすこと無く一気に突き抜けていった。

 ただ、そのマニピュレーターは連邦軍シェルの残骸をいくつも抱えていた。


「……おい あいつ!」

「まちがいねぇ!」


 唖然としたまま眺めるテッドとヴァルター。

 一気に急旋回したシリウスシェルは、コロニーの外壁へと残骸を叩き付けた。

 幾多の破片が飛び散り、バウンドした残骸が弱い慣性運動を残したまま漂った。


「あの野郎!」


 そのシーンを見ていたテッドの精神は瞬間湯沸かし器の様にカッと沸き立った。

 必ずこの手で殺してやると機を急旋回させ、照準器に収まるよう狙いを定める。


「くたばれ!」


 テッドは荷電粒子砲を放った。

 一瞬だけ目を焼く光が漆黒の闇を切り裂く。

 確実に目標を捕らえたと確信したテッド。

 だが、シリウスシェルは、それよりわずかに早くその場を離れていた。


「すばしこい野郎だぜ!」

「たいしたもんだぜ!」


 テッドに続きヴァルターも続々と砲撃を開始する。

 二機のシェルでつるべ打ちに撃ちまくれば、その火力は凄まじいはずだ。

 だが、その全てを軽々とかわしきり、再び連邦軍のシェルを回収し始めた。


 テッドもヴァルターも言葉が無かった。


「敵に情けを受けるとか情けねぇな!」


 まだ無線の生きているディージョが喚いた。

 悔しさを噛み殺すようにウッディも言う。


「悔しいけど、向こうの方が一枚上手だ」


 テッドもヴァルターも射撃の手を止め様子を伺う。

 その眼差しの向こう。シリウスシェルは、淡々と機体を回収していた。

 やや離れた場所のディージョを拾い、同じようにコロニーの外壁に叩きつける。


 一箇所に集められた残骸は9機分だ。

 恐るべき事に、かすり傷一つ無いまま、その全ての戦闘を終えていた。


「参ったな」


 ボソリと言ったテッドは言葉を失っていた。

 冷静な目でそのシリウスシェルを見れば、母親狼が子狼を見つめるイラストだ。

 機体ナンバーは9038Aの01001だ。それが意味するところは一つ。


「……ボスだな」


 全ての面で敵を圧倒する凄まじい腕前のパイロットは、コロニーの外壁辺りでフワフワと漂うシェルを改めて外壁に押し付けた後、今度は周辺を飛び回って何かを回収していた。

 その回収している物がなにかを理解したとき、テッドは己の不明を恥じるより他無かった。シリウスシェルが回収していたのは撃破された僚機の破片だった。


「あいつ……」


 シリウスシェルは大きく旋回し、コロニーの外壁に突き刺さっている毒ガス注入装置辺りへ接近していく。ナイルコロニーに装着された高圧ガス発生装置は機能を失っているはずだった。


「まさか!」


 その時、それを見ていた全員が毒ガス装置の作動をイメージした。

 全ての面で連邦最強のシェルを無力化し、それだけでなく、敵に情けを掛けた。

 その行為だけでも十分屈辱的なことな筈だが、生き残りを救済して見せた。


 こんな状態で毒ガス装置を作動させれば、連邦軍の信頼は地に堕ちる。

 それを狙ったのだろうか?と訝しがったテッド。

 無線の中にはギリギリと音を立てるヴァルターの歯軋りが混じった。


 ――――こちらエンデバー防空管制!

 ――――戦闘中のシェルパイロットに告ぐ!


 無線の中に流れた緊迫感漂う女性の声。

 かわいい声だなと一瞬だけ思ったテッドだが、その通告内容に戦慄した。


 ――――これより対空射撃を行う!

 ――――当該危険空域から今すぐ脱出せよ!


「えっ?」


 過去最強に間抜けな声を漏らしたテッド。

 ヴァルターも『ちょっと待てよ!』と叫んだ。


 だが、二人の言葉が通る事はなく、エンデバーの防空火器は一声に火を噴いた。

 ビッグEの火力も凄まじいが、エンデバーのそれは更に輪を掛けて凄まじい。

 視界全てが青白いパルス光に埋め尽くされ、点ではなく面での攻撃が始まった。


「なんだこれ!」


 荷電粒子の塊を従来よりも遥かに小さく固め、それを超高サイクルで打ち出す。

 エンデバーの防空火器はファランクスを遥かに凌ぐ凄まじさだ。


ファランクス(槍衾)じゃねぇ…… こりゃゲパルト(暴力)だ……」


 ヴァルターの呟いた言葉は無線の中に解けて行った。

 それは、純粋な『殺意』と言う名の暴力だった。


 シリウスシェルはその高密度の防空火器から逃れるべく急加速を行なった。

 だが、どう頑張っても逃げられるような密度ではない。


 光の速さでやってくるその暴力から逃れるべく移動するのだが、ごくごく小さな荷電粒子の塊をシャワーの様に浴び、まるで砂粒が崩れるようにキラキラと光ながら構造体が素粒子へと変換されていった。


「もうやめろ! もう十分だ! 敵はもう戦闘能力が無い!」


 テッドは後先考える前にそのゲパルトへと飛び込んだ。

 荷電粒子砲の影に入って僅かでも被弾を防ぎつつ、シリウスシェルを助けた。

 エンジンや荷電粒子砲基部を失い、ジェネレーターを停止させたシリウスシェルは、そのテッドのシェルに動かされ、コロニーの外壁へと叩きつけられた。


「これはオーバーキルだ! 戦争協定違反だ!」


 テッドの叫び声が無線に流れる。

 だが、それでも猛烈な荷電粒子砲シャワーは止まなかった。テッド機の下半身構造体が全て削られきり、やがてコックピットにもそれが降り注いだ。


「マジかよ!」


 コックピットの外壁に穴が開き、宇宙が見えた。

 その向こうに見えるエンデバーは、まだ射撃を続けていた。

 一瞬だけ視界が青く光り、テッドの意識はそこで途切れた。

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