やる気と後悔と不安のたねと
~承前
――――ジョン……
――――ジョン……
――――ジョン……
――――起きろ ジョン
──パパ……
――――いつまで寝ているんだ
――ぼく…… やられちゃった
――――そうか なら立て 立ち上がれ
――え? だけど……
――――シェリフはアウトローに負けるな
――もう死んだんだよ 僕……
――――そうか なら 生き返れ
――まだ死んじゃダメなの?
――――ジョン…… お前は…… シェリフだ
――おとうさん……
――――さぁ立て 立ち上がってアウトローに立ち向かえ
――だけど俺は!
――――お前はピースメーカーだ
――ピースメーカー!
――――さぁ起きろ 立て アウトローから市民を護れ
――でも俺にはシェリフバッヂが無いんだ
――――シェリフのバッヂは心にある 法と正義を執行しろ
――心に……
――――男の勲は心につけるんだ 信じた路を裏切るな
――シェリフ!
テッドは意識を取り戻した。
ただそこは、何も無い『無』だった。
光りも闇も無かった。
上下左右も無かった。
自分の意識だけの世界。
――ここはどこだ?
身体を感じる事はなく、ただ、自分の意識だけがそこにある
テッドはそこに『死』を感じた。
自分自身のみを認識する世界だ。
――俺は死んだのか?
思考が上手くまとまらない。
ただ、なんとなく起きた事覚えている。
シリウスシェルに荷電粒子を撃たれた。
機体の前半分が蒸発した。
自分がむき出しの状態になった。
――即死したほうが楽だったな……
そんな悪態の一つも吐きたくなる。
シリウスシェルにガトリング砲を撃たれた。
身体中がボロボロになるまで撃たれた。
ただ、頭は掠っただけだ。
即死を免れたテッドが見たものは……
――リディア……
シリウスシェルの側面にはパイドパイパーのマークがあった。
そして、ブラックウィドウのマークも。
あのシェルのパイロットはリディアだった……
確証は無い。
ただ、可能性は非常に高い。
テッドの中では間違いなくリディアだと思っていた。
――俺に気が付かなかった……
それに気がつきテッドはショックを受ける。
ただ、100キロの彼方から迫りつつ攻撃を加えたのだ。
――見えるわけ無いよな……
後になって。
連邦のシェルを撃破したと思っていたリディアがテッドに気が付いていたら。
もしかしたらそれを重荷に感じるかも知れない。後悔するかも知れない。
――気が付いてなきゃ良いな
そんな事を思ったテッドは、自分で自分に吹きだしていた。
どうせもう死んでるんだ……と自嘲した。
そして、急激に寂しさと悔しさと不安感が沸き起こった。
ただ、不思議と悔しさは無い。
リディアに撃たれて死んだ。
その事実にテッドは喜びを感じた。
――俺より強いな……
彼女は強い女になっていた。
シリウス軍の中でも指折りの強い女……
――――お前の!
――――お前の件でリディがどれ程苦しんでいるのか!
テッドの脳裏にサミーの言葉がリフレインしてきた。
――――お前の存在でリディがどんな目に遭っているのか
――――お前は知らないだろ!
……え?
――そうだ!
――リディア……
ふとテッドは思い出した。
あの時、リディアはまるでトロフィーのようにパーツを集めていた。
そのパーツを腕に突き刺していた。
まるで自殺願望にとりつかれたリストカッターのように。
どう見たってまともな人間のすることじゃない。
──どうしたのだろう?
リディアの精神がどうかしてしまったのだろうか?
押し寄せる不安はテッドの精神を蝕む。
ただ、現状ではもうどうしようもない。
そもそも身動きが取れない。
身体がバラバラになるような衝撃を受け、頭だけが宇宙へと放りだされた。
マイクと同じだ。
300の表示が着々と減って行った。
ECMの渦の中で着々と死んでいった。
近接無線程度の出力ではどうしようもない状況で。
宇宙は奇麗だった。
星々の大海を彷徨った。
死ぬんだ……と。
テッドは全てを諦めた筈だった。
――リディア
――リディア
――リディア
心の底から『逢いたい!』と願った。
全ては手遅れだと分かっているのに。
心の中で深い溜息を吐いたとき、突然激しい耳なりを感じた。
高音と低音が同時に襲いかかって来た。
例えるなら、目の前でエンジンが暴走しているかのような。
激しい音と振動で身体がビリビリと震えるような。
そんな状態だ。
――やめてくれ!
音の拷問状態でパニックを起こしたテッド。
その轟音はスッと収まり、脳内にエディの声が流れた。
テッドはソレを妙に懐かしいと感じた。
『テッド。俺の声が聞こえるか?』
その言葉に、一瞬テッドは凍りついた。
何かを言おうとしたのだが、言葉がなかった。
余りの感情的昂ぶりに感情の全てが麻痺していた。
『エディ……』
テッドが何とか絞り出した一言。
それは、他に言葉が全く浮かばなかったからだ。
『俺は生きてるんですか? 死んだんですか?』
テッドは不安の言葉を口にした。
一瞬、エディの空気が変わった。
『自分の状況が飲み込めるか?』
『……いや、わかりません』
『ちょっと待て』
眩い光が襲ってきた。
何も無い世界が光りを取り戻した。
『……あっ!』
そこはワスプの艦内だった。
そして、幾つものチューブが突き刺さった球体を見ていた。
不意に視界が分かり、部屋の隅の鏡を見た。
そこにはエディが映っていた。
『俺の見ている視界だ』
『じゃぁ、この球体は!』
『右からお前とマイクとウッディだ』
『すっ! ステンマルクとオーリスは!』
『今、フィッティングルームでスペアのボディに入っている』
『スペア?』
『そうだ。サイボーグ向けの汎用ボディだ』
そんな物があるのかとテッドは驚いた。
ただ、汎用ボディに入ったあとで、もう一度自分の身体を作り直すのだろう。
そうでなければ契約に反するからだ。
『連邦軍との契約では専用ボディを連邦軍の責任で作るとあるからな』
『そうですね』
『まぁ、順番だ。もう少し待て』
『はい……』
テッドは聞きたい事が山ほどあった。
あの後、どうなったのか?
リディアのシェルはどうなったのか?
作戦の結末はどうなったのか?
知りたい事だらけだ。
『細かい話しは後だ。ただ、作戦はそれなりに成功した。勝ちとは言いがたいが』
どこか自嘲気味なエディの言葉にテッドは引っ掛かりを感じた。
ただ、それ以上突っ込むタイミングがなかった。
エディは唐突に視界を遮り、次の瞬間には広大な草原の真ん中に立っていた。
無意識にテッドは自分の手を見た。サイボーグの作り物の手ではなかった。
「ここは……」
「仮想空間の中だ」
「仮想空間?」
「あぁ。まだ実験段階だが、サイボーグ向けの娯楽だな」
そこに立っていたエディもまた、サイボーグ特有の作り物感が無かった。
まるで生身の人間が立っているかのような、そんな状態だ。
「息抜きや休暇と言ったものをコンピューター上で行う為の実験さ」
「これ…… 全部作り物なんですか?」
テッドは足元の草を掴んで引きちぎった。
ブツリと鈍い感触が伝わり、遠い日のニューホライズンを思い出す。
空は透き通るように青く、土と草の香りが混じった風は爽やかだ。
「いずれはこれで戦闘訓練や新兵器教育が行なわれるだろう」
「……そうですか」
「それにな、男の生理的本能の欲求不満も解消できるかも知れんぞ?」
どこかゲスっぽい笑いをしたエディ。
生理的欲求不満と言う表現にテッドは苦笑いする。
「抱きしめたい女は一人です」
「……だろうな」
「リディアは……」
「無事に脱出したよ」
「え?」
「彼女は戦闘空域を無事脱出した。彼女にいい様にやられたな」
テッドは悔しさよりも安堵が先にたった。
ただ、そんなテッドをエディは小突いた。
「毎回負けるわけにも行かないぞ?」
「リディアは俺を見て分からなかった筈です」
「だろうな。まぁ、一目で分かるようにしておいたほうが良いかもしれん」
連邦軍のシェルは基本的にすべて同じデザインだ。
識別マークや部隊章や機体ナンバーと言ったものは一切書き込まれていない。
サイボーグならば機体の上にパイロットがハイライト表示される。
注意を向ければ詳細データが視界の中に半透明のでフローティング表示される。
「まだまだ発展途上の技術なんですね」
「そう言うことだな」
不意にエディが歩き出し、テッドはその隣を歩いた。
緩やかな丘を越えていくと、池のほとりに山荘があった。
そのデッキではマイクとウッディが椅子に腰掛、語らっていた。
「なんだ、小僧もやられたか」
「死なずに済んだのは強運だね」
マイクもウッディもどこかご機嫌だ。
その姿にテッドはホッとした表情になる。
「あぁ…… 死ぬかと思ったけどな」
そんなテッドの背中をエディがポンと叩く。
「復旧までに24時間は掛かるだろう。まぁ、山荘でゆっくりしてろ」
「了解です」
まだまだ話したい事は山ほどあったが、エディの姿がふっと消えてなくなった。
フゥと小さく息を吐いて、ウッディの隣の椅子へと腰をおろした。
池の向こうには沈み往く太陽が見えた。
「今回は酷い戦闘だったな」
「あぁ。マイクはダメかと思ってた」
戦闘を振り返ったマイクの言葉に、テッドは正直な感想を返した。
その言葉に一瞬だけマイクは黙るが、すぐにニヤリと笑った。
「まだ死ぬわけにはいかないからな」
「まだ?」
「あぁ。俺にも色々都合がある」
マイクはサラッとそう言って遠くを見た。
余りにリアルな世界がそこにあった。
――リディア……
内心でそう呟いたテッドは、もう一度手を見た。
作り物には見えない手があった。
――抱きしめたい……
そんな願いを抱えて身悶えつつ、テッドも遠くを見た。
美しい夕焼けが始まっていた。
「連邦は押されてるな」
マイクはどこか辛そうな言葉を吐いた。現実は非情だ。
どうにかしたいが、どうにもならないというのが本音だ。
「順次後退して、縮小均衡点を探るしか無いですね」
ウッディは言うものように冷静な言葉を吐いた。
その落ち着き払った姿は、テッドも真似たいと思う程だ。
「頑張るしかねぇな」
それが中身を伴わない言葉なのは分かっていた。
ただ、テッドはそう自分に言い聞かせた。
彼女を。
リディアをこの手で抱き締めるまで。
それまで死ぬわけには行かないのだから。




