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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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最悪の遭遇

~承前






 真っ赤な点がシリウスシェルへ吸い込まれていった。

 大小の破片をバラ撒き、装甲の一部を粉砕したようだ。


 ――やった!


 グッと手を握りしめたテッド。

 今までで最高のヒットだと思った。

 速度差は如何ともしがたいが、倒せない敵ではない。


 だが、シリウスシェルの速度は落ちなかった。

 多少落ちたようにも見えるが、それよりも更なる闘志を燃やしているようだ。


 ――これ位じゃ平気ってことか?


 小さく舌打ちして更に140ミリを撃ち込みはじめたテッド。

 次々と直撃弾を受けるシリウスシェルは、各所に歪みや凹みを生じていた。


「装甲もスゲェ!」


 最近はすっかりなりを潜めていた荒い言葉が漏れる。

 ただ、それとは別の次元で意識が沸騰し、砲を打ち続けていた。

 5発10発と直撃を受けているが、シリウスシェルはビクともしない。


 ――本当に化け物だ!


 そんなシリウスシェルが両腕を広げた。

 まるで抱きつこうとするかのような動きだ。

 巨大なクローの中心部にモーターカノンが見える。

 一瞬ゾクリとした寒気を覚える。

 その腕をテッドへと伸ばしたシェルは、まるで抱きつくような仕草だ。


 ――じょっ!

 ――冗談じゃねぇ!


 機体の機動限界ギリギリで機体の進路を変え窮地を脱出した。

 そんなテッドの振る舞いが気に喰わないのか、クローを広げ砲撃してきた。


 テッドは必死に成って砲撃をかわす努力をする。距離が近すぎて、実際どうにもならない状態だ。だからといって大人しく撃たれるいわれは無い。当たれば痛いし、死にたくないし……


 機体がねじ切れるほどに激しい旋回を掛けて射線から抜けたテッド。

 そのすぐ前をシリウスシェルが通り過ぎた。


 ――くそっ!


 今度はその後ろを追跡するようにテッドが急加速する。

 後方からの追跡であれば、これまた速度差が随分と緩和される。

 ただ、その速度差は10キロ以上有り、距離が離れると砲弾が追いつかない。


 ――やっぱ前から撃たなきゃダメか!


 コックピットのグリップを柔らかく握りなおし、グッと正面を睨み付けた。

 速度差は如何ともし難く、グングンと引き離されていく。


 怒りと悔しさで頭が沸騰し、テッドは戦闘手順を冷静に思案出来なかった。

 だがそんな時、視界の隅で何かが爆発し、テッドは無意識にそっちを見た。

 バラバラと破片を撒き散らしながらステンマルク機が崩壊していった。


 ――マジか……


 そこには同じようなカラーリングの超高機動型シェルがいた。

 コックピットの共通戦術状況図(CTP)に表示されていた8機のシェルは、全てがこの高機動型の様だ。そして、そのどれもが手練れだった。

 ステンマルクとて決して弱い訳では無い。だが、見事に手玉に取られたらしく、ど真ん中を撃ち抜かれ、機体の制御が出来ない状態らしい。


「ステンマルク!」


 エディの金切り声が響いた。

 間髪入れず、ステンマルクの声が響く。


「平気だ! まだ行ける!」

「後退しろ! 援護する!」


 エディに言われ、ステンマルクは不承不承に後退した。

 そのポジションにリーナーが入り、ステンマルクに直撃を加えたシェルを追いかけ始めた。速度差はどうしようも無いが、機体の捌きで攻撃をかわす作戦らしい。


 ――たいしたもんだなぁ……


 もはや感心するしか無い次元だが、テッドは自分の仕事に戻った。

 大きく旋回して戻ってくるシェルを眼で捉えたのだ。


 その旋回中、オーリスがちょっかいを出していた。

 途端に様々な火砲で迎撃され、オーリスは堪らず距離を取った。

 だが、シリウスシェルは水を差されたようなもので、興醒めらしい。

 本気で腹を立てたのか、しつこくオーリス機を追いかけ始めた。


 ――あ、やべぇ


 テッドは距離のある状態からモーターカノンを放った。

 土台当たるなどとは思っていないが、牽制くらいにはなる。

 だが、その砲弾はまるで吸い込まれるように命中した。

 あれだけ回避能力が有るにもかかわらず……だ。


 ──くそっ!


 テッドの頭が沸騰した。

 理屈ではなく直感的に『なめられた』或いは『侮られた』と思った。

 そしてそれはテッドのような男にとって最大の屈辱でもある。

 頭の中で何かがブチッと音を立てた。


「てめぇ!」


 シリウスシェルは相変わらずオーリスを執拗に追跡している。

 とんでもない速度で移動できるシェルだ。その動きは常識では計れない。

 オーリスはまるで舞うように砲撃をかわしつつ、チャンスを待っている。

 一瞬の正対時にありったけの砲弾を叩き込んでいるが、相手はびくともしない。


 ――本当にバケモノだ……


 沸騰していたテッドの頭からスッと熱が引いた。

 オーリスが直撃を受けたからだ。

 コックピット付近に良い角度で砲弾が命中した。

 様々なパーツが舞い散り、パッと鉄火が光った。


「オーリス!」


 テッドは思わず叫んでいた。

 だがその直後、シリウスシェルは理解不能な行動に出た。

 巨大なクローの爪を使い、飛び散ったパーツを捉まえたのだ。

 そして、反対の腕の装甲に突き刺した。誰にでも見えるような角度で。


 最初は偶然の動きだと思った。

 或いは、何か不具合の解消だと思ったのだ。


 ――バカじゃねぇのか?


 その直後、劇昂したウッディが襲い掛かった。

 ディージョと共同して一機を血祭りに上げようと頑張っていたらしい。


 だが、速度差が如何ともしがたい状況では、追いかけての撃墜は出来ない。

 相手が一撃離脱する為に襲い掛かってくるのを待つしかない。

 そんな時に目の前でオーリスがやられたのだ。

 劇昂するなと言うほうが難しい。


 シリウスシェルは相変わらず高速で飛び回り、牽制射撃を繰り返した。

 そして、突然変針して狙いを定められないようにしていた。

 当然、ウッディはチャンスを待って射撃を控える。

 そのタイミングで突然襲い掛かり、死近距離で荷電粒子砲を使った。


「グアッ!」


 ウッディ機の下半分が一瞬にして蒸発し、一瞬だけ苦しげな声が響いた。

 その直後に鈍い爆発が起きた。襲い掛かったウッディも返り討ちにしたのだ。

 まるで赤子の手を捻るように、用意周到に罠を張っていた。


 ――なんて奴だ……


 言葉を失ったテッドは突進をやめて距離を取った。

 そして、その光景に戦慄した。

 シリウスシェルは再び腕にパーツを突き刺したのだ。


 ――嘘だろ……

 ――嘘だ……


 そんなバカな!と声にならない声で叫んでいた。

 シリウスシェルはキルマーク変わりに、敵機のパーツをコレクションしていた。

 自機の腕へパーツを突き刺し、何機撃墜したと自慢する為の行動だ。


「そんなバカな!」


 無線の中にアレックスの絶叫が響いた。

 無意識にそっちを見たテッドは、マイク機が爆散するのを見た。

 上半分が見事に吹っ飛び、マイクがむき出しになっていた。

 身体の右半分がなく、頭蓋パーツが取れ掛けていた。


「マイク! マイク! しっかりしろ!」


 高出力無線でエディは呼びかけ続けた。

 その直後、オーリスとウッディを屠ったシリウスシェルはマイク機に迫った。

 荷電粒子砲をチャージしているのが見える。砲口周辺に黄色い光が漏れる。

 パッと眩い光が伸びて行き、マイク機の下半分が蒸発した。


 ……マイクの残っていた部分が何処かへ見えなくなった


 ――そんなバカな


 今まで被害らしい被害を受けていなかったマイクとアレックスのコンビだ。

 その片割れがおそらく死んだと思われた。死んで無いとは考えにくい状態だ。

 シリウスシェルは手近に合ったパーツを掴み、腕に突き刺した。


 敵機のパーツで作ったトロフィをまたひとつ増やした。

 それをクローで直したシリウスシェルは、大きく旋回して最大加速を掛けた。

 真っ直ぐに、わき目も振らずテッドへと突っ込んでくる。


 それはまるで『邪魔者はいなくなった!』とばかりに。


 ――チクショウ!


 悔しさに歯軋りしつつ、逃げる方向でテッドは全力加速に入った。

 ふと見た燃料計は反応リキッドが残り半分しかないと語っている。

 ただ、それに構っている余裕など無い。


 【殺すか/殺されるか】ではなく【殺されるか/逃げ切れるか】だ。


 あいつを殺すには荷電粒子砲がいる。

 それは間違いない。そして現状ではそんな物など無い。

 少くとも戦列艦の主砲級な出力と連射力が必要な装甲だ。

 手持ちの火砲ではあの装甲を貫けない。


 ――チェックメイトにゃまだ速いぜ!

 ――地獄の底まで付いてきな!


 テッドの脳裏にはハッとひらめいた奥の手があった。

 ただそれはかなりリスキーだ。

 自殺志願者と言っても良い。


 ただ、()()()るなら、コレしか手は無い。一か八かの勝負だ。

 上手く言えば一撃だが、外せば死ぬ。


「へへへ……」


 テッドの口元に笑みが浮かんだ。

 本人が気が付かないうちに、スリルジャンキーの色が顔を出した。

 無茶で無鉄砲な少年の冒険心は、幾つになっても男の心に宿っている。

 それは男にとっての人間の証明であり、そして、心を駆り立てる原動力。


 ――来い!

 ――来い!


 心が逸り気を駆り立てる。エンジンの反応が遅いぞと悪態を吐く。

 本人が全く気が付かないうちに、テッドはゾーンに深く深く入っていた。

 世界の全てがスローモーになるのだが、そもそも超高速機動中だ。


 ――さぁ!

 ――気やがれ!


 グングンと速度を増したテッドのシェルは、セトに向かって飛んだ。

 こっち向きなら荷電粒子砲が使うまい。そんな読みだ。

 建造中の艦艇やドック設備を完全に破壊しかねないのだが……


 シリウスシェルは構わず荷電粒子砲を吐き出した。

 咄嗟に進路を捻ったテッドはギリギリでそれをかわした。

 思考加速状態なゾーン中でなければ出来ない動きだ。


 ――へぇ!

 ――ご機嫌だぜベイビー!


 シリウスシェルは荷電粒子砲を連射している。

 その射点の向きを判断して、テッドはギリギリで躱し続ける。

 超高エネルギーな荷電粒子の塊が通過する都度、シェルの装甲はただれ溶けた。

 だが、ここで怯むわけには行かない。逃げるつもりも無い。

 エディはきっと、マイクやウッディを回収するだろうから。


 ――囮役は度胸が要るのさ!


 街中でアウトローと対峙したシェリフ(父親)は一番危険な役を進んで引き受けた。

 その凛々しく誇らしい背中をテッドは覚えている。

 さぁこい!と逸りながら飛んでいる。

 その眼に狂気の色を宿しながら。


 ――てめぇも道連れだ!

 ――あの世まで仲良く行こうぜ!


 背面を一切見ずに振り返ったテッド。

 エンジンの推力限界に達したのだから、これ以上は加速出来ない。

 秒速40キロまで到達したシェルはエンジンを切った。

 あの不快な微細振動が止まり、テッドの感覚は全てが研ぎ澄まされていた。


 ――ここからだ……


 テッドは落ち着いて砲を放った。シリウスシェルの右腕がちぎれ飛んだ。

 続いて放った砲で左腕をはぎ取る。突き刺してあったトロフィーが無くなった。

 地力で突き刺せる程度の装甲なら、砲でダメージを与えられると思ったのだ。


 そして今度はシェルの背中のエンジン辺りにある火砲へ砲撃を加える。

 誘爆するものが多いのだからダメージがあるだろう。

 そんな読みはストライクにはまった。

 次々と爆発が起き、シリウスシェルは砲ユニットをパージした。


 ――さぁ!

 ――その口を開きな!

 ――俺のビックキャノンをしゃぶれよ


 えっへっへ……

 ゲスい笑いをこぼしながらテッドは砲を構えた。

 普段はカバーの奥に入っている荷電粒子砲の砲口。

 それこそが一番の弱点だ。


 シリウスシェルはグングンと迫ってくる。速度差は如何ともし難い。

 どんな戦闘兵器でも最大の武器は速度。それは太古の昔から変わらぬ鉄則。

 速度差に30%の差があれば、戦闘は絶対的に有利になる。


 ――だからなんだよ!

 ――戦闘に必要なのは機動性じゃ無い!

 ――気合いと度胸さ!


 テッドのシェルは140ミリを構えた。

 照準軸線のレーザーが見えたような気がした。

 シリウスシェルが一瞬口を開く。

 砲口が眩く輝く。


「もらったぁ!」


 テッドは砲を放った。

 研ぎ澄まされた感覚は砲身の中を滑る砲弾の感触を感じ分けた。

 弾体を加速させる反作用の微弱な加速を感じた。


 全てがゆっくりと進む世界だった。

 全てが見える世界だった。

 全能感に酔いしれた。

 だが……


 ――え?


 シリウスシェルは機を僅かに変針させた。

 テッドからは機が沈んだように見えた。

 放たれたテッドの砲弾はシリウスシェルの装甲上で蒸発した。


 そして荷電粒子砲が光った。

 機体が悲鳴を上げ、各所が溶けていくのが解った。


 ――死ぬのか……


 腰下から機体が崩壊していくのが解る。

 装甲は溶解し、コックピット周りの強靱な部分がタキオンを放つ。

 分子間結合が緩み、次々に崩壊していく。


 ――おわった…… 


 テッドは生きる努力を手放した。

 全てが一瞬のうちに進み、テッドはゾーンから抜けはじめた。


 ただ、そこに僅かな奇跡が起きた。

 コックピットの正面装甲が蒸発してなくなり、宇宙が見えた。

 漆黒の闇が広がるその向こうにシリウスシェルが見えた。

 自らを覆い鎧うものは一切無い。


 ――奇麗だ……

 

 そんな事をしている余裕など無いのに、テッドは宇宙に見とれた。

 サイボーグでなければ即死だった。


 ――そうか……

 ――機を沈めた分だけ照準がずれたか……

 ――へへへ……

 ――残念だったな


 ニヤリと笑ったテッド。

 次の瞬間、身体の各所からさまざまなパーツがはじけ飛んだ。

 コックピット周辺にもパーツが散乱する。

 シリウスシェルはむき出しになったテッドにガトリング砲を放った。


 ――どうした!

 ――俺はまだ死んでねぇ!

 ――ほら!

 ――撃て!

 ――撃ちやがれ!

 

 超高速な30ミリ弾だ。左腕が肘からねじ切れた。

 腹部に直撃を受け、一瞬にしてリアクターが沈黙した。

 メインバッテリーが何処かへ消えうせた。

 両脚が弾けとび、パーツがヘルメットに突き刺さった。

 右肩辺りを弾丸が打ち抜き肩から先がどこかへ旅立った。


 ――これが死ぬ瞬間か……


 次は頭にくる。

 そう覚悟を決めたが、その前に視界の中へ300の表示が出た。


 ――なんだこれ?

 ――あぁ、そうか

 ――非常電源の残り時間だ


 サイボーグの構造教育を思い出した。

 みっちりと叩き込まれた構造学でテッドはサイボーグの殆どを理解している。

 この表示は、死を迎える前に仲間達へ最後のお別れをする時間だ。

 そして、機体各部の機密を護る為に、自爆処理をする時間。


 ただ、機体最重要機密は漏れる心配が無さそうだ。

 全て奇麗さっぱり弾け飛ぶのだろうから……


 目と閉じたテッドは最期の時を待った。


 ――さようなら……

 ――リディア……

 ――愛してるよ


 何かが迫ってくるのが分かった。それが自分の死だと思った。

 そっと目を開けたとき、弾丸は自分のヘルメット最上部を掠めた。

 テッドの頭部ユニットは発射サイクルと着弾点の隙間だった。


 ――え?


 死ななかった。

 瞬間的に『ちゃんと殺せよ』と思った。

 そして『このへたくそ!』と悪態を吐き出し掛けて、そして飲み込んだ。

 目の前とシリウスシェルが猛スピードで通過して行った。


 コックピットと思しきハッチのところに赤い薔薇のマークを見つけた。

 そして、その薔薇のマークのすぐ脇にはパイドパイパー(笛吹き男)のマーク。

 そのマークの脇には、白い百合を持つ黒衣の女性(ブラックウィドウ)のシルエット。


 テッドの意識は音も無く静かに崩れて落ちていった。

 深い深い水底のような永遠の沈黙へと……

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