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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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エディの怒り

~承前






「……あんまり考え込むなよ」


 見るに見かねたヴァルターは、そんな言葉を掛けて背中を叩いた。

 テッドはワスプのガンルームでぐったりとして、全く覇気がなかった。

 ボンヤリと天井を見上げ、時々小さく舌打ちをしている。


「考え込んじゃいないけどさ……」


 強がりな言葉はテッドの十八番とも言えるものだ。

 ただ、それが渾身の強がりである事など、論を待たない。


「ドッドが心配だよ……」


 不意にテッドはそう呟いた。

 ど真ん中を撃たれたドッドは、即死こそ免れたが、その容態は限りなく悪い。

 脳を維持する生命維持装置が機能停止した状態で45分間の漂流をしたのだ。

 酸素供給が途絶えたままの45分は脳機能の死亡限界を大きく越える。


「仲間だから……」


 それが中身を伴わない言葉なのは言うまでもない。

 ただ、それを追求する仲間もいない。


 ドッドは重傷を追い、今も生死の境をさ迷っている。

 ジャンやヴッディとて絶対大丈夫とは言いきれないが、ドッドはそれ以上だ。


 だが、真にテッドを痛め付けているのは、ドッド達の容体では無い。

 それは、スナイパーだったツインソード、サミーの言い放った言葉だ。


 ──――お前のせいでリディアが苦しんでいる


 その原因が自分にあるらしい。

 全く身に覚えなど無いし、会えない苦しみならむしろこっちの台詞だ。


 だが、ツインソードことサミーの言葉は、テッドの胸をかきむしる。

 シリウス育ちなだけに、その言葉の一言一句が嫌と言うほど分かるのだ。


 ――――お前が居る限り、リディーはずっと当局の監視下だ!


 小さく『えっ……』と漏らしたテッド。

 サミーは畳み掛けるように言う。


 ――――裏切り者がシリウス軍でどういう扱いを受けるか

 ――――知らない筈はないだろう!


 テッドは絶句して固まった。

 それは、嫌でも解る事だからだ。


 巨大なノズルの奥底。

 だるまになったシェルの中でサミーは吼え続けた。


 ――――お前との関係を疑われたリディーは……

 ――――コミッサールの査問に呼ばれたんだぞ!


 テッドの心が一瞬して空っぽになった。

 コミッサールの査問とは、事実上の魔女裁判だ。


 どんなに冤罪の証拠が揃っていても、査問に呼ばれて無罪はあり得ない。

 ましてや異端審問官の如き極悪さで事に及ぶコミッサールだ。

 その悪評は、シリウス人なら嫌と言うほど知っている。


 【思想矯正】と【人格改造】


 数日前までまともだった人間が突然別人に成って帰ってきた……

 そんな話はシリウスには幾らでもあるのだ。


 正体が抜けきって人格が破壊されきるまで犯され続けたとか。

 或いは、人間が変わってしまうまで拷問され続けたとか。

 薬物投与と併せ、肉体と精神の両方を限界まで追い込む。


 どれほど強い信念の持ち主でも、精神の側は案外脆く弱い。

 激しい苦痛と薬物の禁断症状による一時的精神退行は誰にでもある生理現象だ。


 そこから()()()()()()()と、その人間は全く違う人間になってしまう。

 当局に批判的な人間だったのに、従順で疑う事を知らない奴隷になってしまう。

 そして、当局の偉大さと素晴らしさを語り、やがて社会から阻害されだす。


 その時こそ、社会を監視する国家の狗の出来上がりだ。

 本人には全くその意識が無く、また、罪の意識も無い。

 ただ、周りから見ればあまりにも異常なだけだ……


 ――――ちょっとまて……

 ――――詳しく教えろ!

 ――――おいこら!


 取り乱し始めたテッドは、サミーのシェルをガンガンと殴り始めた。

 傍目に見れば、誰が見たって、テッドはまともな状態では無い。

 取り乱したテッドは今にもシェルを殴り壊しそうな勢いだった。


 そんなテッドのシェルがいきなり激しく揺れた。

 驚いて手を止めたテッド。助け船を出したのはエディだった。


 ――――慌てるなテッド

 ――――リディアがそんななら、助け出すまでだ

 ――――どんな説得もコミッサールには意味無いのだろ?


 オープン無線の中、クククとエディは笑った。

 何がそんなに面白いのか?と思ったテッド。

 エディの噛み殺した笑いですらも面白くない。


 だが、テッドの前に現れたエディは、巨大な残骸を押してきていた。

 シェルのエンジンで押せるギリギリのサイズだ。


 ――――さぁ!

 ――――楽しいショータイムだ!


 もう一度クックックとこもるように笑い、そして遂にフハハハと笑い出した。

 その笑い声はまるで地獄の獄卒が漏らす嗜虐の笑いだと皆は思っていた。






 ――――――――3時間ほど前






「この残骸を押してセントゼロに落としたらどうなると思う?」


 エディはいきなり脅迫の言葉を吐いた。

 ただそれは、そこには一切の冗談を挟む余地が無かった。


 息をのむ程の迫真さで迫ったエディ。

 セントゼロと言えばシリウス最大の聖地だった。


「なんだと!」

「周りを見てみろ。幾らでもあるぞ。遠慮することは無いから腹一杯喰え」

「そんなっ! セントゼロは! あそこは!」


 サミーは明らかに狼狽えるが、エディは一言『やかましい!』と一喝した。


「勘違いするなよ小娘!」


 恐ろしい声が無線に流れた。

 テッドをはじめ、中隊の誰もが今まで一度として聞いたことの無い声だった。


「連邦は遠慮しているんじゃ無いからな」

「……なんだと」

「何の価値も無いと思っているから手を出さなかっただけだ!」


 星都セントゼロ。

 それは、シリウス開発の出発点であり、また、全てのシリウス人の心の故郷だ。

 シリウス文明の発祥地であり、中心地であり、そして中枢でもある。


 ヘカトンケイルの暮らすシリウス人の聖地。

 独立闘争委員会の本部がある闘争の拠点。


「幸いなことにニューホライズンを周回する巨大な残骸は幾つもある。どれも地上へ到達すれば、下手な兵器より余程強力だ。これを使ってセントゼロをまとめて焼き払っても良いんだが、君はどう思うかね?」


 エディの言葉に今度はツインソードが言葉を失った。

 連邦政府にしてもセントゼロには手を出さないと思っていたのだろう。

 だが、エディはハッキリとセントゼロを焼き払うといった。

 シリウスに残る先史文明の痕跡ごと、全て焼き払うと。


「もう一度言ってやろう。価値がないからやらないだけだ」


 一瞬、底冷えのするような恐ろしい声が響いた。

 エディはこんな声も出せるのかとテッドは驚く。

 だが……


「全ての地上人だって一緒だ。まとめて皆殺しにしたって良い」

「そんな事をして誰がシリウスを開発するんだ!」

「人間などいくらでも送り込めるのさ。地球には人が余っている」

「な…………」

「一人残らず殺しきって、それから改めて開発を再開すれば良い」


 ゾクリとする言葉がもれる。

 テッドだけでなく、ヴァルターやウッディやディージョもそうだ。

 シリウス生まれには聞き捨てならない言葉をエディは平然と良い放っている。


「地球に噛み付かない人間で開発のやり直しだ。その方が都合の良い者も多いからな。お前らの独立闘争ごっこなど何時でも終わらせてやる!」


 珍しく激昂しているエディの姿にテッドは驚いた。

 そして、自分自身の狼狽や怒りを忘れていた。


「ふざけ『帰ったらそう伝えろ!』


 過去に全く記憶が無い、熱い言葉だ。

 それは間違いなく、エディ自身の怒りだと。

 天を突くような怒りそのものを言葉にして言い放っているのだと。

 テッドを含めた全員がそう思っていた。


「いいか。お前達の巣に帰ったなら、あの独立闘争委員会とか言うクソ共に一言一句間違えること無く正確に伝えろ! この俺が! 501独立特務中隊の特務少佐エディ・マーキュリーが! 必ず貴様らを根絶やしにしてやると!」


 エディは自身の言葉を持って帰れと言い切った。

 そこにどんな計算があるのかは解らない。

 だが、エディはそう啖呵を切っていた。


「シリウス中のどこへ逃げても、草の根分けてでも必ず! 一人残らず探し出して息の根を止めてやる! シリウス人を消耗品にしか扱わない貴様らを全て根絶やしにしてやる! 貴様らを一人残らず! 一人残らずだ!」


 エディの怒声にサミーが言葉を失った。

 だが、エディの怒りは収まる様子がない。


「この手でシリウス人を殺すことは何より辛い。だが、シリウス人が同じシリウス人を見殺しにするのを見逃すのはもっと辛い! まずシリウス人が戦わねばならぬのに! コミッサールの顔色を伺っているのを見るのは何より辛い! だからいつか、必ずこの手に全てを取り戻してやる。美しきシリウスの光は自由の色だ!」


 テッドのいた場所に急接近したエディは、サミーに向かって何かを投げた。

 目で追ったテッドは、それがシリウス側パイロットの亡骸だと気が付いた。


 サミーの放つ荷電粒子をかわし続けたエディは、同時にこれも行ったのだ。

 宇宙を漂流し続けるシリウス人パイロットの遺体を収容し続けていた。


「これを持って地上に降りろ! そしてこう伝えろ! 地球からやって来た独立委員にせき立てられて出撃し、見棄てられたシリウス人を連れ帰りましたと!! わかったかバカ娘! 一言一句間違えるんじゃ無いぞ! 良いな!」


 エディ機の両手にあったのは、10体を軽く越える遺体だ。

 その全てをサミーのシェルに投げつけ、そして、コックピットをガンと殴った。


 ──エディ……


 驚きのあまり言葉を失ったテッドは呆然と成り行きを見ていた。

 エディの激昂は収まる気配を見せず、テッドは黙って見ているしか無かった。


「必ずや伝えろ! 必ずだ!」






 ◆ ◆ ◆






「しかし、すげー剣幕だったな」


 そのシーンを思い出したヴァルターは、そう呟いた。

 エディが見せた激しい怒りと興奮はなかなか収まりを見せなかった。


「あそこまで怒ったエディを初めて見たな」

「あぁ……」


 テッドはまだどこか上の空だ。

 ただ、その眼は宙をさまようこと無く、空中の一点を見つめ思案していた。


「なんであんなに怒ったんだろうな?」


 ヴァルターの疑問は尤もだ。

 ただ、テッドはその実を確信していた。


 言われるがままに抵抗しない女を叱りつけたのだ。

 そしてそれは、あのテッドの女と言うらしい女性への怒りだ。

 リディアを見殺しにしているかもしれない怒りとも言える。


「聞いたって教えてくれないだろうな」


 ヴァルターの一言は『お前は知っているんだろ?』と言うものだった。

 テッドが一番エディから可愛がられているのは周知の事実だ。


「実は…… 俺も知らないんだ」

「……マジで?」

「あぁ…… だから」


 察しは付く。確証は無いが……

 テッドだって知りたいのだ。エディが激昂した理由を。


「後で直接聞こうと思ってる」


 間違い無く叱られるとテッドは思っている。

 上手く立ち回れと散々言われているのだ。


 自分とリディアの関係は向こうの面々(ウルフライダー)にも周知の事実らしい。

 そして、戦争の中、望まぬ形で引き裂かれたのを知っているはず。

 だからこそ彼女は、サミーは余計に腹を立てているのかもしれない。

 それが手前味噌な妄想である事などテッドだって気が付いている。

 もう何百回と繰り返した思考実験の積み重ねの中で結論づけている。

 

 ただ、それでも人間はそう言う妄想にすがりたい時がある。

 迂闊に手を出せないからこそ、そう言う自分に都合の良い妄想へ逃げ込む。


「教えてくれるかな?」


 ヴァルターの言葉には、不安と不信が見え隠れしてた。

 エディの存在はあまりに謎すぎる。


 軍の中での生活が長くなり、促成栽培とは言え、士官サロンにも出入り出来る立場になった今なら、その存在のおかしさ・異常さが良くわかるのだ。

 エディは連邦軍の中にあってあまりに不自然な厚遇を得ている。そして、普通では考えられない独立性を保っている。地球側に相当太いパイプがあるのかもしれないが、ヴァルターやテッドには見えない部分でもある……


「まぁ…… エディにも色々と……


 何かを言いかけたテッド。

 同じタイミングでガンルームのドアが開いた。

 ドアの向こうにはウッディが立っていた。

 そしてジャンもその後ろに立っていた。


「修理完了?」


 ヴァルターは自嘲気味に言った。

 人間ならば、いや、生身ならば完治までに半年コースだったはずだ。


「あぁ、ついでにアクセサレーターを新型に換装した」

「コレは凄いぜ。今までとはフィット感が全然違う」


 ウッディもジャンもあっけらかんと笑っていた。

 二人を含め、501中隊の面々は、もはやサイボーグの身体にもはや何の違和感も無い。それが当たり前であるように、空は青く雲が白いように。これはそう言うモノなのだと受け容れていた。


「今までは何というかこう、ハンカチ越しに全てを触ってるような感覚だったんだけどさ、このアクセサレーターにしたら指先だけじゃ無くて全身の感覚が一段上がったんだよ」


 ウッディは楽しそうにそう言った。

 テッドやヴァルターはそう感じたことなど無いが、それは適応率の問題だ。


「……申し訳無いけど」

「あぁ。俺はその感覚が良くわからない」


 ヴァルターとテッドは肩を竦めて申し訳なさそうに言った。

 ただ、ウッディやジャンは事も無げに言葉を返す。


「仕方ないさ」


 スパッと言ったジャンは、あっけらかんと笑った。

 殊更深刻そうな言葉を言うわけでも無く、ただ単純にフィットするかどうかだと笑っているような形だった。


「適応率って問題は何処までも付いて回る。それに、昔はもっと酷かったんだぜ」


 ポロリと漏らしたジャンの一言でテッド達はジャンの過去を垣間見た。

 かなり古くからのサイボーグユーザーかもしれないと、そう思ったのだ。


「俺が最初に機械化したのは18の時だが、あの時は歩くだけでも大事だった。手も足も感触が一切無くてな。ロボットアームに毛が生えたようなもんだったよ」


 左半身を失ったはずのジャンは、首から下のパーツをそっくり取り替えていた。

 戦列復帰まで僅か2時間だ。どんな戦闘兵器もビックリの早業だった。


「サイボーグって便利だな」


 ボソリと言ったテッドの姿にその場全員が怪訝な表情になった。

 言いたいことは解っているし、なんとも微妙な問題に言葉を選ぶ。

 テッドの胸の歌を思えば、迂闊なことは言いたくない。


「ところでドッドは……」


 話を変えるように切り出したヴァルター。

 ジャンもそれに乗った。少々空気が重すぎたのだ。

 テッドの落ち込んだ姿に、重力までもがおかしくなっている様な錯覚だ。


「あぁ、それだが……」


 一度言葉を切ったジャンは苦笑いを浮かべた。


「何とか一命はとり止めたそうだが、ブリッジチップが上手くないらしい。しばらく経過観察が必要という事で、アグネスに移動することになってるそうだ」


 サイボーグ技術の核心とも言えるブリッジチップに異常を来せば、それはサイボーグにとって頓死の危険がある。人生の終点を思わぬ形で延長した者達なのだから、いきなり頓死は歓迎しかねる事態だ。


「ドッドはエディが直接連れて行くそうだ。ついでに、連邦参謀本部に怒鳴り込み行くとか言ってたな。マイクとアレックスも一緒に行くそうだし、ちょっと波乱の気配だな」


 エディが直接動く。

 その事実にテッドは身構えた。

 あの、サミーの言葉が相当効いたのかもしれない。


「どうなるんだろうな……」


 ボソリと言ったテッドの言葉に誰も応えることが出来なかった。

 ジャンの言う波乱の気配というのは、エディらしい思い切った動きの予兆だ。


 ただ、テッドは祈るしか無い。リディアが無事で居る事に。

 こんな時は神の存在を信じたくもなるものだ。


「祈るしかねぇなぁ……」


 一言だけ呟いたヴァルター。

 ガンルームの中の空気は重いままだった……

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