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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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ワイルドウィーゼル

ワイルドウィーゼル

YGBSM!(You Gotta Be Shittin' Me = 冗談じゃねぇ!)

~承前






「おー!」

「すげぇ!」

「格好いいなコレ!」


 コロニー軌道を飛ぶクレイジーサイボーグズのシェルは、地球から到着したばかりの新型高速船を出迎えていた。

 ディージョとヴァルターは無邪気にはしゃいで喜んでいる。


「これ、新型だよね?」

「そうっぽいな。エンタープライズとは似ても似つかないデザインだ」


 ウッディとテッドはそんな分析をした。

 つい3ヶ月ほど前にエンタープライズの救援を受けた筈だが、それも随分遠い昔の出来事に感じている。

 再度地球へ向かったはずのエンタープライズとは、きっとどこかですれ違った事だろう。船体側面には巨大な文字で『ENDEAVOUR』と書かれている。


「全く新しい設計が施された、完全新作だそうだな」


 展開するシェルを率いていたエディの声もどこか楽しそうだ。

 つい数日前に旅立っていった連邦軍艦艇の積み残しを回収すると聞いているが、それはまだ一般には発表されてはいない。


「シリウスシェルが来るぜ」

「来るだろうなぁ……」


 どこか期待するような口調で言うステンマルクとジャン。

 そこへオーリスも口を挟んだ。


「例の高機動型が来るぜ。向こうも必死だ」

「仕事熱心な事だぜ!」


 トリを飾ったマイクの言葉に、中隊全員が大笑いした。


「まぁ、いずれにせよ、ナイルへの入港を支援する。周辺警戒を厳重にな」


 エディの声は随分とリラックスしていた。

 それはまるで『今日の襲撃は無い』と言っているかのようだった。

 ただ、そう聞こえるという印象論というのは、自らの願望の裏返しでもある。

 油断していて良い事は無いし、油断が招くミスは大概がリカバリー出来ない。


 致命的と言う言葉がそのままの意味に使われる失敗。

 つまり、自らの命を差し出さねば事態の解決が出来ない失敗だ。











 ――――――――2248年 12月 5日 コロニー周回軌道付近

          シリウス標準時間午前8時











「……なんか嫌な予感がするな」


 自らの楽観論を振り払うように注意喚起したテッド。

 その言葉は中隊無線の中にエコーを引き起こしていた。


「実は俺もだ」


 ヴァルターはテッドに相槌を打った。

 罠を貼ってシリウスシェルを誘い出したメルシュトローム作戦は大成功だ。

 出撃してきた高機動型シェルは返り討ちにされ、艦艇は出発してしまった。

 戦術的にも戦略的にも失敗してしまった結果、独立闘争委員会の中で委員の更迭があったらしいと観測されている。


「赤っ恥を掻かされた連中は意地でも結果を求めるだろうな」


 若者ふたりの会話を聞いたアレックスは、小さく息を吐いてそう言った。

 第38機動突撃隊を指揮する部署は、数字通りに第38特別連絡室と言う組織のようだった。

 独立闘争委員会の中で遊撃隊と呼ばれる組織を指揮するセクションの担当者は、その任を解かれたらしいと言われている。


「まぁ、少なくない者が更迭され、粛清された者や詰め腹を切らされた者も居るだろうが、公式に発表などされ無い組織だ。随分と不透明な連中だがそれもまたシリウスだな」


 呆れるように言ったエディの言葉に、細波のような笑い声が漏れた。

 連邦軍はだいぶ追い詰められているが、実際はシリウス軍も同じ状況だ。

 国力的観点としての生産力や、組織の地力的な部分での違いがジワジワと威力を発揮している。組織という物は、なんだかんだ言って経験と伝統に磨かれるのだ。


「結局はシリウス軍も経験を積み重ねて強くなるってことか」

「その経験を積み重ねる為に使い潰される者は悲惨だな」


 吐き捨てるように言ったオーリスとジャンの言葉は、どこか自らの境遇について批判的な物言いをしている様にも聞こえるものだ。

 まだまだ実験的な組織であるサイボーグ中隊は、繰り返し上げられる報告書や全隊員の戦闘参加詳報について、検討組織の監査を必ず受ける仕組みになっている。


「それはまぁ、どんな軍隊でも一緒だ。俺たちは何処まで行っても使われる側だ」


 エディの物言いに皆が醒めた笑いをこぼした。

 軍人の真実は案外そんな所かも知れない。


 必要な結果の為に使い潰される消耗品。

 軍人の存在意義を一言でいえばコレに尽きる。

 国家と国民の命令として汚れ仕事を引き受けた者達。

 誰もやりたがらない汚れ仕事やキツイ仕事を率先して行う集団だ。


 退役軍人の多くが苦しむPTSDや、社会的な不遇に対する不平不満と怨嗟の声は、『お前ら人殺しだろ?』と言う想像力の欠如した愚かな者達の、その無理解と軽薄な声に掻き消されてしまう。だからこそ、名誉や実利的得点が用意される組織とも言える。

 何処の国に行っても退役軍人の日というものは必ず有り、愚かな政治家を批判する有権者はあれど、その犠牲となった軍人を批判する者はそれ自体が批判の対象となって居た。


「まぁいずれにしろ――


 何かを言いかけたアレックスは何かに気が付いた。

 コックピットの共通作戦状況図(COP)共通戦術状況図(CTP)に眩いばかりの輝点が浮かび上がった。

 それは、新型高速船エンデバーとコロニー『ナイル』へ急速接近する高速飛翔体のエコーだ。


 ――お越しになったようだな」


 どこか呆れるような声でアレックスはいった。

 だが、その言葉が終わる前に全員が戦闘増速の為に進路を変えていた。


 中隊の各シェルは大きく開けたエリアへ機首を向け、遠慮無くメインエンジンを吹かして増速していく。

 そのどれを見ても威力十分な荷電粒子砲ユニットを装備していた。

 前回戦闘の報告書を基にカートリッジ式のバッテリーを改良し、より大きく充電深度を増したものを二つ並列搭載に改良されている。

 また、コンデンサーも大容量化され、これで3発程度までは連続した砲撃の実行が可能になったはずだ。ただ、例によって全くテストされてはいない。


「敵影は…… 4機だ」


 状況を確認していたウッディは、静かな口調でそう漏らした。

 グングンと迫ってくるシリウスシェルは、随分と遠くの状態でアクティブステルスを解除し、これ見よがしにエコーを返していた。


「……まるでワイルドウィーゼルだな」


 アレックスの言葉は、そんな4機の正体を精確に現していた。

 レーダー対抗爆撃機隊として今も残るワイルドウィーゼル任務は、ステルス機が全盛時代となった頃でも……と言うより、ステルス機が全盛となった時代以降で益々盛んになったパッシブ攻撃隊だ。


「勇気と度胸の塊だな」


 テッドはボソリとそんな言葉を漏らした。

 それは、闇夜の鬼ごっこで懐中電灯を振り回すようなものだ。

 ワイルドウィーゼル任務は、鬼側に自らの存在を知らしめるのが目的で、突入する味方攻撃隊の為に敵の防空や個人携帯対空火器の力を無効化するのが本義だ。


「さて、おいでなすった!」


 アレックスはそう叫んだ。

 超高速で接近してくる高機動型シェルのエコーは4機分。

 もしコレが本当にワイルドウィーゼル任務であれば、この4機の他にアクティブステルスで隠れた敵機が居ると言う事だ。


「敵にも敬意を払え。あれは生半可な度胸で出来るものじゃない」


 エディは外連味なく敵を讃えた。

 自分に向かってミサイルなどを放たせる事で敵の位置を確認し、確実に反撃して殺す事を目的とする連中だ。ましてやシェルは荷電粒子砲で打ち合うのだから、当たれば即死は間違いない。


 野生のイタチが獲物となる小動物の巣穴に飛び込んで強引に狩りをするように、彼等は味方の為にそれをやる。凶暴なイタチを意味するワイルドウィーゼルは、反撃されるのを前提にした出撃だ。


「……まだ撃つなよ!」


 マイクの声が弾んでいる。

 こう言った騎士道的な戦いをマイクは好む。

 逃げ回る敵を追い掛け、追いついて後方から殺すのを厭がるのだ。


 足を止め、正々堂々と撃ちあい、斬り合い、殺しあう戦い。

 勇気と度胸と敵への敬意を溢れさせる姿は、中隊全員へ影響を与えている。


「もっと接近して、相手が反撃する時間すら無くなってからだ」


 実際、ワイルドウィーゼル対策はそれしか無い。

 敵に十分な接近を許し、こちらの一撃を受けて反撃措置が取れなくなったのを見計らって攻撃してやる。

 ワイルドウィーゼル対策は度胸勝負で気合勝負な側面もある。人類史にその存在が登場した時から、ワイルドウィーゼル戦闘は一振りで殺し合う侍の戦いと言われているのだった。


「頭じゃ分かっていても……」

「こりゃ、痺れるぜ!」


 相変わらずネガティブっぽいウッディの言葉にディージョが明るい声で返した。

 ただ、ウッディはネガティブなわけでは無く、誰よりも慎重なだけという事を全員が分かっている。イケイケな小僧軍団のブレーキ役は、いつも損な役回りを引き受ける担当だった。


「距離500!」


 やや上ずったアレックスの声が響く。

 ヴェテランと言えど、この間合いには恐怖を覚えるのだ。


 ――敵は怖く無いのか?


 テッドの脳裏をよぎる言葉は、コレに尽きる。

 そしてふと、あのバトルドールと呼ばれる者達に思いを馳せた。

 恐怖も苦痛も感じなくなった、生体AIのような存在だ。


 感情が完全に麻痺した存在は、こんな任務にうってつけの筈だ。

 死への感情すら無い集団なのだから、味方の為に死ぬ任務にも抵抗が無い筈だ。


 ――やり合いたくねぇ……


 もしかしたら今度こそリディアが居るかも知れない。全く違う人格になってしまったリディアがそこにいて、テッドを殺しに来ているかも知れない。

 リディアに殺されるなら、それは本望と言っても良い。この手でリディアを殺すなら、むしろ彼女の手で殺されたい位だ。


 だが、シリウスの戦争指導部がテッドとリディアの殺し合いを使い、『シリウスの為に恋人相手でも勇敢に戦った』とか言うキャンペーンを張りかねないと危惧していた。


 テッドの本音はそこだった。


 リディアが苦しまずに済むのなら、この命など喜んでくれてやるとテッドは本気で思っている。だが、自分たちの私利私欲のために他人を犠牲にすることを厭わない連中の道具にされるのだけは願い下げだ。


 ――ちきしょう……


 内心でそう毒づいたテッド。

 同じタイミングでアレックスが叫んだ。


「敵はこの4機のみだ!」


 遠赤外線を使った戦域光学観測では、他の機が一切見つからない。

 つまり、この4機だけの片道攻撃……


「度胸満点だぜ!」


 ハッと笑い声を上げたヴァルターが最初に砲を放った。

 眩い光が視界を白く染めるのだが、シリウスシェルはそれを躱していた。


 ――えっ?


 内心でテッドは声を漏らした。

 今のは偶然じゃ無いと確信していた。


 ヴァルターに続きディージョとジャンが戦闘のシェルへ続けて発砲する。

 その砲撃も見事に躱し、機体をブレークさせ旋回しつつ突入してくる。

 続けざまにロニーやステンマルクやオーリスが発砲するも結果は同じ。


 そして、いつものようにウッディが最後の一撃を放った。

 前衛グループのしんがりなウッディは、いつもいつも最後に撃つ。

 だが……


「見事だ! 本当に美事だ!」


 エディの喝采が響いた。

 それら全ての砲撃を完璧に躱しきったシリウスシェルは、前衛に付いていた者達の面を突破した。わずか4機だが、言葉を失うほどに見事な腕前の連中だ。


 ――こっちはどうだ?


 テッドは振り返って後方からの一撃を放った。

 なんとなく前から撃っても当たらないと思ったから。

 戦闘を飛ぶ奴の腕前は恐ろしい程なのだから、燎機で連なる者を狙った。


 咄嗟に思い付いた試す様な一撃だが、そんな直感は大体良い結果に繋がる。

 テールエンドチャーリーだったシリウスシェルは、全く回避せぬまま爆散した。


「やるなテッド!」

「さすがっす!」


 ジャンもロニーも声が弾む。

 同時に全員が振り返って、後方から一斉に砲撃を加えた。

 戦闘を飛ぶ者の左右にいたシリウスシェルが大爆発した。


「いくら高性能でも後方は手薄って事か!」


 残り1機となった高機動型のシリウスシェルは、恐ろしい程の急旋回を決めた。

 それはまるで『ギュイン!』と効果音が見える様なものだ。流石に全員が焦りの色を浮かべたのだが、それと同時にジャンのシェルが下半分を蒸発させた。


「離脱しろ!」


 エディの声が飛び、ジャンはコックピットのシートごと射出された。

 その直後、ジャンのシェルは完璧な角度で荷電粒子砲に撃ち抜かれた。


「今、アイツ連射しやがったぞ!」

「マジかよ!」


 ディージョとヴァルターが悲鳴染みた声で叫んだ。

 ワイルドウィーゼルとは言うが、それはイタチなんかでは無くもっと凶暴なTレックス並の存在だと全員が気が付いた……

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