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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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捨て身の防衛作戦


 静かな室内にカチャカチャとキーを叩く音が響く。

 ワスプ艦内のデータルームで黙々と資料を漁るウッディは、幾つもの動画ファイルを漁っていた。フォルダネームはここ2週間の戦闘記録とある。


「……やっぱなぁ」


 ボソリと呟いてコーヒーをすすり、もう一度ファイルをチェックした。

 膨大な量で集まっている動画の全ては、戦闘中に記録されたものだった。

 タグ検索を掛けたそのキーワードは『高機動型シェル』だ。


「これは……」


 頸椎バスに繋いで眺めている映像は、同じ中隊の面々が見ていた様々な画像。

 先の高機動型シェルを全て退治した会戦での戦闘記録映像(ガンカメラフィルム)だった。


「こっちもだ」


 シェルに装備されたカメラはかなりの高性能を誇っている。

 その解像力は大気の揺らぎが無い事を差し引いても恐ろしい程だ。

 スレ違いざまの敵シェルを超高解像度で記録されているのだが……


「……なるほどな」


 一つの確信を得たウッディは映像の切り貼りを始めた。

 もう一つのフォルダから抜き取ってきたのは、一番最初に遭遇した時の物だ。


「さて……」


 空中に両手を伸ばし動画映像の切り貼りを続けるウッディ。

 傍目に見れば、それはまるでオーケストラの指揮者のようだ。

 ただ、少々滑稽なシーンも含んでいて、あまり人に見せられる物では無い。


「よし」


 完成を見た動画映像を自らのメモリーバンクにストアしたウッディ。

 その容量はちょっとした記録メディアの要用を軽くはみ出す程だ。

 ただ、出来る限り詳細かつ客観的な映像を心掛けるとこうなってしまう。

 

 必要なのは『説得力』と『現実味』だ。

 

 ウッディはこれから一世一代のプレゼンに挑もうとしている。

 言うべき事の箇条書きは何度も見直した。

 何処にも矛盾は無いと確信している。

 

「自分の為じゃ無い…… シリウスの為だ」


 滅私の精神で行った事だと自らに言い聞かせた。

 艦内を歩いて行くウッディはまるで出撃前の緊張感だ。


 元々が事務方出身で、尚且つ分析や手順検討などのテクニカルライターの出身。

 そんなウッディは、先の戦闘で全く持って名状しがたい違和感を覚えていた。

 

 ――間違い無いよな


 そんな結論に達したウッディが行ったのは、シリウスが投入した高機動型シェルの所属ナンバー割り出しだ。


 ――予想通りだ……


 どんな戦闘兵器にだって機体ナンバーは必ず振られるものだ。

 例えそれがワンオフで作られた実験機体だったとしても……だ。


 およそ戦闘兵器と言った物は、消耗を前提に作られている。

 それは当然のようにパイロットを含み、尚且つ、希望的観測は含まない。

 軍隊とはそこまで含めてシステムを組み、補給と補充を重要視するのだ。


 減耗率や消耗率とは常に最悪の数字を前提に勘案されのが当然。

 その上で完遂出来る様作り上げられるのが作戦ということだった。


 ――事実なら……

 ――俺たちはかなりヤバイ


 ウッディは深い溜息を一つ吐いてガンルームへと入った。

 午後の空いた時間に集まってくれと頼んでおいた中隊が勢揃いしていた。

 耳目が一斉に集まる中、この行為は決して売名行為では無いと気合いを入れた。











 ――――――――2248年 11月 23日 シリウス標準時間午前11時

          ニューホライズン周回軌道 強襲降下揚陸艦ワスプ艦内











「いったいどうしたんだ?」


 中隊を代表してエディが最初に声を出した。

 いつものように柔らかい声だとウッディは思った。

 もちろん、室内に居る仲間達の目には無条件の信頼がある。


 ウッディは小さく首肯して切り出した。


「先ずはコレを見て欲しいのですが」


 全員の視界へと転送したその映像は、テッドが撃たれた最後のシーンだ。

 あの高機動型シェルのコックピット脇にあるのはワルキューレマーク。

 そして、パイドパイパーの紋章。黒衣の未亡人のマークだ。


「……テッドの彼女か」


 ディージョが怪訝な表情になってテッドを見た。

 そのテッドは、表情を失って蒼白になっている。


「次にこっち」


 再び転送した動画は、先の攻防戦で見た物だ。

 中隊のメンバーが追いかけ回して次々と直撃弾を喰らわせたシーン。

 左右から挟まれ撃たれたそのコックピットには赤薔薇のマークだけがある。

 

「……ワルキューレじゃ無い?」


 怪訝な表情で首を傾げたマイクは、やや不機嫌そうにウッディを見た。

 大戦果を上げた後だ。ワスプのメスデッキで乾杯したのだが……


「えぇ。機体シリアルを読む限り、おそらくは」


 一般シェルの機体番号は解析がかなり進んでおり、地上における所属基地まで割り出されていた。過去に遭遇したワルキューレの各機体にはそんなナンバーが一切無く、今回遭遇した高機動型にナンバーが振られているとしたら……


「私の予測ですが、各基地の中の成績上位者を集めたJV(戦闘飛行団)かもしれません」


 ウッディは目撃された7機の高機動型シェルに付けられた機体番号を並べた。

 通しナンバーどころか所属ナンバーまでバラバラだ。


 3桁の所属部隊番号に所属基地の頭文字。二桁の中隊表示と3桁の序列番号。

 シリウスの全戦闘兵器は同じ法則で管理されていた。


「たしかになぁ……」


 ボソリと呟いたアレックスは、幾度が首肯して唸った。

 ただ、その奥に居たテッドは映像を繰り返し見て、ブツブツと呟いている。


「901A01012……」


 自らが撃墜された瞬間の映像には、リディアの機体番号が映っていた。

 501はワルキューレの番号で間違い無い。だがAで始まる基地は無い。

 01中隊の序列12番。そんな解読で間違い無いだろう。


「Aってどこだ?」


 首を傾げて疑問を口にしたヴァルター。

 それにウッディが答えた。


「全ての資料をひっくり返したけど該当が無い。ALLFREEのAかもな」


 ヘカトンケイル直属となれば、ワルキューレは何処へでも自由に移動出来る筈。

 彼女達は自らの意志では無くヘカトンケイルの手足としてシリウスで活動する。


「で、ウッディの努力は分かったが、この集まりは一体?」


 エディの質問に対し、ウッディは一つ息を吐いて心を落ち着かせた。

 その緊迫感溢れる姿に、アレックスは将来を思い描いた。

 僅かな矛盾を見逃さず考察を積み重ねられる存在だ。

 

 ウッディは将来的に諜報活動が良いだろう……と。


「実は…… 防衛作戦を提案します」

「ほぉ……」


 作戦提案を行ったウッディ。

 エディは興味深そうに身を乗り出した。


「とりあえず聞いてみよう」

「はい」


 ウッディは全員に一枚のデータシートを手渡した。

 そこにはシリウス軍の可動戦力が羅列されていた。


「先の戦闘では、幸いな事にシリウス軍の稼働戦闘機や稼働シェルの殆どが戦闘不能になりました。ですが、まだ勝った訳ではありません。近い将来、地球帰還船団が安全に出発するためにも、我々は大きな勝負に挑むべきだと考えます」


 ウッディは自らのデータをスクリーンに表示させた。

 そこには、シリウス軍が1ヶ月ほどで大きく戦力を充実させる様が書いてある。


 地上における生産拠点は失われたわけでは無い。機能は低下しているが、まだまだ稼働率は高い。次々と落下していくコロニーに破片だが、その落下は全く持ってランダムだ。


「ですが、現状ではこちら側が一方的に有利です。シリウス側は組織だった攻勢を行うほどの戦力が残されてないでしょう。しかし、ここで重要なのは……」


 ウッディは音吐朗々に趣旨説明を始めた。


「シリウス側にも、まだ多少の戦力が残っている筈です。我々が最初に遭遇したあの高機動型シェルは、恐らくチャンスを伺っているのでは無いかと考えます」


 ウッディの説明に対し、アレックスが『根拠は?』と問いただす。

 それに対しウッディは、前回殲滅させた高機動型とリディアが搭乗していたとおぼしき高機動型のシェルをワイヤー表示で並べた。


「比べると分かりますが、はっきり言えば別物です。これは量産型ではないかと考えます」


 ウッディは再び表示を変えた。

 速度に関するグラフだった。


「最大速度は変わりませんが、加速はぜんぜん違います。便宜上、最初に遭遇したタイプを一型、前回の遭遇で殲滅させたタイプの二型と呼称しますが──」


 ウッディの説明は淡々と続いた。

 あの高機動型の最大加速から逆算されるパイロットへの負荷は最大28G。

 常識的に考えて生身では耐えられないし、サイボーグだって脳が耐えられない。

 脳全体に強い剪断力が掛かり、高次機能障害を引き起こす。


「──つまり、あの一型のパイロットは全てレプリの可能性が高いです。ついでに言えば、テッドの例の彼女は脳が生身なのだから、まともなドクターが居るならドクターストップをかけるでしょうし、戦闘力の維持と言う視点でいえば、戦力の浪費に繋がる強行出撃はしないしさせない……


 そんなウッディの言葉が続いていた時、シリウス人の失笑が漏れた。

 ディージョは『あのCISがそんなに親切ならなぁ』と漏らす。


「俺ならむしろ強行出撃を命じるけどな。美しき犠牲とか何とか言って」


 ヴァルターはそう呟いてテッドを見た。

 その眼差しの先にいるテッドは、下を向いて首を振っていた。


「やつらなら遠慮なくやるだろうさ。自分たちに死の危険が無い限り……」

「他人を犠牲にする事に抵抗が無い奴らだからな」


 テッドの肩をポンと叩いたディージョ。

 顔を上げたテッドは力なく笑った。


「……いずれにせよ、我々は一型の戦力がまだ全て残っているのを前提に、防御手段を考えねばなりません。どんな手を使ってもあのシェルに追いつく事は不可能ですし、今回の撃破を参考資料に更なる装備向上を図ってくる可能性もあります」


 ウッディの説明に熱が入り始めた。

 それはつまり、総合的な装備の向上と戦略の見直しの提案だ。


「で、具体的にどうすれば良い?」


 ウッディの思考の深さを試すようにエディは質問をぶつけた。

 文字通りに、相手の全てを引き出そうとする質問だ。

 ウッディは一度目を閉じて気を入れなおした。


「瞬発力の向上が必要です。具体的にいえば、現状の核反応型イオンエンジン系では推力の限界に来ていますので、エンジンを更に増やして……」


 ウッディの提案は気でも触れたか?と言うようなモノだった。

 背中の武装マウントに補助エンジンを取り付け、ビゲンの速度を向上させる。

 だがそれは人間の反応限界をはるかに超える行為だ。

 一瞬の操作ミスが正面衝突を引き起こし、一瞬にして即死に至る可能性が高い。


「何も向き合って打ち合うと言うことではありません。後方から追いつくのは土台不可能ですが、敵機の接近にあわせて旋回接近し、至近距離から打ち合って最大効率で敵機を撃破しようと言う作戦です」


 ウッディが示したのは、小型艦船が装備するブースターエンジンだ。

 ここ一発の加速に使われるこのブースターは、スイングバイ加速を行う際、重力に引かれてグングン加速した後に、脱出時の重力減速を打ち消す為の物だ。

 当然の様にとんでもない比推力を誇っており、シェルの様に軽量なものなら、まるで砲弾を打ち出すが如く加速させることだろう。


「我々でもかなりの身体的負担が予想されます。ですから、そうとうな準備をしないと脳に障害が残る危険性があります。しかし、こうでもしないとあれには勝てません。ですから……」


 ウッディは胸を張っていった。

 一番危険な橋はサイボーグが引き受ける。

 そう宣言するに等しい行為でもあった。


「分かった。皆まで言うな。俺の責任で上に諮ってみる。ただ、その作戦はかなり危険を伴うだろうから……」


 エディは満足そうに頷いた。


「出来るものならやらない事が望ましい」


 ただ、ウッディの話を聞いていた者は皆、同じ事を考えた。

 シリウスが半ば破れかぶれで連邦軍の嫌がらせをしてくる危険性だ。


 地球帰還船団に冷凍カプセルを運び込み出発するのを妨害する。

 そんなシーンがリアルに予想されるのだ。


「来るかな?」


 露骨に嫌な顔でテッドに問いかけたヴァルター。

 テッドも眉間の皺を寄せて言った。


「むしろ来ない理由を考えたほうが建設的じゃ無いか?」

「……そうだな」


 ガンルームの中に冷え冷えとした空気が漂う。

 ウッディの思い付きから始まった話しは、重い沈黙へと行き着いた。

 ただ、皆が想像する嫌がらせを遥かに超える事態はすぐそこまで迫っていた。

 こうあって欲しいと願う結末など、まだまだ甘い予想でしか無いのだった……

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