表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
118/425

トンデモ兵器の登場

~承前






「おー すげぇ! すげぇっす!」


 無邪気な歓声を上げてロニーがはしゃいでいる。

 最新型であるアイオワ級戦列艦は、過去最強と噂される火砲を装備していた。

 展開された浮遊砲塔は発電パネルを最大に広げ、強力な砲撃を続けている。


 地上で次々と起きる大爆発の威力は、下手な弾道弾など顔負けだ。

 山を削り、河を蒸発させ、地形その物を変えかねない威力で地上を焼き払う。

 従来のコロラド級よりも更に威力を増した砲撃は、予想をはるかに上回った。


 ただ、その光りは地上で散華した命の光りでもある。


 テッドは人知れず、コックピットの中で手を合わせた。

 教会など終ぞ行かなかった男だが、それでも……


 ――神よ……

 ――迷える魂を導き給え

 ――ヴァルハラへ


 あの光りの中には、かつての同胞がいるはずだ。

 そして、一歩間違えばその光りの中にリディアがいるかも知れない。


 人知れず焦燥感に身悶えるテッドだが、現実は非常を通り越している。

 誰が見たって、それは異常な光景だ。


「各機、そろそろ仕事の時間だ。十分注意しろ。向こうもステルスかもしれん」


 エディの言葉にアチコチから失笑の小さな嘶きが漏れた。

 どんなにステルスで来たとしても、地上からのロケットロードは隠せない。


 テッドはレーダーパネルの縮尺を変えて、危険地域全てを走査カバーした。

 1世紀も前ならスパコンと呼ばれたレベルのものをシェルは搭載している。


 ――さて……


 気持ちを入れ替えてどんな小さな反応も見逃すまいと気合を入れる。

 だが、テッドが凝視している地上では、煉獄の炎が人々の魂を焼いていた。


 もしあの人民が共存を選んでいたなら……

 或いは死ななかったかもしれない命だ。


 ――結果論か……


 未来は誰にも分からない。

 良かれと思って行った事で苦しむ事もある。

 地獄への道は善意で作られていると言うくらいだ。


 独立の先に何があるのかは、この3年でテッドにも嫌と言うほど分かった。

 単純に、支配する側が変わるだけで、結局は何も変わらない。

 支配する側とされる側の隔たりは、口で言うほど容易いものでは無いのだ。


「さて…… おいでなすった様だ」


 最初に見つけたのは、どうやらオーリスらしい。

 最近やっと打ち解けてきた様に思うオーリスは、ウッディに近いタイプだ。

 寡黙で冷静だが、その内に秘める思いは、仲間に負けず劣らず熱く滾っている。


「レーダーコンタクト…… って、ん?」


 アレックスの発した言葉の語尾は、ごく僅かに上がった。

 パネルに映る反応は、どう見てもおおかしいものだったからだ。


「なんだこれ?」

「大型ロケットにしちゃ反応が小さくねえ?」


 ドッドもジャンも首を傾げる。

 まだまだ遠い所の反応だが、そのエコーは想像以上に小さなモノだ。


「……ミサイルとか」


 ボソッと呟いたウッディ。

 だが、無線の中には細波の様な反応が溢れた。


「突っ込んでくるのは歓迎しねえなぁ」

「どっちにしろ迎撃するだけだ」


 ステンマルクのボヤキはパイロットの本音だ。

 それに応えたマイクもどこか捨て鉢な物言いだ。


 ミサイルなどの無人兵器は、どこまでもドライで機械的な判断をする。

 こちらがわずかても有利なポジションをとり、隙あらば突入する。

 機械は迷わないし躊躇わないし、旬順したりすることもない。


「あれを有人でやらなきゃ良いな」


 ボソリと呟いたテッドは、どこか辛そうに言った。

 消耗品として使われるのは、大体がレプリだ。

 そして、そんな風に使われない保証はない。

 もちろん、リディアの事だ。


「向こうがその使い方を躊躇うように仕向けよう」


 言い聞かせるようなエディの言葉に、テッドはわずかな失笑をこぼした。

 上手く振る舞うと言う事の本質をテッドは掴みつつあった。


 ──どっちにしろ消耗するなら……


 それが甘い見込であることなどよく分かっている。

 シリウス軍の冷徹なやり方は、理屈ではなく体験としてよく分かっている。

 例えどれ程非情でも、それで目的が達せられるなら容赦なくそれをやる。


「まぁ何れにせよ──


 エディが話を仕切り直そうとしたとき、テッドのシェルは警報音を発し始めた。

 コックピットが耳障りな電子音で埋め尽くされ、テッドは警報の正体を探る。


 ──なんだってんだよ一体!


 レーダーパネルには異常がない。

 ただ、全てのセンサーが何らかの移譲を捉えている。

 重力震センサーまでもが異常を訴える以上、絶対何かあるはずだ。


「あっ!」


 なにかを見たヴァルターが視界を共有した。

 そこには、突然ワイプアウトしてきた物体があった。

 まるで機雷のようにトゲトゲの付いたその姿は、見るからに凶悪だ。


 ──あれは!


 そのデザインにテッドは見覚えがあった。

 間違いなくキャサリンと遭遇したときに見た爆発物だ。

 勘弁してくれと機体を捻って逃げようとしたとき、その物体は爆発した。


 ──まじかよ!


 テッドは直感で機を縦にひねった。

 シェルのすぐ脇を鋭いスパイク状のものが通過した。

 下手なミサイルなど比べ物にならない速度での一撃だ。

 当たらなかったのは偶然レベルのものだった。


「うはっ!」


 ディージョのうめきが響き、思わず振り返って彼の機を探す。

 宇宙は広く大きいが、目的のモノはすぐに見つかった。

 コックピットのすぐ脇にスパイクを突き刺したディージョのシェルは、テッドのやや後方にいた。


「アレなんだよ!」

「この前見た奴だ!」


 ヴァルターの見た世界を何度か再生したテッドは、それが間違いなくワイプアウトしてきた物だと結論付けた。


超光速飛行(ワープ)してきて実体化する炸裂系兵器だ!」


 どう見てもそうとしか思えない。

 そして、一番最初にレーダーコンタクトした物体を検証する。


「じゃぁ、最初のエコーの正体って――


 ジャンもそのメカニズムに気が付いた。

 一番最初の極僅かなレーダーエコーは、前回テッドが喰らったものと同じだ。

 VFA501を完全に囲むように展開した正四面体状のレールガン弾頭だ。


――あれ、もしかしたら座標のマーカーじゃないか?」


 ジャンの言葉が無線に流れた時、テッドは一番手近なマーカーを探した。

 やや離れた場所だが、そこには暗灰色の物体が見えた。

 140ミリを背中から外し狙いを定めると、テッドは迷わずに撃った。


 目標が小さすぎて当りにくいが、それでも4発目で目標を撃ち抜いた。

 部品を撒き散らしてマーカーが破壊されたとき、シェルコックピットにあった重力震を感知する警報がピタリとやんだ。


「どうやらビンゴだ!」


 馬鹿馬鹿しいにも程がある!とテッドは内心で叫んだ。

 爆発物だけをワープさせてくるとか、どんだけ金かかってるんだ?と、そうボヤキのひとつも言いたくなる高価な兵器だ。


「ディージョ! いけるか!」

「問題ねぇと思うが……」


 ディージョの声はいつもより沈んでいた。そして、共有を掛けたディージョの視界には、コックピットの左脇を貫通したスパイクの影響で、歪んだフレームに挟まれたディージョの左半身が見えていた。


「戦闘機動は概ね問題ないが、脱出は出来そうに無い。まぁ……」


 歪んだフレームを押し返そうとしても、全く動く気配すらない。

 強靭な構造を誇るシェルだけに、全くビクともしないのだ。


「ダメなら機と運命を共にするさ。流星の様に燃えてやる」


 余り笑えない冗談でハハハと乾いた笑いをこぼしたディージョ。

 その間にも事態は動いていた。


「自力でワープはあり得ないだろ! どこかで加速させてるはずだ!」


 そう分析したアレックスの言葉に、テッドは辺りを見回して敵を探した。


 言われてみればその通りだ。

 どんな物体だって、ワープするには光速近くまで加速しなければならない。

 ましてや、あのサイズの兵器である。その加速距離も長くなる筈だ。


「何処でワープさせてるんだ?」

「常識的に考えれば、周回軌道上か、それに近い所だ」


 元技術屋なステンマルクもオーリスも仮説を立てて考え始める。

 物体を光速まで加速させるというのは、実際そう簡単な事では無い。

 ダークマターを斥力で吹き飛ばし、超光速まで加速させる。

 その為のエネルギー源にも一工夫居る筈だ。


「ニューホライズンの地上とか……な」


 なんとなく呟いたオーリスだが、ジャンは即座に否定する。


「大気があるとこじゃ無理だろうよ」


 ダークマターを吹き飛ばす以上に、空気を吹き飛ばすのは難しい。

 加速距離が取れて大気が無くて、エネルギー源に心配の無い所……


「……ツクヨミか?」


 ニューホライズンを周回する衛星『コンス』はエジプト神話における月の神。

 だが、コンスでは無く夜の支配者ツクヨミで呼ばれる事が多い。

 月と同じく大気を碌に持たないコンス・ツクヨミならば、或いは……


「重力震検知!」


 金切り声を発したステンマルク。

 密集編隊に近い状態だった各機はいっせいに距離を取った。

 どこで炸裂しても半分は生き残るだろうと思われる体制だ。


 何処までもドライな判断。

 戦闘を継続させる為に必要な措置だ。


 ――さぁ……


 グッと奥歯を喰いしばって神経を集中させたテッド。

 次の瞬間、僅かな衝撃を覚え、それがダークマターによる衝撃だと気付いた。


 ――来るッ!


 テッドの視界の片隅に何かが映った。

 機をスピンさせて真正面にそれを捉えたテッド。

 そこにはスパイク付きの爆発物ではなく、四角い塊が浮いていた。


「なんだこ――


 最後の『れ』を言う前に、その四角い物体は高機動ミサイルを発射した。

 少々のミサイルでもシェルならばその速度と機動力で振り切ってしまう。


 だが、それには一定の手間数を要する事になる。

 つまり、タコ踊りをしている最中には他の余裕がなくなるのだ。


 エンジン全開でミサイルを振り切り、チェーンガンで撃墜したテッド。

 周辺では各機が同じような手順でミサイルを撃墜している。


「ミサイルは幾つ出た?」


 エディは最初にワープしてきた四角い箱をモーターカノンで撃ち抜いた。

 幾許かの部品をばら撒いて破壊されたその箱は、ややあって機能を停止した。


「多分8か10だな」


 エディの問いに答えたアレックスは、遠くで制止しているマーカーを追った。

 マーカーの形作る立体はなくなり、いまは平面でしかない。

 だが、それでもある程度の照準は賄えるようだ。


「マーカーを落とそう。あいつがいると厄介だ」

「しうだな。それが正しいと思う」


 アレックスの提案にマイクも乗った。

 アレがいる限りワープ型飛行兵器の照準にに晒され続ける事になる。


 エディの返答が出る前にテッドは砲を構えた。

 ちょっと距離があるが、5発撃てば当てる自信があった。

 撃て!の指示が出ればすぐに撃てる体制だ。

 だが……


「おいおいアレックス。ボケるには早いぞ? マイクもだ」


 どこか呆れるような声で言ったエディは、両腕で指示を出す。

 それはつまり『アレを捉まえろ』と言うものだ。


「四機あった筈だが残りは三機だ。最低でも一機は捕まえろ」


 現状ではディージョのシェルが戦闘不能だ。

 余り余裕のある状態ではないが……


「自分たちの仕事を忘れるな。任務は全てに優先する」


 なんともドライで不条理な指示だとテッドは思った。

 だが『任務は全てに優先する』とは、士官教育の中にもあった言葉だ。


 士官とは、極限のストレス状況下においても強靭な精神力を必要とされる。

 それを支える為の『使命感』や『責任感』は、どんな時も揺るがない。


「イエッサー!」


 最初に返答をしたのはディージョだった。

 そして、テッドやヴァルターが返答し、マーカーを捕捉した。

 強い電波を発しているが、テッドは中央部へチェーンガンを打ち込む。

 スパッと電波が途切れ、機能的に死んだらしい事が分かった。


「一機確保です」

「こっちも捉まえました」


 テッドに続きディージョがマーカーを捉えた。

 最後の一機はロニーが捉え、生き残っていたマーカーを全部捕まえた。


「さて、そろそろシリウス側がシェルが上がってくるぞ」


 エディはそう警告を発して全員の意識を一段引き上げた。

 過去のシリウス軍を考えれば、このワープ兵器は前哨戦だろう。


 連邦軍の手を煩わせる以外に使い道の無いこれは、要するに目眩しだ。

 つまり、ロケットで上昇してくる間の安全を担保する為のものでしかない。


 ――兵器開発に姉貴が参加してたのか……


 内心で小さく舌打ちしたテッドは、キャサリンの安全を改めて祈った。

 そして同時に、リディアのポジションがどこであるかを考える。

 酷い事になって無ければ良いが、敵側の内情を窺い知る事は出来ない。


「ほら! おいでなすったぜ!」


 嬉しそうな声でマイクが叫ぶ。

 地上から幾つも太い煙の柱が伸びてきた。

 発射点は森の中だったり谷間だったりとバラバラだ。


「先ずは敵機を叩き落す。面倒を残すな」


 エディの声に迷いはなかった。

 ここには来ないでくれよ……と、テッドはそう祈っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ