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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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ギリギリの勝負

~承前





 コロニー解体作業から10日目。

 遂に事態は動き始めた。


「全機深追いはするな! 無理な戦闘はするんじゃない!」


 エディの金切り声が響くニューホライズンの上空、高度800キロ付近。

 そこは一方的な殺戮が続く、シリウスの殺し間になっていた。


「くそ! スペースランサーズが4機喰われた!」


 悲鳴染みた声でマイクが叫んだ。

 その直後、次々と火球が生まれ無線に断末魔の絶叫が流れた。


「こっちはアウトロナイツが7機か8機か一気にやられた!」


 支援に当たっていたオーリスが悲痛な声で叫ぶ。

 コロニー周回軌道とニューホライズンの間にある空間は緩衝地帯だった。


 だが、コロニー解体作業が続く中、次々と落下事故が発生していた。

 意図的な落下だと抗議していたシリウス側が、遂に切れたらしい。


「続々と上がってくるぜ!」

「勘弁して欲しいっす!」


 ディージョやロニーの声が震えている。

 正直言えば、他人の事に構っている余裕など無い。


 連邦側は全てのシェル戦力がここに結集している。

 だがそれは、生身が搭乗する能力的にデチューンされたモノばかりだ。


 それに対しシリウス側は、生身にも高機動型を宛がっている。

 使いこなせなかった者は死ぬだけ。自然の摂理とも言える現象だ。

 多くがレプリカントパイロットの様だが、中には本物の生身も居るらしい……


「高速型が来たぞ! 245度方向!」


 アレックスの警報にあわせ、全機が一斉に回頭した。

 一瞬のスレ違いならば、ダメージを受けるのは多くて2機。

 相対速度秒速70キロオーバーでのスレ違いは、人間の反応限界を超える。


「超高機動型だ!」


 サイボーグ隊ほど速度の乗らないシェル搭乗する生身達に残された行為。

 それは純粋に祈る事だけだ。とにかく、邪念を振り払って純粋に祈るだけ。


 自分に向かって必殺の砲弾が降り注ぎませんように。

 一撃であの世へ行く直撃を貰いませんように。

 まだ燎機が200機単位で集まっている中で、自分が狙われませんように……


 ――――チキショウ!

 ――――俺かよ! 俺なのかよ!

 ――――ふざけんじゃね……


 声はそこで途切れた。

 オープン無線の中に響いたその声は、拭いがたい死への恐怖に彩られていた。

 相対速度の遅くなる低機動型シェルならば、砲弾の蒸発が防げる。

 それに気が付いたシリウス側の超高機動型シェル乗り達は波状攻撃を開始した。


「ターンオーバーは早めにしろ! 向こうがターンオーバーしてから……


 エディの説明が終わる前に高機動型シェルはこっちを向き、全推力を極振り状態にしての全力加速体制に入った。もはやこうなったなら、どんな手段を使っても振り払えない加速だ。


 ――余裕こきやがって……


 小さく舌打ちしたテッド。

 一番近い高機動型シェルのターンオーバーに目星を付け、進路を取った。


 ――ぶっ殺してやる!


 正面衝突に近い角度での急接近だ。

 迫ってくる敵シェルも正面がちならば、どれ程高速でも見かけ速度は落ちる。

 チェシャキャットを駆ってシェルと戦ったワルキューレはこう戦った。

 あのいきなりの遭遇でコレを思いついた彼女達は、間違い無く腕利きだ。


 ――腹一杯喰って良いぞ!


 テッドは自動照準システムのプロパティを呼び起こした。

 射撃管制の動態予測は、相対速度を勘案し確実な命中を優先する仕組みだ。

 ただそれは計算上命中率の足切りラインが高いだけの事にすぎない。


 テッドはそこに介入し、命中率優先ではなく射撃機会優先に切り替えた。

 つまり、『ここ』ではなく『この辺り』で射撃を指示したのだ。


「バカな事をするなテッド!」


 エディの金切り声が無線に響く。

 だが、負けない音量でテッドは言い返した。


「これが一番確実なんすよ!」


 迫ってくる敵シェルの荷電粒子砲に射撃目標のターゲットを重ねた。

 宇宙空間故に音は一切伝わらないが、それでも敵凄い迫力だ。


「ばかやろう!」

「当たりますって!」


 誰が見たって自殺志願者にしか見えない動きだった。

 だがテッドはそれが確実な勝利の手段だと言わんばかりだ。

 迷わず突っ込んでいくその姿は、槍を構え突進する騎士のようだった。


 ――根性決め込むぜ!


 逸る心にブレーキはない。

 いまはただ、『あのいい女』の気をひくだけだ。

 『ヘイ! こっちを見ろよベイビー!』と軽口の一つも叩きたくなる。


 ――さぁ!

 ――勝負だ!


 逃げ方向へ舵を切り全力加速に入ったテッド。

 相対速度の低減に勤めつつ、敵機の一番弱いところが開くのを待つ。

 他に手段がないのだから仕方が無い。


 整備班が頑張ったのか、全力加速を行っても機体に微細振動は出なかった。

 集中力を妨げるモノは何も無かった。


 ――これなら行けるぜ!


 サイボーグは瞬きをしない。

 つまり、テッドの目はあの超高機動型のシェルを睨み続けた。


 正面から見れば押しつぶされた正三角形の美しい機体だ。

 空力的に洗練されていて、大気圏内戦闘も可能かもしれないと一瞬だけ思う。


 ――先ずはこっちだ!


 テッドはモーターカノンを使い、左右のクローに付いた砲の機能を殺した。

 一瞬だけ鉄火が飛び散り、砲身部分が曲がっているのが見えた。


 これであのアームに掴まれても大丈夫だ。

 もちろん、牽制射撃も喰らわないで済む。


 高機動型シェルがさらに距離を詰めた時、今度は背面の砲ユニットを破壊した。

 敵パイロットは誘爆対策で一瞬にしてユニットごとパージする。


 これで荷電粒子砲しか武器が無い。ニヤリと笑ったテッドは慎重に砲を構えた。

 距離はどんどん迫ってきている。この一発しかチャンスは無い。


 ――よしッ!

 ――こいッ!


 三白眼で睨み付けたテッドは神経を集中させた。音や光や全ての雑音が消えた。

 ゾーンに入ったテッドのチャンスを邪魔する者はなかった。


 ――ッ!


 140ミリの砲弾は軽い衝撃を連続して残し、虚空へと放たれていった。

 前回は躱されたのだから、それを見込んで上下へ砲身をブレさせての連射だ。


 点ではなく面で狙ったテッドの一撃。

 それは、真っ直ぐに超高機動型シェルへと吸い込まれていった。


 ――どうだ!


 一瞬だけチカリと何かが光った。

 同時に機体各部についていた識別灯が消えた。


 ――電源が飛んだ?


 訝しがったテッドのすぐ脇を、超高機動型シェルが通り過ぎていった。

 慌てて振り返った時、エンジンは失火していた。

 スラスター部の種火すらも失われていた。


 管制運動の常として、超高機動型シェルは真っ直ぐに飛び続けた。

 わずかな時間でしか無いが、その速度は常識の範疇を超える。


 その超高機動型は100キロ近く離れた位置まで進んでいって……


「やったぜテッド!」

「ブラボー!」

「ハラショッ!」


 仲間達が一斉に祝福する。

 高機動型シェルは大爆発を起こしていた。


 巨大な核爆発級の火球が生み出され、機体が爆散していく。

 その姿を見ながらニヤリと笑ったテッドは、打ち合わせ内容を思い出していた。






 ――――――3時間ほど前






「さて、シリウス側が動き始めた」


 ガンルームでいきなり切り出したエディは、スクリーンに状況を表示させた。

 コロニー解体作業が続く中、解体した大小な破片の落下事故は後を絶たない。

 それは、作業員達のサボタージュが原因だとシリウスが難癖を付けてきていた。


「まぁ、半分は事故だな」

「半分以上が事故だ」


 マイクの軽口にアレックスが答えた。

 そんな会話に失笑が漏れ、ガンルームが湧いた。


「で、話を続けるが……」


 そんなエディの言葉にも全員が笑う。

 静まるのを待ったエディはスクリーンの表示を変えた。


 シリウス側は作業監督団を入れさせろと通告してきた。

 それに対し連邦側は、毒ガス装置の駐在武官を撤去させるならと応じた。

 相互確証破壊をしっかり維持しつつの作業で無ければ意味が無い。

 

 互いに切り札を持ちつつ、イーブンな条件で無ければならないのだ。


「シリウス側は監督団を強引に送り込む事など出来やしない。我々が居るからな」


 せせら笑い様なエディの言葉に皆がニンマリと笑う。

 ただ、それでもその笑いの下には緊張があった。


「連邦サイドは条件付きで監督団の作業監督を認めた。まず武装しない事。勝手に粛正しない事。粛正や暴力行為を行った場合は地球連邦条約における法により裁きを受ける事だ」


 その説明の意味をテッドは理解し損ねた。

 勝手に入るなとか武装するなは分かる。

 粛正も勝手にやるなと言うのも当然だ。


 だが、連邦法による裁判とは何を意味するんだろうか?

 そんな疑問が表情にでていたのか、アレックスが解説を加えた。


「要するにシリウス人では無く地球人として裁判を受けさせろって事だ」


 『あっ』と小さく呟いたテッド。

 ふと隣を見ればヴァルターも嫌な笑い方をしていた。


 シリウス人など存在しない。

 全ては地球人だ。


 その条件を突きつけ、シリウス側に飲ませるのが目的だ。


「えげつねぇなぁ」

「だけど、完璧な手順だぜ」


 ヴァルターの言葉にディージョが応じた。

 元々は事務屋で文官だったディージョだ。

 そう言う部分の駆け引きはよく心得ているのだろう。


「で、俺たちはどうするんすか?」


 ロニーは相変わらずの調子だが、どこか緊張している風でもある。


「シリウス側は監督団を強引に送り込むべく我々の排除を狙っている」


 再びスクリーンを変えたテッドは、現状の戦力状況を表示した。

 広大な宇宙には戦力の分散が殆ど無く、コロニー周辺におよそ3割が居るだけ。

 残りの戦力は全てニューホライズンを周回している。


「こちらの戦力は少々心許ないが、向こうも相当無理を下らしい上にセトの造船所は使えないのだから、要するに残存戦力の消耗戦だ」


 三白眼になって微妙な表情を浮かべたエディはスクリーンをスクロールさせた。

 現状の戦力評価表が表示されるのだが、そこに出てくる数字は互角だった。


「つまり、我々の真価が問われる。敵を封じ込め、味方を助け、一気に勝ちきる必要があると言う事だ。上がってくるシリウス戦力を叩き、その数を減らし、こちら側に有利にする」


 再びスクロールさせた表示には、地上の生産拠点が表示されている。

 先に行われたコロニーの破片落としにより、巨大シェル工場は燃え尽きていた。

 細々としか行なえなくなった大気圏外向けシェルの全戦力を投入するしかない。


「要するに…… シリウス軍を地上に縛り付けておくって事ですね?」


 何かに気が付いたヴァルターがそう言った。

 その言葉にテッドもハッと気が付いた。


 大気圏外に上がってくる戦力を叩いてしまえば、地上軍だけになる。

 シリウスの地上には連邦軍が存在せず、いくつかの連絡事務所があるだけだ。


 つまり、後腐れなくシリウスから撤退できる。

 或いは……


「ブローバック計画の完成って事ですか」


 テッドの一言で全員が主眼を理解した。

 シリウス側に一撃を加え、不要になった薬莢をに見立てた人員を地上から引き剥がし、新たな戦力を加えてシリウスに拳銃を突きつける。

 自動拳銃の発射サイクルその物である戦力の総交換と能力向上と、そして戦略的撤退を完成させる複雑な計画だった。


「要するに、そう言うことだな」


 エディは再びスクリーンをスクロールさせた。

 そこには最終段階へ入った連邦側の計画が表示されていた。

 全員が息を呑むそのプランは、一言でいえば無謀な挑戦に近いものだ。

 ただし、いまある戦力で何とかするのが前提の軍隊であれば……


「分かっていると思うが、現状ではこれが最善だ」


 エディの言葉は自嘲溢れるものだった。


「不要不急戦力である空っぽ空母や先頭艦艇に冷凍カプセルを積み込む。シリウス側が喉から手を出すほど欲しがっている人材を優先的に地球へと送り出す。向こうの妨害があるだろうから、高速艦艇を使って60日で地球まで行く作戦だ」


 スクリーンのスクロールが最後のページになった。

 エディはその表示を前に胸を張って言い放った。


「我々はこの計画の締めくくりを行なうに当って、もっとも重要な役を担う事になった。つまり、敵の戦力を削りきり、その戦意を挫き、反撃能力を奪い、味方の安全を担保する。シリウス側にまともな戦闘艦艇は残っていない。つまり、敵戦力はシェルだけとなる。そのシェルの中でもっとも難敵を引き受ける事になった」


 思わず眩暈を覚えたテッド。

 ヴァルターとディージョは表情を失い、ウッディはポカンと口を開けた。


「生身のシェルは向こうの一般型シェルに当ってもらう。それでも不利な戦闘だが経験を積んできているので大丈夫だろう。地球から来たシェル乗りも動員される。つまり、我々はわき目を振らず愚直なまでに任務に当る事になる」


 スクリーンの表示を消したエディは室内をグルリと見回した。

 その立ち姿には、凄みが溢れた。


「これでスターダスト作戦は完了する。我々の努力に掛かっている。以上だ」


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