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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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スナイパーカスタム

~承前






 一瞬、テッドは言葉が無かった。

 そして、無線の中にドッドの名を叫びそうになって飲み込んだ。


 ――――おぃ小僧!

 ――――イキがるのは勝手だが

 ――――こんな時は礼の一言くらいは言え!


 耳の中、遠い日にドッドの叫んだ言葉が蘇った。

 世間知らずなまま刺々しくなっていた小僧の頭に、冷や水をぶっかけた言葉だ。

 今にして思えば、あの時の一言からテッドはドッドに頭が上がらなかった。


 ――――この場で腕立て伏せ20回!

 ――――俺がカウントしてやる

 ――――はじめっ!


 精一杯デカイ声でイエッサーを叫び、あのブートキャンプで腕立てをした。

 見守るドッドはニヤニヤと笑っていたが、それは嘲笑うものでは無かった。


 真っ直ぐな人間を育てよう。

 曲がらぬ様、たわまぬ様、撃たれ強くへこたれない人間に。

 

 思えば、今の自分を形作ったのは、地上戦の間に扱かれたドッドの言葉だ。


 ――ドッド!


 爆散したドッド機の破片は恐ろしい速度で四散していった。

 その破片を目で追いながら、テッドは射点を探した。


 それは理屈や思考の積み重ねでは無く、経験から来る本能的なものだ。

 スナイパーにとっては、自らの位置を特定される事が何よりも危険なのだ。

 故に、射撃段階以外ではとにかく身を隠そうと努力する。

 この夥しい残骸の中、強力な砲を使ったスナイパーがどこかに隠れている。


 ――撃てよ!


 テッドはそれを強く思った。

 周りには幾つもの残骸が漂っている。

 その残骸と同じ動きをしているテッドは、遠くから見れば残骸そのものだ。


 ――あれか?


 やや離れた位置にある巨大なエンジンノズルの中。

 パイプ状のノズルの奥底に何かがいた。


 撃破された連邦のシェルにも見えるし、シリウスのシェルにも見える。

 両軍が使った同型のシェル。タイプ01ドラケンかもしれない。


 ――あの砲はなんだ?


 テッドの興味は次に移った。

 威力からすれば大出力の荷電粒子(ビーム)系兵器だ。

 重装甲なタイプ02の外殻を一撃で貫通したのだから、生半可なものじゃ無い。


「二秒以上直線に飛ぶな! 向こうは手練れだ! 意識して不規則に飛べ! 勝手に死ぬなよ! 俺にも都合がある!!」


 随分と無茶なエディの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。

 地上におけるスナイパー対策と同じ動きだ。


 ──地上の方が楽だ!


 テッドはこの日、あれだけ嫌だった地上戦を初めて『良い』と思った。


 ただ、現実にはそんな事を思ってある暇など無い。

 スナイパーとの戦いは、細心の注意と極限の集中力。

 そして、度胸がいる。


 たった一人で一個大隊をも釘付けに出来るのがスナイパーだ。

 それはシェルでも変わらないし、むしろ的が大きい分だけ不利とも言える。


 ──どうする?


 やる事といえば、とにかく身を隠し安全を確保し、そして、逃げ回る。


 優秀なスナイパーはそんな敵を追い出そうと牽制するだろう。

 その牽制射撃を観測し、潜んでいそうな所をありったけの投射力で叩く。

 それしか無い。


「先ずは逃げろ! とにかく距離を取れ! 見かけ上を小さくするんだ!」


 地上でも宇宙でも基本は一緒だ。

 距離を取れば見かけ上の大きさは小さくなる。

 僅かな銃口のブレで荷電粒子の塊は当らなくなる。

 どれ程威力があったとしてもだ。


 ――当らなければどって事はねぇんだよな……


 そんな事を思っていたテッド。

 だが、次の瞬間、視界が真っ白に染まる。

 同時に、遙か彼方でオレンジとも黄色ともつかない光りが見えた。


 ――またか!


 無線の中に様々な悲鳴や怒号が聞こえる。

 エディが『全員黙れ!』と叫び、無線の中が静かになった。


「チキショウ! やられた!」


 ジャンが本気で悔しがっている。

 撃たれたのがジャンかと気が付き、テッドはどこかホッとした。

 そして、入力オーバーでホワイトアウトする寸前の視界をリプレイした。


 ――何処だよ!


 必死になって発光点を探すテッド。

 無線の中にアレックスの声が流れる。


「大丈夫か?」

「メインエンジンもジェネレーターも問題なし、ただ、俺の左半身が……」


 転送されてきた視界はジャンのものだ。

 コックピットの装甲に大穴が空き、ジャンの左半身ごと蒸発している。

 ど真ん中を貫通していれば即死だった筈だが、運が良いのか悪いのか……


「サイボーグになった自分を感謝するんだな!」


 遠慮無く冷やかすマイクの言葉に『全くだ!』とジャンが返した。

 こういう部分は本当にラテン気質で良いと思うのだが、逆に言えば気楽すぎる。

 自分の半身が無くなっていることに対し、あまりにも抵抗が無いのだ。


 ――ったく……


 苦笑いを浮かべたテッドだが、言っていることに間違いは無いとも思う。

 生身の身体なら間違い無く即死となる傷で、今頃は薄れゆく意識の中の筈だ。

 よしんば生き残ったとしても、重傷で真空中とあれば結末は変わらない。

 精一杯に自分の不幸を呪い、そして世界を呪いながら遠い所へ旅立つ事になる。


 ――おっ!

 ――見つけた!


 やはり、大型戦列艦のエンジンノズルが発射点だ。

 見事に偽装して隠れている。その姿はまるで蜘蛛の様だ。


 ――ブラックウィドウ(黒後家蜘蛛)……


 まるで蜘蛛の様だと思ったテッドは、同時に姉キャサリンの言葉を思い出す。

 リディアのやり方はまるで蜘蛛の様だと彼女は言った。

 用意周到に追い込んで、逃げ道を全て塞いでから必ず殺す。


 ――違うよな……


 祈る様に独りごちたテッド。

 すでに頭の中からジャンの事は消えていた。


 ――さて……


 なんとなくイメージでしか無い戦闘手順を再構築し、それを実行する。

 スナイパーと戦うなら、性根を悪くするしか無い。


 テッドは手近な残骸を軽く押して軌道を変えた。

 ケスラーシンドロームの様に次々と破片がぶつかり合い、隙間が生まれ始める。

 複雑な軌道が絡み合い、ぱっと見では予測が付かない状態だ。


 その中をテッドは漂った。

 エンジンノズルの裏手に出るように、方向を定めて。


 ――気が付くな……

 ――気が付くな……

 ――気が付くなよ……


 機体外部のライト全てを消したテッド機は、まるで死んだように見える。

 そもそもメインエンジンを停止していたのだ。

 機体からは赤外線すら漏れない。


 内蔵したバッテリーだけを動力源に、テッドはある種の賭けに出た。

 シレッと飛んでいき、あのスナイパーの前を通り過ぎ、その姿を確認する。

 シリウスのスナイパーカスタムなシェルをちゃんと確認するのが目的だ。

 それだけで次に繋がるはずだとテッドは考えたのだった。


 ――傍目に見りゃこれも残骸だぜ……


 宇宙空間における複雑な引力の影響を受け、テッド機は複雑な軌道を取る。

 ただそれでも、メインカメラはノズルを捕らえたままだ。


 ――よしっ!

 ――いけっ!


 テッドの押した大きな残骸は、見事にスナイパーの潜むノズルへ当たった。

 一瞬だけ狼狽えたらしいスナイパーパイロットは、僅かに砲身を動かした。

 そんな事をすれば一発で所在がばれると言うのに……だ。


 テッドは漂流したまま狙いを定め、ノズルへと接近していく。


 ──間違いない!


 どうしてやろうかと思案にくれたテッド。

 だが、スナイパーはそのタイミングで発砲した。

 目映い光が伸びていって、一瞬だけヤバイとテッドは思った。


 ──はずした?


 誰も何も言わないのだから、誰も当たらなかったのではないか?

 希望的観測でしか無いが、仲間が無事ならそれに越したことは無い。


 ただ、悲しいことに今は戦闘中だ。

 そして敵にはこちら側を見逃す情や意志など一切無い。

 手加減抜きの純粋な殺意が炯々と、闇の中に光っている様な状態だ。


「……ウッディ。聞こえるか。ウッディ。応答しろ……


 エディのどこか諦めた様な声が無線に流れた。

 次の犠牲者はウッディか……と、テッドも衝撃を受ける。

 無線の中にザァザァと耳障りなノイズが流れ、やがてそれも収まった。


「おぉ!」

「大丈夫か!」


 アチコチから一斉に声が上がった。

 チラリとそちら側を見れば、ウッディのシェルが左手を挙げていた。

 ほぼ直撃だったのだが、荷電粒子の塊はウッディ機の腰下を蒸発させただけだ。


 ――外したのか!


 やはり残骸の直撃に驚いたらしい。

 スナイパーは強靭な精神力を必要とするが、驚く時は驚くのだろう。


 テッドはゆっくりと砲を構えた。必殺の140ミリだ。

 ノズルなど一撃で撃ち抜けるだろうし、中のシリウスシェルも片付く。

 だが……


 ――まだだ!

 ――我慢だ!


 テッドの右手が震えた。

 まただ……と思った。

 しかし、それでもテッドの目はノズルを捉え続けた。

 

 余所見をするのが怖い。

 眼を切るのが怖い。

 とにかく怖い。


 ただ、やるしか無い。


 ――もうちょい……

 ――もうちょい……


 相対速度は秒速100メートル未満だ。

 驚く様な速度では無い。

 

 残り1000メートルを切り、テッドは発火電源を入れた。

 砲をシリウスシェルに向けたまま、接近していく。

 狙うはノズルの前30メートル。

 姿を現した瞬間にズドンだ。


 ……ふと、胸の内に無くなったはずの鼓動を感じた。

 ウソだろ?と苦笑いして、そして肩の力が抜けた。

 再びシリウスシェルが発砲した。

 眩い光りの柱が延びていった。


「無事か!」


 エディの金切り声が響く。

 ドッドとウッディを除く全員から返答があった。

 そうやらコレは外したらしい。


 そろそろスナイパーの位置もばれ始める頃だ。

 そして、敵側を全滅させねば安全な帰還は望めない。

 敵に見つかったスナイパーは見せしめで殺されるのが普通だ。


 向こうもプレッシャーで苦しんでいるのだろう。

 そして、もう一つ重要な事に気が付く。 


 ――連射は効かねぇらしい……


 ニヤリと笑って3秒を待つ。

 テッドの前を流れていく残骸がシリウスシェルの前を通り過ぎた。

 いくつか細かい破片が流れ、再び大きな残骸が通過した。


 次は自分の番だ。

 テッドの目に狂気が混じった。


 ――行くぜ……


 4……

 3……

 2……

 1……


「ゼロッ!」


 無意識にテッドは叫んでいた。

 目の前にいたのは、完全な黒染めの機体だった。

 ドラケンベースなのはすぐにわかった。

 ただ、機体各部に着いているはずのバーニアが一切無い。


 ――はぁ?


 一瞬の間にテッドの脳には様々なイメージが浮かんだ。

 シェルの背後にあるのは、巨大なタンク状のものだ。

 間違い無く荷電粒子砲様のジェネレーターだった。


 ――ッ!


 至近距離とは言え、テッドは140ミリを乱射した。

 最初の一撃はシリウスシェルの右肩部を完全に破壊した。

 次の一撃で左腕基部を引きちぎった。

 3発目にはメインカメラのある頭部を粉砕した。


 ――これで撃てねぇ!


 ただ、手は休めない。


 4発目5発目は両脚を基部から切断する様に撃ち込んだ。

 6発目は荷電粒子砲のジェネレーター部を貫通する様に撃ち込む。


 ただ、構造が丈夫すぎて内部で砲弾が止まった。

 小さく舌打ちして、バンバンと撃ち込んでいく。


 恐らくシリウスパイロットは何が起きたのか理解出来ないだろうと思った。

 ただ、それで情けを掛けるほどテッドだって余裕があるわけでは無い。


 ――どうだっ!


 相手が動かなくなっているかどうか。

 そこが重要だ。


 巨大なエンジンノズルの中、シリウスシェルはあらゆる抵抗手段を失った。

 それでも何かをやってくるかもしれない。そんな期待にも似た恐怖がある。

 迷わず自爆されるのも面倒だし、この距離で派手にされれば巻き沿いを喰う。


 激しい砲火のフラッシュが収まり視界が戻った。

 小規模な爆発の連鎖も収まり、視界がクリアになった。


「抵抗するならこの場で殺す……」


 オープン無線で呼びかけたテッド。

 一瞬遅れて女の声があった。


 何ともハスキーな低い声だ。


「……迷わず殺せ、地球人。いつでも死ぬ覚悟は出来ている」


 なんて声だと驚いたテッド。

 だが、極限の緊張が緩んだ時、シリウスシェルのコックピット脇に目が行った。

 ラッパを持ったパイドパイパー(笛吹き男)のマークがそこにあった。

 そして、小さなモノだが、二つの剣が交差したツインソードのマーク。


「……殺すわけにはいかねぇんだ。あんた、サミーだろ?」

「何故それを知っている!」

「……リディアに聞いたんだ」


 一瞬だけ無線の中が静かになった。

 そして、10秒か15秒かの重い沈黙。


「お前が…… リディの夫か」

「そうか。そう言ってくれるのか。嬉しいもんだな」

「勝手を言うな! シリウス人のくせに!」


 突然激昂したサミーは無線の中に怒声を溢れさせた。


「お前の! お前の件でリディがどれ程苦しんでいるのか! お前の――


 サミーの叫んだ言葉に一瞬だけ正体が抜けたテッド

 しゃがれた声で叫んだサミーの言葉はまるでカミソリだった


――お前の存在でリディがどんな目に遭っているのかお前は知らないだろ!」


 無線の中から言葉が消えた。

 テッドは呆然と、その言葉を聞いていた。

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