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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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廃棄コロニー攻防戦

~承前






「さて」


 エディの声がやる気に満ちている。

 さては何かしらやらかすな……とテッドは思っていた。


「向こうも本気になったようだが、こっちだって本気だ」


 エディの声を聞きながら、テッドはコックピットのの共通作戦状況図(COP)共通戦術状況図(CTP)を見ていた。廃棄コロニー周辺に居るシリウス軍は予想よりも遙かに少ない。


「シリウス側の反撃を防ぎ、廃棄コロニーを所定の位置へと落とす」


 エディはコロニーを落とすと言い切った。

 その言葉はどこか生臭くてひんやりとした腐臭を纏ってた。


 ――うそだろ?


 テッドは唖然として言葉を失った。

 だが、出撃前のガンルームではエディ自ら言っていたのだ。


 躊躇をする必要は無い……と。

 そして、やる時はやるのだと言う覚悟を見せる。

 つまりそれは、シリウス側がどこかで思っている――


 『まさか連邦軍だってそこまでするまい』


 ――を消し去る事だ。

 時には本気で振る舞うことで相手にこちらの要求を通りやすくする。

 ただ……


「向こうに適度に攻撃させ、廃棄コロニーをある程度壊させて、それでコースを外れて落下したと言う形にする。手抜かり無くしっかりやってくれ。良いな」


 何とも酷い戦闘手順だが、その実はよくわかっている。

 シリウス側に思い切った作戦や戦闘を躊躇させるのが目的だ。

 そしてそれはつまり、彼らが戦闘しにくくなる空気を作る。


 言い換えれば、シリウス人民と独立闘争委員会を切り離す算段だ。

 ヘカトンケイルから権力を簒奪した彼らから、今度は権力を簒奪するのだ。

 猛烈な階級闘争を行ったシリウスだが、結局は元鞘が望ましい。


 最初のボタンの掛け違い


 何度も言われていることだが、それさけ無ければシリウス派穏やかだった。

 皆がそう言う認識で一致しているのだ。それ故に、こっちも努力せねば……


「さて、面倒をとっとと終わらせ、全員でショータイムを楽しもうじゃないか」


 何とも酷い物言いのエディだが、それは案外本音じゃ無いかとテッドは思った。

 シリウス側の戦力は実際問題として脅威になるようなレベルでは無い。


 ――マジかよ……


 当の本人達のやる気だけが萎えている。

 実際はそんな状況だ。


「先遣隊がお越しになったぞ!」


 レーダーパネルを見ていたステンマルクが声を弾ませた。

 広域情報を見れば、素晴らしい速度で接近してくる敵影がある。


 ――シェル…… だな……


 テッドは直感でそう認識した。

 同時に、手がカタカタと震え始めた。


 ――ん?

 ――まただ……


 自分の腕を軽く殴ってエラーを止めようとしたテッド。

 だが、腕の震えは全く止まらない。

 僅かに表情を曇らせるも、それ以上の事をする前に戦闘が始まってしまった。


 敵機は網を広げるように編隊を大きく広げていく。

 機体を横へ滑らせ、花が開くように美しく開いていくのだ。

 その見事な編隊運動にテッドは見とれてしまった。


 ――すげぇ……


 ただ、感心してばかりはいられない。

 こちらが完全に包囲されれば、良いように叩かれる運命だ。


「全機散開!」


 エディの声が響いた。

 テッドは自機の進行方向へ最も手近まで接近しそうな敵に目星を付けた。


 ――さて、花には萎れて貰うか


 140ミリを構え、展開方向目掛けていくつか牽制射撃を入れる。

 見るとは無しに左右を確かめたテッドは、右手のヴァルターが同じ事をしているのに気が付いた。そして、左手に居たロニーも全く同じように、花が開かぬよう牽制射撃を加えていた。


 ――流石だぜ


 ニヤリと笑いつつ牽制射撃を続けるテッド。

 敵機は進路を僅かにねじ曲げ、花の開く速度がやや遅くなった。


 ――そのまま大人しくこっちへ気やがれ……


 そんな事を思いつつ、テットは速度計を含めたインパネを確かめる

 インジケーターには相対速度秒速48キロの表示があった。

 ただ、テッドはその数字を眺め大胆不敵に笑みを浮かべる。

 あの化け物の様な高機動型シェルを思えば、まるで止まっているかの如しだ。


 ――あれはリディアが……


 あのマークはリディアに違いない。

 だが、自傷行為のようなキルマークを付けるなど、性格的にあり得ない。

 怒りに狂ってなお、誰も傷つけず泣き出すような優しい女だったはずだ。


 横から手を出されて怒りに狂い、あのシェルのパイロットは執拗に攻撃した。

 追い払うのでは無く、確実に殺してやると振る舞ったのだ。

 そんなパイロットとリディアとが、テッドには同一人物だと到底思えない。


「敵は…… 10機か?」


 ヴァルターの声が無線に響いた。

 自己対話から現実に帰り、テッドは僅かに表情を変えて聞き耳を立てた。

 何かを答えようと思ったが、テッドより先にロニーが答えた。


「前衛は10っすね ちょれっす」


 相変わらずだ。

 失笑をこぼしテッドも口を開く。


「……バカ言ってんな 後ろにも居そうだぜ」


 無線の中に『ヒデェっす』と抗議の言葉を流したロニー。

 そんな言葉にも失笑したテッドだが、事態は着々と進んでいた。


「前衛をやり過ごせ。後ろに居る戦闘艦艇をまず叩く!」


 マイクは勇敢な声でそう叫んだ。

 そしてそれがただの掛け声でないことを自ら示した。


 ──スゲェ!


 テッドも驚くような加速を見せたマイク機は一気に増速していた。

 そのままシリウスシェルのど真ん中を抜けた、裏を取りに行く。

 相対速度を積み増しし、手痛い一撃を受ける時間を減らすのが目的。


 だがそれは、一歩まちがえば蛮勇に終わる動きだ。

 周囲を完全に囲まれるのだから、十字砲火で蜂の巣にされる危険があった。


 それを押しての振舞い。

 勇気と度胸を見せると同時に、自らを鼓舞するようでもある。


 ──自分を駆り立てているのか……


 撃墜される恐怖は言葉では説明出来ない。

 死を迎える怖さを上手く表現出来るとも思えない。

 ただそれは、粘り着くコールタールのように心に巣くうのだ。

 それを振り払う為の蛮勇なのかもしれない。


「マイクに続け!」


 少し離れていた位置につけていたディージョも真っ直ぐに突っ込んだ。

 それに続いて各機がシリウスシェルの包囲を突破していく。


「ターンオーバーしたらシェルを叩け!」


 エディの指示が変わった。

 状況が変わったんだとテッドは思うのだが、指示は指示だ。

 前方の艦艇をどうするんだ?と訝しがるのだが、その理由はすぐにわかった。


 ――白い!


 テッドは可能な限りの急旋回を行った。

 ターンオーバーで一気に進行ベクトルをねじ曲げ、シェルを目で追った。

 そこにいるシリウスのシェルは間違い無く純白だ。


 ――ウルフライダー!


 エンジンの推力を最大にして追いすがったテッド。

 ウルフライダーも一気に反転してきた。


「ピアノが居るぜ!」

「こっちはヴァイオリンだ!」


 ヴァルターとウッディが叫んだ。

 離れた場所のリーナーも『ここにモダンガールがいる』と声を上げた。


 ──リディアは?

 ──どこだ!


 瞬間的にテッドの意識が沸騰した。

 機をスピンさせ辺りの状況を確かめる。


 自機の周辺にいるのはコメットのようだ。

 テッドは挨拶代わりの一撃を加え、一気に決着を図った。

 とにかく倒し、捕虜にして尋問したかったのだ。


「無茶すんなよ!」


 ヴァルターの声が無線に響く。

 無茶なんかするものかと笑ったのだが、その声を向けた先はロニーだった。

 ツインソードとティアラの二機に挟まれ、ロニーが苦しんでいた。


「ちょれーっす! ちょれーっす! 余裕っす!」


 それがただの強がりなのは見ていれば嫌でもわかる。

 二機に追い迫られて逃げ切れる程、実力差があるわけではない。


 ただ、すぐにそこへ手助けに入れると言うわけではなさそうだ。

 向こうは12機、こっちも12機。

 サシでやりあうなら手助けは一機。


 だが……


「もうちょい踏ん張れ!」

「今フォローしてやる!」


 ジャンとステンマルクがフォローについた。

 2対3で数的優位に立った中隊は、徐々に押し返し始めた。


「一気に方をつけるぞ!」


 そこへアレックスも参戦し、2対3が2対4に変わった。

 こうなると、一気に戦闘は優位に立つ。

 やはり、戦いは数なのだ。


「ヨッシャ!」


 ジャンの声が弾んだ。

 直撃を貰ったツインソードは、機体の右半分を全壊状態にしていた。

 痛々しいほどの大破だが、それでもなお追いすがる様に機動戦闘を試みていた。

 ただ、スラスターを失った状態で戦闘継続できるほどシェル戦闘は甘くない。


 アレックスとステンマルクからつるべ打ちにされ、ツインソードは全ての機動力を失った。こうなると宇宙を彷徨うしか無い。


 ――もう良いだろ!

 ――もう十分だ!


 それ以上やるな!と、テッドは一瞬だけカッとなった。

 だが、よそ見をしている暇はない。

 コメットは俄然やる気をみなぎらせ襲い掛かってきた。


 アッチも手練れだとテッドは解っている。

 ならば本気でやり合うしか無い。


 複雑なRを描いて突入してくるコメットは、テッド目掛けレールガンを放った。

 その弾速は冗談か悪夢かのどちらかで、あっという間に到達してくる。

 広大な宇宙での戦闘だが、距離は有っても一足一刀の間合いだ。


 ――やるなぁ……


 心のどこかに歓んでいる部分をテッドは見つけた。

 その歓びが何を意味するのかは理解しがたい。

 ただ、そのとんでもない手練れが敵なのだ。


 ――やってやるさ……


 140ミリを構え狙いを定めるテッド。

 ほんの2秒だけの集中は、全てをかなぐり捨てて狙った必殺の一撃だ。


 ――いけっ!


 コメットの見せていた複雑な軌道を読みきり放った砲弾は、あっさりと躱されてしまった。ただ、まだかなりの距離が有るのだから、然もありなんと言う所か。

 度胸一発の接近を試み、ほぼ真っ直ぐに突っ込んでいったテッド。コメットの側も距離を詰める腹だったようで、同じように突っ込んでくる。

 双方が複雑に軌道遷移を繰り返しながら、それでも策を弄さずバカ正直なまでに突っ込んでいくと、相対速度計は秒速52キロをさした。約4秒で衝突だった。


 ――覚悟決めやがれ!


 軌道遷移をやめロケットロードになったテッドは再び狙いを定めた。

 最大望遠でズームアップした敵の姿見えた。

 脇目もふらずに突っ込んでくる敵機は、次々にガトリング砲を撃っている。

 機体各部に着弾するその弾丸は、シェルの装甲で次々と蒸発していた。


 ――――運動エネルギーが熱に変換されているのさ

 ――――敵装甲を砕く前に自らが蒸発してしまうんだ

 ――――男性限界を超え流体のようになっているからな


 マイクから砲弾蒸発のメカニズムを聞いたテッドだが、そのカラクリは理解の範疇を超えていた。ただ、相対速度が乗りすぎていると敵の装甲は砕けない。


 ――速度が邪魔ってのもなぁ……


 それだけを理解していれば十分だ。

 速度こそ最大の武器だったはずなのに、その速度が今度は敵になる。

 超高速戦闘はそこが難しいのだ。


 ガトリングの雨が終わったあと、コメットは再びレールガンを構えた。

 アレを喰らえば流石のビゲンもやられかねない。

 だが、それに怯まずテッドも140ミリを構える。


 ――戦闘は気合と度胸!


 自らをそう鼓舞し襲いかかっていったテッド。

 その時、シリウスシェルの砲口が一瞬だけ鈍く輝いた。

 テッドは考える前に機を滑らせてそこから逃れる。

 超高速のシェルから放たれ裸超高速の砲弾を超高速で素早く躱す。

 ゾーンに入っていることすら気が付かず、テッドは超高速戦闘を継続した。


 ――喰らえ!


 数発の砲弾を躱したテッドは相対距離50キロを切った所で砲を放った。

 1秒の半分にも満たない時間で砲弾は到達し、コメットの背中にあったエンジンを一撃で撃ち抜いて破壊した。

 パージ機能が自動で働いたのか、推進ユニットを失ったコメットは、スラスターを使って機のモーメントを維持したままスレ違い、補助エンジンに火を入れて逃げる方向に入った。


「テッド! 追うな! 逃がせ!」


 エディの声が響き、テッドは変針するのを止めて戦域を横切った。

 もとより殺すつもりは無い。リディアとキャサリンの戦友達だ。

 迂闊に殺してしまうと、次の出撃で仲間から見捨てられたりしかねない。


 ――さて……


 ある意味、任務は果たした。

 ツインソードとティアラは完全に撃破されていた。コメットは自分の手で戦闘能力を喪失させ、辺りを見ればこちらの勝ちという状態だ。モダンガールはリーナーと壮絶なドッグファイトを繰り広げたらしいのだが、一瞬の隙を突かれたのか完全に撃破されていた。


 ――死んで…… ないよな


 ギリギリの手加減が一番難しい。

 うっかり殺してしまったと言うのも充分にあり得る話だ。


 ――どこだ……


 スナイパーだったツインソードがここに居るんだ。

 どこかにリディアとキャサリンが居るはず。

 戦域を彷徨うように周回しつつ、テッドは目を皿のようにして探した。

 

 だが……


 ――いない?


 何処を探しても姿が無い。

 それどころか、数的優位に立った501中隊はウルフライダーを圧倒し始めた。

 複数での戦闘では絶対的に有利な状況だ。


 ――どこだよ!


 僅かにイライラし始めたテッドは、もう一度機をスピンさせ辺りを見る。

 マイクはアレックスと共にワイングラスを撃破し、その向こうに居るブルーバードはオーリスとディージョにウッディを加えたトリオから追いかけ回されている。

 フルートはいつの間にか撃破されたらしく、リンギングベルに牽引されていた。


 ――あー 見てらんねぇな……


 ふと、テッドの脳裏に最悪のイメージがわき起こる。

 どこかで誰かに撃破され、明後日の方向へすっ飛んでいくリディアの姿だ。


「ッチ!」


 気が付けば無線の中に、いらだたしげなテッドの舌打ちが零れていた。


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