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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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望まぬ遭遇

~承前






 火だるまのシリウス艦がニューホライズンへと墜落していく。

 船体強度を失った艦からは、多くのクルーが放り出されていた。


 その恐るべき光景を、テッドはなんの感慨もなく眺める。

 テッドは恐怖や嫌悪と言った感情を失っている。

 本人が全く気が付く事無く、機械の様に眺めている。


「なんかひでぇな」


 どうやら同じ光景を見ていたらしいヴァルターが呟く。


 正直に言えば目を逸らす光景そのものだ。

 ろくな装備なく宇宙へ放り出されるだけでも悪夢だ。

 だが、彼等はさらに、そのままニューホライズン大気圏へと落下するのだ。


 ――あっ……


 自分自身の異常に気が付いたテッドは、改めて小さな点を見た。

 断熱圧縮に焼かれ輝きながら、母なる星の一部になる運命。

 最大ズームでそれを見れば、彼等は喜んで受け入れるかのように笑っていた。


「……狂ったか?」


 自分自身へもそんな言葉を投げかけたテッド。

 だが、ヴァルターは違う感情を持っていた。


「恐怖を感じてないみたいだ」


 それは、スポッと音を立てて腑に落ちた様な一言だった。

 コロニー戦闘の頃から時々見ていたシリウス人兵士の不可解な振る舞い。

 それは、恐怖感の欠如そのものだ。


 死やそれに準じるような痛みへの恐怖や忌諱感、嫌悪感。

 そう言ったネガティブな感情がそっくり無い。

 まさに『根本的に』の次元で無いのだ。


「洗脳されてるとか……な」


 ボソリと漏らしたジャンの一言にテッドはゾクリと悪寒を覚える。

 言い含められ、丸め込まれ、正体が抜けるまで『教育』を施された兵士。


 テッドが何をイメージしたのかは言うまでも無い。


「ゾッとしねぇな」


 テッドは心底なレベルでウンザリという空気を吐き出した。

 いつもは遠慮無くイジる仲間達も、こんな時には言葉が無い。


「まぁ、なんだ……」


 話を総括する様に切り出したエディは、意図的な間を作って話にタメを入れた。


「戦争なんてのはそもそもが狂った所行だ。そうだろ?」


 誰に同意を求めると言う事でも無く、エディはそう切り出した。

 ただ、その言葉が誰に向かっているのかは、皆も良く理解している。


「兵隊ってのは戦争の全権代理人だ。民衆が苦しまない様に俺たちが苦しむのさ」


 速度を落として編隊へと帰ってきたテッド達3機のシェル。

 エディは寄り添う様にそこへ機を寄せた。


「任務の為なら、俺たちは鬼畜の所行でも平気で行う。それを傍目に見れば……」


 その通りだと。

 エディの言葉に些かの間違いも無い……と。


 自分たちだって充分に狂っている。

 全部承知でニューホライズンへ戦闘艦艇を墜落させている。

 地上はきっと大変な事になって居るだろう。

 シリウス艦艇の中にだって、まだ生きている人間が居ただろう。

 その全てを焼却するのだ。


 すべて、生きたままに……


「俺も充分狂ってるな……」


 テッドの一言に無線の中が僅かなざわつきを見せた。

 重い溜息だったり、沈痛な吐息だったり。


「それに大義があるかどうか。言い換えれば――


 アレックスはエディの真意を理解していた。

 恐らくそれは、精神的に未熟な人間なら誰でも迷う事だ。


――自分が納得する理由があるかどうかが重要なのさ」


 眼下で次々と構造体を崩壊させながらシリウスの艦艇が墜落していく。

 決して少なくない人間を巻き込み、生きながらに煉獄の炎で焼かれている。

 その苦痛と憎悪を思えば、大義も糞もあったモノでは無い。


 どう取り繕っても、突き詰めれば殺し合いでしか無い。


 戦争は狂った人類の所行だ。

 同族殺しを最も禁忌とする筈の人類同士だ。

 だが大義さえあれば殺し合いを平気で行うのだ。


「矛盾した存在ですね。人類とは」


 テッドの率直な言葉には一切の虚飾が無かった。

 シリウス人も地球人も平気で殺し合いを行っていた。


「だからこそ、我々は忘れるな。私の中隊に所属する限り、一瞬たりとも……」


 エディは決然とした口調で言った。

 テッドをはじめとする者達は、それが何であるかをよくわかっていた。


「例えどんな汚れ仕事を押し付けられても、自分の正義を忘れるな」


 その通りだとテッドは思った。

 理由は何だって良いのだ。

 人は人を殺したい。


 それはもう、テッドの父がグレータウンの郊外でシェリフをやっていた頃から。

 いや、そのさらに遠く遠く過去を遡ってったとて結論は同じ事だった。


 人は人を殺してみたい。

 勝てるなら戦いたい。

 いや、勝ちたいのだ。


 それがどんな小さな戦いだったとしても。


「野に咲く花だって生存競争をしている。戦う事はすべての生物の本能だ。それはもうどんな理屈を付けたって否定出来ない事実だ。ならば我々は――


 なにかを言わんとしたエディだが、その言葉を遮りマイクが叫んだ。


「レーダーに反応! シェルだ!」


 シェルのIFF(敵味方識別装置)に反応が無いのだから味方ではない。

 速度や反応の大きさから見れば、消去法的にシェルだとしか思えない。


 テッドの心のなかに不思議な波風がたった。

 理屈ではなく直感として『来た!』と思った。


「さて、我々の技量がどれ程向上したか確かめようか」


 エディも何かに気が付いた。

 どこかけしかけるような言葉の裏には、隠しきれない期待があった。


「手順は簡単だ。いつもの様に前衛と後衛に分ける。最初の接触で狙いを定めろ」


 相対速度が70キロ近くにも成れば、広大な宇宙とは言え余裕は無い。

 グングンと迫ってくるシリウスシェルの輝点がレーダーパネルに映る。


 ――ん?


 テッドは右手の震えに気が付いた。

 サイボーグの右手が震えているのだ。


 ――ありえねぇ……


 深く考えるのを止め、両手をパンと叩いて意識を集中させた。

 彼我距離500キロを切り、視界にはスーパーインポーズされた姿が見えた。


 ――白い……


 右手の震えがピタリと治まり、テッドは滑空砲のメインスイッチを入れた。

 振動補正のジャイロが仕事を思い出し、砲口はピタリと揺れが収まる。


 ――へぇ……

 ――勝負だ……


 どこか矛盾した慶びを覚えたテッドはいつでも加速できる体制のまま突入した。

 ちらりと見た速度計は秒速20キロの表示だった。


 視界に映るシリウスシェルは30機少々で、そのどれもが純白に塗られたウルフライダー仕様のシェルだった。その左肩には相当な厚みをもつ盾が装備されていて、コチラとやりあうのを研究してきたと思われる姿だ。


「ウルフライダーにしちゃ数が多いぜ!」

「しかも、全部にガンズ・アンド・ローゼズのマークが入ってる」


 ディージョの言葉にウッディが応えた。

 やって来たシリウスのシェルは、まるでガンズ・アンド・ローゼズのチームだ。


「ガンズ小隊だな」

「あれは賢いやり方だな」


 アレックスはそう分析しマイクもそれを理解した。

 ウルフライダーたちはそれぞれに個性のあるパイロットが揃っている。


 彼女らは自らの得意なスタイルに合致するパイロットを集め、チームを作ったのかも知れない。テッドはそんな事を思うのだが、個人の思考など一切無視しシェル同士による超高速戦闘の幕が切って落とされた。


「まぁ良いさ! かかれ!」


 エディは相変わらずだ。

 本人の姿がないなら遠慮しないのだろう。


 相対速度の関係であっという間に双方のシェルがすれ違った。

 速度差のありすぎる戦闘では、すれ違ってからが本番だ。


「それなりに手練れだ!」


 敵の前衛をやり過ごし、後衛の面に突き刺さる前に旋回を決めたテッド。

 点ではなく面として広がる前衛と後衛の間なら、闇雲に撃ち合う事はなくなる。

 下手に撃てば同士討ちの危険があるから、少々の命知らずでも手控えるのだ。


「うわっ!」


 ロニーが叫ぶと同時、戦闘エリアに目映い光が延びた。

 シリウスシェルの放った大口径の砲は、目眩まし状態のフラッシュを伴った。


「火薬発射じゃないぞ!」

「砲弾が速すぎる!」


 傍目にそれを観測していたステンマルクとドッドが叫ぶ。

 シリウスシェルの装備していた砲は、間違いなく電磁加速砲(レールガン)だ。


「考えたな!」


 ハッ!と笑ったエディ。

 荷電粒子砲と比べて遥かに省エネなレールガンだ。


 電源的に不利になるシェルには現実的な装備と言える。

 しかも、レールガンの速度は火薬発射を遥かに越えるのだ。


「手痛い一撃に注意しろ!」


 エディは遠慮なくそう指示を出した。


 ──言ってくれるぜ!


 相変わらずだと苦笑いのテッドだが、実際当たればただでは済まない。

 砲弾の速度は火薬発射系の三倍を軽く越えていて、シェルの運動速度と相まって洒落にならない速度を獲得していた。


 物体が持つ運動エネルギーは質量と速度に依るのだから、砲弾の弾速が速ければ速いほど運動エネルギーを獲得することになる。そして、その運動エネルギーは速度の二乗に比例して増えていくのだ。


「あいつを喰らったら即死だせ!」


 アハッ!と笑ったウッディに『勘弁して欲しいっす!』とロニーが返した。

 全方向に意識を向けて一瞬たりとも油断できない状態と成るが、それはひどく消耗する。人間の限界を軽く越える事態に遭遇したしたのだが、テッドは不思議と冷静だった


「要は当たらなきゃ良いんだろ?」


 どこか開き直ったテッドの言葉にヴァルターが返す。


「まぁ、そう言うこったな!」


 出来る限り敵機同士の一直線上に居座り、迂闊に撃てないように体制を作る。

 口で言うのは簡単だが、実際にやってみると相当難しいものだ。

 ただ、それをやらねばこちらが危ない。


 ──必殺の一撃はそっちだけじゃねえ!


 テッドは動体予測を加味して滑空砲を放った。

 恐らくヴァルターを狙ったらしいシリウスシェルが一撃で爆散した。


 ──よっしゃ!


 この手の戦闘では、最初の一機を撃破すると、一気に気が楽になる。

 それはもう理屈ではなく精神的なものだ。


 ――よしよし……


 敵機の動きを三次元的に把握し、テッドは手近に居たロニーと組んだ。


 ロッテ編成を取るのはいつの時代も戦闘の基本だ。

 相互カバーにより射撃を安定させ、まずは生き残る。

 どんなに能書きを書き連ねたところで、まずは生き残る事が何より重要だからだ。


「なかなかやるな!」


 余裕風を吹かせるヴァルター。

 だが、実際にはシェルの被射撃警報が鳴りっぱなしだ。

 極限の恐怖と緊張は、視野が明滅するような錯覚に陥る。


 ──勘弁してくれ!


 もはやあの余裕を持った七面鳥撃ちではない。

 殺すか殺されるかの極限戦闘だ。


 シリウスパイロットの技量は、想像を遥かに越えるレベルへ到達していた。

 新人訓練を終えた程度のパイロットなら、まず生き残れないレベルだ。


「ロニー! 背中を預けたぞ!」

「おっけーっす!」


 前後の二段編隊になったテッドとロニーは、シリウスシェルが固まりそうなエリアへと真っ直ぐに飛び込んだ。そして、牽制射撃で機動エリアを大きく削り、身動きを封じる。

 後列にいるロニーは射界を広くとっていて、テッドの牽制が効いている敵を一機ずつ確実に撃墜していた。


「手強いけど歯が立たねぇって事も無い」

「機を見て撃滅って事だな」


 気がつけばヴァルターがジャンとロッテを組んだ。

 その向こうにはディージョとオーリス。

 そしてステンマルクはウッディのサポートを受けている。


 敵は手練だが、こっちだって充分に手練のパイロットが揃っている。

 パイロットの武器は場数と経験。そして気合と度胸だ。


「残り20!」


 誰かがそう叫んだが、テッドは目の前の敵機に集中していた。

 真っ赤なバラのマークを背負ったガンズ・アンド・ローゼズのシェルが燃えた。


 ――ここからだ……


 と、そう思いながら。

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