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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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メルシュトローム作戦


 コロニー周辺に展開する連邦軍艦艇はおよそ220隻。

 補給艦など航海補助艦艇も多いのだが、やはり一番多いのは戦闘艦艇だ。


 艦載機を失った空母などシリウスに置いとくだけで無駄が生じるし、浮遊砲塔を失った砲艦なども同じで、小規模火器での防空艦では意味が無い。それらの戦力評価に値しない艦艇を地球へ帰投させる作戦なのだが、船倉に余裕があるのだから、ついでに地球帰還者をまとめて輸送しようという事だ。


 そして、この作戦にはもう一つ重要な目的がある。連邦軍は全てのチャンネルを通じてシリウス軍による先制核攻撃を非難し、地球帰還希望者が政治犯扱いされているとシリウス側を牽制していた。

 そして、コロニー内部における住環境の悪化を受け、安全に保護する事が難しいので地球への帰還を推進めると公式に発表した。地球への脱出者が更に増えてしまう事は避けたいシリウスなのだから、その妨害は必ず来ると予想されている。


「……来るかな?」

「むしろ、来ねぇ理由考えた方が建設的だぜ」


 僅かに恐怖を混ぜ込んだウッディの声は震えていた。強がりな言葉を吐いたテッドとて、その内心は暗澹たるものだ。シリウス軍の迎撃が2人の任務だった。

 出発を待つ艦艇の周囲を陣取った2人は、必ずやって来るであろうシリウス軍を待ち構えつつ様子を伺っている。そのシェルは両手に一抱えもある巨大な兵器を持っていた。シリウスを離れる巡洋艦の主砲を下ろし、工廠で大改造した代物だ。


「……これ、使えると思う?」


 疑うような口調で言うウッディ。

 テッドもどこか疑惑の目を向けていた。


「さぁな…… 撃ってみるまで分からないんじゃね?」


 艦艇搭載型の大型荷電粒子砲を余っていた小型高速ランチに搭載し、併せて大深度充電を実現した大容量バッテリーを薬莢代わりに使うトンでも兵器だ。

 一発撃つごとにバッテリーを放電し尽くすので、新たなバッテリーを詰め替えてやらねばならない。そのバッテリーも小型自動車程度のサイズなので、持って歩くには適さない。


「発想としては…… 泥縄だよね、これ」

「まぁ、あるだけありがてぇって代物だな」


 小型ランチのエンジンを強力なモノに換装し、砲自体に推進力を持たせた代物。

 言うなればシェル向け自走砲と言った兵器だが、その威力だけは折り紙付きだ。

 なんせ、あのシリウスシェルの強靱な装甲を紙のように撃ち抜けるのである。

 ある意味では、現場が最も望んでいた威力の兵器だ。


 その取り扱いや可搬性と言った物を一切無視すれば……だが。


「とにかく一回撃ってみてぇよ」

「……だね」

「使ってみなきゃ問題もわからねぇときたモンだし」


 テッドもウッディもその自走砲に跨がるように、抱きつくようにしている。

 複数のハーネスとストラップで接続されたその兵器は、シェルとほぼ同じサイズで、あの高機動型シリウスシェルがあそこまで巨大化するのも頷ける話だった。


「……来るよな、きっと」

「来てくれなきゃ、なんだその、つまり、困る」


 ジリ貧の続いていた対シリウス戦闘においてようやく掴んだ反転攻勢の基点となるブローバック計画。その掉尾を飾り、あわせて手強いシリウス兵器を撃破しようと罠を混ぜ込むメルシュトローム作戦は、静かに幕を開けようとしていた。










 ――――――――2248年 12月 01日 コロニー周回軌道付近

          シリウス標準時間午前9時











 コックピットの広域戦闘戦略情報に寄れば、コロニー周辺に敵影は無い。

 ただ、アクティブステルスでレーダー派を打ち消し合ってしまえば、そのエコーは無くなってしまう。


「ワープ航法じゃ無いから重力震も捉えられねぇ」

「エコーも帰ってこないしね」


 砲撃の邪魔にならないよう、テッドとウッディはコロニーとニューホライズンの間に位置する辺りをウロウロと遊弋していた。

 遠くからあのシリウスシェルが来るのを確認し、味方への誤射が無い状態で使ってみるのが主眼だった。ダメで元々な兵器のテストだが、そう言う部分での柔軟性を失っている連邦軍にしてみれば画期的なことだった。


「ところでさ」


 改まった声でウッディは切り出した。


「ん?」


 テッドは完全に油断しきった声で答えた。

 だが、ウッディの口を付いて出た言葉はある意味で衝撃的だった。


「例の高機動型シェル。パイロットが全部女だったらしいけど……」


 ウッディの切り出した言葉にテッドの心が身構えた。

 リディアの話だと直感したのだ。


 仲間内で隠し事は良く無いし、なんでもオープンにしておくべきなのは理解しているつもりだ。ただ、やはりそれでも触れて欲しくない部分はあるし、出来れば言いたく無い事はある。

 ましてや、微妙な関係に成り下がった男と女の、実にデリケートな問題を多分に含んでいることだ。手を伸ばせば届く距離にいるが、絶対に手を出せない場所。

 テッド自身がそれに苦しんでいるが、冷静に考えれば仲間たちだって……


「構わず撃ってくれて良いぜ」

「……良いのか?」

「どんなにしたって、今は敵と味方に別れちまったからな」


 テッドの小さな溜息が無線にこぼれた。

 細波だった心のうちは、誰にも知られたく無いことだが……


「あいつは遠慮なく撃つだろうし、俺も遠慮なく撃つ。その後の事は、その時になって考えるさ。だから、手加減なんか一切しないでくれ。あいつに遠慮して手加減して、結果作戦が失敗に終れば全員に迷惑掛けるし、エディだって……」


 最終的に誰かが責任を取らねばならない。

 その、最後にケツを持って行くところはエディだ。


 テッドにしてみれば、エディが詰め腹を切るのは歓迎しないし、むしろそれは避けたいと率直に思う。誰かが責任を取って、結果的に中隊が解散したり、或いはサイボーグの存在意義を消してしまうような事態になれば……


「なんだかんだ言ってこの中隊は役に立ってると思うんだ」


 ウッディは妙な事を切り出した。

 一瞬だけテッドはウッディの本音を掴んだ気がした。

 だが、その実態はテッドの思った事よりも随分と後ろ向きな内容だった。


「消耗品扱いとは言わないが、少々の事じゃ死なないし、むしろ生身じゃ即死になるようなレベルでも生き残っている。過去何度もそれがあったし、俺も経験してるしさ。だけど、これを続けてくと、俺たち本当に酷い事ばかりやるような、させられるような集団になると思わない?」


 ――えっ?


 テッドは言葉を失った。

 それはある意味でサボタージュ願望とも取れる言葉だ。


「なんかそのうち、いまのシリウス軍みたいに消耗前提の作戦に優先投入されそうな気がするんだ。今回だって……」


 ウッディはそこで言葉を飲み込んだ。

 言いたい事は嫌と言うほど理解できる。

 

 はっきり言えば、突貫工事で仕上げられたこの荷電粒子砲がちゃんと発射される保証は無い。まだ誰も使った事の無い兵器なのだから、誰かが最初の引き金を引かなきゃならない。

 だがそれは、()()がやらねばならない事では無いはずだし、自動発射でも無人実験でも出来るはずだ。それをいきなり実戦に投入してきたのだから、ウッディの懸念や疑念はテッドにも理解できた。


「だけどさ……」


 咄嗟に何かを言おうとしてテッドは言葉が無かった。

 敵に勝ちたいのは山々だが、考えてみればテストもして無い兵器をいきなり宛がわれる方が異常なのだ。


「……俺たちしか使えねぇ代物だぜ。これ」


 テッドが咄嗟に口にした言葉はそれだけだった。

 そしてそれは、紛れも無い真実だ。

 

 シェルと有機的なリンクを可能とするサイボーグならば、動力系は筋肉となり、センサー類は神経とシンクロ出来る。言葉では説明しずらい様々なパラメーター管理をフィーリングで行なえるのがサイボーグの強み。

 そんな501中隊の中でもテッドとウッディに託されたこの兵器は、連邦サイドとシリウスサイドのパワーバランスを一変させかねない代物だ。


「これ、場合によっちゃ対艦攻撃にも使われる代物でしょ」


 ウッディの不安をテッドはやっと理解した。

 寝る間も休む間もなく、大車輪で使われかねないと言う恐怖だ。

 他に誰も出来無いなら、出来る人間が全て引き受けざるを得ない。

 

 例えそれが酷い消耗や損耗を伴うものだったとしても……だ。

 全体が減耗する被害をこうむるなら、一部が完全に磨り減る方が良い。

 結局のところ、軍隊と言うシステムは消耗と補給のバランスなのだから。


「まぁ、面倒は帰ってから考えようぜ」


 話を変えるように切り出したテッド。

 どこか不承不承にウッディも『……だね』と相槌を打った。

 自分たちの存在意義を自らに勝ち取るとは言うが、それは諸刃の剣だ。


 強すぎる激情の炎は、やがて必ず自らを焼いてしまう。

 時には適度に気を抜き手を抜き、全体としてバランスを取らねばならない。

 どこか一箇所が重責を担い続ければ、やがてそこだけが減耗してしまう。

 そして、その力が失われた時には、残されていた者に被害が及ぶ。


 ――全体の実力を上げなきゃな……


 なんとなくそんな事を思ったとき、視界の中を眩い光が通り過ぎて行った。

 強力な荷電粒子砲の奔流が突き抜けて行ったのだ。


「いきなりかよ!」


 テッドの視界には、直撃を受けた小型艦艇の側面が大きくえぐられている様が浮かび上がった。カプセルの搭載は碌に無いだろうが、あれでは航行は難しいと思われる姿だ。


「がっつりやられてるぜ!」

「敵機は何処にいる?」

「まだレーダーには映ってねぇけど……」


 インパネの砲撃情報解析では、推定射点がおよそ1万キロの彼方とある。

 威力十分な荷電粒子砲と言えど、真空中を通過中に少しずつ威力は減衰する。

 実体弾頭と違い、強力な素粒子の『群れ』でしかないのだから、ある意味仕方が無いことだ。


「おそらく、最大射程ギリギリだな」

「この距離じゃ大型艦艇の電磁バリアは貫けないだろうしね」


 大型の戦列艦や航空母艦は、艦の四方に強力なバリアシステムを展開させる事が出来る。加速器の中と同じく強力な磁場の渦を作り、ローレンツ力を生み出して荷電粒子の進路を捻じ曲げてしまえるのだ。

 威力十分な荷電粒子砲が実体弾頭射撃砲を駆逐しきれない最大の理由はここにある。実際にそれを使って戦闘をする者にしてみれば、()()()()れば()()()()()()


 テッドは抱えていた荷電粒子砲のセーフティを外し、システムを起動させた。

 視界の中の仮想計器が切り替わり、荷電粒子砲の発射管制が立ち上がった。


「いよいよだね」


 ウッディも砲を構えた。

 いや、構えたと言う表現は本質的には正しくない。


 正確に言うなら、荷電粒子砲ユニットの姿勢制御を行い、砲座として射撃体勢になったと言うべきだろう。強力な加速器に大電流が流れ、巨大な磁場の渦の中にプラズマ状態となった粒子が溜まっていく。

 それと同時に遥か彼方のシリウスシェルが浮かび上がった。アクティブステルスを解き、レーダーはパッシブからアクティブに切り替えたらしい。


「敵機補足! 諸元入力良し! 自動追尾開始!」


 視界の中に浮かび上がった照準用のインジケーターは、敵機を自動追尾でロックオンし続ける状態を示すオレンジになった。動体予測を加え狙っている方向からは紫電が漏れ始めていて、その威力は艦載砲そのものだった。


「敵機は全部で28!」


 ウッディの声が上ずった。

 この兵器は10発撃てるかどうかと言う次元だ。

 外す事は出来ないと言うプレッシャーが、精神を蝕んでいる。


「構うことねぇ! とりあえず撃とうぜ!」


 狙いを定めたテッドは初弾を放った。

 パッと視界が真っ白に光り、眩いものが恐るべき速度で飛び去った。

 どれ程高性能なセンサーでも、その動きを捉えることなど出来ない。

 放つと同時に遥か彼方では真っ赤な火球が生まれた。


「イヤッホォ!」


 テッドが叫んだ。

 あの無敵を誇ったシリウスシェルが一撃で木っ端微塵だ。

 そして同時に、夢にまで見たシェルでの荷電粒子砲攻撃が可能になった。


 バンデットに出来ていた事がシェルでは出来なかった。

 そのストレスから遂に開放されたのだ。


 ただし、その運用はといえば……


「テッド! 先にマガジン変えてくれ! 援護する!」


 ウッディは狙いを定め砲撃した。

 遥か彼方で大爆発が発生し、シリウスシェルが2機、完全に消し飛んだ。


 その間にパワーカートリッジを新品へと交換したテッドは、新たな目標に狙いを定めた。バッテリーの交換に20秒程度の時間を要するのだが、その間にも敵機は着々と接近しつつある。


「いいぜ!」


 テッドは微妙に方位角を調整し、加速器のチャージを始めた。

 平均すればバッテリーの交換から砲撃まで30秒を要する。


「使い勝手悪い兵器だ!」

「先ずは慣れなきゃダメだな」


 テッドもウッディも愚痴をこぼす。

 だが、そんなウッディもバッテリーを交換し狙いを定めた。


「よしっ!」


 ドンと振動を伝えて放たれた荷電粒子の塊は、2000キロ以上彼方にいるシリウスシェルを叩いた。コロニー周回軌道上で静止しているのだから、命中精度はすこぶる高い。

 バッテリーの交換を行ない始めたテッドの横でウッディが砲撃し、バッテリーの交換を終えた頃には遠くでシリウスシェルが爆散していた。


「威力は十分だ!」


 テッドは再びチャージを開始し、狙いを定めた。敵機までの距離は2000キロを切っていて、これの射撃後にはシリウスシェルが一気に突入してくる事が予想された。


「構わずガンガン撃とうぜ!」

「突き抜けられそうだ!」


 防空戦闘としての一撃は問題なく終った。

 ただし、ここから先がどうなるかは、誰も予測が付かなかっった……

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