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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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上手の手から漏れた水


 中隊の一日は朝7時のミーティングから始まる。

 宇宙を周回する軍艦(ふね)の中なのだから、艦内時間はシリウス標準時間だ。

 朝6時に起床するテッド達はミーティングまでに食事を済ませている。


「……これって?」


 ミーティングの時に提示された一枚の画像。

 少々解像度的に心許ないモノだったが、そこには見た事の無いシェルが居た。


「コロニー周辺で6時間前に撮影されたものだ」


 楽しそうに口を開いたアレックスの表情は『やられた』と言わんばかりだ。

 どうやってコロニー軌道まで送り込んだのか。

 テッドにはそれが分からない。


 ニューホライズンの周辺は、針ネズミの様になった艦隊が幾つも存在している。

 その防衛線を突破するだけでも相当な被害を出しかねないはずだった。


 普通に考えれば、地上から打ち上げられるだけでも見つかる様な代物だ。

 どうやったって準備段階で見つかり、上昇中に狙い撃ちされる。


 ブローバック計画(プラン)の肝は、シリウス軍を地上に縛り付ける事なのだから。


「どんなマジック(手品)を使ったのかは知らないが……」


 そう切り出したエディ。

 静かな口調とは言え、エディの口からマジック(魔法)という言葉が出た。

 テッドはそれに驚愕した。


 ただ、エディがそうである様に、シリウス側にも何らかの手段があるのだろう。

 防衛線を突破し、結果を出す為に突入せよという命令ならば軍人は命を賭ける。


「彼らはコロニー周辺に現れ、防衛隊に出撃させた。しかも、かなり酷い戦闘だった様だ。映像を見る限りではな」


 視界の中に再生されたその戦闘映像は、テッドを含めた全員が息を呑んだ。

 従来の丸みを帯びたデザインとは全く違うシェルだ。


 両肩が大きく張り出し、そこに複数のバーニアノズルを装備している。

 胴体にあたる基礎フレームは驚く程にスリムでコンパクトだ。

 おそらくは視覚的な錯覚だろうが、人ひとり入れば一杯に見える。


「この機体が恐らくシリウスの新型だろう」


 マイクの言葉には好敵手の登場を歓ぶウォーモンガー(戦闘狂)の色があった。

 正直に言えば『狂ってる……』と言いたくも成る姿だが……


 ――へぇ……


 気が付けばテッドも、薄ら笑いを浮かべていた。











 ――――――――2248年 10月 18日

          ニューホライズン周回軌道上 高度800キロ

          強襲降下揚陸艦 ワスプ艦内











「新型の存在はまぁいいとして、問題はその能力だ」


 アレックスは視界の中の映像をガンルームのモニターに切り替えた。

 その僅かな違いに、テッドはいま見た映像が機密扱いだと気が付いた。


「……やるなぁ」


 両肩を大きく張り出したシェルは、深い緑に塗られていた。

 ややもすれば、その深緑色は漆黒にも見える。

 機体に目立つ色差しは無く、宇宙の闇に溶け込む様な姿だ。


 各部に着いたバーニアノズルにはカバーが付けられている。

 少々の被弾でも機動力を失わない為のモノなのだろう。

 そして、関節部はより入念に装甲で覆われていた。


「耐久性と機動力の両方を狙ったのかもしれんな」

「そうだろうな。ただ、本当に問題なのは……」


 マイクの言葉にエディが相槌を打った。

 ただ、そのエディの懸念というのは……


「……化け物だ」


 モニターを見ていたウッディが呟いた。

 その隣に居たステンマルクもオーリスも言う。


「中のパイロット、平気なのか?」

「あり得ない……」


 連邦軍のVFA103と互角以上の戦いをしているシリウスシェル。

 その動きを一言でいえば、瞬間移動だ。


 短距離ワープを繰り返していると言う事では無い。

 ただ、各部のバーニアがリニアに反応し、機体の動きは常識の範疇を超える。

 文字通りに瞬間移動の様な急加速をし、機体が崩壊しかねない急旋回を掛ける。


「テッドターンだぜ、あれ」


 指を指して笑うヴァルターは、楽しそうにテッドを見た。

 シリウスシェルが行っているマニューバは、いきなり直角にターンする技だ。


「テッドターンか。俺も真似してみよう」


 エディの軽口に皆が笑った。

 ただ、その笑いは余裕から来るものでは無い。


 ――機動力もそうだけど……


 モニターを見ているテッドの表情に懸念の色が混じる。

 緑色に塗られたそのシェルは、至近距離で幾つも直撃弾を受けてるのだ。

 ただ、そのどれをもはじき返し、反撃とばかりに砲を撃っている。


 103が持っているのは旧型の140ミリなのだから、有効打にはなり得ない。

 それでも装甲的に弱い所なら、多少の効果は期待出来るはずだ。


 しかし……


「280ミリでも効かねえかもな」


 ジャンはボソリとそう言った。

 そのジャンにディージョがいう。


「ダメなら気合い入れて接近するしかねぇって事だね」

「あぁいやだいやだ。おっかねぇ」


 両手を広げマンマミーア(なんてこった)!といわんばかりのジャン。

 飛びきりの悪夢を起きている時に見せつけられた気分だった。


「まぁ、いずれにせよ」


 映像を切り替えたエディはコロニーエリアの状況図を示した。

 コロニー軌道のすぐ近くには連邦軍の戦闘艦艇数百隻が展開している。

 その間を飛び回ったシリウスシェルは一機また一機と撃破されていた。


「突入してきた40機ほどの新型は殆どが撃退された。手痛い一撃も受けたがな」


 戦闘結果の詳報には、修理中のコロニーが再び損傷を受けたとあった。

 そして、小型の駆逐艦2隻と103のシェル18機が未帰還だ。


「結果的には負け戦だ。コレの対抗措置を考えねば成らん」


 エディの言葉に悔しさの色が滲んだ。

 それはつまり、シリウス側の本気度に対する地球側の意識の低さだ。

 次々と新機軸を打ち出し、割りきった戦術と大胆な戦略で戦争を主導している。

 シリウス側の強みは、紛れもなく一枚岩になっている戦争指導部だろう。


 意思決定の速さと割り切り。

 なにより、決まった事に口を挟まず、愚直に努力する強さだ。

 権利を主張する地球側と違い、我慢と自己犠牲の上にシリウスは成り立つ。


 厳しい環境の中へ放りこまれ、極めて我慢強く忍耐強く粘り強くなった人々。

 文句を言うより手を動かし、一致団結して困難を乗り越えていく協調性。

 そんな社会文化の違いこそがシリウス軍を支えているのだった。


「技術部の分析では、装甲周りは単純な素材でしかないとの事だ。ただし、その厚みと配置は考え抜かれている。高出力レーダー解析による分析では、多数の中空装甲による軽くて強靭な機体構造だ」


 エディの言葉には呆れ気味の溜息が混ざった。


 多重化・階層化された複合装甲。それはまるで装甲板のミルフィーユだ。

 しかも、それぞれの装甲板には隙間が開けてある念の入れようときた。

 それによりHEAT弾のスラグジェットは無力化されてしまう。


 また、その強靭な装甲の階層化は思わぬ効果をも生み出した。

 APDS弾も装甲への多重突入を繰り返し、運動エネルギーを失うのだ。


 コックピットの内側にさえ弾が飛び込んで来なければ、パイロットは余程大胆な事が出来る。それも、思いきった強い手だ。それはテッドたちシェルパイロットが一番良く分かっていることだ。


「そもそもシリウス側のパイロットは恐怖感が薄いのもあるが……」


 戦闘全体を観察していたアレックスは違う分析を述べ始めた。


「このシーンなどを見ても解る通り──


 アレックスが紹介したのは、コロニーの外壁へ突入したシリウス側のシェルだ。

 防御火器の激しい砲撃を避ける事なく、コロニーの至近部へ突入していく。

 そして、近接火器を受けてなお、サンダースティックを外壁へ突き立てた。


 死への恐怖が希薄なのか。

 それとも、そもそも怖くないのか。

 まるで自動戦闘AIが戦っているような振る舞いだ。


──彼等は弾幕の薄いところを選ばない。最短手を選び、最短距離を飛び、迷うこと無く手痛い一撃を入れている。そしてそれだけでなく……」


 アレックスの手はスクリーンの映像を変えた。

 肉薄したVFA103のシェルが至近距離から140ミリを叩き込むシーンだ。


 天頂側から接近し、頭部の上から一撃を加えている。

 流石の重装甲もセンサーの塊な頭部ユニットには施されてはいない。

 砲弾一発で頭部ユニットは破壊され、一瞬だけシリウスシェルは動きを止めた。


 だが……


「ここからが問題だ」


 アレックスの声が僅かに震えた。


「シリウスのパイロットは遠慮なくコックピットカバーの装甲をあけている」


 指差したアレックス。

 そのシーンを見ていた者全員がポカンと口を開けた。


「いやいやいやいや…………」

「嘘だろ?」


 ドッドとジャンがボソリと呟く。

 ヴァルターはテッドと顔を見合わせた。


「頭のネジが足らねぇとかじゃねぇな」

「あぁ…… ありゃぁ…… 死ぬ事を恐れてねぇ」


 一瞬の沈黙の後、ロニーも呟く。


「そもそもネジ穴がねぇっすね。ありゃ。脳みそツルツルっすよ」


 相変わらず緩い事を言いやがる……と、ロニーを見たテッド。

 だが、そのロニーは心底嫌そうな顔で首を振っていた。


「死ぬのが怖くねぇんじゃ、戦いようがねぇっす。最初から殺す気で……」


 サイボーグだって中身は人間だ。

 恐怖や躊躇いと言った感情は確かにある。


 だが、このシリウスパイロット達には、そんな躊躇や戸惑いが一切無い。

 最初から死ぬのを前提にしているとしか思えない出撃だ。


「こんな連中とやりあうのかよ……」

「そりゃぁ…… 気も病むってこったな」


 ディージョの呟きにジャンがぼやいた。

 連邦の中に広がる厭戦の空気は、嫌でも軍からの脱走兵増加を招く。

 結局のところ、相手を皆殺しにするまで徹底抗戦されると言うことだ。


 酷い言い方をするなら、大学に行く学費の低利ローン斡旋や免除。

 或いは、将来の納税義務の減免措置などを目当てに軍へ来た者には辛いのだ。


 社会のため、世界のため、地球のため。

 そんな大義ではなく、あくまで自分の都合として軍へ参加している者は多い。

 だからこそ、彼らは軍の中での殺人行為に拒否感を示す。


 戦わなければ殺されない。


 そんな甘っちょろい幻想に駆られた者から脱走を志してしまう。

 軍内部に入り込んだシリウス側の工作員が彼らを唆すのだ。


「結局脱出したって、シリウス側に渡ったらもっと酷い事になるのにな」


 ヴァルターはそう呟いて言葉を飲み込んだ。

 旧式兵器を使い捨てにするシリウス軍だ。

 そのパイロットの出所だって察しが付く。


 ヴァルターの言葉に鼻で笑ったオーリスは、吐き捨てるように言った。


「だけど…… それをどんなに説明しても、現状から逃げ出す事を選ぶ弱い存在は、将来より今を取ってしまうんだろうな」


 士官教育を受け、責任から逃げ出す事無く立ち向かい、そしてそれを全うする。

 それを教え込まれた者達は良く分かっているのだ。

 逃げ出した者に安寧など無い事を。


「シリウスに渡って最初は良いだろうが、やがて彼らはシリウス側から戦力化させられる事になる……」


 話を〆るようにアレックスは言った。

 理由など何でも良いのだ。


 反乱を企てていると密告があった。

 造反容疑が君らに掛けられている。

 騒乱準備罪で告発を検討しているのだが。


 そもそも、脱走兵は地球を裏切った存在なのだ。

 一致団結を美徳とするシリウス社会では『裏切り者』のレッテルが一番辛い。

 どれほど溶け込もうとしても、一度は裏切ったと言う前科からは逃れられない。


 爪弾きにされる運命の脱走兵たちにたいし、シリウスの民生委員が持ちかける。


 ――――シリウス軍に参加しないか?


 ……と。

 そもそも軍隊経験者であるから基礎教育は必要ない。

 いきなり前線へ放りこまれた脱走兵は、旧式兵器などで出撃を強要される。

 出撃拒否をすれば『やっぱりそうか』と処分の対象になるのだ。


 結局、脱走兵に逃げ場など無いのだ。


「まぁ、いずれにせよ」


 重い沈黙を破ってエディは切り出した。


「コロニー軌道へ送り込まれたシリウス軍の出発点はまだ分かっていない。どう対処するかも未定だ。だが、方針は変わらない。コロニーを修理し、地球を目指す。その為に切り札が投入される」


 スクリーンには真新しいタイプ02が表示された。

 部隊マークは今まで見たことの無いものだ。


「VFA41ブラックエイセスとVFA103ジョリーロジャースがコロニー軌道へ投入される事になった。地球側で訓練を積み重ねてきた、長い歴史を誇る名門の戦闘攻撃飛行団だ。そして、VAQ130ザッパーズが支援に加わる」


 ぶいえーきゅー?

 ヴァルターは僅かに首をかしげてテッドを見た。

 そのテッドも首をかしげた。


 それに応えたのはアレックスだった。


「VAQは電子戦を専門にする連中だ。ここ何回かの出撃時に私の搭乗したシェルでやった事を専門に行い、しかも戦闘をこなせる連中って事だ」


 VAQは電子戦機器により、相手のレーダーを無力化したり通信に障害を発生させたりと、電子機器の邪魔を専門とする要員を抱えた戦闘団だ。

 アクティブステルスにより電子の目から完全に隠れて敵に接近するなど、上手くはまれば驚くほどの戦果を生み出してしまう集団だ。


「とりあえず話を〆るが」


 エディはスクリーンの表示を消し、機密書類を封筒へ納めた。


「我々はここを離れないし、やる事は一切変わらない。この一週間と同じようにシェルで出撃し、シリウスの地上掃討を行なう戦列艦を支援する。それだけだ。引き続き油断なく任務に励んでくれ」


 なんとなく不安感を覚えたテッド。

 その不安の種は、予想を超えるものになるのだった……

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