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黒い炎  作者: 陸奥守
第六章 ブローバック計画
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スプーキーキラー作戦の発動


「言うまでも無いことだが、とにかく目一杯やれ」


 のっけからエディの熱い言葉が響いた。

 久しぶりにニューホライズン周回軌道上を飛ぶテッドはにやりと笑う。


 ――やってやる……


「シリウス艦隊遭遇まで300秒!」


 アレックスの声が弾んでいた。

 この為にわざわざここまで来たのだ。

 生かして帰すつもりは無い。


「我々の上げる戦果は敵味方問わず注目を集めるだろう」


 両腕に抱えられた280ミリはマガジンを改良し、15発の装弾数になった。

 それを2基抱えているのだから、マガジンを換える事無く30発を撃てる。


「目標は言うまでもなくシリウスの空母だ」


 視界の左下に見えるフラワーラインは大きく広がっていた。

 速度の乗っていないシェルならばこんな物なのだろう。


 一気に接近して叩くだけ。

 面倒は考えない。

 後の事も考えない。


 発動したブローバック計画の第1弾はスプーキーキラー作戦と言う名前だ。

 スプーキーの名の通り、シリウス側に恐怖を植えつけるのが目的だった。


「……見えてきたな」


 逸るようにマイクが唸る。

 シェルのエンジンは絶好調だ。


「先の戦闘で見られたらしい空母の形状を忘れるな。中には数百機単位でシェルが詰まって居るらしい。それら全てを叩き落すことなど不可能だ。つまり空母ごと叩き落すしかない」


 ニミッツ級と大して変わらないサイズのシリウス空母だが、その艦内には二百機に迫る数のシェルが収容されているらしい。戦闘能力としては全く期待できない豆腐レベルの船体だが、極限までシェル収容を増やした形状とデザインだ。

 目的とするモノは唯一つ。究極のキャリアーであり、そしてシェルの母艦として全ての能力をそれだけの為に極振り状態にしてある。


「最終的にはニューホライズンへ落下させろ。良いな」


 エディの声には、明確な殺意が宿っていた。











 ――――――――2248年 10月 1日 シリウス標準時間午後1時

         ニューホライズン周回軌道上 高度800キロ











「行け!」


 エディの声が響くと同時、サポートに付いていた電子戦仕様のアレックス機はアクティブジャマーを解除した。

 VFA501のシェル13機はシリウス側のレーダーから完全に消えていたのだが、これで向こうにも丸見えになったわけだ。


「シリウス側は本当に気付いて無いんだな」


 驚きの声を上げたディージョは最初にエンジンを全開にした。

 それに続いて各機がいっせいに加速を開始し、速度計の表示があっという間に秒速35キロをさした。

 テッドは視界の中に見えるシリウス艦艇の中から空母を探し出す。

 明るいブルーグレーの船体には巨大なバラのマークが描かれていた。


「親切なこったぜ」

「ここにいるよって自己主張だ」


 斜め後方から接近していくテッドとヴァルター。

 加速体制に入ろうとしていたシリウス空母はエンジン部分が鈍く光っている。

 そのエンジンノズルへ向けて280ミリを数発叩き込む。

 タンデムミラー型の巨大なエンジンに直撃弾を受け、空母の足が止まった。


「おらぁ! 沈めェ!」


 敵艦の全方向を取り囲むように包んで追い越しつつ、各部にあるスラスターエンジンを破壊していく。そして、艦首にある発艦用のカタパルトハッチから内部に向かってバリバリと280ミリを打ち込んだテッド。

 艦内で連鎖的に大爆発が発生し、船体各部から炎を噴き出して次々と外殻を破壊し始めている。ただ、そこで手を休める事はせず、艦から飛び出した構造の艦橋部分に接近し、280ミリを一発御見舞いして操艦機能を殺した。


「押すぜ!」

「よっしゃ!」

「くたばれ!」


 ヴァルターに続きドッドとディージョが艦首部分を地上に向けて強引に押した。

 操艦機能の無い大型空母はそのままニューホライズンへと落下していく。

 真っ赤な尾を引き始め、それを見届けたドッドは『次!』と叫んだ。


「ここにも居やがるぜ!」


 同じ規模の空母を見つけたテッドは、先ほどと同じオペレーションで艦の抵抗力を奪い、同じようにニューホライズンへと落下させた。僅か15分ほどの間に2隻の空母を撃沈した形になるが、ふと見ればオーリスやロニーたちの側も2隻目の空母をニューホライズンへと落下させている。


「よっしゃよっしゃ!」


 凡そ30隻ほどのシリウス艦隊だが空母は全部で5隻らしい。

 それだけでもシェル約一千機の大軍団だが、完全にステルスモードで接近していた13機のシェルは一方的な虐殺を行っていた。


「残り一隻!」

「何処に居やがる!」

「そろそろ蜂の巣から出てくるぜ!」


 手分けしてシリウス艦隊の中を飛び交うVFA501のシェルは、艦隊の先頭付近を進むシリウス空母を見つけた。


「居やがりました! ここっす! ここ!」


 ロニーは声を弾ませつつ最初に艦橋を襲った。

 至近距離から140ミリをバリバリと受けた艦橋は、その構造物の根元から完全に破壊されて船体から分離してしまった。


「灯りが消えたな」

「……機能的に終了か?」


 艦の構造を最大限に効率化しているシリウス艦艇は、分離していった艦橋部分に艦のコントロールの大部分が集まっているらしい。

 すぐ近くを飛んでいたディージョとジャンは一気に接近し、外壁越しに280ミリを散々と撃ち込んだ。あっという間にマガジンを空にし、オートリロード機能を使ってマガジンを交換する。


「便利になったな」

「開発部に感謝しねぇとな」


 快活な笑い声を飛ばし、ディージョとジャンがつるべ撃ちに撃ち込んでいた。

 あっという間に外壁が穴だらけとなり、その穴から猛烈に炎を吹きだしている。


「そろそろ燃え尽きて貰おう」


 ウッディは最初に外壁部分の梁へと取り付いた。

 そしてそのままグイグイと推し始めると、巨大な空母は進路を失った。

 こうなれば運命は一つだ。ニューホライズンへと落下していくしかない。


「おー」

「良く燃えるな」


 わずか20分ほどで空母を全滅させたVFA501は、一旦集合を掛けた後でシリウス艦隊の中を飛び回り、辺りの艦艇に散々と撃ちかけた後で離脱を図った。撤収開始まで23分の早業なのだから、シリウス側も打つ手が無かった。


「ずらかるぞ。残りの船は戦列艦に任せる」


 テッドは最初に旋回し一気に加速した。

 アレックスは再び電子ジャマーを起動させ、シリウス側のレーダーに妨害をかけ始めた。これで電子の眼を誤魔化してしまえば、後は尻に帆を掛けて逃げるだけ。


「戦列艦だ!」


 ウッディ機が指さした先。

 ニューホライズンの地平の向こうから何隻かの戦列艦が姿を現した。

 浮遊砲塔を出し、発電パネルを全開にしている姿だった。


「砲撃が来るぞ!」

「流れ弾をもらわねぇようにな!」


 アッハッハ!と機嫌良く笑うアレックスとマイク。

 テッドは砲撃コースを警戒して離脱方向へ舵を切った。


「砲撃予告するかな?」

「しねぇんじゃね?」


 ウッディやヴァルターもテッドに続き射線を邪魔せぬ様に離脱した。

 戦列艦とシリウス艦を結ぶ線上の邪魔が消えたとき、戦列艦の砲撃が始まった。


「相変わらずスゲェ!」


 アハハ!と妙な笑いをディージョがこぼす。

 その脇ではロニーが手を叩いて喜んでいた。

 猛烈な荷電粒子の奔流がシリウス艦艇に襲いかかった。


「おーあたりー!」


 ステンマルクが手を叩く中、直撃を受けたシリウス艦隊のサポート艦が一気に機能を停止して巨大デブリに成り下がった。

 その後も戦列艦は猛烈な砲撃を続け、20隻以上居たはずのシリウス艦艇は次々とニューホライズンへ沈没していった。


「一方的なものだな」


 それは文字通りのマサカー(虐殺)だった。

 1時間と経過する事無く、コロニー船攻撃に向かうシリウス艦隊が全滅した。


「コレは重大な事実だ。大騒ぎになるぞ」


 期待を込める様にアレックスが呟く。

 本来なら、シリウスの人民政府が公式に発表する様な出来事と言って良い筈だ。

 とてもでは無いが誤魔化せる様なモノでは無い。


 なにせ地上に大量のデブリが降り注ぐのだ。

 最も巨大なサイズでは、ちょっとしたビルクラスの塊だ。


「……地上もひでぇ事になってますぜ」

「あぁ。それが目的だからな」


 声を弾ませたロニーにテッドが軽口を返す。

 コロニー船攻撃艦隊はニューホライズンの上空で全て殲滅させる。

 そして、その残骸は全てニューホライズンに落とす。


 スプーキーキラー作戦の根幹はここに有る。


 シリウス軍艦艇を減らす事も戦意をくじく事も重要だ。

 ニューホライズンで反地球運動をしている連中に負け戦の残滓を降らせる。

 この作戦を鬼手と見るか、それとも上策と見るか。


 テッドにはその答えを出せなかった。


 ただ一つだけ分かっている事は、夜の側に入ったニューホライズンの地上でパッと鉄火の華が咲くとき、そこでは確実に人が死んでいると言う事だ。


「地上も相当死んでるだろうな」


 テッドは何気なく呟いた。

 他意や悪意や言外の本音など一切なく。


「それが目的だからな」


 スッとエディから帰ってきた言葉もまた素直だった。

 善悪というならきっと悪だろう。


 如何なる理由があっても、人を殺す事は人類にとって禁忌だからだ。

 だが、相手が自分を殺しに掛かっているとき、それに抵抗するのは正統な権利。

 深刻な論理的矛盾をはらんだまま、汚れ仕事を行う為に軍隊は存在する。


「さて、引き上げるぞ。遊びは終いだ」


 散開していたVFA501のシェルが再び集合した。

 今のねぐらはハルゼーより一回り小さい強襲降下揚陸艦だ。


「1週間経ってやっと慣れてきたな」

「あぁ。今じゃ飯が恋しいぜ」


 ウッディとジャンの会話にテッドもニヤリと笑う。

 全長600メートルほどのサイズでしかないが、そもそもが海兵隊向けに降下艇や支援艇を発進させる設備を持った船だ。

 シェルを収容し整備をするにしたってハンガーデッキの広さは特筆級で、むしろ、船としてはハルゼーより使いやすいと言う評価がシェル整備スタッフからも出ている位だった。


「お、見えてきた」


 ジャンの言葉で全員が速度を落とし着艦体制に備える。

 強襲降下揚陸艦は、基本的にインナースペース(艦内)への着艦となる。

 ハルゼーの様にオープンデッキへ着艦し、エレベーターで艦内へ引き込まれるような面倒が無い。


「慣れるとこの方が楽で良いな」


 エディの言が全てだ。

 航空機と違い後退も自由自在と言うシェルの機動力は、発艦ハッチとは別に用意されている着艦ハッチの中へ直接飛び込むほうが理にかなっている。

 海上を走った強襲揚陸艦と同じく、ウェルドックを供えたこの船は、小型宇宙艇の発着に全ての機能が割り向けられていた。


 ドラゴンフライ級強襲降下揚陸艦7番艦 ワスプ


 アシナガバチを意味するワスプは、そのどれもが大型肉食昆虫の名を持っているドラゴンフライ級の船だ。ニミッツ級よりもはるかに小型で史上最強のエンジンを装備し、光速の30倍に初めて達した快速艦でもある。


「さて、着艦後にガンルーム(作戦検討室)へ集合しろ。デブリーフィング(反省会)だ』


 航空戦力の運用に特化した空母と違い、強襲降下揚陸艦は様々な任務を幅広く柔軟にこなすだけの能力を持っている。その為か、艦内には将兵の収容設備から航空機の運用整備から、さらには病院などの設備まで揃っている。


「その後にメンテっすね」

「そうだな」


 ロニーの言葉がウキウキと浮ついていた。

 サイボーグ向けメンテ設備をアグネスから運び込んだワスプは、サイボーグの兵士の機体メンテまでも一貫して行なえるようになっていた。


「……便利だよなぁ」


 何で始めからこうしなかった……と皆が思うワスプの側面には、得物へ襲い掛かる巨大なアシナガバチが描かれていた。

 9月の終わりに到着した連邦軍の増援部隊は、シリウス攻略の作戦任務に就き始めたのだった。


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