負け戦の実感
~承前
「……結局、俺たち踊らされてるだけだよな」
生き残った7基のコロニーの一つ。
主に生活物資や食料を生産するオシリスの中でヴァルターはぼやいた。
ジャガイモの収穫作業に当たっている連邦軍の歩兵達は、大きく実ったジャガイモに歓声を上げている。先のシリウス側大攻勢により多数の死傷者を出したが、それでも食糧供給が改善される見込みは薄かった。
「聞いた話しだけど……」
テッドとヴァルターは、現場監督を補佐しろとの命を受けてやって来た。
農場コロニーとして機能しているオシリスは奇跡的に全くの無傷で、内部は巨大な圃場が並ぶ広大な田園風景になっている。
それは、遠く地球を離れやって来た者達にとって郷愁を誘う光景でもあった。大地と生きてきた者達にしてみれば、土の臭いこそがホームそのものだ。
「また噂話か?」
相変わらずテッドは情報収集が弱く、ヴァルターは耳年増だ。
アチコチの歩兵や下士官連中から情報を収集しているが、信憑性は……
「ここオシリスとイシスは攻撃対象に入ってないんだと」
「……へぇ」
「ここが農場惑星ってのもあるんだけど……」
「あるんだけど?」
「最後はここへ逃げ込む様にしてあるんだってさ」
手にしていたブラスターライフルを肩に掛け、テッドは腕を組んで唸った。
逃げ込んだ後の事が容易に想像付くモノだからだ。
「一網打尽って…… ことか」
「だろうな」
大型ローダーがやって来て収穫したジャガイモを回収し始めた。
巨大なバスケットは1トン強のジャガイモを溜める事が出来る。
そのバスケットを幾つも回収しているローダーは、やがて拠点へ引き上げた。
残されたジャガイモの蔓は全て回収され工業地帯へと回される。
紙等の工業製品の材料にされるとの事だが、正直、テッドには理解出来ない。
「タマネギの収穫も終わったし、次は何を栽培するんだ?」
「さぁ…… 農業計画担当はここには来てないからな」
高度に管理された管理農場ではシステム管理者の手腕が全てだ。
先を読み、育成計画を練り、結果を出す為に最善の手を打ち続ける。
「畑で作物作るのも戦闘計画作るのも一緒だな」
腕を組んだまま眺めているテッドは、ふとそんな事に気が付いた。
次の次の次を読んで手を打っていく作業。
「シェルで戦うのと一緒だろ」
ニコリと笑ったヴァルターもそう言った。
つまり、場当たり的では無く計画的に行うと言う事だ。
「……シリウスは優秀だな」
「あぁ。ホントだよ」
「なんて言うか……」
組んでいた腕を解いたテッドは身振り手振りを交え始める。
「手がさ、重層的なんだよな。重なってるんだよ」
「……ああ」
「こうしたらこうする。こうなったらこうする。その手が全部あらかじめ決められてるんだろうさ。だから、事態が予想外の方向に行っても、当初の目的は忘れていないし……」
テッドは気付いていた。
連邦が劣勢にある最大の理由に。
それは責任問題だ。
失敗の責任を取りたくない、取らされたくない者は、最大限安全な手を打つしか無い。或いは、万民が納得いく失敗の理由をあらかじめ用意しておくしかない。
どれ程想定や仮定を繰り返しても失敗は発生し、その都度に想定外という回答を出さざるを得ない。それに対する対策が予算過多となればそれはそれで批判され、想定が甘く対策がなされ得なければ批判される。
『結果だけをもって処分を受ける理不尽さ』
それを嫌う者達は、自らの身を護る為に一歩下がった計画を造らざるを得ない。
「向こう側はさ、最終的に独立を成し遂げられれば良いんだよな」
「目標とする結果がぶれてねぇからな」
「こっちは独立は防がなきゃならねぇし、シリウスはメチャクチャにする訳にはいかねぇし、出来るもんなら成るべき無傷でなきゃいけねぇときた」
「無理ゲーだぜ」
顔を見合わせて溜息をこぼしたテッドとヴァルター。
シリウスを巡る攻防は激しさを増している。
そして、どれ程詭弁を述べた所で、現実に連邦は圧されている。
「……そろそろ本気で全面撤退って話が出てんだろうな」
テッドだってそれ位の事は想像が付く。
連邦軍の内部にある統合作戦本部では全ての可能性を否定していないはずだ。
「なんか地球じゃ反転大攻勢って景気の良い話が出てるらしいぜ」
「……へぇ」
「総反攻って言葉が踊ってるってよ」
「……出来んのかよなぁ」
ヴァルターの言葉に心底嫌そうな言葉を返したテッド。
どうせその先兵はまたシリウス人だ。
もはや説明を受けるまでもなく分かっていた。
「地球の総力を挙げてシリウス派遣軍が整備されているとかどうとかってさ」
「その前に現状を何とかしろよな」
ふたりの目が手にしていた銃に落ちた。
畑の監督に何故銃が要るのか……
「脱走兵がとまらねぇって話だな」
テッドの目は収穫後の後始末を行っている歩兵達に注がれた。
完全な丸腰で作業に当たっている彼らは、時々テッド達をチラリと見る。
「シリウス側が呼びかけてんだってな」
「諸君らを同じ目的を持つ同胞として、同志として迎え入れる!って奴だろ?ラジオで流れてる」
「そうそう」
テッドは無意識に無線周波数を商業放送バンドへと合わせた。
シリウス側の宣伝放送バンドに入ると、相変わらず熱い調子で呼びかけていた。
――連邦軍の兵士諸君
――君らは騙されている
――君らは遠く離れた地球のブルジョアの奴隷では無い
――君らはシリウス人だ
――我々の同胞だ
――我々は諸君らを暖かく迎え入れる用意がある
――我々の同志として諸君らを歓迎する用意がある
――さぁ、虐げられしプロレタリアートよ
――ブルジョア階級を撃ち倒し、真の自由を手に入れよう
「おい!」
「……あっ」
ヴァルターに声をかけられテッドの意識が現実へと帰ってきた。
脳内に響いていたラジオの音がリフレインしている。
「ブルジョア階級ねぇ」
「夢破れた共産主義者にとってもシリウスは理想郷なんだろ」
「結局は自分たちが上に座りたいだけなんだよな」
「全くだ。共産党以外を認めねぇんだからな」
人類の犯した最大の愚行は共産党国家を誕生させてしまった事だ。
連邦軍士官教育の中でテッド達はそう教育されていた。
人類が起こした全戦争の戦死者よりも、共産党による粛正の犠牲者の方が多い。
そして、戦争中の共産党政権は人民を消耗品以下に扱う。
「同じ事がここでおきねぇようにって事なんだろうけど……」
「共産主義って人類思想のガンだからな」
「ガン?」
「あぁ。この前の娯楽放送でやってたよ」
薄ら笑いのテッドは声音を変えて喋り始めた。
――共産主義がガンみたいなもんって失礼じゃないですか?
――そうですよ。ガンだって役に立つときがあるんですから!
――え?そんなのあるんですか?
――もちろんです。効率的に人の数を減らせますから
――おぃ!
下らなすぎて不覚にも笑ってしまう。
そんな顔になったヴァルターは、微妙な表情でテッドを見た。
「最終的に人が多すぎんだよな」
「そんな話しはもう300年やってるさ」
地球から溢れた人間を宇宙へ運び出し、そこでも溢れて火星へ運び出し。
やがて火星だけでなくシリウスにまで運び出した人類。
「最終的にどうなるんだろうな」
「なにがさ」
「俺たちだよ」
もう一度腕を組んだテッドは兵士たちを見ていた。
チラチラとテッドたちを見ながら黙々と作業を続けている。
「……奴隷とかわらねぇ」
給料が出るか出ないかと言う問題では無い。
未来を感じない現状は、ただの奴隷でしかない。
「まぁなんにせよ、言われたことには結果をださねぇとな」
「……だな。結果を出す人間だけが理想を言って良いんだ」
テキパキと作業を終わらせた兵士たちは食事にありついた。
巨大な鍋で調理されたイモと肉のスープだ。
嬉しそうにありついている若い兵士は自然に笑い始めていた。
「飯時ってのはそれだけで幸せだな」
ボソリと漏らしたヴァルター。
同じタイミングでドッドが表れた。
「俺達には面倒がきたぞ」
なんとも皮肉な言い回しにテッドとヴァルターが顔を見合わせた。
「連邦軍合同本部から通達だ。新しい計画が正式に下達された」
「計画?」
語尾あげで怪訝な顔になったテッド。
ドッドも同じように怪訝な顔だ。
「あぁ、今回のラインバッカー作戦を総括した結果、連邦軍は抜本的にやり方を変える事になったそうだ。まぁ言うまでもないが、その皺寄せはこっちに来る」
チッ!と小さく舌打ちしたヴァルター。
テッドも『フゥ』と息を吐いた。
「ブローバック計画と言うんだそうだ」
「ブローバックねぇ」
心底嫌そうな顔をしたテッドはヴァルターを見る。
そのヴァルターもまるで喉の奥に指で持つ込まれたような顔をしていた。
「近々エディが説明するだろうが、要するに前線はシリウスを叩き、古い機材を一掃してから新しい機材と人員を入れるそうだ」
ドッドの説明に『ハッ!』と笑ったテッド。
ヴァルターも笑っている。
「なんともシリウス的なやり方だなぁ」
「全くだな」
かつてシリウスが良く使った手法だ。
古い機材を集中投入し、わずかでも敵を消耗させる。
そして、在庫一掃の後に新しい機材へ一気に交換する。
「こっちも学んだってか」
吐き捨てるように呟いたヴァルターが項垂れた。
「で、そのブローバック計画ってのの味噌は?」
同じように困り顔のテッドが言う。
ドッドも余り良い顔をしてはいないが……
「シリウス側は艦艇の建造設備を稼動させたらしい。まぁ、要するにゲームの主導権を握られてるからターンチェンジを狙ってんだな。地球帰還希望者をどうにかしないと…… 難しいけどな」
肩を竦めたドッドはボソリと言った。
「……連邦サイドを嘲笑ってる奴がいる。嗤われてんのさ。俺たちは」
思えばその通りだ。
とにかくシリウス側の思い描いたとおりになっている。
テッドたちVFA501は誘い出され、空振りで帰って来た。
その間にシリウス側としては絶対に出発させたくなかったコロニー船を潰せた。
そしてもっと深刻な問題が進行中だ。
連邦軍の士気の低下は留まるところを知らない。
脱走兵は着々と増えているし、シリウス軍参加者は後を絶たない。
なにより、ニューホライズンの地上では地球派市民が差別されていると言う。
「ターンチェンジが必要だな」
「あぁ」
ニューホライズンを巡る戦闘はここに来て急展開を見せつつある。
コロニー船をこれ以上失うわけにはいかないのだ。
脱出を志す市民の送り出し計画は再検討されるだろう。
『501中隊全員、聞こえるか?』
無線の中へ唐突に流れたエディの声は緊張に震えていた。
テッドもヴァルターもドッドも返答を送り、全員の受信が確認される。
『エンタープライズから連絡が入った。地球へ向かっていたコロニー船が一隻失われたそうだ。シリウス側の攻撃ではないようだが――
エディの声には隠しようの無い苛立ちがあった。
――善後策を検討するし、新たな計画の説明もある。15分以内に連邦軍事務所の第3会議室に集合しろ』
無線の中にイエッサーを叫びテッドは走り始めた。
コロニー船は攻撃を受けたと考えておいた方が良い。
シリウスの目と手は長くて正確だ。
――負けてるよな……
言葉に出来ない劣等感を抱え、テッドは身悶えた。
ただ、ここまでのシリウス側の大攻勢がただの前哨戦でしか無い事をテッドはまだ知らない。火と鉄の試練は、着々と近づいているのだった。




