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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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ブラックスター作戦発動

~承前






 それは新たな作戦の発動を説明する、朝のミーティングでの出来事だった。


「なお、作戦遂行に当たって嫌な報告が一件ある……」


 ことさら深刻そうに切り出したエディは、小さく息を吐いて機密文書を読んだ。

 コロニーが襲われてから3日が経過していた。


「先の戦闘で大きな被害を出したコロニーだが、その外壁に構造体の大部分を残したシリウスシェルを見つけたそうだ」


 おもわず『へぇ……』とテッドは言葉を漏らした。

 なぜなら、スクリーンに写し出されたそのシェルには流れ星のマークが入っていたからだ。


「ご覧の通りだ。やはり彼女たちはチーム化しているようだな」


 どこか他人事のように嘯くエディだが、その本音をテッドだけは理解していた。


「ただ、以前より懸念されてきた事が今回でハッキリ確認された。片道攻撃を行っているシリウス側のシェルは実験的部分があまりにも多いが……」


 スクリーンに映し出される映像にテッドは息を呑んだ。

 もちろん、全員が言葉を失って絶句するのに十分な威力だった。


 こじ開けたコックピットの中。

 そこに息絶えていたパイロットは、側頭部や後頭部にケーブルを繋げていた。

 生身の身体の筈だが、夥しいケーブルで接続された姿……


「これって……」


 息を呑んだヴァルターがボソリと漏らす。

 外科的な改造を施された人間がシェルパイロットをしている。

 その事実に、テッドはただただ言葉を失っていた。


「機能的な部分はまだ解析中だ。だが、何をしていたのかは解るだろう。実際、シリウス側に寝返った者の中には、この手の整備やシステム管理を行っていた者が複数混じっている」


 連邦軍のシェル運用に関わる者達がシリウス側に協力している。


 それを雄弁に語る証拠がここに揃っている。

 何よりの動かぬ証拠と言って良いのだろう。


「そして、もうひとつ残念な報告だが………」


 スクリーンの表示を変えたエディは、溜め息をこぼした。

 収容されたパイロットの遺体を調査した連邦側の報告がそこにあった。


「ジョン・テリー。国籍はアメリカ合衆国。年齢は23歳。未婚。四ヶ月ほど前にニューホライズンの地上にある連邦軍の管理施設から脱倉した逃亡兵だ」


 その男性パイロットは、元地球人だった。

 何の因果かニューホライズンへやって来て、そして精神の限界に達したようだ。


「19歳で合衆国海軍へ入隊。22歳の時点で名誉除隊資格を得たが、大学進学への学費支援を求めさらに2年の契約延長を行っている。名誉除隊の時点で2万ドル強のボーナスを得ているが、延長した2年の契約満了でさらに2万ドルの上積みと学費全額を軍が負担する契約だった。ちなみに、脱倉時点で残りの契約期間は2週間だった」


 重い空気がガンルームを埋め尽くした。

 残り僅か2週間で現実から逃亡してしまった若き兵士だ。


「問題はここからだ」


 スクリーンの映像が切り替わった。

 余り見たくは無い映像だが、再生される以上見ないわけにはいかない。

 そこに映る映像は、ジョンの頭部に接続されたケーブルを外すシーンだ。


「……なんてこった」


 珍しくリーナーが口を開いた。

 ただ、そこには隠しようのない怒りと憎しみが込められていた。


「これは…… 狂気の所行だ!」


 その映像は……

 ジョンの頭部にあったケーブルの基部は、頭蓋骨を貫通していた。


「……トレパネーション」

「大脳直結か」


 首を振って嫌悪感を示すジャン。

 生理学にも見識のあるオーリスも吐き捨てた。


「これって……」


 率直に言えば余り学の無いテッドやヴァルターも驚いている。

 それは、脳その物に直結された多数のケーブルだった。


「脳は直接痛みを感じる事が無い。だからコレが出来る」


 アレックスはそう解説を加えた。

 ただただ、ショッキングな光景だ。


 検視解剖を担当した軍の医師はケーブルの構造を検めている。

 頭蓋骨部分のケーブルは頭蓋骨部分でプツリと切れた。

 そして、そこにはガーネットレッドなクリスタルがはめ込まれていた。


「以前よりシリウス軍の中にコレを持っている者が居るのは把握していたが……」


 切り替わった映像には、収容されたパイロットの遺体が映し出された。

 損傷の激しい者もいるが、三体の遺体全てにそれがある。


 それは、余り良くないイメージを持たせるのに充分だ。

 つまり……


「以前より懸念されていた事の一つでもあるが、彼らはトレパネーションと同時にロボトミー化されている可能性がある」


 ロボトミー

 その単語にテッドは首を傾げた。

 聞き覚えの無い言葉だ。


 事実、23世紀の時代では、ロボトミー自体が忘れ去られた出来事だからだ。

 だがそれは、民衆から忘れ去られただけのことにすぎない。


 事実、技術や経験は脳外科の世界に脈々と生きている。

 そして、その恩恵はテッド達サイボーグの中に脈々と生きている。


「脳の構造自体に外科的な改造を施し、彼らから恐怖などのネガティブな感情全てを取り去った可能性がある。また、微細パルスにより脳そのものをコントロールしていた可能性も否定出来ない」


 スクリーンに映し出されたのは、ロボトミー化の概念図だ。

 脳の前頭葉に当たる部分の中で重要な神経結節を切断し、そこに新たな回路を組みこんでいるものだ。脳神経の中を走るパルスと同じモノを作り出し、精神や意識といったものを直接コントロールしている可能性だ。


「こんな事って……」

「許される事なのか?」


 震える声で抗議したディージョとウッディ。

 もちろん、ヴァルターもテッドも怒りに震えた。


「そうは言ってもな、俺たちだってロボトミー化の一環みたいな者だぞ?」


 嗾ける様な言葉を吐いたドッド。

 驚きの表情を浮かべたテッドは、ジッとドッドを見た。


「俺たちの頭蓋にあるブリッジチップは、脳内の各神経結節に繋がっている。構造としては生物的なタンパク質によるネットワークだが、脳がサブコンに命令を出せる分、その逆もあり得ると言う事だ」


 ドッドはニヤリと笑って青ざめるテッドを見ていた。

 若いな……と、ドッドは素直な反応を示すテッドに笑った。


 幾つも修羅場を潜り成長したはずの青年だが、ドッドから見ればテッドはまだまだ19の小僧なのだ。


「常識で考えろ。人間だって機械の様なものだ。タンパク質とカルシウムの塊か、それともメタルとプラスティックの構造物か。その違いでしか無いだろ?」


 理屈としては分かるが納得は出来ない。

 それを飲み込んで自分の一部とするには、まだまだ経験が浅いのだ。


「おいおい、それ位でショックを受けてどうするんだ。大体だな」


 ドッドに続きマイクも笑った。

 ある意味でドッド以上に容赦が無いマイクだ。

 笑っているマイクの表情は、どちらかといえば侮蔑的な色が濃い。


「俺たちは人型をしているが、単純に戦闘をこなすという目的を達すなら人型である必然性は無いはずだ。そうだろ? 人型に拘るのはアンドロイドやガイノイドであって、サイボーグは人体の機械化では無く脳の交信対象が機械になった存在だ」


 その通りだとテッドも思う。

 だが、それを納得出来るかといえば、それとコレとは違う問題だ。


「人型じゃ無いサイボーグって……」


 テッドの絞り出した言葉にドッドは薄笑いで頬肉を歪ませた。

 ただ、それに応えたのは、エディだった。


「ウェイドを思い出せ」


 その言葉にテッドもヴァルターも小さな声で『あっ……』と呟いた。

 メタルとプラスティックの外装を持った、見るからに機械な姿のウェイドだ。


「あの身体をそのまま大きくして、それこそシェルそのものにしたら……」


 余り考えたくない事だが、技術的には何の障害も無いと言って良い。

 脳味噌一つだけ入った巨大なシェルの身体。


「ドクタージェイムスンよろしく、完全な機械の姿になっても人間たり得るか。その答えは人の数だけ存在するんだろうさ。だがな、純粋に軍の兵器としてみた場合は、人型である必然性自体が薄い。つまり……」


 学のないテッドだってエディが何を言いたいかはわかった。

 つまるところ、サイボーグは理想と現実の境界ではない。

 複数の理想の最大公約数にすぎないのだ。


 そして、その最大公約数とは社会常識に大きく左右されるもの。

 シリウスの社会では、まず独立するという事が何よりも優先される。


 つまり、個人の意志や意見よりも社会全体の利益が大事。

 その中においては個人の主義主張として拒否など出来やしない。

 社会全体の利益が優先されると判断されれば強行されてしまうのだ。


「連邦軍はまだ良心的だ……と」


 そんな結論に達したテッド。

 皮肉っぽく笑うエディはサラリと言った。


「あくまで比較論だがな」


 両方ともクソだが、どっちがマシか?と言えば連邦ということだ。

 そして、その比較論に過ぎない社会的コンセンサスも簡単に変動する。


「今回の任務は簡単だ。ブローバック計画の一環に組み込まれていた事だが、スケジュールを多少巻き上げたに過ぎない」


 エディの言葉に全員がその表情を変えた。

 計画の中のタイムスケジュールを巻き上げたとエディは明言した。


 と、いう事は、誰かが何処かでそのケツを拭く必要があるという事だ。

 それも、取って置きに汚いクソ塗れのケツを拭く必要がある。


「地上砲撃をさらに激しく行うが、我々はその支援ではなく陽動を行う。何をするかというと……」


 モニターに表示されたその作戦名はブラックスター。

 ただ、テッドだけで無く全員があんぐりとくちをあけるしろものだった。


 ある意味で無謀かつ無茶な作戦だ。

 ただ、次のシリウス側に出撃を防ぐには必要な措置とも言える。


「軍人は作戦を遂行し、目的の達成を第一義とする。つまり、多少の犠牲はやむを得ないという事だ」


 サラリと言ってのけたエディ。

 テッドはその姿に、士官であり隊長である存在が背負うものの重さを感じた。


 そして、シリウス軍と同じように、任務を遂行出来ない者の存在が許されない軍という組織の理不尽さをも痛感していた。


「我々に期待されている事は大きい。連邦もシリウスも、大多数のシェルは我々の使うシェルより遅いし鈍い。我々は連邦の統合作戦本部にとって切り札と呼ぶべき存在だ」


 楽しげに笑うエディの姿は、何よりの説得力があった。

 冷静に考えれば、このワスプを一隻丸々VFA501だけが使っているのだ。


 それはどう考えたって異常な事態だ。

 また、過去に記憶が無いくらい優先して補給や支援が行われている。


「だが、それは目的を果たし、任務を遂行し、期待される戦果を上げ続けているからに他ならない。それは一瞬たりとも忘れて貰っては困る。我々は我々しか出来ない任務を果たし続けなければならないんだ。逃げも隠れも出来ない事だ」


 覚悟を迫ったその言葉に、ガンルームの中が静まりかえった。

 ただ、拒否という空気では無く、中隊の面々が覚悟を決めた様な姿だ。


 ――やってやるさ……


 そんな事を思うテッドは、僅かに笑って頷いた。


 気合い入れてやりますよ……と。

 しっかりと結果を出すべく、努力しますよ……と。


 何気なく隣を見たテッド。

 ヴァルターも同じように気合いを入れていた。


「さぁ、任務を遂行しよう。我々にしか出来ない事を、期待されている事を、必要な結果を得る為に努力しよう。諸君らにはそれが出来るはずだ。我々は、この連邦軍の中のブラック(光らない)スタ(恒星)ーなんだからな」


 あまりにも無茶なブラックスター作戦の幕は静かに切って落とされた。

 ただただ、結果だけを求める厳しい道のりが始まった。

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