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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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エディの怒り・民衆の怒り

~承前






 ニューホライズンを周回するワスプは、ちょうど夜の側を飛行していた。

 時間帯で言えば深夜に当る筈のエリアだが、地上には灯りがあった。

 それを凝視すれば、その灯りがただの光りでは無い事が分かる。


「眩しいくらいだぜ」


 指をさして笑うウッディの感情はどこか麻痺していた。

 何かを燃やしている光り。炎が照らし出す、揺らめく光りだった。


「反地球活動ってか?」

「いや、どっちかと言うと反独立委員会活動だな」


 ワスプのキューポラに集まっていたテッドたち4人組は、腕を組んで笑いながら地上を見ていた。コロニーの残骸墜落から5日が経過していた。

 余りにも多くの事がいっぺんに発生し、半ばパニックを起こし掛けているような状態だ。地上で揺らめく赤い光りは、委員会施設や自警団などの詰め所に放火された光りだった。


「アチコチの都市でマーシャルロー(戒厳令)が出たらしいぜ」


 ディージョは地上情報のプリントを眺めていた。

 夜間外出の禁止や集会の禁止。合法非合法を問わず、商業活動が制限された。

 また、礼状無しであらゆる査察が実行され、反治安活動者は粛清されていた。


「……なりふり構ってねぇな」


 呆れたように言うヴァルター。

 ウッディは溜息混じりに言った。


「力で押さえ込んでも、バネを圧縮するだけなのにな」


 否定できない失敗は、すなわち不信を煽り不満を爆発させる。

 激しく燃える業火は赤々と夜を照らし、民衆の不平不満を燃料に燃え盛った。


「まぁ、身から出た錆ってやつだ」


 テッドも残念そうに言葉を漏らした。

 コロニーの残骸が墜落を始めた時、連邦軍は一斉にその場を離れた。

 シリウス側は更に残骸を破壊するべく砲撃を続行したのだが……


「あんな砲撃でぶっ壊れるような代物じゃねぇしな」


 ヴァルターはヘラヘラと笑っていた。

 シリウス側の必死な対処は連邦軍側の嫌がらせにより遅々として進まなかった。

 やがて大気圏へと墜落を始めた残骸は、真っ赤な尾を引いて地上を目指した。


 大混乱の地上は各所で阿鼻叫喚の地獄だった。

 厳重な報道管制を敷いても、頭の上を巨大なモノが通過していったのだ。


「内緒にすると帰って始末に悪い代物だよな」

「だからと言って負け戦だとは言えない訳だ」


 連邦軍が見せた実にえげつ無い凶手。

 それは、独立闘争委員会の実態を、これ以上無く市民へ見せることになった。


「結局は、失うほうが大きい方が負けるんだよな」


 せせら笑うような口調で漏らしたヴァルター。

 連邦側の『これは我々の関知する所では無い』と言う最後通牒は、シリウス全土へ生中継されてしまった。結果、シリウス全土で一斉に責任追及の声が上がったのだった。


「他人の責任ばかりを追及して、そこにつけ込む事で勢力拡大しただけだからな」

「自分の責任を追及されるのが辛いんだろうさ」


 ディージョの言葉にウッディがそう返した。

 責任責任と二言目には言う連中だ。

 今回のこの失態で、責任を取らないなどとは言えない状況だった。


「結局は自爆だよな」

「ブーメランって奴だ」


 ヘヘヘと笑ったウッディとテッド。

 今まで散々やって来た事が全部自分に返ってくる。

 独立闘争委員会は責任から逃れることなど出来やしない。


「ま、モノを考えないバカも少しは懲りるだろう」


 そう吐き捨てたディージョは、燃えさかる地上の業火を見ていた。

 コロニーの残骸は、まだ一部で燃えていた。

 その炎こそが地球側の本気と言う事だ。


 シリウス人民は地球側の本気を知った。

 恐るるに足らずと喧伝していた闘争委員会も結果的に赤っ恥をかいた。


 そして、慌てて『対話を求める』などと擦り寄っていくも、連邦側はにべもなく拒絶している。ニューホライズンの周回軌道上にコロニーを置き、いつでも落下させられる体勢を整えたまま。


「そりゃこんなモンが大気圏外をブンブンと周回していればなぁ」


 ザマーミロとばかりにそう漏らしたディージョは楽しげだ。

 シリウス人民はヘカトンケイルではなく独立闘争委員会に対し全面退陣を要求していて、それを拒否すると声明を出した結果が全土の大暴動だった。


 そもそも、シリウス全土で地球治安機構に対し暴動を扇動したのが独立闘争委員会だった。その暴動と言う事象はブーメランとなって自分たちに返ってきている。


「運命って皮肉だよなぁ」

「しかも、武力鎮圧まで一緒とはな」


 ウッディの言葉にテッドは笑いながら返した。

 そして4人でゲラゲラと笑った。


 スイングバイにより速度を増していたコロニーは、ニューホライズン突入軌道でもグングンと速度を増し、いまは秒速30キロ近い猛スピードだ。

 莫大な質量をもつコロニー故に、うっかりニューホライズンへ墜落しないよう、今はかなり高度をとっての周回を続けている。そして、それでも定期的に船首をライズしていて、それが無ければ墜落一直線なのだった。


「あの火は独立闘争委員会に対する圧力だな」

「それが目的なんだろ?」


 顔を見合わせたテッドとヴァルターはニヤリと笑った。

 散々と手柄を宣伝した後だけに、その落差は余りにも大きい。


 ただ、今まで散々と煮え湯を飲まされてきた連邦側の兵士も、今回はその溜飲を大きく下げる結果となった。連邦軍の参謀本部も今回は戦術戦略の双方で結果的に大戦果を挙げ、緒兵らからの無能な集まりという汚名を僅かに返上した。

 ただ、シリウス軍の毒ガス注入装置はいまだ離れておらず、今度はシリウス軍側が時間稼ぎをして居る状態だ。確実な約束の実行には更なる圧力が求められる。


「さて、ここからどうするのかね?」


 ウッディの言葉には微妙な恐怖感が滲んだ。

 シリウス軍の狡猾さや周到さはさんざん経験してきたことだ。

 思いきった割り切りと結果の為の犠牲を惜しまない姿勢はそれだけで脅威だ。


「シリウスにしてみりゃ、とりあえずは状況をひっくり返す手が要るな」


 地上を見ながら呟いたテッド。

 朝に向かいつつあるワスプの下、地上の暴動は収まりつつあるらしい。


 暴れ続けた民衆も、疲れと眠気で大人しくなるのだろう。

 コロニー落下による社会的混乱と人心の離反は、独立闘争委員会にとってすれば最大かつ最悪の結果だ。逆に言えば連邦サイドの策略が重要になる。


 四人組がそれぞれにその手立てを思っていた頃、キューポラ室のハッチが開きジャンが顔をだした。なにか探し物の様子でだった。


「やっぱりここか」


 ニヤリと笑ったジャンは、オーバーアクションで手招きした。


「エディが呼んでる。ガンルームへ集合だ」


 室内に微妙な空気が流れる。

 四人組は一斉に顔を見合わせていた。


「出撃かな?」


 ヴァルターがポツリと漏らす。

 先の廃棄コロニー戦闘以来、戦闘らしい戦闘はしていない。


 このタイミングで呼ばれる理由が思い浮かばす、テッドは最初に部屋をでた。

 そそくさとキューポラを出て向かったガンルームにはエディが待ち構えていた。

 リディアの手掛かりが掴めたのかと期待していたのだが……


 ──あ……


 内心では驚いたがポーカーフェイスを維持したテッド。

 ただ、エディは見抜いたようだ。


「顔に出すなテッド。相手になめられるぞ」


 苦笑してガンルームの席に座ったテッドは、ここしばらく継続的に不機嫌だったエディが上機嫌であることに気がついた。そして、どこか達成感を漂わせている。


「さて、いきなり呼び出したが、なにも出撃ということではない」


 エディはスクリーンのスイッチを入れ、何処かの解らぬ地上の光景を写し出した。それは巨大な公会堂前に集まった民衆のシーンで、民衆の表情は怒りに沸き立っていた。

 多くの民衆は、手に手に大小様々な石を持ち、今にも投げそうな様相で押し掛けている。それを押し留める治安要員は、どれもが冴えない表情だった。


「これは?」


 首をかしげたオーリス。

 ステンマルクも意味を把握しきれていない。


 だが、テッドたちシリウス人は一目見てその意味を理解した。

 苦虫を噛み潰したような表情の男達は、揃いの青い服を着て並んでいる。

 それは自警団を管理する政治局員のユニフォームだ。


「被告は誰ですか?」

「そりゃ、マズッた奴の始末だろうさ」


 ニヤニヤと笑うウッディとディージョ。

 万の言葉は必要ない。この負け戦の責任を取らされる奴が居るということだ。

 そして、本来なら特権階級にいる政治局員の表情か冴えない理由は単純だ。


「そりゃぁなぁ」

「散々やって来たんだ。自分達だけ逃げるわけにはいかないだろうな」


 顔を見合わせたテッドとヴァルター。

 ステンマルクは怪訝な表情でテッドに聞いた。


「あれ、裁判か?」

「そうです。人民裁判です。本来は政治局員が告発した人民の敵を裁くんですが」


 ニヤリと笑ったテッドはヴァルターを見た。

 そのヴァルターが続きを語り始める。


「大体がまぁ、独立闘争委員会に都合の悪い存在を犯罪者に仕立て、人民に石を投げさせて殺すってイベントです。要するに見せしめ的なショーなんですけど、石を投げない奴は反動分子だって次に告発されます。で、大体がその後に殺されます」


 唖然としているステンマルクやオーリスを他所に、シリウス人四人組はニコニコと笑っていた。それどころか、早くやれよと言わんばかりの表情だ。


「おっ! 主役が出てきたぞ!」


 政治局員の先導で出てきたのは、立派な身形をした男だった。


「えっと…… そうだ! テツゾウだ」


 スクリーンを指差してウッディが言う。

 そこに居たのは独立闘争委員会の主席委員で、宇宙戦闘局指導部の男だった。


 ────テツゾウ・シイナ


 司会の声が名前を呼んだとき、民衆のボルテージが一気にヒートアップした。

 進行の声が掻き消されるほどの声は、ほぼ全てが怨嗟の声だった。


 ────その罪は…… 人民の信頼と…… 責任の付託を逃れ…… この手痛い敗北は…… 人民の失望は大きい…… を認めるか?


 司会の声は断片的にしか聞こえない。

 ただ、意味はわかった。嫌でもわかっていた。


 宇宙における戦闘は勝利の実績を塗りつぶしてあまりある敗北が続いている。

 莫大な数のデブリが地上に降り注ぎ、市民の暮らしは平穏とは言いがたい。


 そして、犠牲を出しながらも決行した毒ガス注入作戦は、結果的に失敗した。

 きっと多くの民衆を強権的に使い、犠牲を省みず作戦を決行したのだろう。

 その失望と落胆は大きく、その解消には骨が折れることだろう。

 普段から富や権力を独占していたのだから、その反動は大きいのだ。


 長らく暴動や蜂起を煽り、人民を扇動し、反対勢力や穏健派を粛清してきた。

 その全てがブーメランのように戻ってきている。


 文字通り、逃れられない追求の手だ。


 ────子らよ……


 会場に響いたその声は、深く重く響いた。

 その声に聞き覚えのあったテッドは、スクリーンに映る人間に驚いた。


「ヘカトンケイルだ……」


 そこに居たのは、滅多に人前にでないヘカトンケイルの男だった。

 始まりの8人と呼ばれる、最初にシリウスに残った者達の一人だった。


「今さら出てきて…… 遅いんだよ」


 せせら笑うように言ったエディは、不愉快そうな咳きを漏らした。

 そして、斜に構えてスクリーンを睨み付けている。


 ――何をそんなに不機嫌なんだ?


 理解しがたいテッドだが、エディは上機嫌と不機嫌を行ったり来たりしていた。

 ただ、目の前で起きている状況に、エディは静かな笑いを浮かべていた。


 ────戦いに駆り立てし者を裁く……


 その姿はテッドとたいして変わらない若々しい姿だった。

 ただ、その身に纏うオーラが全く違う。

 それは一言で言えば『神にも等しい』のだ。


 ──人民の財産を浪費せし者よ

 ──人民の生命を浪費せし者よ

 ──人民を虐げ快楽と怠惰に溺れし者よ


 重々しく威厳のある声が響く。

 その言葉に抗うように闘争委員会の男が声を上げた。


 曰く、積み上げてきた実績を考慮しろ……だの。

 曰く、まだ負けたわけじゃない……だの。

 曰く、私が負けたじゃ無く兵士が勝手に負けたのだ……だの。


 そして……


 ――――私は正当に選挙で選ばれた民衆の代表だ!

 ――――私の罪は人民の罪だ! 罪を問うなら有権者に問え!

 ――――私は全てのシリウス人民に変わり議論したに過ぎない!


「あー 言わなきゃ良いのに」


 苦笑いでスクリーンを見ていたディージョが呟く。

 ややあって、どこかの誰かが最初に石を投げた。


「……始まったな」


 テッドがボソリと漏らした。

 民衆の投げる石は、握り拳より余程大きな石だ。

 当たれは当然のように血を流す程の威力だ。


 ――――恥を知れ!

 ――――責任を取れ!

 ――――死んで詫びろ!

 ――――地獄で詫び続けろ!

 ――――この嘘つき! ペテン師!


 様々な声が飛び交う。もちろん石も飛び交う。

 今まで散々やって来た事だ。ただ、最初で最後の当事者になったに過ぎない。



 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!


 人間の最も汚い部分が威力を発揮している。

 凄まじい勢いで飛び交う石は、テツゾウと呼ばれた男の命を削っていく。

 広場の真ん中で杭に縛り付けられ、逃げることも躱す事も出来ない状態。

 その状態で、民衆の気が済むかで石を投げられる運命だ。


 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!

 ――――お前のせいだ!


 恨み辛み、憎しみ哀しみ。

 渾然一体となった激しい憤りが石になって降り注いだ。


「……死んだな」

「死なねぇ方がおかしいだろ」


 テッドとヴァルターが呟く。

 杭が見えなくなるほどに石が飛び交い、やがて男を完全に埋めた。

 だが、まだ石は止まらなかった。小山になるほどに積み上げられた。


「仮に即死じゃ無かったとしても……」

「即死しなかった事を後悔しながら死ぬんだろうさ」


 ディージョとウッディがそう言ったきり黙り込んだ。

 重い沈黙がガンルームに流れ、最後にエディが呟いた。


「やっと一つ借りを返したぞ……」


 それが何を意味するのかは分かっている。

 幾重にも張り巡らされた罠に何度も陥ってきた。

 1度などは宇宙を彷徨う覚悟までしたのだ。


「ここからだ。ここからまた……」


 独立闘争委員会の常任理事委員は全部で18人。

 エディは手帖の中に書いてある人名へ斜線を入れた。


「……全員必ず殺してやる」


 小さな声だったが、エディの声は部屋の中に響いたのだった。

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