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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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第二次セト攻防戦

~承前






 作戦通達から10日が経過した日。

 三グループに別れた連邦軍は、セトの周辺へと広範囲に展開していた。

 どれも強力な兵器で武装していて、セトを十分に焼き払える能力だ。


 そもそもはシリウス側の恫喝に応じコロニーを離れた連邦軍艦隊だが、実際にはセトへの攻略と言う使命を帯びている。得るべき結果は至極シンプルで単純なものだ。つまり、敵を打ち倒せ。それに尽きる。


「さて、そろそろ出てくるぞ」


 エディの声は落ち着き払っていた。

 振り返れば、ニューホライズンを目指すコロニーが見える。

 巨大なエンジンは沈黙したままだ。


 連邦軍艦隊の周辺を翔ぶエディ以下の12機は、シリウスシェルを待ち構えていた。

 任務は防空のみと通達されており、基地の近くへは接近を厳重に禁止されていた。


 コロニーはスイングバイにより大きく加速している。

 大質量なオシリスを使ったその速度は、実に秒速20キロ。

 生半可な兵器では追いつく事すら出来ない速度だ。


「連邦側の最後通牒が始まったな」


 アレックスは無線の中に連邦参謀本部の出した声明全文をスピンアウトさせた。


 毒ガス注入装置を今すぐ取り外すこと。

 シリウス軍を全て引き下げ、コロニー軌道に立ち入らないこと。

 地球帰還予定者の安全を保障し、妨害しないこと。


 回答期限は4時間以内。

 正確な計算では4時間12分後にコロニーは突入回避不能点を通過する。

 それを過ぎた場合は、ニューホライズンの地上へ落下すると通告した。


「連中はどうするかね?」

「さぁな。死なばもろともなんて事は考えそうに無いだろうし」


 マイクの声にアレックスは微妙な笑いを含ませ返答した。

 既に地上は大混乱に陥っている。

 独立闘争委員会は、コロニー廃棄セレモニーを生中継したからだ。


「地上側も一度は夢を見たはずだよな」


 ウッディの言葉はもっともだった。

 シリウス全体が勝利の報に沸き立ったのだから、その落差は大きい。

 戦争の終わりを夢見たシリウス人は、いきなり人生の終わりに立たされた。

 そしてそれは、ぬぐいきれ無い独立委員会への不信となってしまう。


「勝った!から、心の準備も無いままに生きるか死ぬかへスイッチだからな」


 せせら笑うようなディージョの物言いに、中隊各所で失笑が漏れる。

 そもそもがコロニーへ逃げた人々は風当たりが強かった。

 最初に逃げ出した奴らと後ろ指さされていたのだ。


 それを取り押さえ、強引にでもシリウスへと引き戻しかけていたのだ。


 『ざまーみろ』と。

 『良い気味だ』と。


 我慢の限界まで我慢していた民衆の多くが、その溜飲を下げかけていた。

 そして、それを成し遂げた独立闘争委員会を讚美したいたのだ。


「裏切り者は許さねぇってな」

「そんなにしがみ付きたいかね」


 オーリスやステンマルクは、地球人の視点で率直な物言いだ。

 その言葉にテッドはわずかならぬ不快感を覚える。

 ただ、言わんとしている事もわからない訳ではない。


 シリウス人の多くは、飢えと貧しさに苦しんでいた。

 ヘカトンケイルはそれからの脱却をなし得ず、地球側の顔色をうかがうばかり。

 シリウス人民の鬱憤や不平不満は限界に達していた。


 そんな状況で騒乱と蜂起を扇動した独立闘争委員会は、少なからぬ人々の支持を集めた。

 そして、ヘカトンケイルへ事実上のクーデターを決行し権力を簒奪した。

 そんな独立委員会に従わない者は次々と粛清された。文字通りの恐怖政治だ。


 それ故に、そこから勝手に逃げ出した者には冷たいのだろう。

 誰だって苦しいのに、そこからいち早く足抜け使用とした連中だ。


 多くが地球へ向け旅立っているのだから、せめて残された人間だけでも……


 コロニーの廃棄セレモニーは、そんな政治イベントショー的部分が色濃かった。

 これで彼らは逃げられなくなった……と。

 或いは、一緒に苦しめ……と。


「しかしまぁ、アレだけ煽っちまったからなぁ」


 ヴァルターも、どこか後ろめたい悪意を含ませた笑いをこぼした。


 テレビ中継の解説員は、繰り返し独立闘争委員会を褒め称えていたのだ。

 彼らの指導と優れたリーダーシップにより成し遂げられた物だと宣伝していた。

 或いは、ヘカトンケイルも出来なかった連邦軍に煮え湯を飲ませる行為だと。


「今頃は心臓発作一歩前だぜ」

「心臓なんか無くったって平気だよ。機械の身体を紹介してやれば」


 ディージョとウッディが軽口を飛ばす。

 もはやサイボーグである事に違和感が無くなってきた者達は、際どいブラックジョークにも抵抗が無い。


「くだらねぇことしてやがるからなぁ……」


 マイクはそう吐き捨てた。

 予備知識を持って聞けば、それはもうまさにプロパガンダ(政治宣伝)そのものだ。

 ヘカトンケイルを否定し、独立闘争委員会へ人心をなびかせる為のものだ。


「で、結局このざまだ」


 エディの言うとおりだ。

 その思惑は全てがいっぺんにひっくり返った。


 ニューホライズン側へ加速する事を認めなかったシリウス側は悪手を呪った。

 コロニーは公転速度を増して離れる方向でシリウスへ投棄される算段だった。


 そのコースの前方には巨大惑星オシリスがいる。

 惑星全体が鉱物資源と言い切っても過言ではない重量級の惑星だ。

 スイングバイを行なうにはもってこいなサイズだ。


「奴ら…… 気が付かなかったのかな」


 その重力でスイングバイを行ない、進路は180度捻じ曲げられた。

 僅か180秒しかないエンジンの燃焼時間は擬装するには最適だったのだ。

 エンジンの推力と燃料を見れば、長時間の運転は不可能なのが分かる。


 この巨大さだ。走り始めたなら、もはや誰も止められない。

 最終手段は破壊することだけだが、なりふり構わぬコロニー周辺戦闘の後だ。

 その破壊を行なう程の余力をシリウス軍も持ち合わせてはいなかった。


「止める事は出来ないから、軌道をそらすしかねぇってか」


 小馬鹿にするような物言いでマイクは言った。

 シリウス側は必死の軌道計算をしたはずだ。

 結果、複数艦艇によるコロニー軌道への干渉しかないと結論付けた。

 砲撃による破壊は破片の落下を招く。


「出来ればあの委員会の連中に砲撃を決断させたかったな」


 アレックスは揉み手をするように悔しがっている。

 ただ、賽はもう投げられた。神はダイスなど振らないのだ。

 ダイスを振るのは人間のみで、博打の様にその目を読む。


 今求められているのはふたつ。

 コロニー軌道を曲げさせないこと。

 そして、突入を邪魔させないこと。


「来たな」

「あぁ」


 テッドもヴァルターも戦域情報に目を凝らしていた。

 セトを出撃したシリウス艦艇は脇目も降らずまっすぐにコロニーを目指した。


「全員解っていると思うが、我々の任務は嫌がらせだ」


 エディの発破に微妙な笑いがこぼれた。

 実際にそんな余裕はないはずだ。

 ただ、やり方としてはそれが正しい。


「連中がコロニーへ張り付くのを防ぐだけだ。空っぽになったセトは戦列艦が砲撃する。生き残ったコロニー周辺の艦艇は連邦艦隊が抑えている。つまり、後腐れなくやって良いと言うことだ」


 アレが落ちればニューホライズンの開発は事実上終了だ。

 間違いなく核の冬以上の影響が発生し、地上は大変な事になる。

 人類の生存に適さない死の惑星と化し、貴重な貴重な生命体系は失われる。


「……気が乗らねぇなぁ」


 どこかふて腐ったような言葉をテッドは吐いた。

 それは、シリウス人として否定できない本音だ。


 事と次第によっては、自分の手で自分の生まれ育った星を破壊しかねない。

 しかも、本来であればそれを止めるべき男が積極的になっている。


 ――エディは……


 疑心暗鬼の嫌な虫は、テッドの心にシレッと顔を出す。

 エディは本気でニューホライズンを焼き払おうとしているんじゃないか。

 いっそ奇麗さっぱり無くしてしまおうと。ここで幕引きしてしまおうと。

 どうにもなら無いなら、最初からやり直そうとしているんじゃないか?と。


 ――どうするつもりなんだ?


 テッドの脳内には、一瞬の間に莫大な量の思考が走り抜けて行った。

 先にスナイパー役で待ち構えていたサミー相手に啖呵を切ったエディだ。

 本気でニューホライズンを焼き払いかねないとテッドは思った。


 一人のシリウス人としてみたエディと、連邦軍士官としてみたエディは違う。

 一定の方向からのみ物事を見てしまうと錯覚に気が付かないものだ。

 ただ、複数の視点から見る時は、余程注意しないとその本質を見誤る。


 そしてここでは、その誤見が油断と言う結果を引き起こしていた。


「テッド! そっちへ行ったぞ!」


 マイクの金切り声が響く。気を抜いたのは一瞬だけの筈だった。

 だが、その一瞬でシェルは何十キロと虚空を飛翔しているのだった。


 ――ミサイル!


 テッドの身体は無意識にコックピットの仮想スイッチを操作した。

 兵装セレクターは切り替わり、射撃モードは近接迎撃に変更された。


 ――間に合え!


 チェーンガンの発火電源が入り、30ミリの砲弾をバラバラと吐き出した。

 ガトリング砲に匹敵するその猛烈な発射サイクルは、超高速でやってくるミサイルに有効な防御弾幕となりうる。優秀な動体予測機能が威力を発揮し、複数のミサイルは一気に迎撃された。


「気を抜いているとか余裕だなテッド!」


 誰かの叱責が飛ぶ前にヴァルターがジョークを飛ばした。

 その気の使い方にハッとしたテッドは、コックピットの中で笑った。


「わりぃわりぃ、違うところ見てたわ」

「油断すんなよ!」

「おうよ!」


 乾いた笑いで答えたヴァルター。

 ただその声はわずかに震えていた。

 シリウス人なら誰だって歓迎しかねる作戦だ。


「まだ気を抜いて良い時間じゃないぞ」


 エディの声は至って平穏だ。

 その声を不思議に思うテッドだが、状況は着々と進んでいる。


「そろそろ腹減ったなぁって」


 精一杯のごまかしで乾いた笑いをこぼした。

 そんなテッドの内心はみな共有していると言って良い。

 出来るモノならコロニーは落としたくない。


 その思惑を見透かされればシリウスになめられる。

 だが、本気でやれば阻止出来るがコロニーは落ちることになる。


 ――さじ加減が……


 無くなったはずの胃が激しい痛みを訴えてきた。

 そのファントムペインですらもサイボーグには嬉しい事ではあるのだが。


「さて、第一波のミサイルは良いが、次は……


 シェルが来る。シリウスのあの戦闘機も来る。

 もちろん、高機動型なあのデカ物が姿を現すかもしれない。

 火力と機動力で戦線を撹乱するアイツだ。

 グッと奥歯を噛んで覚悟を決めた。


 ただ、途切れたままのエディの声は一向に続きが漏れてこない。

 なぜだ?と辺りを見回した時、戦列艦が一斉に発砲した。

 眩いばかりの光の柱が延びていき、セトの基地周辺に着弾している。


「有質量弾だぜ!」


 アレックスが叫んだ。

 大型戦列艦の主砲は荷電粒子砲では無くレールガンを選択していた。


「ありゃりゃ…… 参謀本部はセトを削りきる腹だ」


 猛烈な砲撃を眺めているマイクは、残念そうにそうぼやいた。

 超高速でやって来る大質量砲弾の物理的破壊力は次元が違う。

 セトの表面を続々と削っていく着弾に全員が息を呑んだ。


「すげぇ……」

「アレ見ちまうと荷電粒子砲が可愛く見えらぁ」


 ヴァルターもディージョも唖然としつつ言葉を漏らす。

 純粋な物理的打撃力は衝撃波となって惑星全体を揺らす。

 ただただ単純に、力一杯殴ると言う純粋な破壊力の嵐が叩き付けられた。


 ――どうするんだ?


 シリウス軍側はその強烈な砲撃に右往左往するばかりだ。

 有効な防御兵器は無く、また、迎撃も不可能だ。

 着弾を防ぐには、何かを楯にするしか無い。

 そして宇宙にはシリウス軍の艦艇が多少いるだけだが……


「……ウソだろ?」

「あっ! バカ! やめ……


 アレックスもマイクも叫んでいた。

 中隊全員も言葉にならない声で叫んだ。

 シリウスの大型艦艇はその船体を使い、戦列艦の砲弾を防ぐべく回頭した。

 その側面に直撃した大質量砲弾は一撃で船体を叩き折り、破壊した。


「スレッジハンマーとは言うが……」


 それっきり言葉を失ったステンマルクは、静かに胸の前で十字を切った。

 例えそれが敵であれ、身を挺し砲撃を遮る行為には敬意を表すべきだ。


「すげぇ……」

「戦闘艦の無駄遣いだ」


 ロニーとウッディの言葉が漏れた。

 強烈な一撃となる有質量弾砲撃は、宇宙空間ではあまり行なわないものだ。

 舞い飛んだ破片などが永遠にデブリとなって彷徨う可能性は高い。

 重力の弱いセトへ落下するのも時間がかかり、セトは事実上封鎖される形だ。


 どうしてもそれを防ぎたかったのだろう。

 ある意味でセトの建造施設はシリウスにとって最後の砦だ。

 勇気ある行動も、或いは無益な蛮勇とも取れる。


 ただそれは、純粋なまでの誠意なのかも知れない。

 命を差し出してでも護りたいと言う、武人の本懐……


「大したもんだな」


 エディの言葉は何処までも率直で素直だった。

 戦闘艦艇は次々と撃破され、セトの周辺に浮かぶシリウス艦艇はほぼ全滅した。

 ごく僅かな艦艇が散発的に反撃を試みる中、連邦軍の戦列艦は砲撃を続行する。

 セトの地上から平面的な部分がなくなり、シリウスの施設から明かりが消えた。


「今さら降伏勧告出してるな」

「もう無理だろ。通信手段が無い」


 悲痛な言葉を漏らしたウッディとジャン。

 原形を留めぬレベルまで焼き払われたセト基地は、事実上失われた状態だ。

 深い溜息をこぼしたオーリスが呟く。


「さて、シリウスはどうするかね」


 僅かに間が空いてジャンもぼやいた。


「……腹いせにコロニーへガスを注入するかもな」


 最悪の展開を予想した面々は、レーダー情報を注視していた。

 着々とニューホライズンへ接近しているコロニーは、あと2時間で阻止限界点を踏み越えてしまうらしい。


「嫌なチキンレースだな」


 テッドの呟きが無線に流れ、静かになった。

 セトの地上施設も完全に沈黙していた。

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