正義vs正義
~承前
11月も残す所あと3日となった27日。
廃棄コロニーの本格的な廃棄に向けた作業が始まった。
「上手くやってくれよ……」
「ホントだぜ」
テッドとヴァルターの二人はシェルのコックピットで様子を伺っていた。
真摯に祈る二人の気持ちは作業スタッフに届いているだろうか。
ただ見守るしか無い歯痒さに身悶えるが、文句を言ってばかりでも居られない。
――――時間の使い方を覚えろ
――――良い時も悪い時も時間だけは敵味方両方に平等だ
エディの放った言葉にテッドは思慮を巡らせた。
大量の作業員が張り付いて作業を進める中、テッドは沈思黙考していた。
――どうやったら勝てる?
――速度差は仕方がねぇ
あのリディアの乗っている超高速シェルには追いつけない。
追いすがって放った砲弾も躱してしまう。
正面からは叩けないし、後方からも不可能だ。
――ムリゲー
そんな言葉が脳内を駆け抜けた。
「なぁテッド」
「ん?」
「あの化け物シェル。どうやったら勝てると思う?」
「……俺も同じ事考えてた」
普通の方法では勝てない相手だ。
今までのシェル戦闘では考えられない相手とも言える。
性能という視点で見れば、有利に戦いを進められることが普通だった。
最近ではイーブンな条件のケースが多く、ならば技量と経験で勝った。
だが……
「機体の性能で負け……」
「おまけに技量はどっこいだ」
二人してせせら笑う様に失笑をこぼす。
初めて経験するシェルでの不利な戦闘。
それはニューホライズンの地上を思い出させるに充分なモノだ。
無敵のシリウスロボと対峙し、逃げ回った苦い記憶だ。
ただ、人が作ったモノである以上、勝てないと言う事は無い。
現実に、二人は何度もそれを撃破している。
「宇宙じゃ身を隠す所がねぇからなぁ」
「アクティブステルスでも目で見えるしな」
下手に隠れれば遮蔽物ごと荷電粒子砲で焼かれかねない。
速度で負け、装備でも負けている。
「……いっそワザと捕まるとか」
「俺も同じ事考えたんだけどな」
テッドはクククとこもった笑いをこぼした。
それは、悪巧みをする子供のような笑いだった。
「あの機体、後から映像見たんだけど捉まる所がねぇし、それに、あの腕には」
「そうだった。あそこにガンランチャーがあった」
あのマニピュレーターに捕まれば、待ち受ける結果は絶対的な死だ。
ただ、その待ち受ける死はテッドが望むモノでもある。
捕まって至近距離で荷電粒子砲を浴びる直前に、砲口へ全力射撃。
――それなら両方死ねるな……
僅かにニヤリと笑ったテッド。
ヴァルターはそれを見ていた。
「……おい、どうした?」
「ん?」
「なにニヤニヤ笑ってんだよ」
「あ、いや、ヤバイ手順思いついた」
テッドは自分の視界をヴァルターに転送した。
右手を伸ばし、何かを捕まえるジェスチャーだ。
そして、コックピットのモニターに自分の顔を反射させ、パカッと口を開いた。
「口に突っ込めってか?」
「そう言うこった」
「その前に撃たれんぜ?」
「だから……」
テッドは自分の左手を使って立体的な説明を行った。
ヴァルターも興味深そうにそれを見てた。
「あのガンランチャーは掌の真ん中に付いてる。クロー三本の中心だ。だから、スレ違いザマの一瞬で両腕のランチャーを壊し、機体背面の火砲を沈黙させ、荷電粒子砲だけの状態にする。その上でワザと捕まり、あの砲口へビッグキャノンを突っ込んでだな」
下卑た笑いで顔を見合わせる二人。まだ若い身空でサイボーグだ。
物理的と言う事は無いにしたって、精神的には欲求不満な状態と言える。
それこそ、暇さえあれば女と房事に及びたい時期なのだから……
「しゃぶれよってか?」
「そういうことった」
酷い妄想でひとしきり笑い、その後に真面目な声でテッドが切り出した。
「どうも…… リディアがマズイらしい」
「マズイって?」
「この前もそうだったが、オープン無線で呼びかけても反応がねぇ」
何処まで喋って良いのだろうかと思案しつつ、テッドは本音をこぼし始めた。
不安と後悔と自分への怒りがない交ぜになった複雑な感情だ。
「シリウス軍にロボトミー手術されたんじゃ無いかって……」
「だけど彼女、ワルキューレだろ?」
「ワルキューレだからって特別扱いされないんじゃないか?」
「そうだけど」
深く溜息を吐いたテッドは、まるで萎んだように見える。
その背中を叩いてやりたい所だが、コックピットの中となればそうも行かない。
「ニューホライズンの地上で遭遇した時……」
「あぁ、地球帰還者のオフィスのか」
「そう」
「何かあったのか?」
「別れ際に抱き締めたんだよ」
「……そりゃ拙かろう」
「だから俺も今になって後悔してるんだ」
シリウス人だから分かる事がある。
あの場にコミッサールの狗が居れば間違い無く連絡が行くだろう。
狗だってポイントを稼ぎたいのだ。密告から来る内通者狩りの実績は大きい。
相互監視と密告が美徳とされる社会は、全ての人間が猜疑心と不安感の塊だ。
少しでもおかしな振る舞いをすれば密告され、間髪入れぬ告発に繋がる。
そして、コミッサールによる告発は事実上の魔女裁判。
告発された時点で行き着く終着点は一つしか無い。
「ワルキューレでも告発されんのかな?」
「むしろシリウスで告発されないのなんて……」
「あぁ、ヘカトンケイルだけだな」
絶望的な現実を前に、ヴァルターはテッドの懊悩を知った。
そして、テッドの懊悩の正体に思い至った。
「……もしかしてお前、死ぬ気じゃないだろうな」
「バカ言うなよ!」
即座に否定したテッド。
だが、その言葉は事実上棒読みだった。
「彼女殺して自分も死のうとか都合の良い事考えてねぇよな」
「あたりめぇだ!」
「それなら良いんだけどよ」
ムキになって反論したテッドに、ヴァルターはその本音を見た。
そして、エディに相談するべきかどうかを考える。
だが……
「俺たちは明日無き命だけど、そりゃ彼女も一緒ってこった。だから……」
「だからって死ぬ事はねーだろぉよ」
「……確かにその通りだけどな」
ヴァルターの赤心はテッドに届いた。
ただ、それを理解し納得するほどテッドも余裕があるわけじゃ無い。
焦燥感は如何ともしがたく、後悔の念はジクジクと心を蝕む。
「正直いやぁさぁ…… 連邦軍じゃなくてシリウス側だったらって思うよ」
ぽんと口を付いて出たテッドの本音は、本人が『アッ』と思った頃にはもう全部出てしまった。口からこぼれて出た以上は、もう後戻りの聞かない事だ。
「テッド……」
そう呟いてからヴァルターが黙った。
テッドは身を切られるようなその刹那を1時間にも2時間にも感じた。
間違いなく異常なまでの集中状態、いわゆるゾーンに入っていた。
「……そら、俺も何度も思った」
――えっ?
『今なんて言った?』と訊ねたテッドの声は震えていた。
「いや、俺もシリウス側で志願していたらって何度も思ってる」
「なんでまた」
「俺の家族や全てを焼き払ったのは連邦軍側だからさ……」
隠しようの無い苛立ちと震えるほどの怒りをヴァルターは放っている。
その思いの正体をテッドは知っていた。
テッド自信も何度も感じていることだからだ。
「実際、連邦サイドも大概だよな」
「……だよなぁ」
はっきり言えば、決して許されない作戦を幾度も行っている。
無差別砲撃の恐怖は、テッドの脳裏に刻み付けられている。
夥しい死を積み上げた先にあるものを勝利と呼ぶならば、その栄冠は名も無き市民達の血にまみれているのだ。
「正義なんで存在しねぇよ」
「……ほんとだよなぁ」
何となく相槌を打ったテッドだが、それだけは違うと強く想った。
正義はあるのだ。間違いなくあるのだ。
テッドの父は正義の体現者だった。
信じる道に殉じた筈だ。
ただ、それを強く言うのは違うとも思っている。
押し付けられる正義は正義とは言わない。
思想を強制することはファシズムだ。
「まぁなんだ……」
溜息混じりのテッドは何度も何度も父親の言っていた事を思いだした。
それは世の中の真実。世の中にある絶対普遍の定理とも言える事だ。
「正義は人の数だけある。正義を振りかざして戦争売る側だけじゃ無く、買う側も正義があるってこったろうさ。正義だから勝つんじゃ無くて、勝った方が正義だ」
それは本来決して認められる事では無い。
ただ、文明の衝突ともなれば、どちらが正しいかなどと言う話は画餅だ。
一度始めてしまったその衝突は、その争いに斃れた者の為にも決して負けてはいけない。敗北とはすなわち、自らの正義の否定だからだ。
「……理屈じゃねえよな」
「真理だろ」
「あぁ」
コックピットのモニターに映るコロニーは、各部の連結トラスを分解する作業に映っていた。各部を結ぶ基礎レールの上に延びている外殻ユニットは、分厚い岩盤のようになってコロニーの内部を護っていた。
「あれをバラして小分けにして膜にしようって腹だよな」
「そうだろうな。見事なケスラーシンドロームだ」
とにかくシリウス軍を地上から上げない。
その為に行われる準備作戦だが、コロニーにはシリウス軍の駐在武官が居る筈。
一体どうやって人を運ぶんだろう?と訝しがるのだが、ペーペー士官の預かり知る所では無い。
どうしたモノかと考えている時、コロニーの表面で小規模な爆発があった。
コックピットモニターで現場を見るのだが、ガスボンベが爆発したらしい。
小規模破壊工作とも撮れない事は無いが、事を荒立てるのは得策では無い。
「黙って見てろって言ったよな、エディは」
「あぁ。折り込み済みだと」
テッドもヴァルターもそれぞれのコックピットで悪い顔をになっている。
作業員に化けた工作員が着々と暗躍しているのだろう。
狙うは一つだ。些事に構っている暇は無い。
「シリウス側が我慢しきれないようにするんだろうな」
「……だろうな」
爆発のあった現場からちょっと大きな破片が離れ、段々と距離を取り始めた。
やがてそれはニューホライズンの引力に引かれ始め、墜落軌道へ入った。
「……燃え尽きるな」
「あの位のサイズじゃな」
断熱圧縮により激しく輝く破片は、尾を引いて地上へと落下していくだろう。
地上の広い地域でその眩い姿を目撃させて、コロニーの解体が上手くいってない事を知らしめながら。
「向こうにも後悔させるのが目的だからな」
「コロニーに手を出さなきゃ良かったってな」
音も無くニューホライズンへと向かう破片は縦横100メートル近くある。
厚みもそれなりにあるので、完全に燃え尽きるのは難しかろうと思われた。
コロニーの解体現場では次々と小規模爆発が続いている。
作業主任が退避命令を出し、作業員は危険を回避するべく避難所へ集合した。
ややあって巨大な爆発が発生し、夥しい量の破片がバラ撒かれた。
「あー」
「こりゃヒデェな」
キラキラと光る細かな破片だが、その全ては毎秒25キロの速度を持っている。
とんでもない超高速砲弾が、ブンブンと宇宙を飛び回っているようなモノだ。
「あれさ…… 俺たちも危なくねぇ?」
「危ないだろうな。当たったら痛いじゃすまねぇさ」
「だよなぁ」
コロニーの進行方向へ飛んだ破片はさらに速度が乗っている。
強靱な外殻を持つ連邦軍の戦闘艦艇ならばともかく、シリウス軍の艦艇ではひとたまりも無いだろう。
「……えげつねえぇ手だ」
「散々やられてるし、こっちもやってるし、お互い様だな」
モニターに映る連続爆発を見ながらテッドは小さく息を吐いた。
溜息とは言わないが、少々ウンザリしているのは確かだ。
シリウス軍をどうやって煙に巻くのかの全体像は見えない。
ただ一つ解る事は、ここから先の戦闘ではコックピットから出られない。
あの超高速の破片が飛び交う状況では、サイボーグと言えど当たり所が悪ければ即死となる……
「死ぬのは怖くねぇけどさぁ」
ヴァルターの言葉には心底ウンザリという空気が滲んだ。
もちろん、その意識はテッドも共有していた。
「やり残して死ぬのは嫌だな」
「まったくだな」
コロニー上の爆発が収まった頃、重装甲の作業ロボットが出てきて細かなデブリの処理を始めた。強力な磁石を使って軌道をねじ曲げ、落下させるのだ。
「……あの役はやりたくねぇ」
「アレこそロボットの役目だな」
「捕虜にされたらやらされるかもしれねぇぜ?」
「……俺たち人間扱いされないんだっけ」
ウンザリ気味に言ったテッドとヴァルター。
黙々と作業を進める作業員達の安全を祈るしか無かった。




