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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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決戦の序章

風邪気味でしたがインフルエンザがストライクです

ちょっと不定期になります

~承前






 ――――これでは約定が違う


     ――――いや、約定は違えて無い


 ――――しかし、コロニーからの運び出しは


     ――――ならばこのカプセル内の人々を見殺しにせよと?


 ――――シリウスへ戻すという約束があるのでは?


     ――――ならば先ず毒ガス装置の根本撤去を


 ――――それは廃棄コロニーの解体作業が終るまでは不可能だ!


     ――――ならば、コロニー内の電源の都合もありますゆえ



 不思議な押し問答は、コロニー内の連絡事務所で続いていた。

 机を叩いてシリウス側が抗議する中、連邦側は暖簾に腕押しな応対を続ける。


 コロニーの冷凍カプセルは続々と連邦軍残存艦艇へと運び込まれていた。

 その数は実に100万を越えていて、更にその数を増やしつつある。

 ニミッツ級大型空母ならば冷凍カプセルは50万に迫る数字で収容可能だ。


 このシリウス戦役で生き残ったニミッツ級空母は4隻。

 ネームシップのニミッツを先頭に、フォレスタル、ステニス、アイゼンハワー。

 この空母群だけで200万近い人を収容していた。


 シェルや航空機を維持運用する為には莫大な電源を必要とするのだから、その強力なリアクターはそれだけの冷凍カプセルを維持するのに過不足無い能力だった。

 また、大型輸送艦や航空機搭載型戦闘艦艇の多くが冷凍カプセルを収容し続け、総勢で500万近い数を収容していた。



     ――――願わくば、艦艇への手出しは無用に願いたいものですな


 ――――……それはもちろんです


     ――――我々とて約定は違えるつもりはありません。ただ……


 ――――毒ガス装置の撤去に関しては検討する


     ――――では、毒ガス装置の撤去とコロニーの独立領化を求めます


 ――――それでは約定が違うではないか!


     ――――廃棄コロニーの解体は着々と進んでいるのです


 ――――うぅ……


     ――――お互いに切り札を一枚ずつ減らしていく事が肝要でしょう



 連絡事務所の中では激しい論戦が繰り広げられていた。

 ただ、現実問題として電源は足りず、また、食糧生産も滞り始めている。

 抜本的改善を図るには、収容人数を減らすしかない。


「我々はウソをつきません。ただ、事態の改善は図ります。地球へ帰還を希望する人々の意思を無碍にする訳には行かないのです」


 連邦側の代表者は胸を張ってそう言った。

 政治的な駆け引きでしかないのだが、理屈は通る。


「詭弁でしかありませんな」


 吐き捨てるように言ったシリウス側の代表は、椅子を蹴って席を立った。

 所在無げに転がった椅子の存在までもニューホライズンへ生中継した連邦側は、真綿で首を絞めるように、ジワジワと圧力を強めていく作戦だった。











 ――――――――2248年 11月 30日 シリウス標準時間午後3時

          コロニー公転軌道 第18コロニー『ナイル』











 この日、ワスプはコロニー『ナイル』に停泊していた。

 宇宙空間での停泊と言うのもおかしな表現だが、コロニーの外殻係留点に横付けしているのだから、便宜的に停泊と言う表現を使っている状態だった。


「せっかくのコロニーなのになぁ」

「酒でも飲み良くかってな所だな」


 ステンマルクとジャンはそんな会話で盛り上がっている。

 テッド達はワスプの周辺で警戒活動を続けていた。


 着々と進む地球帰還者のカプセルを移す作業は、順調に推移していた。

 おそらく今日中に目標の500万人が移動を完了するだろう。


「これ、いつ出発するんだろうな?」


 作業を見守っていたテッドは、関心るすようにそう呟いた。

 かつてはニューホライズンからここまで運んできた作業を見守ったのだ。

 今回の新たな作業もしっかりと見守りたいと願っていた。


「作業行程表によれば……」


 データを眺めていたウッディは、複数のファイルの中から12月15日と言う記述を見つけた。


「来月15日らしい」

「じゃぁ、来年の4月には地球到着だな」

「いや、軍用船だから、下手すると2月半ばに到着する」


 超光速船の実用化により、シリウス系は随分と近くなったと言って良い。

 だが、その超光速船は更に進化を続けていた。


 様々な機器を搭載できる大型船ともなれば、光速の50倍が実用範囲として見えてきていた。それはもはや神の領域とも言える事象だ。少なくとも物理法則の全てを跳躍してしまうのだから。


「なんだか速すぎてよく分からねえや」


 そんなぼやきを漏らしたヴァルターは、コックピットのモニターを眺めていた。

 コロニー周辺には夥しい数のランチが行き交い、幾多のコンテナを運んでいる。

 そのコンテナの中身は、ほぼ全てが冷凍睡眠カプセルだ。


「しかし、運んでも運んでも終わらねぇな」

「そりゃなぁ。ここまで持ってくる時だって苦労したぜ」


 ディージョのボヤキが無線に流れ、失笑したテッドが応えた。

 その夥しいまでの数は、その全てがシリウスへの圧力とも言える。


「これだけ地球へ連れて行ったらさぁ」

「ニューホライズンが広くなるな」


 ウッディの微妙な言葉にヴァルターが笑って応えた。

 何とも長閑なシーンではあるが、実は極限の緊張を強いられているのだ。


 それは、3日ほど前の出来事だ。


 ニューホライズンの昼の側。

 周回する廃棄コロニーと共に連邦軍艦艇が行き過ぎた地上の片隅から、複数のロケットが打ち上げられた。光速の数十倍で宇宙船が飛ぶ時代になっても、重力に縛られた惑星上から宇宙という苛酷な荒海へ漕ぎ出すには、強力なロケットが必要なのだ。

 およそ12基が発射され、宇宙空間へと躍り出たそのロケットフェアリング内には、あの超高機動型シェルが納められていた。補助ロケットを使い一気に加速したシェルは連邦軍の防空網を一気に突破して新宇宙へと飛び去っていった。

 連邦軍の誰もが『コロニーが危ない』と思ったのだ。そして、ワスプをはじめとするシェルキャリアがコロニー軌道へと送り込まれていた。


「さて…… そろそろ来るかな?」


 揉み手をして待っているウッディの声は明るい。

 自らが提案し、エディが上申した作戦は公式に認可を受けていた。

 強力なロケットブースターが運び込まれ、いつでも使える体制になっていた。


「これさぁ、いっぺんに火を付けたら偉い事になるぜ?」


 どこか呆れ気味なテッドではあるが、それでも期待している部分だってあった。

 コレなら追いつけるかもしれない。五分(ごぶ)で戦えるかも知れない。

 振り切られ、手も足も出ない状態で一方的に撃たれずに済むかも知れない。


 あの超高機動型はとにかく早すぎるのだ。

 最高速に乗っている状態で放ったレールガンの砲弾ですら振り切ってしまう。

 もはや常識では計れない領域での物事だが、それを操縦するのは人間だ。


 ウッディはレプリかも知れないと言ったが、テッドは直感で思っていた。

 あのパイロット達は間違い無く人間だと。極限まで割り切った存在だと。

 そうで無ければ、逡巡無く一気に攻め寄せたり、或いは逃げたり出来ない筈。


 最初に遭遇した時のパイロットは、全てに個性があったし、癖もあった。

 レプリのパイロットは、まるでコピーされたAIのように振る舞うものだ。


 ――ちょっと振る舞いがおかしいだけで……


 テッドの脳裏に浮かぶのは、激しい横Gの中でも薄笑いで飛ぶリディアの姿。

 普通じゃ考えられない速度で飛び回り、隙を見て一撃を入れていく。


「次は追いつこうぜ!」

「おうよ! 今度こそたたき落としてやらぁ!」


 テッドの心配を余所に、ヴァルターもディージョもやる気満々だ。

 そんな二人に苦笑いを浮かべつつ、テッドも戦闘手順を思っていた。


 ――とにかく追いついて……

 ――横がちに一撃入れて……

 ――押さえ込んで……


 テッドの笑みが苦笑いから悦びの笑いに変わる。


 ――まとめて激突して……


「おぃ テッド」


 ヴァルターの声が唐突にテッドを呼んだ。


「どした?」

「……バカな事考えるなよ」

「考えねぇよ」


 ハッと笑ったテッドだが、ヴァルターの声は疑っていた。

 幾度も死線を潜ってきたし、地上でも散々バカをやった仲だ。

 千の言葉を交わさずとも、考えている事は大体見当が付く。


「テッドは無茶するからな」

「必要な相手以外はしねぇよ」


 呆れたようなウッディの言葉にテッドがスパッと返した。

 ただそれは喧嘩腰になるような言葉では無く、信頼を滲ませる物だった。

 ただ……


「自分の価値を一番分かってねぇのがテッドだぜ」


 ディージョの言は流石のテッドも驚いた。

 それはある意味でこの中隊全員に共通する事の筈だ。


「……意味がわからねぇ」

「なに言ってんだ。いつもいつも無茶しつつ、敵を喰ってるじゃないか」

「……たまたまだろ?」

「バカ言うな。一番勇敢で、一番思慮深くて、しかも、一番根性がある」


 ディージョの言葉にテッドは笑うしか無かった。

 笑って誤魔化すのが上策と思ったからだ。

 ただ、そこまでディージョは読んでいたのか、たたみ掛ける言葉が出た。


「手強い敵の攻略法を見つけるのはいつもテッドだ。だからこそ、エディはテッドを特別扱いしてるんだろ?」


 ――え?


 テッドは言葉を失った。

 特別扱いなんてされているとは……と、そう考えた。

 だが、冷静に考えればテッドはエディの秘密を知っている。

 誰も知らないはずの秘密だ。


 大事にされているという実感は無いが、少なくとも機密の共有はしている。

 それはつまり、信頼の証かも知れないし、特別扱いなのかも知れない……


「まぁ、色々あらぁね」


 セラセラと笑ったヴァルターはふとレーダーパネルに目を落とした。

 そこには超高速で接近しつつある『なにか』の存在が表示されていた。

 広域レーダーだけに、軽く千キロの彼方まで反応を探る事が出来る。


「……来たんじゃねぇ?」


 ヴァルターはシェルのエンジンに火を入れた。

 コロニーの表面で様子を伺っていたのだから、加速はなかなか大業だ。

 それでもエンジンは強力に機体を押し出す。


「エディより各機へ。どうやらお客さんらしい。しっかり応対しろ」


 コロニーの裏側辺りに居た筈のエディがやって来た。

 どうやら本格的な戦闘になりそうだ。


 テッドもコロニーを離れ加速を開始した。

 速度計の針が跳ね上がり、シェルはグングンと速度を乗せていく。


「コロニーには近づけるな。それと、恐らく狙いは大型輸送船だ」


 何故分かる?と思ったテッドだが、ふと連邦軍艦艇泊地を見れば理解した。

 大型輸送船は全てのハッチを開け放っていて、コンテナの到着を待っている。

 海上にあるコンテナ輸送船と同じく、その構造は単純でシンプルだが合理的だ。

 

 幾多のコンテナを抱えて船体構造の一部とする大型輸送船は、恐らく単艦で100万単位の人々を収容するのだろう。つまり、逆に言えば連邦軍の大型輸送船を沈めてしまえば、シリウス軍の戦略的勝利は確定し、連邦軍のプランは頓挫する。


「すでにカプセル収容済み艦艇は26番コロニーまで離れた。ナイル周辺の艦艇は禄にカプセルを収容していない。輸送手段を護る事を第一義としろ。良いな!」


 ウッディの描いた作戦が始まろうとしている。

 地球を目指す生身の人間を囮に使った作戦だ。

 決して褒められた物では無い。


 だが、そんな事に構う事無く、戦いの幕が切って落とされようとしていた。

 テッドは一人、誰にも言えない目標を抱えているのだった……

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