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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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酷い戦闘の後味

~承前






 戦闘開始から30分ほどが経過した。

 全体として圧し気味に推移しているが、テッドは何となく嫌な予感があった。


 それは言葉では表現しづらいものだ。

 多分に感覚的なもので、理屈を持ってどうこうと説明できるものではない。

 それはもう、ただただ『違和感』としか言いようがなく、純粋なものだった。


 ──なんかびっくり兵器でも用意してんのか?


 幾多の戦闘を経験したヴェテランには生死の境が見えると言う。

 死生眼とも言われるそれは、幾多の死を見てきた者にしか身に付かない。


 生死の境とは、大多数がその一線を過ぎてから手遅れに気がつくと言う。

 そんな境を感覚的に掴む能力だ。


 ──なんだかヤバイな……


 何となくのレベルでしかないが、テッドにもその線が見え始めていた。

 死神に見込まれて手招きされる者は、本人が気が付かないうちに悪手を選ぶ。

 そして、終わってみれは必然として、撃墜の憂き目に会うのだ。


「全員そろそろ気か緩む頃だ。気合いを入れ直せ!」


 絶妙のタイミングでエディは言葉をかけた。

 きっと同じ違和感を持っているのだテッドは思った。


「侮って良い敵ではないぞ! こっちの油断を待ってい――


 エディの言葉が終わる前、テッドの視界のすみに目映い光が見えた。

 直感として『()られた!』と思った。そして、誰か殺られたのかを探した。


「ロニー!」


 やや離れていたジャンが叫んだ。

 驚いて振り返ったテッドは、そのジャンのシェルが崩壊していくのを見た。

 一瞬の思考的空白が生まれシェルの軌道が直線的になってしまった。


 ──アッ!


 テッドは慌てて機体をスピンさせるように旋回した。

 ほぼ直角のトリッキーなターンだ。


 危険を察知し、無意識レベルでかわす能力はパイロットの経験値に比例する。

 咄嗟に行ったその回避行動は、危険を察知したわけでは無い。


 ただただ()()()()()と言うものだった。


「ウワッ!」


 無線の中にうめき声が流れ、それがドッドの声だとテッドは認識した。

 案の定、戦闘支援パネルの中からドッド機の反応が消えた。

 そしてそれだけでなく、ドッドとロッテと組んでいたウッディの機も消えた。


 ――おいおい!


 冗談じゃねぇと叫びそうになり声を飲み込む。

 ここで個人の感情を爆発させて良いわけでは無い。


「ドッド! ウッディ! ジャン! ロニー!」


 一瞬で4機()られた!とテッドは寒気を覚える。

 戦闘空域の中で爆散し機外へと放り出されれば、サイボーグだって死ぬ。

 超高速の破片が飛び交う宇宙は、十字砲火のど真ん中で踊る様なものだ。


 ――ちっきしょう!


 一瞬だけ意識が沸騰するが、その熱はスッとどこかへ消えていった。

 まるで風が無い森の奥深くにある池の水面のように。

 何処までも平滑でクリアな氷の様に。

 透き通った無の境地へとテッドの意識は沈んだ。


 ――来た……


 自分でも不思議な感覚だが、それを言葉で表現する事は出来ない。

 世界のすべてがテッドに微笑みかける様に、スローモーに流れる。


 ――どこだ……


 戦闘支援パネルを見ずとも、戦闘エリアの中にある敵味方すべてがテッドの脳内にある。必殺の280ミリを構えいきなり撃ったテッドは、全く違う方向のシリウスシェルにもチェーンガンを浴びせかけた。

 細かな被弾を厭がったシリウスのシェルは、全く不用意に進路を変えてテッドへの応射を構えた。レールガン方式の砲は発射から着弾まで2秒と掛からないと思われた。だが……


 ――撃てよ……


 テッドは構う事無くチェーンガンを乱射し突っ込んでいく。

 シリウスシェルはそれに応戦するべく機を再び変針させた。

 そして、それがチェックエイトだった。


 ――あばよ……


 先に放っていた280ミリの進路上に機を入れてしまったシリウスシェルは、己の取った悪手をこれ以上無く理解した。そして、せめて一撃と願った最後の一発を放とうとレールガンを構えたとき、期待のど真ん中を280ミリの砲弾が貫通していった。


 ――注意散漫だぜ……


 一瞬の空白が産まれた。敵機にも心理的な死角があった。

 それは何処までも純粋に任務をこなすAI制御には無いものだ。


 相手も生き物だ。


 そう確信したテッドは、不思議なうれしさを感じた。

 必死で殺し合う敵に心からの友情を込め、テッドの砲は再び火を噴いた。


 真っ赤な線が延びていき、それがシリウスのシェルを貫く。

 一瞬の間に5機を撃墜してさらに次の獲物を探すテッド。

 その眼が捕らえたのは、敵機を次々と屠るエディだった。


『そろそろお開きよ!』


 唐突に無線の中から若い女の声が聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、テッドの意識は現実へと引き戻された。


『ですが姉御!』

『シェドとエグザが!』

『グターだって!』


 こっちは若い男の声だ。

 皆それぞれに若い声だ。


『今日は手仕舞い! 死にたきゃ残って良し!』


 抗議の声をスパッと斬り捨てた女の声は、冷たいほどに冷静だ。


『藪を突つき過ぎると蛇が出るって、ブルードレスも言ってたでしょ』


 ブルードレスってなんだ?と考え込んでみても答えは分からない。

 黙って成り行きを眺めたテッドだが、挨拶代わりに一撃入れておくかと思う。

 無視すれば後で怒りそうだし、下手に撃墜すれば祟られそうだ。


 だが、一際大きなリボルバー(ガンズ・)(アンド)一輪のバラ(・ローゼズ)が交差するマークを背負う純白のシェルは、急加速して戦場を横切った。


『あんた達だけでも連れて帰らないとね、私がひん剥かれるのよ。解る?』


 これ以上無い冷たい言葉が無線に流れた。

 そしてそれは、未知の恐怖ではなく()()()()()()()()()()()()()だ。


 ――姉貴……


 テッドは機を捻ってガンズ・アンド・ローゼズの軌道を横切るように進路を変えた。何処かで交差する筈だから、迷わず一撃入れておこう。死なない程度にダメージを与えて、何とか生きて帰れるレベルだ。


 だが、両手を広げ何かを拾い集める素振りを見せたそのシェルは、再び急旋回を掛けてエディ機の前に飛び出ると、何かを投げて反転した。


「……あっ!」


 それは宇宙へと放りだされたロニーとジャンだ。

 エディ機の左手にはドッドとウッディが居た。


『どうせ死んで無いでしょ。機械なんだから』

『そうだ。すまないね。手間を掛ける』

『別に貸し借り作るつもりじゃ無いんだからね!』


 相変わらず気が強いと苦笑いしたテッド。

 きっとエディも同じだと思った。

 そして、ハッと気が付く。


 ――ここで馴れ合っても碌な事にならないな……


 意識がロニー達に向いていたキャサリンは、軌道が交差する進路をとっているテッドに気が付かなかった。アナログなオープン無線から声が消え、デジタル無線の受信レシーバーは電波を拾ってインジケーターだけが踊っている。


 だが、複雑に暗号化されたデジタル通信故にその会話の中身まではわからない。

 とりあえず言える事は敵側には聞かれたくない内容なのだから、どうせ碌な事じゃないということだ。責任の所在の確認か、それとも、口裏合わせか。はたまた、ビックリ兵器を使う算段か……


「そぉりゃぁ!」


 いきなりオープン無線で叫んだテッド。

 浅い角度で交差する軌道上の相対速度は、秒速1キロに満たないモノだった。


「キャァ!」


 同じくオープン無線で叫んだキャサリン。

 随分とカワイイ声だとテッドは思う。


 だが、秒速1キロ未満とはいえ、それでも充分過ぎるほどの高速だ。

 その速度で機体をスピンさせ、フルパワーでぶん殴ったテッド。


 キャサリンのシェルはバーニアノズルを破壊し、広域無線アンテナと光学カメラの半分を失った状態になった。そして、そこで手を休めず、今度は姿勢制御バーニアを吹かし逆回転を掛けてキャサリン機の腰部と脚部に鋭い蹴りを入れる。

 基本的に格闘戦を考慮していないシェルだけに、機体の各部からパーツを四散させて姿勢制御を乱すのだが、それでも最低限のバーニアは生き残らせた。


 ――さぁ! 来いよ!


 テッドは意識を集中させ、キャサリンと共に生き残った幾許かのシリウスシェルが襲い掛かってくるのを待った。アリバイ作りの片棒を稼がせるなら、敵機にその役をさせたほうが良いと思ったのだ。

 案の定でいきなり襲い掛かってきたシリウスシェルは7機だ。30機以上居た筈の敵機で生き残りがこれだけ。これならこちらが勝ったといって良い。ただ、無敵の501から撃墜を取ったのも事実なのだから、胸を張って帰れば良い。


 ――空気読めよ…… な……


 こっちの願いが届いてくれと願いつつもキャサリン機の拿捕を狙う振りをする。

 それに喰い付いてくれればテッドの狙いは成功だ。残りの燃料がそろそろ乏しい事になってきたのだから、効率よく振舞わなければならない。


「ちょっと! 何すんのよ!」


 生き残ったバーニアと左脚を使ってテッド機を蹴りつけたキャサリン。

 おそらく向こうはこっちがテッドだと気が付いてないと思われた。


 ――よっしゃ!


 キャサリン機の蹴りで左腕のチェーンガンを破壊したテッド機は、慌てる素振りで距離を取った。そこへシリウスシェルが襲い掛かってきて、いっせいにレールガンを構えてきた。


 ――やべぇやべぇ!


 視界の中に複数の閃光が走り、超高速の砲弾が夥しい数で通り過ぎた。

 流石のテッドも冷や汗を流したが、シリウスシェルの射撃はそれだけだった。


『まったく! 少しぐらい感謝しろっての!』


 年頃の娘とは思えない荒々しさ溢れる言葉遣いにテッドは苦笑する。

 ただ、アリバイ作りは貫徹するべきだ。


『グズグズ言ってねぇでとっとと失せやがれ! 遊びじゃねぇんだ!』


 キツい口調で啖呵を切ったテッド。

 一瞬の間が開き、取って付けたような棒読みに近い言葉がもれた。


『言われなくったってそうするわよ! このバカ男! 死ぬんじゃないわよ!』


 オープン無線の中に流れた黄色い啖呵に連邦側のデジタル無線が湧いた。

 必死で笑いを堪えたらしい小さなさざ波が、堪えきれずに大爆笑となった。

 だが、本当の恐怖はここからだった。


 レールガンから放たれ、テッド機を掠め飛んでいった超高速の砲弾。

 それは全く無関係な軌道を取っている様で、実は狙いを定めた射撃だった。


 ――……あっ!


 テッドがそれに気が付いた時、実は自分自身がチェックメイトだった。

 シェルの天頂方向と前方下部と、そして後方左右の4カ所に砲弾が飛んでいる。

 それは、ある程度進んだ所で自動停止していた。


 正四面体を形作ったレールガンの砲弾は、その重心点付近にテッド機を捉えた。

 絶対碌な事じゃ無いと直感したテッドは一気にエンジンを吹かし加速した。


 エンジンの暴力的な推力に身体から心がこぼれ落ちかけ、ギリギリで踏み留まったテッド。そのほんの数秒にも満たない僅かな刹那の間、テッドが居た辺りの座標へ何かが姿を現した。


 ――……えっ!


 それは小さな塊だった。

 スパイク状の突起を幾つも付けた塊だ。

 それが何をするモノかは一瞬でイメージ出来た。

 

 とにかく回避しようとエンジンを吹かしたまま距離を取ったテッド。

 その時、その塊が眩い光を放って大爆発し、スパイク状の突起が四散した。


「大丈夫か!」


 エディの金切り声が響いた。

 レールガンの砲弾よりも遙かに優速なスパイクが襲いかかってきた。

 テッドのシェルは各部をそのスパイクに撃ち抜かれ、機体の制御が乱れた。


「俺はまだ生きてます!」

「なんとか逃げ切れ!」


 エディの無茶振りに顔をしかめつつ、テッドは必死でスパイクを躱した。

 幾多のスパイクがランダムに襲いかかり、最後の波を躱した時には息が漏れた。


「上出来だ!」


 テッドの無事を確認したエディは、シリウスシェルを確かめた。

 気が付けばシリウスシェルは戦闘空域から大きく離れていた。


 一人必死にタコ踊りを行ったテッド。

 その原因となった爆発物は間違い無くワイプアウトしてきたものだ。


 つまり、何処からかワープしてきた。

 光速を越え、時間と空間も飛び越えた。


「とりあえず帰投するぞ。ビックリ兵器の種は後で考えよう」


 エディは、中隊に帰投を指示した。

 各機が大きく旋回し帰路に就く中、テッドは機をスピンさせて後方を見た。

 遙か彼方にシリウスシェルの吐き出す青い光が見える。


 ――あのシェルの帰り着く所に……

 ――リディア……


 テッドは溢れて来る思いをどうする事も出来ず、一人悶々としてしまう。

 ただ、自分の感情に素直になるには、背負っているものが重くなりすぎた。


『……ジョニー』


 いきなりスケルチモードで話を振ってきたエディ。

 テッドは久しぶりにジョニーの名が出た事に驚いた。


『エディ……』

『心が通じないのを苦しむ事が恋いの至極なら、手の届かないもどかしさに焼かれる事もまた恋の至極だ』


 エディの声は優しかった。

 その声音の心地よさにテッドは酔った。


 ただ、泣いて嘆いてばかりも居られない。

 男とはそう言うモノだとテッドの父は背中で語っていた。


『だけど……』


 それで割り切れない事があるのも事実。

 辛い経験を積み重ね、少年は大人になっていく。


『言いたい事は解る。ただな、いつだったかも言ったとおり、上手く振る舞え』


 多くを語らず自覚と自重を求めたエディ。

 テッドは。いや、ジョニーは確実に成長している。

 エディもそれを理解している。


『……はい』


 だからこそ叱るのでは無く、道を示す事で本人に成長を促していた。

 もう、ガミガミと叱られる歳では無い。

 指導を受け育つのは、本人の自覚のみだ。


「さて、ドッド以下4名は命に別状は無い。あとはデブリーフィング(反省会)だ」


 エディは手短に説明し全員の集合を命じた。

 ワスプの艦内はハルゼーに比べ手狭だが、実用的には何ら問題ない。


 剥き出しの4人を抱えるエディが最初に着艦し、全員が帰投を終えた。

 失った4機は痛いが、地球から運び込まれたシェルもあるから心配は無い。


 ――酷い戦闘だった……


 ふと、そんな感傷に浸ったテッド。

 リディアでは無くキャサリンとの遭遇が心に引っかかった。

 ただ、そんな思いなど関係無く世界は回っている。歴史は紡がれていく。


 その最前線にいる事を、テッドはなんとなく実感し始めていた。

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