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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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ダウンフォール作戦


「……やってらんねぇな」


 いきなりそう吐き捨てたテッドはボリボリと頭を掻いた。

 その頭を掻いている腕は、おろし立てのまっさらな新品ボディだ。


 普通ならウキウキもするもんだろう。

 だが、そんな気は一瞬にして失せ去るほどの衝撃だ。


「また負け戦か」

「しかも戦術戦略の両方で敗北だ」


 ジャンのボヤキにアレックスが冷静な言葉を返す。

 沈痛な空気が漂い、ガンルームの中は冷え冷えとした空気になる。


「まぁ…… 挽回するには骨が折れるだろうな」


 エディですらもウンザリ気味の言葉を吐いた。そしてそれっきり言葉が消えた。

 明かりはちゃんと灯っていれども、室内は暗く沈んだ空気だった。


「まぁ、ドッドを除く全員がここに居る。ドッドも目鼻が付いた」


 あの重傷だったドッドは付き明けに戦列復帰するらしい。

 完全に死んだと思ったダメージだが、サイボーグとは本当に強靱だ。


 ただ、実際の話としてテッドもそれを痛感している。


 もし生身であれば、30ミリに撃ち抜かれた時点で即死だったはずだ。

 仮に即死しなかったとしても、その前に直接宇宙を見た時点で終わっている。


 死ななかったというのはテッドにとって大きな財産になった。

 言い換えれば、大きな自信になったと言うことだ。


「ただなぁ……」


 肩をすぼめたマイクがぼやく。

 実は、つい数日前までコロニー周辺でも壮絶な戦闘が行われていた。

 VFA501がセトで死闘を繰り広げた相手は、シリウス軍の囮だった。

 つまり、連邦軍をニューホライズンから引き剥がす為の工作だ。


 そんな作戦にまんまと一杯食わされた事になる。

 先の作戦でエディが不機嫌だった一番の理由。

 それはつまり……


「今回も裏を掻かれたってのが気にいらねぇよな」


 小さく溜息を吐いたジャン。

 同じ気持ちは全員が共有している。


 エディは危惧していたのだ。

 シリウス軍の出撃行動が囮である可能性に。


 ただ、連邦軍参謀本部は囮であっても全力で叩くべきと判断していた。

 そして、あろう事かニューホライズン周回艦隊を全部差し向けた。

 ランチェスターの法則にあるとおり、圧倒的戦力での勝ちを狙ったのだった。









 ――――――――2248年 10月 29日 シリウス標準時間午前8時

          ニューホライズン周回軌道上 強襲降下揚陸艦ワスプ艦内











「しかしまぁ……」

「あいつら優秀だよ。こっちより一枚上手だ」


 アレックスの溜息にステンマルクがぼやく。

 民主主義体制国家と違い、独裁的な専制国家は選挙を気にする必要が無い。


 期限を切らず、到達目標を設定し、それを達成する為に全てが全力で動く。

 選挙結果を鑑み、確実な結果を出そうとする民主主義国家には出来ない事だ。


 民衆による採点で赤点となれば議員は議席を失い、政権与党は交代する。

 議員と言う特権階級にある者は、選挙のために有利なネタを求める。

 戦略的目的を達さずとも戦術的勝利を喧伝し、選挙戦に突入せねばならない。


「あいつらに足元見られたんだな」


 選挙が近い時期だ。

 オーリスは幾重にも重ねられた罠に気が付いた。


 より好戦的な政党が与党となるか、それとも厭戦的な野党が与党となるか。

 この匙加減は民衆の理解力と想像力に委ねられる事になった。


 選挙が近くなれば与党は選挙を睨んで確実な勝利を求める。

 劣勢と有れば、選挙を盛り上げる勝利の報が欲しくなるのだ。


「あれだけエサをちらつかされりゃなぁ」

「クジラだって釣れるぜ」


 オーリスのボヤキに対し、ステンマルクがおどけた言葉を返した返した。

 確実な勝利を求められた参謀本部は、政治形の都合に振り回されていた。

 負ければ更迭されるのだから、一か八かの勝負に出るしかない。


 結果、連邦軍はニューホライズンの上空に隙間を生み出してしまった。

 シリウスの攻略軍団は何の苦労もなく出撃し、コロニーは見事に破壊された。

 そのミスに気がつきセトから戦力を引き剥がした結果、セト攻略も失敗した。


 囮艦隊にダメージを与え、セトの建造センター座標を特定したのが唯一の戦果と言って良い状況だ。


「まぁ、セトはともかくコロニーはどうするんだろうな」


 悲痛な言葉を漏らすマイク。

 シリウス軍によるコロニーへの猛攻は過去に例を見ないモノだった。

 連邦軍による地上への嫌がらせを含めた攻勢に業を煮やしたのだろう。


「残り5基だからな……」


 アレックスはデータシートを見ながらぼやいた。


 再起不能のダメージを受け周回軌道を維持出来なくなっていたコロニーは完全に軌道を外れてしまった。それに近いダメージを受けていた2基は懸命の修理を続けていたのだが、今回の戦闘で同じく完全に破壊され切り、連邦政府は正式に放棄を決定した。

 このままではシリウスへの降下が避けられないが、逆に言えば無理に押し留める理由も無い。むしろ、船として使える5基へ衝突するなどの被害が発生する前に、軌道を外してやったほうが都合が良い。


「あの5基にはまだまだ生活している市民がいる。その運命は我々が握っている」


 グッと力を入れてそう切り出したエディは、壁にかけられた地図を見た。

 残されたコロニーの中には地球派と呼ばれる市民が軽く3億人存在していた。

 生存限界の5千万人を20%ほどオーバーした状態でだ。


「シリウス側は連邦政府に生存限界からはみ出た分の人間をニューホライズンに送還し、ここから旅立たないと言う確約があれば、コロニーをこれ以上破壊しないと通告してきた。ただしそれは、コロニーに外壁に穴を開け、毒ガス注入の準備を終えての通告だ。つまり……」


 エディは深い深い溜息をはいた。

 身長2メートル近い立派な体躯が萎むような姿だ。


「コロニー船を巡る戦闘は一段落したといって良いだろう。我々が直接的に取れる手は少ない。困った事にな」


 拒否は出来ない事実上の最後通牒。

 連邦軍の最高責任者であるロイエンタール伯はシリウスの脅迫に発作を起こし、残念な事に休養すると発表された。参謀本部は新体制の発足を持って対応を検討すると返答し、シリウス側は不承不承にそれを了承した。

 地球側の責任の所在が不明瞭では、確実な対話の遂行が難しいからだ。


「だが、まだ負けたわけじゃ無い」


 エディの言葉には隠しきれない『負け戦』の悔しさが滲んだ。

 連邦軍の最大拠点は事実上陥落し、ここからはシリウス側の戦果拡大戦闘だ。

 つまり、シリウス側の将軍なり提督なりの手柄争いになる。

 連邦軍に対し少しでも損害を与え、自分の功績を積み増しするのだ。


 誰だって思う。

 そんな戦闘がまともな筈が無いし、多少の犠牲には目を瞑るだろう。

 むしろ、その払った人的・物的犠牲に見合うだけの成果を必要とする。


「欲で戦争するって訳か」


 ウッディはそう分析した。

 ただ、それにアレックスが突っ込む。


「戦争とはそもそも欲でするものだ。その欲の皮を誤魔化す為に大義がいるのさ」


 そんな言葉に全員が呆れた笑い声を上げる。

 間違いなく言えることだから始末に悪いし、全員それを理解している。

 戦争の真実などいつの時代だって至極シンプルで簡単なロジックでしかない。


「ブローバック計画はまだアクティブだ。ただ、今までの様に勝ち続ける事は不可能だろう。ただ、負けるにしたって納得する形にしておかねばならない。つまり、我々はもう少し意地を張る必要がある」


 エディの口からそれが出たと言う事は、次の作戦の発動を意味した。

 何かアクションを起こし、その結果としての負けならば甘んじるより他無い。

 つまり、座して負ける訳にはいかないのだ。


「参謀本部の作戦部から内々に相談があった。目標は……」


 エディはスクリーンの表示を変えた。

 そこには実に恐ろしいプランが示されていた。


 人類の生み出した戦闘兵器史上、最大最強の威力を生み出すものだ。

 予定通りの威力を発揮すれば、ターンチェンジ(場面転換)を一発で行なえる。


 ただそれは、テッドたちシリウス人には絶対に受け入れられない行為だった。


「この作戦の本願、つまり本当の目的は、シリウスサイドから自主的に毒ガス兵器を引き上げさせること。その為には手段を選んでいられないと言うことだ。人道上からも実行を躊躇われることだが、これ位の恫喝をしなければ事態は動かない」


 思いつめた様にスクリーンを凝視するテッド。

 その隣に座るヴァルターもウッディも、ディージョでさえも凍りついた。


 この手を使えばニューホライズンの地上は全て滅びる。

 コロニーに毒ガスを注入したなら、同じ思いをする事になる……


「……承服できかねます」


 ウッディは最初に抗議の声を上げた。スクリーンに表示されていたのは、軌道を外れたコロニーを弾頭にする手順だ。シリウスではなくニューホライズンの地上へとコロニーを落下させる。

 4基のコロニー全てを地上へ落下させれば、その威力によりニューホライズンの地上全地域は確実に『核の冬』と同じ状態へと陥る事になる。食糧供給ですら滞り餓死者が出ることだろう。そして、戦争遂行の責任者たちですらも生命維持に支障が生じるのは間違いない。


「そうだろうな」


 エディは僅かに首肯した。


「では、一つ聞くが…… それに変わる手段はどうすれば良いと思う?」


 詰問する調子ではないが、エディはウッディに答えの無い問いを出した。

 間違いなく正解は無い。何をしたって現状では人質を握られている。


「コロニーに設置された毒ガス注入装置を無力化し、シリウス側から手を引かせ、コロニーへこれ以上手を出させない為の手段だ。現状でも連続艦砲射撃が行われていて、これ以上進めばいずれにせよ核の冬はやってくる。艦砲射撃をせずともシリウス側に煮え湯を飲ませることの出来る手段を提案してみたまえ」


 エディの言葉には溜息が混じった。

 誰よりもエディが嘆いているとテッドは思った。


 テッド以外は与り知らぬことだが、エディは本来シリウスの王なのだ。

 皇帝と言っても良いのかも知れないほどの存在だ。


 その男が、シリウス滅亡の引き金を引くかも知れない立場にいる……


「その前にコロニーが危なくねぇっすか?」


 ロニーはスパッと疑問を口にした。

 コロニーの生殺与奪はすべてシリウスに握られている。

 そんな状態での無茶な作戦は偶発的・発作的な悲劇を引き起こしかねない。


 ただ、それに対し解説を加えたのはアレックスだった。

 情報戦略将校としての未来が待っているアレックスは、そっち方面にも明るい。


「いや、解釈にも寄るが逆説的にコロニーは安全と言うことだ」

「え? でも、毒ガスが」

「連中がその気なら、既に殺虫剤をブシューッとやってるさ」


 その説明にロニーは『あっ』と短く呟いた。


 言われてみればその通りだ。

 シリウスサイドにしてみれば、本音では殺したくないのだろう。


 裏切り者には死あるのみと、厳しい態度を示す事も出来る。

 だが、手段の先鋭化も程度を過ぎれば諸刃の剣だ。


 ニューホライズンにおける独立闘争委員会への忠誠心が薄れれば、ヘカトンケイルによる強硬措置は免れない。シリウスを牛耳っている闘争委員会を粛清できる大義名分があれば、ヘカトンケイルに寝首を掻かれかねないのだ。


「シリウスサイドにすれば、殺したくないエンジニアがいるんだろう。そして、おそらくそれ以上にシリウスの内部を知りすぎているものがいる。出来るものなら殺さずにその身柄を押さえたい人間がな」


 アレックスの言葉に続きマイクが口を開いた。


「そもそも人質ってのは、抱えた時点で負けなのさ。オマケに連中にゃコロニーを運ぶ事も出来ねぇ。そこに戦力を貼り付けなきゃならねぇし、殺しちまったら報復の大義名分が出来る。生かしとかなきゃならねぇ上に面倒も見なきゃならねぇ」


 策としては愚策の部類となる。

 シリウスは何故そんな事をしたのだろうか?とテッドですらも思う。

 ただ、幸いにして時間は残っているのだから有効に使わねばならない。


 なんとなく得心したようなシリウス生まれ達を見ていたエディは、再びスクリーンの表示を変えて作戦手順の説明に入った。


「求める戦略的勝利は一つだ。つまり、毒ガス装置を無力化させる」


 その一言をはき、エディは全員の顔を見た。

 些かもぶれてない勝利を求めるスタンスに、皆が僅かな安堵を見せた。


「その為に、先ずコロニーを運ばねばならない。コロニーは最初からニューホライズン突入軌道に乗せる。そしてシリウスの地上へ直接宣伝する。独立闘争委員会の無法に抗議し報復するとな」


 地上が大騒ぎになるのは目に見えている。

 スクリーンにはダウンフォール作戦の文字があった。


「我々はその支援連動作戦に従事する。ウルフパック作戦と名付けられたが、要するに、コロニー攻撃に向かうセトからのシリウス艦隊を待ちうけ撃滅させる」


 スクリーンの表示が続々と切り替わり、作戦の進行手順が示される。

 ふと、テッドはこれもエディの教育だと思った。


「セトに艦隊を封じ込め、コロニー墜落でシリウスの作戦本部を脅し、しかる後に毒ガス注入装置を外させて改造計画を更に推進める。繰り返すが、ブローバック計画はまだアクティブだ。残存戦力で敵にダメージを与え、その間に脱出を図り、あわせて新戦力を地球から送り込む。その流れには些かも変更が無い。既に地球からは後続戦力が旅立っているからな」


 ニヤリと笑ったエディは最後に彼我戦力比較図を表示した。

 圧倒的な数を誇ってきたシリウス側に明確な疲れが出ている。

 数字はそれを雄弁に物語っていた。


「先のコロニー戦闘でシリウス側もシェルを大きく疲弊させている。地球から来た戦闘爆撃団が良い働きをしているらしい。シリウス側シェルの総戦力は500機足らずと予測されている。こっちも苦しいが向こうも苦しい。我慢のしどころで意地の張り合いと言うことだ」


 最大で3000機を数えたシリウスのシェル戦力だが、犠牲を省みない激しい戦闘の結果、満足に戦闘できるシェルは大幅に減耗したらしい。新人もヴェテランも大量に戦死している。ただ、ここで手を休めては意味が無い。


「勝つなら勝ちきらねばな。味方のためにも、市民の為にも。そして死んだ敵のためにもな」


 微妙な物言いで微妙な表情を浮かべたエディ。

 死んだ敵のためと言う言葉にテッドは首をかしげた。

 ただ、しばらく考えてふと思い浮かんだ事がある。


 自分が死んだ後で勝ちを得て、生き残った奴が喜ぶのは気に喰わない。

 ぶっちゃけてしまえば、そんな所だろうか。


「本日正午を持って出撃する。それまでは無線封鎖の上で待機だ」


 再び室内をグルリと見たエディはニヤリと笑った。


「負けたわけじゃ無い。勝ちの途中だ。最後に勝てば良いんだ。そうだろ?」


 自身たっぷりに言い切るその姿に、テッドは胸が熱くなった。

 そして、リディアとの再会に思いを馳せた……


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