かなり微妙な新兵器の登場
~承前
「うはっ! 凄い数だ!」
ヴァルターの声には隠し切れないウンザリ感が溢れた。
ニューホライズンの各所より、夥しい数のロケットが打ち上げられたのだ。
視界に映るだけで50を軽く越えるのだが、まだまだ増えている。
そして、まだ夜の側にある地点でも光りの柱が続々と伸びていた。
「シリウスも本気だな」
ぼそっと呟いたテッドはレーダーパネルの調整ノブを回した。
範囲を大きく広げたシェルのレーダー走査は、300を越えるエコーを捉えた。
「……単純に言って900っすね」
ロニーですらも声を震わせる数だ。
どう考えたって、僅か13機、実質12機で対処できる数じゃ無い。
「さて、じゃぁこっちも切り札を使うとするか」
「切り札?」
さらりと言ったエディに対し、テッドが疑うように聞き返した。
実際、出撃前の打ち合わせでは一言も聞いていなかったものだ。
何かしらの実験的兵器が持ち込まれたのは知っていた。
ただ、それはまだまだ開発中か、実用的ではないレベルだと思っていた。
「まぁ、要するに秘密兵器だ。期待は裏切らないだろう」
全員に安心感を与えるように言うエディは、同時に大きく旋回した。
敵機に距離を取るように離れると、全員がそれに続く。
「ところで切り札って?」
我慢ならず真相を訪ねたテッド。
エディは軽い調子で答えた。
「地球のアジアと言う地域ではこう言うそうだ。三日会わなかった男の子は別人だと思えってな。つまり……」
テッドは思わずプッと吹き出した。
それは秘密兵器でも新兵器でもなんでもなく……
「へいへい。頑張りますよ~」
うんざり気味のマイクが呟く。
要するに、この13機で頑張るという意味だ。
「ただ、これは本当に新兵器だぞ?」
エディは確認するように言うと、背中に背負っていた140ミリを取り出した。
各シェルが持っていた140ミリは、実は各部を改良した新型だった。
電磁加速器と火薬発射のハイブリットになったコレはかなり強力だ。
短時間とは言え、充電せずとも発射できる火薬式は心強い。
そして、それを大幅に再加速できるレールガンは素敵と言う事だ。
「そう言うのは先に言ってくださいよ!」
笑いつつも抗議したヴァルターとディージョ。
だが、エディは意外な言葉を吐く。
「切り札は最後まで取っておくものだ。先に教えたら、お前たちは最初から使ってしまうだろう?」
勿論だとテッドは思う。
そして全員も同じ意見だ。
「新兵器は相手の度肝を抜く為にある。切り札は一番いいタイミングで使うんだ」
その、ある意味でとんでもない理論でしかないエディの言葉。
ただそれは、やたらに説得力のある言葉でもあった。
敵を驚かせて警戒心を持たせる事が出来れば、攻めの手は鈍るモノだ。
僅かでもそれが出来るなら、こと戦闘に於いては大幅に有利となる。
「まぁなんだ。こちらが有利な内に方を付けよう」
エディは最初に新型を発砲した。
一瞬眩い光を放ち、とんでもない速度で砲弾が飛んだ。
威力十分な280ミリと比べ、従来の140ミリは砲弾の口径が半分だ。
重量もザックリ言えば半分に満たない。
だが、新型はその弾頭から大きく違う。
まず、大幅に強度を増していて、しかも速度は4倍強だ。
威力は速度の二乗に比例するのだから、その威力は計り知れない。
「こりゃ確かにもぐら叩きだな」
ヴァルターの言葉が笑いを噛み殺していた。
シェルをくくりつけたロケットは高度を稼いでいる。
だが、大気圏外でそれを待ち構える側は圧倒的に有利だ。
「撃ち漏らすなよ? 面倒が残る」
エディは射撃ポジションを微調整しつつ、まだ夜の側のシリウスシェルを撃墜した。
──あ、そうか
抜かりなく振る舞うエディの姿にテッドは、またひとつ学んだ。
敵の存在を把握し、手当たり次第撃てば良いということではない。
その動きを予測し、危険度を判定し、そして、砲弾の到達時間を計算する。
「これさ、各機で網張って、連動したら良いんじゃないかな」
ステンマルクがなにかに気がついた。
それは技術屋の勘と呼ぶべきものだ。
「一番近い場所の機に射撃指令を出して攻撃させるんだ。全部自動で。俺達はそれを監督して、ヤバイと思ったら停止させる」
「面白そうだな。よし、技術部に提案しておこう」
アレックスもその話に乗った。
今だって情報の連携や視界の共有は行っているが、さらに一段上の連携だ。
「いずれ完全なAIが登場して戦闘も自動化されるだろう。誰も死なない機械の代理戦争だな」
どこか自嘲気味の言葉をアレックスは吐き出した。
それは今さら説明されるまでもなく、わかりきったことだ。
少なくとも、いま現状ではサイボーグだけの501中隊がそのポジションだ。
どこか消耗品一歩前のような、潤沢な補給と高待遇で釣られている状態だ。
殆ど休みがなく、連日連夜の出撃を繰り返している。
中身は人間なのだが、肉体的な疲労は一切考慮されていない。
「要するに、奴隷の戦争だな」
「生き物か機械かの違いでしかない」
ジャンとドッドはそんな会話をしている。
続々とロケットを迎撃し、既に200基以上を撃墜している。
エンジンを打ち抜かれたロケットは重力に引かれ地上へと墜落していた。
ただそれは、推力を最優先して設計された四酸化二窒素・ヒドラジン系のパワー重視のロケットだ。夥しい量の危険薬物が大地にばら撒かれ、嫌でも土壌汚染を引き起こしてしまう。
――あの畑は全滅だな
大気圏外から眺めるテッドは、内心でそう一人ごちた。
広大な農作地帯がまとめて汚染されていた。
「残り幾つだ?」
そろそろマガジンを空にしそうなウッディが言う。
ロケットを追跡するサポート中のディージョは『ざっと80だ』と応えた。
まだまだロケットは数があるのだが、そろそろこっちも弾切れだった。
装弾数の多い140ミリとはいえ、一機が持てる数の上限はそれほど多く無い。
「各自撃ちきった140ミリはニューホライズンへ落とせ。燃え尽きるだろう」
何処までもドライなエディの指示にテッドは驚く。
だが、逆に言えば最後の一発代わりにロケットへ叩き込む事も出来る。
「70発なんてすぐだな」
「もっと欲しいぜ!」
早速撃ちきったヴァルターとジャンが砲をニューホライズンへと捨てた。
真っ赤な尾を引いて断熱圧縮を発生させ、140ミリは燃え尽きて行った。
「こっちも看板っす!」
「俺もだ!」
ロニーとドッドが撃ちきって砲を捨てた。
なんだかんだで百発百中は難しいのだ。
統計的に見れば、ロケット一発を迎撃する為に5発の砲弾が必要だ。
気前良くバカスカと撃てば、あっという間にマガジンは空になる。
迎撃に気を取られすぎて肝心なときに弾切れは歓迎しかねる。
――そう言えば……
テッドの脳裏には、ふとウッディの振る舞いが思い出された。
コロニーの至近で最終防衛ラインを作ったウッディのやり方だ。
――弾を残しておかなきゃな……
一発必中の射撃を続けてきたテッドだ。弾はまだまだ残っている。
エディやアレックスやマイクも同じように弾を残している。
――なるほどなぁ……
ステンマルクやオーリスまで弾を撃ち尽くした。
珍しくウッディやリーナーも撃ち尽くしている。
現状で射撃可能なのはエディ以下の3機とテッドだけだ。
「残りは?」
僅かに緊張した声のエディ。
アレックスは冷静にカウントして答えた。
「……32だな」
一瞬の沈黙を置いてテッドは精確な射撃を加えた。
次々とロケットを破壊し、あっという間に残数18まで減らした。
「テッド。まだ弾はあるか?」
「残り12です」
「そうか。残りは手持ちで取っておけ」
エディはその言葉の後で自ら射撃を加え始めた。
テッド以上に冷静で精確な射撃が行われ、残数も5か6になる。
「後は任せろ!」
マイクがその後を受け継ぎ、残りのロケットを全て破壊した。
ニューホライズンの地上へ向けてロケットが落ちていく。
そこには間違い無く、シェルがぶら下がっていたはずだ。
――誰も死んでなきゃ良いな……
テッドは心中でそう祈った。
打ち上げられたロケットは、どれもグレーに塗られたモノだった。
ウルフライダーを示す白地にバラのマークは一つも無い。
ただ、ロケットがただの汎用品である可能性は捨てきれない。
――祈るしか無いな……
そこにリディアがいませんように。
流星になってニューホライズンへ落ちませんように。
テッドは素直な心でそう祈った。確認する術は無く、確かめる事も出来ない。
気ばかりが焦るものの、何も出来ないもどかしさに苛立つのだった。
「ところでエディ」
やや離れた位置で見ていたディージョはおもむろに声を発した。
「どうした?」
「ちょっと気になったんですが……」
ディージョは自分が見ていた光景の映像を再生した。
140ミリの高速弾に撃ち抜かれるロケットの姿だ。
レールガンで加速された毎秒20キロ近い砲弾は、ロケット紙の様に貫通する。
だが、その貫通されたロケットの先端はフェアリングこそ飛ぶものの……
「何度見ても、シェルが入っているべき部分は空です」
「……空 ……だと?」
「はい」
ディージョの見ていた世界は、エディやテッドとは違い、ロケットを側面から見ているのに近い角度だ。そしてそれは、撃ち抜かれ形を歪ませ落ちていくロケットの姿をより一層ハッキリと見せてくれるものだった。
「中身が入っていれば、こんな角度で撃たれると……」
ロケットの円筒形を見事に貫通している砲弾は、完璧な角度での撃破と言える。
ただ、それは、その角度は、3機入っているはずのシェルのどれかを確実に撃ち抜いているはずだった。
「大気圏外向けに燃料を積んだシェルなら、必ず大爆発するはずです」
少し緊張しているディージョの声に、テッドは罠の臭いを感じた。
つまり、全部承知でシリウス側が空っぽのロケットを打ち上げた可能性だ。
「整理しよう」
一つ息を吐いたエディは静かに切り出した。
「我々は地上へ艦砲射撃を加え、工場の可能性のある場所を焼き払った。シリウスはそれに対抗するべくロケットを打ち上げシェルと飛ばそうとした。我々はそのロケットを全て撃墜したが……」
エディの言葉が途切れた。
その無言が何を言いたいのか、テッドは察しが付いた。
そして、深く深く溜息をこぼす。
――またやっちまった……
――いや、やらされちまった……
「また踊らされたのか……」
テッドの言葉にアチコチから舌打ちが流れた。
こういう部分の駆け引きでは、シリウスの方が一枚上手だ。
それを嫌と言うほど痛感してしまうのだが……
「いや、踊ったんじゃ無い。見せつけたのさ」
エディは気を取り直す様に言った。
同じタイミングで地上では一際大きな爆発が発生した。
ロケット迎撃の間は大人しかった地上砲撃が再開されたのだ。
「見ろ。シリウス側はもうどうする事も出来ない」
次々と着弾する砲撃の威力は凄まじいモノで、地上は大変な事になっている。
黒煙と激しい炎とに包まれた工場群は、次々と連鎖爆発を繰り返していた。
「迎撃に上がりたかったのだろうが――
――あっ そうか……
テッドもそれに気が付いた。
シリウス側に余力が無くなっているのだ。
――彼らの人的被害も洒落にならない状況なんだろう」
その通りだとテッドは思った。
ロケットにシェルを積んで打ち上げれば、確実に撃墜される。
そうすれば、やっと育てたパイロットを失う事に成る。
もっと言えば、死ぬの前提での出撃命令は、兵士からの憎しみを買う。
連邦もそうだが、シリウスもまた、ギリギリのバランスで成り立っていた。
不用意に犠牲を産みつつも、数の論理で攻め倒す事は出来ない。
それ故にワープ兵器が作られ、邪魔する為のミサイルボットが送り込まれる。
「今回のキツツキ作戦も成功だった。彼らはこれで迂闊に宇宙へと出てこれなくなったと言う事だ。次はどういう手を使うか、じっくり考えよう」
エディの勝利宣言は、少しばかり強引さを孕んだモノだった。
ただ、それを信じたい気持ちは多分にある。
――俺たちは間違ってない
それこそが、兵士のやる気を殺がずに済む一番の妙薬なのだった。




