スターダスト作戦
紳士協定に近い一時的な休戦はすでに3週間目となった。
コロニーの毒ガス注入装置からは毒ガスの元が抜き取られ、機能を失った。
連邦軍士官立ち会いの元に行われたその作業は妨害工作も無く完了を見た。
双方の監視下というのが重要な部分だった。
同日。
ニューホライズンを周回する廃棄コロニーのリフトが実行された。
秒速25キロで周回しているコロニーは徐々に高度を上げている。
計画では高度1000キロ程度まで距離を取り、しかも大幅に減速するとある。
まちがってもニューホライズンへ落下しないようにする処置だ。
そして、地上では両軍の実務者による停戦協議が開始された。
双方共に飲むに飲まれぬ条件を突きつけあい、双方が少しずつ妥協して行く形。
それはつまり、何処まで我慢を続けられるかというチキンレースでもある。
毒ガス注入装置の中には連邦軍の監視団が常駐している。
元となる化学物質を注入すれば、コロニーは15分で全滅する。
それを防ぐ為に、24時間監視が行われていた。
廃棄コロニーのメインエンジンやスラスターにはシリウス軍が張り付いた。
抜け駆けしてコロニー軌道を変更しないようにする為だった。
双方共に相手を信用してないが、信用しなければ交渉事は加速しない。
難しい条件を突きつけ合っているが、妥協の産物では双方共に納得出来ぬ。
厳しい交渉は3日目に入り、暫定和平案の叩き台が作られつつあった。
まず、コロニー周辺では戦闘を行わないこと。
大規模破壊兵器。大量殺戮兵器の使用は禁止すること。
双方の捕虜については人道的に保護し、定期的に交換すること。
その他にも細々とした細則が儲けられた。
ただ、その捕虜の中に気になる一文があった。
捕虜の中にサイボーグとレプリカントは含めない……と。
交渉に当たった弁護士にその追加を指示したのは病床のロイエンタール卿だ。
エディ少佐がこっそりと上げた報告書を元に、卿はその文言を追加させた。
それはつまり、ワルキューレなどレプリボディに入った女たちを回収したいと言うエディの欲だった。
だが……
『俺たちとっ捕まったら全バラだぜ』
『せいぜい自爆することにしよう』
『……だな』
501中隊の面々は露骨に嫌な顔をしていた。
捕虜となっても人間扱いされないことが確定したのだった。
――――――――2248年 11月 21日 シリウス標準時間午前8時
ニューホライズン周回軌道上 ワスプ・ガンルーム
「……なかなかだな」
レポートを読んでいたテッドは重い息を一つ吐いた。
合計70ページにも及ぶ中間報告は、暫定和平の手順が書かれていた。
「向こうも本気だろうな」
同じようにレポートを読んでいたヴァルターもそう呟く。
シリウス側はコロニーに旅立つ手段が無いと知るや、露骨に懐柔策に出ていた。
ニューホライズンの地上から大量の食料や嗜好品を運び出したのだ。
地上も荒れ果て食料生産に支障を来し始めている所が多い。
そうで無くとも『大祖国戦争』などと派手なキャンペーンを行ったのだ。
当然のように、戦力となる男達は続々と戦地へ旅立っていった。
残された女たちは各所で懸命な努力を続けたが、艦砲射撃とコロニーの落下による自然環境の大幅な悪化は、地上各所で深刻な飢饉状態となっていた。
「完全な飢餓輸出だな」
食料生産情報を読んだウッディは、悲痛そうにそうぼやいた。
地上における最低限の食料消費量から見れば、生産量の数字に全く余裕が無い。
だが、コロニーを懐柔する為か、その最低消費量ですらも削ってしまっている。
シリウスの地上では、普通に生きていくことすら難しい状況に陥りつつあった。
「で、連中はどうするんだろうな」
レポートを読み終わったディージョは、溜息をこぼしつつコーヒーを啜った。
どう見たってニューホライズンは餓死者が出る状況だ。
だが、シリウス側は意地を張るのだろう。
ここが我慢のしどころだ。
連邦に一矢報いたい一心だ。
「ここで重要なのは……」
同じようにレポートを読んでいたジャンが口を開いた。
多少とは言え年長者だ。その視点は鋭かった。
「まず、コロニー周辺以外での戦闘は禁じられていない。大規模破壊兵器だの大量殺戮兵器だのの規定が全く無い。捕虜の定期交換は期限が切られていない。つまりは、文言だけが立派なだけで実態は最低と言う事だ」
ジャンの言葉にガンルームのなかで失笑が沸き起こった。
そして、誰と無く溜息をこぼした。
「こっからは……」
「遠慮無く総力戦だな」
不安げに漏らしたロニーの言葉に対し、オーリスは楽しそうにそう言った。
オーリスに続きステンマルクもニヤリと笑って言葉を紡ぐ。
「近代軍隊における総力戦で最も重要なことは何だと思う?」
士官教育をキチンと受けたステンマルクは、四人組を見ながら問題を出した。
それは、士官として知っているべき最も重要な事とも言える事だ。
「……打撃力ですか?」
首を傾げながらウッディは言う。
純粋な火力としての打撃力こそ重要なファクターだ。
それは絶対的に間違いでは無い筈とウッディは思うのだが。
「不正解では無いが、正解とは言いがたい。A評価では無くBマイナスだな」
やや辛口の評価が下されウッディは苦笑いを浮かべる。
それを見ていたディージョは自信あるかのように言う。
「情報などの連係力では?」
そんなディージョを指さしてステンマルクはサムアップしつつ笑いだした。
やった!と顔に出たディージョだが、ステンマルクはやや首を傾げた。
「良い視点だがそれも不正解だ。やはりBマイナスだな」
え?と呆気にとられたディージョは考え込む。
他に何があるというのだろう?と全員も首を傾げた。
その時、ヴァルターはハッと気が付いて言った。
「生産力ですか?」
ステンマルクは何度か首肯したのだが、同時に両手で×を出した。
ウヘェと顔をしかめたヴァルターは苦笑いでテッドを見た。
「間違いじゃ無いが、それは軍隊の仕事じゃ無い。国家の責任だ」
「……あそっか」
腕を組んで考え込んだテッド。
アンカーなのだから正解を答えねばならない。
ここで外した場合、エディなら連帯責任とか言って罰ゲームが出てくるだろう。
酷いプレッシャーが掛かる状態で考え込んだが、全く答えが思い浮かばない。
「うーん…… 補給力とか補修力とか…… そんなのじゃ無いな……」
尚も考え込んだテッドは、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
それはエディが見せてくれたあの機密書類を思い出したからだ。
「……諜報力ですか?」
その答えに『うーん……』と唸ったステンマルクは、一言『惜しい』と言った。
四人組は固唾を飲んで見守るのだが、その直後、ステンマルクは言う。
「いま、正解言ったんだけどねぇ」
「え? ほんとですか?」
「あぁ」
幾度か首肯したステンマルクはオーリスと視線を交わした。
そこには愉悦を感じさせる者があった。
「勿体ぶってもしょうが無いぜ?」
隣で話しを聞いていたオーリスが笑っている。
ステンマルクも幾度か頷いた。
「正解はテッドも言ったけど、補給力だ。どんなに高性能な兵器を使っていても燃料と弾薬が無くなったら意味が無い。一見して地味なことだが、コレを侮ると軍隊は途端に機能不全になるもんさ」
ステンマルクの言った正解の内容は、ロニーも含めた若い面々にとってすれば当たり前すぎるものだった。ただ、その重要性は嫌でも分かるし、また、分からなければそれはそれで問題だった。
「宇宙での戦闘だからあまり実感が湧かないが、そもそも地上での野戦では、最も重要な補給物資が医療品と野戦服などの衣料品だ。その次が食品。そして燃料弾薬と続く」
ステンマルクの言葉にテッドが笑った。
「なんだか当たり前すぎて……」
「そうさ。真実なんてモノは、一見すれば当たり前すぎて見落とす様な事だ」
オーリスと視線を交わしたステンマルクは楽しそうに言った。
「当たり前を見落とすか見落とさないかで、生き残れるか否かが決まるのさ」
なんとなく納得したようなしないような……
テッドはそんな不思議な感覚だった。
ただ、言いたい事はこれ以上無いくらい良くわかる。
補給が滞っては戦いも微妙に手加減せざるを得なくなるのだ。
それ故に連邦軍はコロニーを改造してまで現地生産を行っている。
資源の渇望が発生していて、近隣惑星の開発を急ぐ程だ。
「補給が無きゃ安心して戦えないしな」
「飯も弾も必要ってこったな」
アハハと軽快に笑ったウッディとヴァルター。
その笑いがスッと収まったのと同時にガンルームの扉が開いた。
「さて、そろそろパトロールの時間だ。ずっと待機し続けるのも辛いだろ?」
そんな言葉を吐きながらエディがやって来た。
両翼にマイクとアレックスを従えるその姿は不思議な迫力があった。
「今回は?』
半笑いなジャンの言葉にエディも笑う。
言うまでもなく、なにか新しい作戦だと気が付いたのだ。
「ここから先は受け身の作戦だ』
メモリーデータをスクリーンのバスへと突き刺したエディは作戦趣旨説明を始めた。
「やることは変わらない。とにかくコロニーを守る。廃棄コロニーの方だ。ただし』
片方の頬だけを大きく歪ませたエディは、醜いまでのアンバランスさで笑った。
その笑みはどこまでも底意地の悪い人間のズルさ、汚さを感じさせるものだ。
「先に向こうに手を出させる』
廃棄コロニーを破壊したいのは何もシリウス側だけじゃない。
連邦サイドにしたって実際は手に余す存在と言うべきものだ。
とにかく巨大すぎて使いにくい絶対兵器で、尚且つ使用が禁じられているものだ。
「つまり、手を出させて破壊させて、また……』
落とすのかよ!と抗議染みた口調のテッド。
ヴァルターやディージョも同じ表情だ。
「まぁ要するにそう言うことだ。但し、今回はここからが肝になる」
スクリーンの表示を変えたエディは作戦のフローチャートを示した。
そこにはブローバック計画がまだアクティブである証拠が示されていた。
「要らないものは処分しよう。そういう趣旨だ」
テッドだけでなく全員が驚いた表情を浮かべた。
そこに画かれていた作戦の要旨は驚くべきものだ。
「スターダスト作戦。名前はロマンチックだが中身は相当酷いぞ」
スクリーン上のフローチャートに動画が表示された。
コロニーを破壊させ細かなデブリを大量に生産させる事が肝だ。
簡単に言えば、膨大な量のデブリを機雷の代わりに使い、遮断させる作戦だ。
シリウス軍側の生産拠点であるセトは完全に沈黙している。
宇宙におけるシリウス軍の行動拠点は、連邦サイドコロニーの周辺にいる少数艦艇のみだ。ニューホライズンの地上からは補給を受けられなくなり、シリウス軍は干殺しにされる。それが嫌なら大人しくしていろと、つまりそういう訳だ。
「上手くいきますか?」
怪訝な表情のジャンが漏らした。
あまりに希望的観測の内容が多いのだ。
「さぁな。それは神の御手の上だ」
エディも遠慮なく突き放した。
可能かどうかでいうなら相当厳しい事になる。
だがこれは、シリウス軍の心に打撃を与える作戦だ。
「ムカついてるのは現場だけじゃないってこってすな」
ロニーが珍しい物言いをした。
なんとなく大人びた言葉でもあり、子供っぽさが抜けてない部分もある。
ただ、実態は負け戦続きで腐っていたのも事実だ。
「そういう事だ。もう一つ言えば、いいようにやられた分、勝つのではなく悔しがらせるのが目的だ。戦争指導者とシリウス人民の間に楔を打ち込む。出来れば双方が疑心暗鬼になるのが望ましい。支持を失い失脚させられれば重畳。失脚しなくとも、それを恐れて慎重になってくれればそれで良し。戦闘ではなく政治的に失敗させるのが真の目的だ」
そんな言葉を吐いたエディの表情に皆が思う。
本部は相当焦っているのだと。更迭の危険を感じていると。
負け続きで地球から無能者と判断された時、ただの被雇用者である軍人は更迭されるのだ。だからこそ、政治的な勝利を得ておきたいのだろう。
明日の我が身のために。
「何れにせよ先ずは待ちだ。ただし、スクランブル体制は維持する。面倒だが我慢してくれ」
結局それかよとうんざり気味の渋い表情だが、それでも作戦の趣旨はわかった。あとは上手くやるだけだ。
出てこねぇかな……と、テッドはそんな事を思っていた。




