大出力・超高機動型シェル
~承前
グッと接近したテッドは改めてそのシェルを観察した。
おそらくはシリウスの新型だろうが、そのデザインは余りにも異形だった。
先のコロニー周辺戦闘で見た高機動型シェルも充分異形のデザインだ。
ただ、こっちは更にその上を行く。
シェルが船外作業用の巨大人型ロボットにエンジンを付けたモノなら、いまテッドが追跡している敵機は大型戦闘機にシェル向け大推力エンジンを搭載し大型リアクターを搭載した高機動型の砲艦だ。
──なんてデザインだよ……
嘘偽りなく『ださい』或いは『格好悪い』と、そんな印象でしかない。
ただ、外見と性能のどちらをとるかと言われれば、誰だって性能というだろう。
機体後部のイオンエンジンは恐ろしく巨大なノズルを付けていて、しかもそれを三基搭載している冗談のような構造だ。テッドは最大速度に達したシェルを制御しているが、秒速40キロに到達してなお、全く追い付く気配などなく引き離されつつあった。
「くそっ!」
悪態を吐いたテッドに仲間達の視線が集まる。
グングンと加速するシリウスシェルは、秒速50キロに手が届き始めていた。
それは、常識的に考えて、人間が制御出来る速度を越えている。
反射神経や一瞬の状況判断をするには時間が足らないのだ。
仮に出来たとしても、スティックとペダルの操縦では機体を制御できない。
つまり、敵機に接近して一撃を加えるには速度がのり過ぎている。
照準などの時間が無くなることを意味し、命中率の低下に繋がるはずだ。
だが……
──化け物だ
そのシリウスシェルはバンデットへ一気に接近し、強烈な一撃を加え続けた。
次々と撃墜されるバンデットのパイロット達がパニックに陥り始めた。
「あー こりゃだめだな」
「まさかこんなのが居るとは思わなかったって感じだよな」
ヴァルターもヴッディもそうぼやいた。
シリウス軍は柔軟な発想で新機軸を次々に打ち出していく。
進取の気概が強く、好奇心旺盛で、そして、失敗を恐れない。
失敗してもそれを責める事は少なく、結果を出さない事に対して批判が集まる。
つまり、新機軸を打ち出し新兵器を作り、それで出撃して結果を出せば良い。
エンジニアは理想の限界を追い求め、オペレーターは愚直に結果を求める。
「しかし、被害が洒落にならんな」
アレックスの越えに苦い色が混じった。
出撃してきたバンデットの撃破が50を超えた。
たった一機のシェルに……だ。
「世間知らずな参謀本部に結果を持って返ってもらうには良い薬だが……」
「責任問題になると厄介だぞ」
マイクの言にエディがそう返した。
出撃していたVFA501は何をやっていたんだ?と。
状況を知らず、報告書だけで判断する参謀衆の、その理解の範疇を超えるのだ。
「余り良い状況じゃ無いな」
厳しい言葉を吐いたリーナーに皆が驚いた。
無口で無表情で中隊いち影の薄い男だ。
だが、エディはどういう訳かリーナーを厚遇している。
そしてリーナーはエディの為に愚直に努力する。
――だからって……
思わずテッドも弱音を吐いた。
どうしようもない状況だ。
ただ、逃げ帰るわけには行かない。
現状ではあのシリウス機に抵抗できるのがVFA501だけだ。
「バンデットはここを離れろ!」
広域戦闘無線の中でそう叫んだテッドは、進路を塞ぐように140ミリを放つ。
おそらくは直撃にならないと思いつつ、牽制くらいには使えるだろうと思った。
ただ、その砲弾の全てをシリウスシェルは軽くかわしてしまった。
――ほんまもんのバケモノだ……
さすがに焦り始めたテッド。
同じタイミングでバンデットライダーから無線が返ってくる。
――――任務は放棄できない!
――――攻撃を続行する!
一瞬だけ唖然としたテッドは『勝手にしやがれ!』と叫んだ。
もはや命の保障をはできない。相手はこっちより強いのだ。
ふと、脳裏にあのシリウスロボが浮かんだ。
手強いが撃破できない敵ではない。
人間が作ったモノだ。100%の無敵は有り得ない。
――よしっ!
――殺ってやる!
こっちのトップスピードは秒速40キロ。
ただし、旋回すればあっという間に5キロやそこらはロスしてしまう。
そしてそれを取り戻すには長い加速が必要になる。
対するシリウスシェルはトップスピードが秒速50キロに達する。
当然、ドッグファイトなど出来るわけが無いのだから、一撃離脱だ。
旋回すれば向こうも速度をロスするし、それを取り戻すには時間が掛かる。
――根性決め込むしかねぇか……
はるか彼方でシリウスシェルが旋回を決めた。
ウルフライダーと初めてやりあったのを思い出す。
相対位置に陣取ったテッドは、速度を落とし機体の振動を抑えた。
そして、140ミリを構え狙いを定めた。
――いけっ!
毎秒12発を放てる140ミリで連射をかます。
砲弾は真っ赤な線を引いて宇宙の虚空を駆けた。
コース的には当ると思ったのだが、シリウスシェルが早すぎる。
砲弾の全てはシェルの後方を通り抜けた。
「はっ! はえぇぇ!」
悲鳴にも似た声を漏らしたテッド。
相対速度は毎秒60キロ近い。
「全部かわしやがった!」
チクショウ!と悔しがっている暇は無い。
エンジン推力を全開にし、機動退避を試みる。
向こうは荷電粒子砲を持っているのだ。直撃すれば、死あるのみ。
シリウスシェルの動きを観察し、敵機の射線をかわす努力をする。
その刹那、テッドの視界が白く染まった。シリウスのレールガンだ。
――あ……
考える前にシェルが自動回避を行なった。
背中のメインエンジンを掠めてレースガンの弾体が通過した。
インジケーターには秒速60キロと表示が浮かぶ。
――ありゃぁ……
――考える前に死ねるな……
コックピットの中でテッドは笑い始めた。
何でおかしくなったのかは自分でも分からない。
ただただおかしかった。
人間の限界を超えたところで戦っている自分がおかしかった。
――おもしれぇじゃねぇか!
一瞬にしてすれ違ったシリウスシェルは、セトのドックを攻撃していたバンデットを紙の様に次々と撃破していた。空母から発進したバンデットは100機近く居た筈だが、5機か6機の超高速型シェルに翻弄され数を減らしている。
――よっしゃよっしゃ!
――カトンボどもは早く滅びろ!
――邪魔なんだよ……
ドック付近を突きぬけたシェルは再び大きく旋回した。
そしてバンデットがいる辺りに向け突っ込んでくる。
相対距離は軽く300キロになり、肉眼では見えない。
そんな距離なので、索敵はレーダーが頼りだ。
――さぁこい!
ドックとシリウスシェルの間に入ったテッドは、再び狙いを定めた。
先ほどの外れた分を計算に入れ、射撃補正を加えたテッド。
ふと見れば、このエリアだけが激戦地になっていた。
──そりゃぁなぁ……
どこか他人事のようにテッドは呟き、そして精神を集中させた。
視界の中にシリウスシェルの予想軌道をオーバーレイしてテッドは待ち構える。
相対速度は如何ともし難く、その速度差で人が振り回されるレベルだ。
確実に当てるしかない。ただ、連射は効かない。とにかく殴りたいのだが……
そんなテッドはハッと気が付いた。
そして140ミリではなく右腕のモーターカノンを構えた。
この速度差なら、これでも十分なはずだ。
──どうだっ!
テッドはモーターカノンをバリバリと放った。連射速度に勝るので、点ではなく面で狙える状態だ。同じタイミングでシリウスシェルも攻撃してきた。
同じ様に面で狙うべくガトリング砲かチェーンガンを使ってきた。こんな武器有るのかと驚いたが、速度差に翻弄されるのは向こうも同じだった。
──ック!
奥歯をグッと噛んで気合いをいれた。当たれば一瞬で終わりだ。
痛みを感じる前にヴァルハラへと向かい、花畑で黄昏れる事になる。
――お前だって怖いだろ?
――なぁ…… 怖いだろ?
視界に写るシリウスシェルへと語りかけたテッド。
そのシェルは迷う事無く真っ直ぐに突っ込んできた。
頭のねじが足りないとかそう言う次元では無い。
基本的な認識として、死を怖れてはいなかった。
――頭の煮え具合には違いがねぇってか……
冷静に考えれば、自分だって充分おかしいのだ。
とんでもない速度差で遠慮無く高サイクル砲を撃っている。
当たれば一瞬の終わりだが、当たる要素は無いと思い込んでいる。
いや……
正確に言うなら、当たったら死ぬだけだと割り切っている。開き直っている。
そう覚悟を決めた人間を傍目に見れば、狂人とも自殺志願者とも言うのだろう。
――だからなんだよ……
軌道予測を立ててモーターカノンをバリバリと撃ち続けるテッド。
毎秒20発の砲弾が心からの殺意と共に吸い込まれていった。
ただ、その砲弾全てが敵シェルの装甲上で蒸発していた。
――そんなの有りかよ!
超高速で敵機に激突した弾頭はHEAT弾では無くAPDS弾頭だ。
非常に堅い弾芯が一点突破を図って装甲を貫く構造だ。
その弾頭が超高速を遙かに超える状態で装甲にぶち当たっている。
当然、ユゴニオ弾性限界を軽く越え、液体として振る舞う状態になる。
――なんでだ?
士官教育の中で当然のように弾種による違いを教育されているテッドだ。
だがそれは戦車砲や野砲や機関砲と言った、弾速の遅い状態での教育だった。
衝突速度が秒速100キロを越える領域では、何が起きるか誰も分からない。
果たして、APDS弾頭は弾芯がユゴニオ弾性限界を越え液体状態になった。
そして、その衝突エネルギーは熱に変換され、高温高圧状態で蒸発していた。
強靱な装甲構造により、シリウスシェルは全く無傷だ。
砲弾が当たった所は色の変化を認められる程度でしか無かった……
――冗談じゃねぇ!
状況を認識したテッドは細心の注意を払って機体の制御を続けた。
正面衝突だけはしたくなかった。それだけはまっぴらだ。
強烈な横Gを感じつつ、テッドは機を横へずらした。
その直後、テッドの居た辺りをシリウスシェルが通過していった。
あのまま真っ直ぐに進んでいれば間違い無く激突していただろう。
テッドの背中に冷たいものが流れた。
――勘弁してくれ……
ただ、グッと首を振って振り返った時、シリウスシェルは大きく速度を殺して急激な旋回を決めていた。バンデットでは無くテッドに狙いを定めたのだ。
――ほぉ……
――やる気かよ……
ニヤリと笑ったテッドは大幅に速度を殺し、静止寸前までベクトルを失わせた。
その状態でゆっくりと横方向へ機体を逃がしつつ、シリウスシェルを待った。
昔見た、闘牛士のようだと思った。或いは、得物を待ち構えるハンターだ。
シリウスシェルは速度を保ったまま突っ込んでくる。
テッドの脳裏にふと全く違う戦闘手順が浮かんだ。
――やってみるか……
距離を取ったままシリウスシェルが迫ってくるのを見届けたテッド。
後方から追いつこうとするから引き離されてしまうのだと気が付いた。
ならば相対速度を相殺するような戦い方をするしかない。
――コレでどうだ!
全力で後退方向へ加速を開始した。
真正面方向へはかなり強いGに耐えられるのを経験済みだ。
だが、シリウスシェルへ両脚を向け、全てのバーニアノズルを使って上昇方向への全力加速は経験が無い。
――うわっ……
視界がブラックアウトし、全ての感覚が遠くなった。
仮想計器やレーダー情報を認識出来なくなり、速度すら解らない。
ただ、機体の微細な振動だけが全力状態だと教えてくれていた。
シェルのフレームまでもがガタガタと揺れ始めていた。
「無茶するなテッド!」
随分と久しぶりにエディの声を聞いた。
テッドはそんな錯覚に陥った。
ただ、それに構っている暇は無い。
グングンと速度を乗せ秒速35キロ程度までシェルは速度に乗った。
ここからさらに前を向いて速度を上乗せし、40キロに到達してから振り返る。
――勝負だ!
この状態なら、速度差は10キロ少々だ。テッドは大きな賭に出た。
シリウスのシェルはセトのドックを背景に迫ってくる。
この状態で140ミリを撃てば、外した時にはセトのドックを破壊出来る。
――どっちにしても損はねぇな
テッドは慎重に狙いを定めて砲を放った。
当たるか当たらないかは神のみぞ知る事だ。
ただただ、当たる事を祈るしか無い。
――いけっ!
そう、強く念じながら。




