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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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リディアとキャサリンの今

~承前






「なぁ!」


 遂にテッドは我慢の限界を超えた。

 まだ激しい戦闘が続いているなか、オープン無線で全体へと呼びかけた。


「どっかにブラックウィドウ居なかったか? ガンズアンドローゼズも!」


 仲間達からは『俺は見てない』とか『いや、見ていない』という声が出る。

 そして、気が付けば誰も見ていないと言う結論に達した。

 ふと思い出せば、最初から敵シェルは10機だった……


 ――どういう事だ?


 僅かに焦ったテッドはコックピットの中でソワソワし始める。

 同じタイミングでシリウス艦による艦砲射撃が始まった。


 シリウス艦艇の放った有質量弾は、廃棄コロニーの側面に次々と着弾していた。

 その威力は凄まじく、ボロボロになった外壁を更に破壊し始めた。


「黙って見ていろよ!」


 エディの声が弾んでいる。

 その声ですらテッドには不快だった。

 コロニーなんざどうだって良い。

 リディアが居ないのだ。


 テッドが焦りつつ辺りを探す中、シリウス艦の必死な砲撃が続いていた。

 その威力はコロニーをまるで虫食いの様に破壊していく。


 脇目もふらず砲撃し続けるシリウス艦は、辺りの警戒すら手薄なようだ。

 裏手に回り込んだ連邦軍艦艇は、思い思いにシリウス艦へと砲撃を開始した。

 完全なカモ撃ち状態。七面鳥撃ち状態だ。


「えげつねぇなぁ……」


 無線の中にヴァルターの声が響く。

 しかし、同時に各方面からコロニー破壊状況が報告され始めた。

 無線の中が歓声に沸き立ち、残骸のコロニーを残骸以下に破壊している。


 ――それどころじゃねぇんだよ!


 テッドのソワソワは臨界点に達した。

 無線のスイッチを切り替え、オープン無線にして全バンドへ声を流した。


「リディア!」


 戦闘の混乱が続く中、テッドはリディアを探した。

 辺りには幾多のデブリが舞っている。

 それを喰らえば、いくらレプリの身体が強靱でも即死は免れない。


 ――勘弁しろよ!


 どこか泣き出しそうな思いで辺りを探しているのだが、そんなテッドの前にコメットの残骸があった。エンジンを全て停止し、文字通り漂っている状態だ。


 ――ん? 脱出したのか?


 数秒だけジッとその姿を見たテッド。

 コメット機の頭頂部にあるアンチコリジョンライトがSOSを発していた。


 ――万策尽きたのか


 そんなにに構っている暇はねぇとばかりに立ち去ろうとしたテッド。

 だが、ハッと気が付いて機を変針させ、コメット機の正面にやって来た。


 ――ギブアンドテイクってやつだ


 ニヤリと笑いつつテッド機は手を伸ばそうとした。

 だが、急に目の前がチカチカと光り始める。

 なんだコレは?と一瞬だけ驚いたのだが、発光信号だと気が付いた。


 ――あー! コレ! 苦手な奴だ!


 実は士官教育を受ける中で、ジョニーの最も苦手とした教科がコレだった。

 テッドはシェルの手を振って意思の疎通が難しいことをジェスチャーした。

 

 ――もっと真面目に覚えれば良かった……


 今さら後悔しても始まらないことだが、もはや手遅れだ。

 テッドは気合いを入れてコックピットのハッチを開けた。

 コメット機の真正面だ。


 万が一にもコレが罠なら、Sマイン等の接近兵器で即死だろう。

 だが、これ以外の手立てを思いつかなかった。


 ――ままよ!


 両手でコメット機を引き寄せ、コックピット同士を接近させたテッド。

 シェルの両手で左右を塞ぎ、デブリの楯にしている状態でコメット機に近づいていった。


 ――開けろよ!

 ――良いから開けろよ!


 そう願ったテッド。

 思いが通じたのかどうかは知らないが、コメット機のコックピットが開いた。

 分厚い装甲板に護られたそのシェルのコックピットは、パイロットの周囲が完全にエアバッグ状の緩衝材で埋め尽くされていた。


 ――あぁ…… こうでもしなきゃ生身にゃ無理だわ


 とんでもない高G環境での戦闘行うのだ。

 身体が振り回され、骨折などの危険がある。


 ――あ……


 膨らんでいた緩衝材がシュッと萎み、パイロットが自由になった。

 フと見れば、両手のポジションには三次元ジョイスティックが2本ずつある。

 左右独立した両脚のペダルも三次元の動きで、ヘルメットには何本ものケーブルが繋がっていた。


 ――なんだこりゃ……


 頸椎バス一本で制御出来る連邦のサイボーグ向けシェルに比べると、何とも有機的で生物的な構造のコックピットだとテッドは思った。

 ただ、問題はそこでは無く……


 ――えっ?


 コメットはテッドを指さしてコックピットを出た。

 そして、ヘルメットに刺さっていたケーブルの反対側をコックピットから引き抜いて、テッドに差し出した。

 汎用規格で作られた通信ケーブルだとテッドは直感した。


 ――おいおい、こんなバス、メットにゃねぇぞ


 このバスがあるのは、頸椎バスの脇に付いているだけだ。

 基本的に高速通信する為のモノでは無く、一般的な汎用バスだ。

 そこへ突き刺せばどうなるかはテッドだってよくわかっている。


 全く無防備な、サイボーグの身体その物への直接接続。

 完全に無防備になるだけで無く、内部構造的な部分までそっくりばれてしまう。

 場合によっては、脳とのブリッジを行うサブコンの中身まで見られてしまう。


 ――絶対処分される……


 そんな気がしていた。

 コレは間違い無く危険な行為だ。


 だが、目の前の女は、コメットマークの女はやれと言っている。

 ウィルスなりハッキングプログラムなりを押し込まれたら対処出来ない。


 一瞬だけテッドは逡巡した。

 ただ、このウルフライダーは敵だが味方だ……


 テッドは目を瞑って自らの頸椎バスにそのプラグを突き刺した。

 背骨沿いへゾクリと悪寒が走った気がした。

 身体の中へ何かが入ってくる錯覚だ。


 ――やばい!


 理屈では無く直感的な、本能的な部分で恐怖を覚えた。

 ただ、入ってきたのは『音』だった。

 もう遅いと割り切ったつもりだが、どこかホッとした。


【直接のプラグライン良く受けたわね】

【あんた、アニーって言ったっけ?】

【そう。あなた、テッドよね?】

【知ってるのか?】

【そんな話はどうでも良い! リディを助けて!】


 一瞬だけ呆気にとられ言葉を失ってしまったテッド。

 だが、次の瞬間にはヘルメットのバイザーを迷わず引き上げていた。

 目が合ったアニーは瞬間的に悲鳴を上げそうになる。

 テッドの表情はそれ位、鬼気迫るモノだった。


【おいちょっとまで! どういう事だ!】

【地上であなたと抱き合ったリディが告発されたの!】

【……なん ……だと】


 唖然とした表情に変わったテッドだが、やはり言葉は無かった。

 今さら後悔しても遅いが、それでもやはり後悔している。


【リディアはコミッサールに連れて行かれて……】

【なんだって!】

【最初は良かったんだけど……】

【まさか…… まさ…… ま……】


 アニーはコクリと頷いた。

 今にも泣きそうな顔で、何度も何度も頷いた。


【段々おかしくなり始めて、そのうちいきなり泣き出したりして……】


 テッドの目から表情が消え、顔からも表情が抜けていった。

 まるで人形のような、作り物のような顔になったテッド。

 アニーは悲壮さを漂わせ話を続けた。


【出撃に適さないってドクターストップが掛かったけど、いきなりコミッサールの連中が来て、サボタージュの疑いがあるってメディックルームから連行されて】


 テッドの口はパクパクと金魚のように動いた。

 ただ、言葉らしきモノは一切漏れ出てこず、ただただ呆然としていた。


【二週間ほどしてから…… 転属の通達が来て……】

【転属って…… 何処へ! 何処へ行ったんだ!】

【私たちには、委員会直属の親衛隊へ栄転だとしか伝えられなくて……】


 ヘルメットの中のアニーが泣き始めた。

 大粒の涙をボロボロとこぼすアニーは首を振って嫌悪感を示した。


【セトで出会ったリディは違う人格になってたの! 私を解らなかったの!】


 呆然としていたテッドの手から力が抜けた。

 だが、アニーはたたみ掛けるように言った。


【人格改造されたリディは別人なの! だから! だから!】


 完全気密のヘルメット内で溺死するぞ?と言う勢いで泣いているアニー。

 テッドは正体が抜けてしまったように呆然としていた。


【今は親衛隊のバトルドールよ! だから何とかして!】


 バトルドール。

 それは独立闘争委員会直属の親衛隊につけられた愛称。もしくは蔑称だった。

 薬物投与と苛酷な拷問により人格を破壊され、戦う事でしか自分の存在意義を見いだせなくなった者達だ。


 彼らは委員会の命令とあれば、罪無き人々でも躊躇無く殺して歩く。

 叔斉の命令が出れば、一片の疑念を挟むこと無く虐殺を実行する。

 全ての人間性を失い、純粋な闘争本能だけの存在となった者達。


【……わかった】


 テッドはゆっくりと頷いた。


【何かあったら俺に教えてくれ】

【だめよ! この戦闘だって監視されているの!】

【え?】

【だから、2度とオープン無線で呼びかけないで!】


 この時、テッドは己の悪手を知った。

 そして、咄嗟に姉キャサリンを思った。


【キャサリンはどうした?】

【キャシーは連れて行かれる直前にレイヴン様が保護したの】

【レイヴン…… ヘカトンケイルか!】

【私たちワルキューレはレイヴンさまとレオさまの直属隊なの。だからバーニーがギリギリで……】


 バーニーって誰だっけ?と考えたテッドは、ハッと気が付いた。

 それはエディの女だ。あのリンギングベル(鳴り響く鐘)を持った女だ。

 そして、このウルフライダー達のボスだ。


【ウルフライダーは全部で何人居るんだ?】

【今は11人よ。リディが抜けて11人】

【じゃぁキャサリンは……】

【キャサリンは術後の経過が思わしくないの】

【術後? 術後ってなんだよ!】


 激昂したテッドは大声で喚いていた。

 話の全体像は見えないが、地球帰還者の選別会場で別れ際にリディアを抱き締めたのが拙かったのだと気が付いた。もちろん姉キャサリンもだ。


【キャシーは…… コミッサールに連れて行かれたんだけど……】


 嫌々をするように首を振ったアニー。

 テッドは黙って話の続きを待った。


【連れて行かれた先でリディアを逃がそうとしてテーザー銃で撃たれたの】

【ほんとか?】

【で、この前の出撃のあと、またおかしくなって……】

「おかしくなってって、それ、なんだよ!】

【キャサリンは発作的に全ての人格が切り替わる時があるの。マインドドクターに寄れば……】


 テッドはそれを手で遮った。


【姉貴は…… おふくろが銃殺される所を見た時から解離性障害だ……】

【え? 今なんて言った?】

【解離性障害】

【違う違う。姉貴って、あなた】

【あぁ、俺とキャサリンは兄弟だ】


 アニーはテッドの襟をギュッと握った。

 その握った手は震えていた。


【キャサリンはトレパネーションされたの! 常に思考を見張られてるって!】

【うそだろ?】

【お願い…… 彼女達を助けて…… お願い……】


 アニーは遂に本格的に泣き出した。

 その涙には隠しきれない悔しさが滲んだ。

 仲間を連れて行かれた悔しさや悲しさが溢れている。

 

【彼女まで壊れてしまう前に……】

【わか――


 分かったと言おうとしたテッド。

 だがそこにシリウスシェルが姿を現した。


『なにやってんだいアンナ! その男から離れな!』


 そこにいたのは複数の女たちを抱えたバーニーのシェルだった。

 テッドに向かってガトリング砲を向け、バーニーはオープン無線で喚き続けた。


『連邦軍と馴れ合うな! 助けを請うな! 潔く自爆しろ!』


 バーニーの声に『バカ言ってんじゃねぇ!』と叫びそうになって、グッと踏み留まった。ここでシリウス側と口論すれば、返ってややこしい事になる。

 アニーが言うとおり、ワルキューレがヘカトンケイルの直属扱いなら、闘争委員会の連中がヘカトンケイルを叩くネタを提供しない方が良い。


【帰るんだ。姉貴を頼む。リディアは俺が命に代えて助ける】


 それだけ言って通信プラグを引き抜いたテッドはコックピットに収まった。


『おぃクソババァ! 人助けに文句言うんじゃねぇ! とっとと連れて帰れ!』


 アニーを捕まえてバーニーへと投げ渡したテッド。

 同じタイミングで廃棄コロニーの表面が大爆発を起こした。

 コロニーの筐体が半分にちぎれ、大きなパーツが落下を始めた。


「テッド! 帰るぞ!」


 エディの声が聞こえ、テッドはその場をゆっくり離れた。

 バーニーのシェルには7人か8人の女たちが抱えられていた。


 ――デブリにやられなきゃ良いな……


 そんな事を思ったテッドだが、それよりも頭の中にはリディアが渦巻いていた。

 どうすれば良いのか、皆目見当が付かない。

 

 ただ、それでもテッドは思う。

 どんな事をしてでもリディアを取り戻す……と。


「エディ…… 実はリディ『細かい話は帰ってからだ』


 ピシャッとテッドの話しを切ったエディ。


 ――あぁ、そうか……


 無線がモニターされている可能性に思い至ったテッド。

 戦争とは一筋縄では行かないモノだと、つくづく思い知らされた気分だった。

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