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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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クレイジーサイボーグズの誕生

~承前






「で、結局どうなったんだって?」


 モソモソとクッキーをかじりつつ、ディージョがそう言った。

 ワスプのガンルームには穏やかな空気が広がっていた。


 戦闘を終えた501中隊の12名は、戦闘後の反省会を続けている。

 再突入を開始したシリウスシェルは艦艇からの猛烈な砲撃を受け次々と爆散し、生き残った4機はニューホライズンへと飛び去った。


「あのコロニーに突っ込んだ奴だろ?」


 コーヒーを嘗めつつにこやかにしているヴァルターは、二つ目のドーナツを食べ終えた所だ。

 サイボーグの有機転換リアクタータンクは一定の容量以上に納めることが出来ない関係で、下手な間食をすれば夕食に響いてしまう。腹部ハッチの中に溜まる転換不能アッシュを適宜廃棄する必要も有り、あまり褒められた行為では無い。


 ただ、気を抜いてリラックスするなら、こう言った『食べる』『飲む』という行為が非常に役に立つのも事実。完全な機械(AI)であれば、最初から回避するプログラムを組みこんでおくのだが……


「今さっき、エディとアレックスが言ってたけど――


 クランベリーの乗ったショートケーキを美味そうに平らげたヴァルター。

 耳年増のようにエディ達の会話を聞いていた彼は、把握情報を開示した。


 ――MPから入った連絡じゃ、パイロットは()()されたらしいよ」


 何気なく言ったヴァルター。

 収容と言う事は、生きているとは言いがたい。

 生きているなら『収容』ではなく『捕虜』の筈だ。


「……へぇ」


 そう呟いたテッドは腕を組んだまま、考え込むようにしていた。

 コロニーに突っ込んだのは、浅い角度で交差し一撃を入れたあのシェルだ。

 仲間の手を借りて方向転換したあのシリウスパイロットは、艦艇に突入するのを前提に突っ込んできた。どうせ帰れないならここで果てよう。そんな覚悟だ。


「こう言っちゃ何だけど……」


 ボリボリと菓子をかじるウッディは微妙な表情で言った。


「あっちのパイロットは本気で死ぬのが怖くないんだな」


 死ぬのを前提に突っ込んでくる事など普通は考えられない。

 だが、パイロットはそれを承知で行ったのだ。


 仲間に迷惑を掛けないとか、そう言った断面も確実にあるのだろう。

 だが、それならそれで、脱出し救助を受けるという手もあったはずだ。

 戦闘空域から離れた所でなら、或いは可能かも知れないのだが……


「結局の所、他人に借りを作らないのがシリウス文化なんですよ」


 サラッと凄い事を言ったウッディ。

 ただ、その言葉にテッドやヴァルターも頷く。


「こさえた借りを返すあてなんかねぇもんな」


 相槌を打ったディージョも苦笑いだ。

 厳しく貧しいシリウスの社会では、他人に借りた恩義や情義ですらも返せないかも知れない。だが、義理は義理なのだから、そこを疎かには出来ない。相互に互恵互助の関係とは、ある意味で理不尽なまでに残酷な社会だ。

 他人に借りた恩義の為に、他人の不利益を被らなければならない時がある。意地を張ってそれを受けねばならない時がある。それで後から揉めないように、最初から借りは作らない。そんな社会だ。


「……極限環境だな」


 他に上手い表現が思いつかず、ステンマルクはそう言うしかなかった。

 友愛や博愛と言うものは、自分の身や懐が痛まない時にのみ発揮される物だ。

 何もして無くとも身や懐が痛い社会では、致し方ないのだろう。


「それだけ貧しいんですよ。ただ、理想社会を作ろうって最初に頑張っちゃったから、理念だけが一人歩きして……」


 両手を広げて笑ったウッディ。

 その姿に見える物は、憤懣と諦観だ。


「で、まぁ……」


 ジャンは口の周りについたシュークリームを落としながら笑っていた。

 どうやらシュークリームが大好物らしいと皆が思っているのだが……


「あのシリウスシェルはどうなったんだ?」


 艦艇に向かって突っ込んでいったシェルは猛烈な防御火器の迎撃に遭った。

 無敵っぷりを発揮した強靱な機体でも荷電粒子砲で撃たれれば穴が開く。

 エンジンの一部を撃ち抜かれたらしいシェルはコントロールを失ってしまった。

 元々がコントロール出来ていなかったのだから、悪化したとも言いがたいが。


「なんか、メチャクチャな運動したまま明後日の方向へすっ飛んでいって、アッチこっちにぶつかりながら減速し、最終的に浅い角度でコロニーの外壁に突っ込んだそうです」


 ヴァルターは身振り手振りを交えて状況を説明した。

 自らの腕をコロニーに見立てて、そこに指先を這わせて擦って見せた。

 浅い角度で突入したシェルは、まるでマッチを擦るようにして止まったらしい。


「機体は大部分が原型を留めているか推測可能な状態だそうですが――


 説明を続けていたヴァルターは渋い表情を浮かべた。


 ――少なくともパイロットの遺体がまともな状態とは思えません」


 首を振りつつ溜息をこぼしたヴァルター。

 その様子は、同じパイロットとしての同情だ。


「同じ死ぬにしたってな……」


 肩を竦めたジャンは何度か首肯していった。

 言いたい事は皆もよくわかっている。

 どうせ死ぬなら一気に死にたい。

 苦しんで死にたくないし、死にかけて痛い思いはしたくない。


「サイボーグの死ってどんなだ?」


 ヴァルターはテッドの話を振った。

 それが微妙な問題である事は言うまでも無い。


 一度は死んだも同然の面々なのだ。

 それが、一度ならずも二度死ぬとあっては……


「死んだ事が無いからわからねぇさ」


 テッドでは無くディージョがそう答えた。

 ある意味でジョークではあるが、その言葉に全員が苦笑いを浮かべる。

 死にかけて、死にきれなくて、死なせてもらう事が出来ず帰ってきた者達。


 帰ってきて尚戦えと戦闘を強要されているのが、この501中隊の面々だ。

 好むと好まざるとに関わらず、厳しい局面に送り込まれているのだが……


「いずれにせよ、あのシェルとは決着を付けなきゃならんな」


 勇猛な言葉を吐いてステンマルクが笑った。

 勝てっこない相手だが、負けるわけには行かないのだ。

 それは自分たちのレゾンデートルそのものであり、生きる理由でもある。


「勝ちたいよな」

「あぁ。負けたくねぇ」


 ヴァルターの言葉にテッドがそう答えた。

 理屈では無く、男のメンツとプライドに掛けて、負けたくないのだ。


「どうせ死ぬにしたって、勝って死にたいもんだ」

「全くだな。無様にやられて死ぬのだけは勘弁だ」

「あの世に行って神の御前に立った時、胸を張ってられるようにな」


 オーリスやステンマルクや、ジャンまでもがそう言う。

 勇猛果敢と言う言葉は陳腐な物だが、闘争心の本質とはこれなのだ。


「無為に死ぬのは辛すぎる」


 そんな言葉をウッディが漏らした時、ガンルームにエディが姿を現した。

 一抱えもある書類の山と同時に、紙袋に入った小さなモノを持ってきていた。


「さて、諸君らも知りたいだろう調査の結果報告だ」


 上機嫌なエディの様子を見れば、まずまずの結果な事がテッドにもわかった。


 負けるのは論外だが、勝ちすぎる事もエディは嫌う。

 程々に勝って後腐れ無いのが望ましいと言うやり方だ。


 一方的に勝ってしまえば、それは敵にも味方にも恨みを買う可能性が高い。

 大所帯である連邦軍の内部で目立たない程度に勝っておき、程よく負けておく。

 それはつまり、身バレの困るエディの処世術なのだ。


「突入してきたシリウスシェルの所属は、独立闘争委員会の親衛隊だそうだ。第38機動突撃隊とか言うありがちなネーミングの組織だが……」


 呆れたようなエディの説明はガンルームの中に微妙な笑いを沸き起こした。

 親衛隊と言えば聞こえは良いが、その中身はただのゴロツキか街のチンピラだ。


「およそ親衛隊とは言いがたい集団も居るが――


 エディが言いよどんだとおり、今回のシリウスシェルはちょっと違う。

 洗練された装備と優秀なパイロットが揃っている。

 おまけにその目的は、明確な連邦軍への嫌がらせで、一貫していた。


 ――今回のは強敵だ」


 機動突撃隊なる組織の目的が何であるかは分からない。

 ただ、現実には生中な装備では突入を防げない集団が居ると言う事だ。


「撃ち漏らした4機はニューホライズンへと逃げ帰った。ただ、驚くべき事にあの機体はそのまま大気圏へ突入してしまった。リフティングボディ構造な機体故に驚くべき事では無いが、一つ言える事は、シリウス軍の装備も洗練されてきたと言う事だ」


 眉間に皺を寄せ厳しい表情になったエディは、小さくない溜息を漏らした。

 難しい話をするのだろうと身構えた中隊メンバーは、エディの次の言葉を待つ。

 ややあってエディは重い口を開いた。


「戦闘が行われた空域において、シリウス軍パイロット6体の遺体を収容した。困った事に全部女性だ。質量的な問題として男性だと対応出来なかった可能性が高いんだが、それらは全部レプリボディの人間だ。世も末だな」


 総毛だったような顔をして聞いているテッドの目は暗く沈んでいる。

 それを見ていたエディとて衝撃を受けるのは仕方がないとは思うが、説明をやめるわけにはいかないので言葉を続けた。


「12機の出撃で8機を撃破。内1機はコロニー付近へ墜落。その中身も女性型だったそうだ。そっちは憲兵隊が収容したそうが、すべて一旦医療センターへ運び込まれて解析を受ける事になって居るそうだ。ただ──


 今すぐにでも状況を確かめに行きたい衝動に駆られたテッド。

 そんな腰の浮いているテッドをエディは目で制した。


 ──問題は撃破したシェルの所属ナンバーだ。映像記録のナンバーはどれもバラバラだが、所属番号だけは統一されている。9038Aから始まっているので、この機動突撃隊なる部隊はまだまだ後釜が居そうだ。つまり、我々は更なる戦いかたの研究をせねばならない。今度こそ自力で破壊しなければならない。もっとも危惧するべきことは……」


 エディの表情には恐るべき緊迫感が溢れた。

 それは、なす術無く一方的にやられてしまった艦隊防空の責任論だ。

 中隊全員が共通して感じている風当たりの強さは、一方的に蹂躙された結果としての責任を誰が背負うのか?と言う部分での暗闘でもある。


「我々の存在が不要とされる事だ。つまり、次こそは何らかの形で結果を出さねばならない。幸いにして今回はテッドの一撃により勝つための方策が示された。これは大きな進歩だ。但し、決め手に欠くのだから、これで逃げ切る作戦だ。この交渉の責任は俺のものだが、全員で次の遭遇の時にどう戦うか考えておいて欲しい」


 次こそは負けない戦いかたの研究。

 中々手強い相手だが、勝たないことには前進はない。


「医療センターでもパイロットの解析が進むだろうし、コロニーへ衝突した機体の研究も進むだろう。我々も戦いかたを研究する。連邦軍全体で勝ち方を探す事になりそうだ。勝てないまでも負けない戦い方が必要になってくる。次は頑張ろう」


 それが気休めに近い言葉なのは言うまでもない。

 少しばかり研究した程度で勝てる相手ではないし、勝てるならとっくに勝っている。

 手をこまねいている訳ではないと、努力している姿を見せるのも大切なことだ。


「被害をうけたカプセルは、およそ2500人だ。ただ、数少ないプラスのニュースとしては、シリウス側の核攻撃により安全が担保できないと言う大義名分を我々は得た。地球帰還艦隊は出港を早めることになり、シリウス側求める人員の返還は後日の交渉と言うことになる」


 なんとも楽しそうに笑ったエディは、手にしていたファイルを振っている。

 それはまるで『早く帰れ』と言わんばかりの姿勢だった。


「まぁ、シリウス側はまた怒るだろうが、交渉事は相手が困るように仕向けてなんぼだ。困りたくないなら多少は譲歩しろと、言外に圧力をかけるようなものだな」


 乾いた笑いがガンルームにこぼれ、テッドも多少は気が紛れた。

 気掛かりは気掛かりだが、今すぐに動くには障害が多すぎる。

 いずれエディがなにかしらの結果を持ってくるだろう。

 そう考えて、それ以上の思案を止めた。


「最後になったが、VFA501の部隊ワッペンが出来上がった。仕上がりを見てくれ」


 エディの配ったワッペンには、音符マークの中で楽しそうに踊るブリキのロボットの絵が描かれていた。それが何を意味するのかはサイボーグならば嫌というほど解ることだ。


クレイジー(愉快な)サイボーグズ(サイボーグたち)は公式に使われるペットネームになった。どうせあいつらはロボットだと後ろ指差されないよう、しっかりやろう」


 話をしめたエディの表情は暗くはない。

 ただ、収容された遺体の情報だけをテッドは気にし続けていた。

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