思い込みと勘違いと
~承前
「次をやるぞ!」
テッドは一際大きな声で叫んだ。狙うのは一つだ。
ターンオーバーした別の高機動型シェルは一気に距離を詰めてきた。
それも複数でだ。
「あっちはテッドをロックオンしたぜ!」
「囮役は気合入れろよ!」
ディージョとヴァルターが発破を掛けてきた。
そんな言葉にニヤリと笑うだけなテッドは、真っ直ぐに前を見ていた。
――さぁ来い!
――さぁ来いよ!
――さぁ来いよぉ! リディア!
逃げ方向で一気に加速したテッドは後方を振り返った。
3機ほど引き連れている高機動型シェルは、どれもがメチャクチャな勢いだ。
「速い速い! 速いぜ!」
イカレタ笑いをばら撒きながらテッドは飛んでいた。
完全なスリルジャンキーのようでいて、実際は眩暈を覚えるほどに慄いている。
ただ、荷電粒子砲の砲口が曲がる様子は無い。
強力な加速器とリアクターは機体の最も大きな部分に収められている筈だ。
つまり、機体の照準軸線上に敵機を納めない限り当る事は無い。
とんでもない速度で飛びつつ複雑な機動を行なっている限りはかなり安全だ。
恐れるのはラッキーヒットのみ。
ハードラックとは言うが、こればかりは運かも知れない。
「支援するぞ!」
マイクの声が無線に響いた。
瞬間的に『余計な事をするな』と思った。
間違って他の男にリディアを取られるかも知れない。
一瞬の気の緩みでラッキーヒットを起こし死ぬかも知れない。
「おぉ!」
テッドは歓迎するような言葉を吐きつつ、マイクの接近を待った。
現状では一端引き剥がすのが望ましいからだ。
だが……
「高機動型は6機!」
アレックスの声が響く。
戦域に展開している敵機は6機だ。
それ以外は無視して良い。
――ヨシッ!
テッドはエンジンを絞り振り返った。
慣性運動だけで秒速40キロ近くを維持し、高機動型を待った。
後方からグングン迫ってくる敵機は相変わらず猛烈な牽制射撃を加えている。
――随分恨まれたもんだぜ!
そんな事を思った刹那、敵機の各所から猛烈な鉄火が上がった。
やや離れた場所からウッディが射撃を加えていた。
わき目を振らずテッドに向かっていたシリウスシェルは単純な直線運動だ。
当てる事は比較的容易い上に弱い部分を狙っているのだから効果は高い。
「ボートサイドの火器は殺した!」
「サンキュー!」
片方の機能が死んだだけでも随分と違う状態だ。
天佑神助とばかりに気合を入れたテッドは、再び鉄火があるのを見た。
今度はジャンだった。
「アッハッハ! ジャストミート!」
「流石だぜ兄貴!」
テッドもどこかイカレ始めた。
シリウスシェルはポートサイドに砲弾を受け、両腕の火器が沈黙した。
――よっしゃよっしゃ!
――くたばれ!
テッドの目が敵機を捕らえた。
大気の無い宇宙であれば、30キロの距離でも敵機が見える。
速度差10キロなのだから、凡そ3秒後に追い越されるだろう。
――見とけよリディア!
――これでお前を楽にしてやれるぞ!
―― 一緒に死のうぜ!
へへへ……
気が付かぬうちにテッドは笑っていた。
妙な笑いをこぼしていた。
「勝負!」
距離10キロ。この距離なら当る。
テッドはそう確信した。そして、上下に方針をバラけさせて連射した。
複数の砲弾がシリウスシェルに降り注ぎ、先頭の一機はその場で大爆発した。
「よっしゃぁ!」
「さすがっす!」
ジャンとロニーが祝福した。
だが、爆発した火球を付きぬけ後続のシェルが迫ってきた。
テッドは同じように射撃を加え、3機目の高機動型を撃破した。
更に巨大な火球が生まれ、それを突き抜けたもう一機は各部を融解させていた。
――超高温だな……
ふとそんな事を思ったのだが情けは無用。
テッドはもう一度砲を構えた。
――残り5発……
280ミリに比べれば装弾数の多い140ミリだ。
だが、気前良く撃てばすぐに無くなる程度の装弾数でしか無い。
――こっちもあれが欲しいぜ!
紛れも無い本音をこぼし、テッドは慎重に狙いを定めた。
すれ違いまで残り1秒足らず。
だが、無意識にゾーンへ沈んだテッドには、5秒程度に感じる時間の長さだ。
――いけッ!
ドドドと鈍い振動がコックピットに伝わった。
140ミリの砲弾は一気にシリウスシェルに襲い掛かった。
ぱっくりと開いていた荷電粒子砲に一撃を受け、4機目のシェルが爆散した。
「やったぜテッド!」
「今日のMVPだな!」
「厄落とししとけよ!」
ステンマルクやジャンが祝福の声を上げ、リーナーですらも軽口を叩いた。
そこから一気に変針し、あわせて140ミリのマガジンを交換した。
新たに35発の砲弾を装備した必殺の砲は、涼やかな殺意を放っていた。
――さぁリディア!
――俺はここだぞ!
――こっちを見ろよ!
ふと辺りを見れば、シリウスの一般型シェルが連邦シェルと激しいドッグファイトを演じていた。ただ、その速度はまるで牛の群れだ。
あの超高機動型とやりあう事に比べれば、一般型シェルなど止まって見える。
「邪魔だな!」
テッドは辺りにいた複数のシリウスシェルを一気に撃破した。
次々と火球を生み出し、獅子奮迅の戦いをしていた。
「少し広くなったぜ!」
全部承知でオープン無線に声を流したテッド。
こっちの声を聞き取ってくれるかどうか分からないが……
――俺はここにいるぜ!
そんな思いを込めて言葉を吐いたテッドは、辺りを見回した。
残り3機のどれかがリディアだ。ここからが気合のいれ所だとテッドは思った。
ただ、その高機動型をテッドは見失った。
何処にいるのだ?と辺りを見回すが、どこにも居ない。
レーダー情報を視界にオーバーレイさせ、敵味方識別カバーをつけた。
距離がありすぎて認識できない可能性があったのだ。
――どこだ!
あれだけの高速だ。レーダー情報を見ていればすぐに分かる筈。
だが、上下左右の全域で羽虫の如く敵味方のシェルが混淆している。
もし、あの高機動型シェルのパイロットが速度を落としていたら……
「見失った! 何処にいやがる!」
「俺もだ! 速度落としやがった!」
戦域の隅っこにいたテッドは、逆サイドにヴァルターがいる事に気がついた。
グッと変針して戦域を横切るように飛ぶテッドは、囮役を務めたままだ。
あの高機動型シェルのパイロットもバカでは無いらしい。
なんとなくだが、テッドはそれが嬉しかった。
――リディア
――まだ死ぬんじゃないぞ……
内心でそんな独白をしていたテッドのシェルは、突然警報を発した。
コックピット中に耳障りな警報音が鳴り響き、テッドは全天走査を掛けた。
レーダー波のエコーはテッド機へ急接近するシェルの存在を告げていた。
「来たのか!」
直上3時方向だ。
機体を捻り砲を構えたテッドは驚くようなシーンに腰を抜かしかけた。
複数の一般型シェルが一直線に連なってやってくるのだ。
「後ろの機体が見えねェ!」
何機いるのかも分からない状態だ。
ただ、一つだけわかる事は、想像を絶する槍衾で撃ち掛けられている。
機体各所にガンガンと着弾が続き、各部に機能障害を告げる警告が浮かぶ。
「テッド!」
「大丈夫か!」
いっせいに仲間から声が掛かるも、静かにしろと叫んでやりたかった。
表面装甲を貫通したAPDS弾は第2装甲をも見事に貫いていた。
そこでも運動エネルギーを解消しきらず、基礎装甲まで到達して止まった。
コックピット天上辺りがほんのりと熱を持ち、歪んでいる。
テッドは即死ギリギリで助かったのだと気が付いた。
「重装甲は伊達じゃねぇや!」
へへへと笑いつつ震える身体をドンと叩いたテッド。
身体制御プロパティを開けて微振動停止を指示し、モーターカノンを構えた。
何機重なろうが知ったこっちゃ無い。
速度があるのだから、貫通力が勝る筈だ。
「くたばれ!」
バンバンと鈍い衝撃を感じると同時に65ミリモーターカノンが放たれた。
真っ赤な尾を引いて飛んでいく砲弾は次々とシェルを破壊する。
7機目8機目と数えていったとき、名状し難い不快感がテッドを襲った。
――これ!
――やばい奴だ!
射撃フェーズを強制終了し機体を捻ってその座標から緊急回避したテッド。
ほぼ同時にそこを荷電粒子の塊が通過していった。
『あっ!』と声を出すのが精一杯で、機体の右側一部に融解が起きた。
――チキショウ!
腹の中で唸りつつも更に回避を試みたテッドは、その機動の直後に再び家電粒子の塊をかわしていた。理屈ではなく直感で機体を逃がし続けるテッドは、結果的に7連射近い荷電粒子砲の全てをかわした。
「やるなぁ!」
「偶然だ!」
ヴァルターの声にオープン無線で応えていたテッド。
だが、そんな幸運は続くわけが無かった。
「……あ」
小さく呟いたテッド。真正面の5キロほど向こうに高機動型シェルがいた。
高機動型とは思えぬ低速だ。一般型シェルに混じりカモフラージュしていた。
そして、角度違いの場所にももう一機いた。
両方とも荷電粒子砲のカバーを開いていた。
――終っちまった……
テッドは瞬間的にそう思った。全てが手遅れだと気が付いた。
時間がスローモーに流れ、テッドは奥歯をグッと噛んだ。
だが……
「いただき!」
突然ロニーの声が響いた。
高機動型シェルの真上にロニーのシェルがいた。構えていたのは140ミリではなく280ミリだ。真っ直ぐに突っ込んできたロニーは、手を伸ばせば触れられるほどの距離で280ミリを撃ちはなった。
「バカッ!」
テッドは瞬間的に何やってんだと思った。
確実に撃破できる距離まで接近し放たれた必殺の一撃は、あの重装甲な高機動型を完璧な角度で捉え、最大効率で自己鍛造しつつその装甲を貫通した。
やりやがったと思ったテッドが視線だけで隣を見た時、テッドを狙っていたもう一機の高機動型が爆散した。後方から接近していたヴァルターがエンジンの推力ノズルから140ミリを叩き込んでいた。
「あっはっは!」
「やったっす!」
ヴァルターとロニーの叫びが響いた。
同時に高機動型シェルが大爆発した。
「…………………………ッ!」
ギリッと歯を食いしばったテッド。
一瞬にして2機が喰われ消え去った。
どちらかにリディアが乗っていたかも知れない。
テッドの思考は真っ白な状態になった。
――なんて事してくれたんだ……
言葉を失って漂流し始めたテッドは完全に無防備だった。
近くにいたシリウスシェルから小口径高速弾を幾つも受け、反射的にそのシリウスシェルを血祭りに上げてからハッと気が付く。
エディがかつて言った『他の男に取られた』と言う意味を痛感し、テッドは最後の一機をこの手で!と急加速した。ボケている場合ではなかった。
「残り一機! ここだ!」
アレックスの見つけた最後の一機はやや離れた場所にいて、連邦側のシェルを喰いまくっていた。鬼神の如く戦っているその姿は巧妙かつ執拗で、多彩な攻撃を繰り返しては連邦軍シェルを破壊しまくっていた。
「こいつ! つえぇぇ!」
唸るような声を上げたジャンが手合わせを試みるも、ヒラリとかわされた。
変幻自在にかわしつつ、連邦のシェルを次々と撃破している。
「そいつは俺に取らせろぉぉぉ!」
半ば絶叫に近いテッドの言葉は無線の中に響き渡った。
そして、大きなRを描いて加速しつつ襲い掛かっていくテッドは、行きがけの駄賃でシリウスシェルを次々と喰っていった。夥しい炸裂光を発生させ、ワザと目立つように派手な機動をテッドは行なった。
――リディアだよな?
――お前がリディアだよな?
頭の中にそんな単純な言葉がグルグルと渦巻いている。
だが、コックピットハッチ脇のマークを確かめようとしたその時、速度に乗っていなかった高機動型は突然爆散した。
――え?
「残念だったなテッド!」
「惜しい惜しい!」
仲間からいっせいに冷やかされるも、テッドはその全てを聞き流していた。
全身から力が抜け、慣性のまま漂流した。
「あぁぁぁぁ……」
――リディア…… リディア…… リディア…… リ……
唸るような声を無線に漏らしたテッドは呆然としたままだ。
真っ直ぐ飛べば廃棄コロニーに激突するコースだった。
『おぃテッド』
いきなりエディからスケルチモードの無線が入った。
『……エディ。リディアは俺が取りたかった!』
『はぁ?』
妙な声を出して呆れたエディ。
テッドは言葉を失ったままだ。
『お前、あのレポート全部読んだか?』
『え?』
言葉に詰まったテッドは冷静に思い返した。
間違いなく7枚全部を読んだ筈だ。
『7枚全部読んだ』
『8枚目はどうした』
『え? 7枚しかなかった』
『いや、8枚目があったぞ』
言葉に詰まったテッドの背筋に冷たいものが走った。
やっちまった!と、いま更になって後悔した。
『よ…… 読んでません』
『だろうな』
呆れるような声でぼやいたエディは、自らの視覚情報をテッドに転送した。
エディが読んだ時の情報だ。8枚目のレポートには、おそらくリディアと思われるバトルドール唯一の女性パイロットが転籍したと書かれていた。
『どこへ……』
『俺も知りたいくらいさ』
突き放すような口調のエディは、テッドを詰るでも叱るでもなく放置した。
失敗こそ最良の妙薬。成長を促進させる最高の経験だ。
『……次は気をつけろ』
一言だけ言葉を掛けて一方的にスケルチモードを切ったエディ。
テッドは言葉が無かった。
「よし、面倒な敵は片付けた。我々はいったん帰るぞ」
エディの指示で全機がいっせいに回頭するなか、テッドは自らの迂闊な振る舞いに赤面していた。
――リディア……
――何処に……
その答えは分からない。
だが、今日手合わせした高機動型のシェルにリディアはいなかった。
確認したわけではないが、きっといなかった。
なんとなくモヤモヤとした思いを抱え、テッドはそう割り切る努力をしていた。




