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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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第五惑星 セト


 シリウスを中心とする惑星系の第5惑星、セト。


 エジプト神話の中では砂漠と異邦の神とされている。

 キャラバンの守り神であり、その一方で砂嵐を引き起こす神でもある。

 そんなセト神には、複数のエジプト神話の中で共通の添え名があった。


 『グレートパワー(偉大なる強さ)


 荒々しさの象徴であり、敵対する者を打ち据える純粋な力でもある。

 また、悪の象徴として君臨し、戦争や嵐やそう言う暴力的な行為の主導者だ。


 そんな武と力の象徴であるセト。

 そこには、シリウス軍の宇宙艦艇建造所が建設されていた。


 重力がニューホライズンの30%程度で、しかも大気が殆ど無い。

 芯まで岩石だが、直径の小さな惑星と言う事で、禄に重力が無い。

 しかも、その岩石は希少金属を大量に含む金属惑星だ。


 それ故、太陽光発電を行って電力に余裕のある環境とあれば、宇宙向けの巨大な艦艇を建造するには最適と言えるのだった。


「改めて確認する。打ち合わせで口を酸っぱくして言ったが……」


 エディは心配性なくらいに繰り返していた。


 ・絶対に深追いするな

 ・宇宙船の前と後ろには入るな

 ・特に前方は危険度が高い


 惑星間飛行を行う宇宙船は、強力な斥力発生装置を搭載している。

 ダークマターを吹き飛ばして超光速飛行する為だ。


 その威力は冗談のように強力でシェルだってあっという間に吹き飛ばさる。

 一瞬にして数百万キロの彼方へと行ってしまい、自力での帰還は難しい。


「特にテッドとヴァルター! ロニーもだ! 何があってもバカをやるなよ!」


 三人見事に揃ってイエッサーを答えた。

 だが、無鉄砲三勇士がこの程度で大人しくなるなんて誰も思ってはいない。


 ヴァルターだってテッドだって、無茶な機動をしてナンボと勘違いしている節すらあるし、期待されていると勝手に勘違いしている部分もある。


「無茶すんなよテッド!」


 ヴァルターが軽い調子で声をかける。

 お前が言うなと思いつつ、テッドは右手をあげて答えた。


 セトの造船所を叩き、コロニー船への攻撃手段を封じる。

 連邦軍艦艇はその為にここまで出張ってきていた。

 惑星セトの破壊もやむ無しと、そう覚悟を決めて。











 ――――――――2248年 10月 25日 シリウス標準時間午前

          シリウス系第5惑星「セト」周回軌道上











 それほ突然の通達だった。


 ――──今からセトへ行く


 4時間ほど前、エディは唐突にそう切り出した。

 そのエディの顔には不自然な緊張があった。


 前日遅くになり、セトを監視する連邦軍の艦艇が緊急通達を出した。

 シリウス軍に大規模進出の動き有りとのことだった。


 送られてきた戦略情報によれば、シリウス軍の宇宙船は50以上。

 そしてその直後、連邦軍の艦艇が連絡を絶った。


 ――──考えたくはないが……

 ──――どうやらこちらの手に余す事態の可能性がある


 セトの地表に造船所がある。

 それを最初に見つけた連邦軍の艦艇は、ずっと張り付いて監視を続けていた。

 その艦艇は大量のシリウス軍艦艇が進水間近と連絡してきた。


 セトで建造される艦艇は、シリウス軍にとって希望の星だ。

 出きれば秘匿したいし、建造の邪魔をされたくない。

 つまり、シリウスにしてみればその連邦艦艇は邪魔の極致だ。


 ──――恐らく用意周到に準備したのだろう

 ──――このミッションは今後の戦局で非常に重要だ


 顎を引き、上目使いに全員を見たエディ。

 ドッドはまだ帰ってこないので、中隊は12機での出撃となる。


 ──――われわれはセトへ行き造船所を叩く

 ──――任務の主要目的は三点

 ──――ドックを完全に破壊する

 ──――建造中の艦艇を完全に破壊する

 ──――完成し艤装中の艦艇を出撃不能にする


 相当厳しい戦いになる。それは解っているし覚悟している。

 ただ、ここでやらねば今後が危ない。シリウスの方に地力が付きつつある。


 ――――どんなに移動手段が確立されていても、地球はやはり遠い

 ――――連邦軍は戦力の戦線投入までに100日を要する

 ――――つまり、我々は絶望的に不利なのだ


 臆すること無くエディは言いきった。

 全員に現状を説明し、理解させ、そして覚悟を決めさせる。

 何がどうあっても勝ちきるんだと、隊員を鼓舞し励まさなければならない。


 ――――さぁ行こう紳士諸君

 ――――シリウス人を苦しめ虐げる者達に正義の鉄槌を下そう


 エディの言葉は鋭かった。

 何処でどんな話をしたのかは知らないが、エディは継続的に不機嫌だった。

 その理由はテッドもなんとなく察しが付いている。


 ただ……


「任務の遂行を第一義として、余計なことは考えるな。私情も挟むな」


 VFA501の先頭を飛ぶエディは発破を掛けるように言った。

 惑星セトを周回する連邦軍は、シリウス基地の裏側辺りに展開していた。

 ニューホライズン周回軌道に展開している艦艇の中から動員した戦力だ。

 大型戦列艦三隻を中心にワスプを含めた航空戦力も動員されている。


「地球から遠路はるばる航空隊も来ている。だが、シェルとは未経験だ」


 航空機でもシェルと戦える。

 それが通用しなくなったのを頑なに信じない者も多い。

 恐らく彼らの半分は生きて帰れ無いだろう。

 だからこそ、彼ら501中隊の責務は重かった。


「あと10分で見えてくるはずだ」


 アレックスが先頭支援情報を更新した。

 テッドは相変わらず右手が震えていた。


「……いるな」


 ジャンが呟く。

 セトの上空にいくつも船が見える。


 その周囲には夥しい数のシェルが見える。

 恐らく、船積みを急いでいるのだろう。


「情け無用だ。掛かれ!」


 エディの指示がはじけた。テッドは一気に戦闘増速をかけた。

 グンと行き脚が強まり、シェルは細かな振動を起こす。


 ――ん?


 機体整備に問題がある。

 それは、機体に微細振動を起こすキャビテーション現象だ。

 メインエンジンのノズルに細かな気泡が発生し、推進ベクトルが暴れるのだ。


 ――マジかよ……


 決して故障ではないが余り歓迎したくない問題だった。

 何故なら、どれほど正確に照準を合わせても砲身がぶれてしまうのだ。

 つまり、近距離ならともかく遠距離では当たらなくなる。


 ――ッチ!


 小さく舌打ちしてテッドは速度をわずかに落とした。

 振動を防ぐには、エンジン推力を落とすしかない。

 途端にヴァルター機から置いて行かれるのだが、どうしようも無い。

 テッドの横をディージョやロニーが通過していった。


「いるぜいるぜ!」

「ウヨウヨいやがる!」


 いかれた声を上げてディージョが突っ込んでいく。

 相槌を打ってヴァルターも斬り込む。


 シリウスシェルの総数は考えたくないレベルだった。

 パッと見ただけでも100や200と言うオーダーだ。


「こりゃスゲぇっす!」


 三機は140ミリをバリバリと乱射し、シリウスシェルの群れを突き抜けた。

 途端に各所で爆発が発生し、シリウス側が混乱し始めた。

 至近距離からの一撃で複数機を貫通したりと一方的な攻撃だった。


「なんだか鴨撃ちだな」

「楽なんだから文句は無しっす!」


 ロニーに続き斬り込んだジャンの言葉にロニーが突っ込みを入れた。

 次々と他愛なく撃破されるシェルは、セトに落ちていく。

 わずかとは言え、重力の影響はあるらしい。


「全部燃してしまえ!」


 エディの声が金切り声だ。

 テッドは一歩遅れてシリウスシェルの群れに飛び込んだ。

 機をスピンさせつつ、全方向へ砲を乱射する。

 最初の突撃で10~20を撃墜し、素早くマガジンを変えた。


「絶好調だな」


 突き抜けたテッドは大きく旋回して再突入に備えた。

 後方ではマイクやアレックスも突入して、先に飛び込んだ側が撃ち漏らしたシリウスシェルを次々と撃破している。そして、しんがりで飛び込んだエディまでもがバリバリと撃墜し、宇宙に出ていたシリウスシェルは半分近くが撃破された。


「次は奇襲が効かないぞ!」


 上機嫌なエディが声を張り上げた。

 ヴァルターを先頭にした突入チームは、大きく旋回を掛けて突入を始めた。


「わかってますって!」

「残り20!」

「余裕っす!」


 ヴァルターの直後にディージョとロニーが続き、三角編隊を作っている。

 その直後にジャンとテッドがつき、後方支援に当たった。

 コックピットの共通戦術状況図(CTP)に表示されるシリウスシェルは残り23。


 ――次の突入で全滅だ……


 テッドもそう確信していた。

 だが、思惑はそう上手く行かないことをテッドは知った。


「やるな!」


 ヴァルターの放った砲弾はシリウスシェルの脇を掠めていった。

 当たらなかったのではなく外されたのだ。


「動体予測で逃げたのか?」

「ドンピシャでぶち抜く筈だったが」


 ディージョとヴァルターがいぶかしがる。

 先頭の3機で15機を撃破したのだが、残りの8機が問題だった。


「撃ち漏らしが手練れってのは良くねぇな」


 何となく嫌なイメージを思い出したマイク。

 鴨撃ちの後に残ったのは鴨じゃなく荒鷲だった。

 そんな経験が中隊には何度かあるから。


「気を抜かずにしっかりやるぞ」


 全員に声をかけたエディだが、その声はやはり不自然な緊張があった。


 ──また何かを隠してる


 テッドはそう確信した。

 ごく僅かな事だが、エディの様子がおかしいのだ。

 死線を潜った者が理屈では無く直感として感じる事は、大概核心を突く。

 それは巧妙に隠蔽された死の臭いだったり、或いは、罠の存在だったりだ。


 昔から言う様に、何もかもが全て上手くいっていると感じる時は、大体がリカバリー不能な致命的失敗を犯しているか、もしくは罠にはまっている状態だ。


共通作戦状況図(COP)共通戦術状況図(CTP)に注意しろ!」


 アレックスの声が響く。

 ハッと気がついたテッドはコックピットの実スクリーンを調整した。

 COPに表示される戦闘状況が着々と変化している。

 改めて見れば、シェルでは無くドック側をバンデットが攻撃していた。


「適材適所って奴だな」


 いまいち目立たないポジションに居たステンマルクが言った。

 シェル同士の戦闘ならともかく、バンデットでは分が悪い。

 強力な荷電粒子砲を装備している分だけ有利だが、それは()()()()の話だ。


 次々とドックが破壊されているのを横目に、テッドは残りのシェルを探した。

 残りの8機はかなりの手練れだ。全くと言って良い程に当たる気配が無い。


 ――まさか……な……


 テッドは速度を上げるべくスロットルを一杯まで倒した。

 機体の微細振動は益々大きくなり、エンジンノズルはまるで掘削機のようだ。

 それでも構わず最大出力まで推力を上げれば、機体自体がガタガタと振動した。

 

 ――マジかよ……


 前方にシリウスシェルが見せる。

 それは、少し前にみたグリーンの重装甲高機動型では無く、白と赤に塗り分けられた見るからに実験的な新型機だ。機体には脚部が装備されておらず、その代わりに太い砲身が背面や前面に幾つも装備され、腕に見えた部分は可動式のモーターカノンだった。

 少なくとも、モノを掴むという機能は期待出来そうに無いが、稼動部分の多いその腕部の攻撃力は、ちょっとした砲艦並だと思った。そして、一番驚くのは、そのサイズが従来のシェルの文法を大きく逸脱している巨大さなのだ。


 ――火力増強型?


 その印象を裏付けるように、シェルは各方向へ激しい砲撃を開始した。

 ただそれは、ドック周辺のバンデットを狙ったもので、火球を幾つも生み出してはバンデットを撃墜していた。そしてその砲撃は荷電粒子砲だ。


 ――大型リアクターを装備してるのか……


 他人事のように眺めていたテッドはその攻撃力に感心していた。

 ただ、眺めてばかりもいられないのは事実だ。


 ――よしっ!


 機体を捻って旋回したテッドは、その高火力型シェルに迫った。

 正面からの撃ち合いなら分が悪くとも、高機動戦闘中であれば互角だ。

 要するに、当たりにくい砲撃を当てる技術が必要になる。


「まてこらっ!」


 コックピットの速度計が秒速37キロを表示した。

 3秒足らずで100キロを飛んでいるのだ。

 速度は全ての戦闘に於いて最強の武器になる。


 敵よりも速く、敵よりも高く、敵よりも俊敏に。


 戦闘機が初めて空を飛んだ時代から、その一大原則は一切変わっていない。

 全てのパイロットにとって、生きて帰ってくる為に必要な要素だった。


 ただ……


 ――生身であれが出来るのか?


 テッドは驚くより他なかった。

 そのシリウスシェルはどう見ても20Gを越える旋回をしていた。

 サイボーグにだって厳しい条件だ。時々は完全にブラックアウトを起こす。

 脳殻内で脳が押し付けられ、変な幻覚を見る事だってあるくらいだ。


 ――ありえねぇ!


 ただ、そうは言いつつもテッドは追いすがる。

 その強力な火力でバンデットが次々と撃墜されているのだ。


 ――――レゾンデートル(存在する理由)は自分の手でもぎ取れ


 エディの口癖が脳裏を過ぎる。

 全てのパイロットから頼りにされて、初めてサイボーグは存在理由になるのだ。


 ――撃墜(おと)してやる!


 テッドの目に迷いは無かった。

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