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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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対艦攻撃


 9月の終りに到着した連邦軍の増強部隊は、大型の戦列艦であるコロラド級の後継艦アイオワ級砲艦7隻を中心に、補給艦や工作艦と言ったサポート艦船まで含め200隻以上の大艦隊だった。

 そのどれもが新型艦艇か就役の新しい新造艦で構成されているフレッシュな顔ぶれだ。その為か、艦のクルーは連日連夜の激しい訓練を繰り返していて、テッドたちも正直に言えば休まる暇が無い。

 ただ……


「目に見えて連度が上がってきたな」


 目を細めて眺めるエディの声には充実感があった。

 到着直後のまごついた空気はもう無い。


 シェルの整備から出撃、帰還、そしてその後の整備まで含め、一貫したパッケージとしての作戦行動サイクルが確立されているだけでなく、エディ以下501中隊の隊員もメンテを受けられる体制になっている。


「戦闘後にそのままメンテ受けられるのがありがたいな」


 この数年は数週間に一度のメンテだったサイボーグ達のメンテナンスもその頻度を大幅にあげた結果、彼らのQOL(クオリティオブライフ)は著しく改善された。

 戦闘中のハングアップを恐れどこか及び腰だった激しい運動や、シャワータイムと言った日常の些細なことまでがあまり心配ないレベルにまで向上した。


 俗に『武人の蛮用』と言うが、兵士である以上は避けて通れない激しい戦闘も一般型サイボーグに解禁できそうな状態だ。

 これまでは高度な密封性を持ち、耐久性強化済型機体にのみ参加が認められてきた地上戦も行えそうで、海兵隊の作戦活動にも参加が求められそうな気配だった。


「ま、行けと言われりゃどこでも行きますけどね」


 そう、嘯くドッドはワスプのガンルームで笑う。


 現状で高適応率を持つユーザーはテッドとヴァルター。そしてロニーの3人。

 エディ達501中隊の幹部だった4人を除けば、残りの6人はどうしても能力的に一段下の機体に甘んじるより他無い。機体との相性が重要なのは、何も戦闘機や戦車と言ったモノだけではないのだ。


「ただ、地上戦は歓迎しねぇなぁ」

「……だよなぁ」


 ヴァルターの言葉にテッドも相槌を打った。

 泥沼の地上戦を経験し、リアルに死を感じた2人だ。


 銃弾が飛び交い埃と硝煙と空薬莢の舞い飛ぶ場所は行きたくない。

 現状の戦場が安全とは言わないが、少なくとも『清潔』なのだ。


「蛆の沸いた腐乱死体はもう見たくねぇ」


 そう呟いたテッドの本音にドッドやマイクも苦笑いしていた。











 ――――――――2248年 10月 5日

          ニューホライズン周回軌道上 高度800キロ

          強襲降下揚陸艦ワスプ艦内











 この日、ワスプのガンルームでは新たな戦闘手順が検討されていた。

 連日のスプーキーキラー作戦によってシリウス軍は艦艇を多数失っている。

 宇宙における艦隊行動と戦闘活動なら連邦軍に一日の長があるのだ。


 ただし、だからといってシリウスを侮って良いと言うことではない。

 むしろ、より一層効率的に敵を撃破する手順の研究が急がれた。


 話題の俎上に上がるのは、280ミリ砲の装弾数の少なさだ。

 一撃必殺でシリウス艦艇はもとより重装甲なシリウスシェルも一撃の兵器だが、とにかく装弾数が少ない。あっという間に撃ち切ってしまい、マガジンの自動交換には厳しい加速度制限が掛かる。


 敵の攻撃を避けようと急旋回をかませば、マガジンは交換される前に宇宙へとちぎれ飛んで行くだろう。これでは実用性も何もあったモノではない……


「要するに使い方でカバーしろって言ってもなぁ」


 ドッドやテッドと言ったバンデッド経験者なら、口に出さないだけで要望は一つしか無い。可及的速やかにメインエンジンの容量を上げ、荷電粒子砲を装備して欲しいと言う事だ。


 その威力はシリウスのシェルが使ったのを見ても分かるとおりで、例えそれが片道切符の特攻前提作戦だったとしてもパイロットには魅力的な威力だ。


「……アレさえありゃぁなぁ」

「戦列艦だって一撃だぜ」


 テッドのぼやきにヴァルターが返す。

 愚痴と溜息とボヤキの種なら尽きる事はない。

 例え浜の真砂が尽きるとも……だ。


「いずれにせよ現状では上手く使うしか――


 話を総括に掛かったアレックスだが、同じタイミングでワスプの航空参謀から無線が入った。


『VFA501の諸君。ニューホライズン上空エリアにシリウス側のシェル輸送船が進入しようとしている兆候を掴んだ。出発点はシリウス系第5惑星セト。シリウス軍の宇宙船建造所を遂に見つけた。諸君らは直ちに出撃し、新造船をニューホライズンへ撃沈せよ。シェルの搭載前にだ』


 それ来た!とばかりに駆け出した中隊の面々は、争う様に装備を調えシェルデッキへと急ぐ。シェルの周りには上半身を赤く染めた兵装支援のクルーと緑に染まる発艦支援クルーが集まっていた。


「少尉!」


 ファイルを持っている発艦支援クルーがテッドの所へやって来る。

 発艦前の簡単な装備に関するブリーフィングだ。


「兵装は280ミリを2門。マガジンはロングです。スペアはそれぞれ2基。右腕の65ミリは発射サイクル向上型に換装しました。左腕のチェーンガンはちょっと機嫌が悪いかもしれません。安全な時にキックオフ(リセット)して――


 燃料と弾薬。それと、酸素生成器の余裕量や固形カロリーの搭載量。

 シェルが出撃すると言ってもチェックする項目は多岐にわたる。

 忘れがちだが、シェルも一つの宇宙船である以上は、命を預けて飛ぶ事になる。


「オールチェック! ご苦労さん!」

「無事な帰還を祈ります!」

「ありがとう!」


 シェルのコックピットに収まったテッドはストラップで自分の身体を固定し、電子接続ハーネスを自分の頸椎バスとシェルの制御バスに接続する。

 視界の中、一斉に仮想計器が浮かび上がり、それらの間を縫ってコックピット固定のモニターに戦闘支援情報が表示された。


「テッド機! 発艦準備良し!」


 タッチの差でヴァルターのスタンバイが早かったらしく、ナンバー1カタパルトを取られた。ワスプの電磁カタパルトはクロースパラレルに3本なので、どれか一基が使用中とも成ると次の発艦は10秒待たねばならない。


『ヴァルター少尉! グッドラック!』


 デッキのカタパルト管制室に居るシューターがヴァルターに声を掛けた。

 電磁カタパルトの目に見えない網に引っ張られ、ヴァルターは宇宙へと飛んだ。


『テッド少尉! グッドラック!』

『サンキュー! ロジャース大尉!』


 シューターのスイッチを押すのは、黄色のスタッフスーツを着たクルーだ。

 カタパルトの管制について全権限を持っているロジャース大尉は、テッドのシェルを宇宙へと叩き出した。


 僅か100メートル足らずで一気に秒速37キロまで速度が乗り、テッドの意識は一瞬だけヴァルハラの扉を叩く。艦の巡航速度が秒速30キロあるとは言え、そこから一気に7キロを上積みすれば、どれ程訓練を重ねてもこの瞬間だけは人間の生理限界を超えてしまうのだ。それ故、発艦加速の開始から15秒はコンピューターの自動制御となる。


「ヴァルター! テッド! 先行しろ!」


 制御が自分の手に帰ってきたテッドの元へエディからの指示が出る。

 イエッサーと返答を送り、グッと旋回して進路をシリウス艦艇へ向けた。


「シリウス艦艇は丸腰なんだよな?」

「多分な」

「……多分だよな」

「あぁ」


 つい先だってもウソ情報で200億キロ彼方へ散歩に行ったばかりだ。

 情報部を信用しない訳ではないが、信じ切るのは少々怖い。


「後ろは…… ロニーとジャンか」

「ロニーも慣れてきたな」

「あぁ」


 中隊最年少だったロナルドもだいぶ溶け込んできた。

 跳ねっ返りで反抗期真っ盛りな小僧だったが、気が付けば中隊の主力だ。


 どちらかと言えば武闘派路線なマイクを筆頭に、ドッドやテッドは中隊の槍と言えるポジションにいる。ヴァルターやディージョも同じだが、テッドのトリッキーな動きに付いてこれるのはエディ以外だとロニーとヴァルターだけだ。


「さて…… 今日はどう楽しませてくれるかね」

「そろそろシリウスのビックリ兵器が来そうだけどな」

「……あいつら何でもやるからなぁ」


 思い切りの良さと奇想天外さ。

 定石を頭から無視しての奇策を平気で使う辺りにシリウスの強みがある。


 軍人は徹底したリアリストで、手持ちの道具で何とかするのが本分だ。

 だが、シリウスはその手持ちの道具を本当に道具としてしか見ていない。


 つまり……


「片道特攻は勘弁して欲しいぜ」


 命を捨てても構わないと割り切った攻撃を平気で行ってくるのだ。

 その恐ろしさは、頭で考えるよりも遙かに危険で厄介なのだった。


「まぁ、こっちも遠慮無く行くだけだ」


 テッドもそう割り切った。

 あとは、その馬鹿馬鹿しい攻撃にリディアが参加しない事を祈るだけ。

 コレばかりはテッドの手から零れる事だ。


 ――リディア……

 ――会いたい……


 悶々と思い悩んでもどうしようもない。

 一瞬だけ目を瞑って神に祈ったテッドが目を開いたとき、戦闘支援情報のレーダーパネルに敵艦の輝点が輝いた。


「どうやらアレだな」

「あぁ。しかも反転して逃げる腹だぜ」

「逃がすかよな!」


 最大速力で飛翔しているシェルの速度計は秒速40キロをさしている。

 宇宙船とも成ればさらに速度が出るはずだが……


「ずらかられる前に一発かますか!」

「当たるか?」

「当てんだよ!」


 テッドもヴァルターも最大速力のまま器用に姿勢を代えて射撃体制になった。

 慣性運動の最中なので機体に微細振動はない。

 着弾距離が延びれば僅かな振動による砲身のブレでも狙いがずれるものだ。


「あったれぇ!」


 どこか祈りを込めた叫びで初弾を放つヴァルター。

 間髪入れずテッドも狙いを定めて撃った。


「どうだ!」


 真っ赤な線が延びていき、ややあってそれが光を失った。

 空気抵抗が無い宇宙空間では、ニューホライズンの重力を受けて軌道が曲がる。


 大きく孤を描いて伸びて入った砲弾は、シリウスの新造船に命中した。

 ただし、狙ったエンジン部ではなく、側面部分の実にどうでも良い場所にだが。


「当ったけど外れたな」

「まぁ挨拶代わりの一撃ってな!」


 テッドもヴァルターも砲を撃った反作用として失った速度を回復していた。

 グングンと接近していくのだが、シリウス船も加速を開始したらしい。


「あいつのケツは拝みたくねぇな」

「だな」


 イオンエンジンの噴射ルートに位置してしまえば、荷電粒子で焼かれてしまう。

 それは正直歓迎せざるる事態なのだから、コースを変えなければならない。


「上手くねぇなぁ」

「正直な」


 急旋回を行なえば機の行き足はどうしても鈍る。

 だが、モタモタと旋回すれば自分が焼かれてしまう。

 ここは一発、思いきった手が必要だ。


「ちょっくらブッかますぜ!」


 そう言うが早いかテッドはニューホライズンへ向かって急降下を行った。

 そもそも速度の乗っている状態だが、さらに速度を上積みだ。


 なにより、ニューホライズンの丸みに沿って飛ぶのでは無い。

 薄いとはいえ大気圏を突っ切ってショートカットする形になる。

 しかも、重力に引かれて加速度までゲットだ。


「バッ バカッ! 燃え尽きんぞ!」

「やってみなけりゃわかんねーよっ!」


 悲鳴に近い絶叫をあげつつテッド機が急降下する。

 それに追随するヴァルターも悲鳴をあげつつ笑っている。

 完全にイカれなふたりだが、そこに追い付くシェルの姿があった。


「俺もまぜて欲しいっす!」

「勝手にしやがれ!」

「ひでぇっす!」


 まるで水切りのように急降下を繰返してロニーは強引に追い付いた。

 速度は秒速40キロを越えていてた。


「バッケンレコード!」

「アッハッハ!」


 シェル史上最高速となる48キロを叩き出したテッドとヴァルター。


「小僧ども! あんまり無茶するなよ!」


 あははと軽快に笑うマイクは編隊の最後尾についていた。

 シリウス艦が一番遠くに見えるポジショニングだが、マイクは闘志溌剌だ。

 コックピットのグリップを握り締め視界に映るシリウス艦を睨み付けたテッド。

 アチコチの装甲を穴空きにしたシリウス艦は必死で逃げようとしていた。


 ──逃がすかよ……


 最高速を維持したまま滑空砲を構えたテッド。

 一斉に砲撃を浴びたシリウス艦はコントロールを失いつつある。

 ややあってその推力が失われ、ニューホライズンの重力に引かれはじめた。


「呆気ねぇな」

「宇宙船って過酷だぜ」


 シリウス艦は眩い光を放ちながらニューホライズンへと墜落していく。

 その姿を見ていたテッドだが、突然コックピットの中に警報が響いた。


「なんだよいきなり!」


 苛立たしげに叫んだものの、レーダーパネルには急速接近する反応があった。

 搭載される筈だったシェルかも知れないとテッドは思った。

 そして、チェーンガンをキックオフし、接近戦闘に備えた。


 その胸中の何処にも、戦闘への恐怖は無かった……

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