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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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踊らされる屈辱

~承前






「……マジかよ」


 目の前の光景に息を呑んだテッド。

 エンタープライズは僅かな時間退行を観測し、現宇宙(リアル)へワイプインした。

 ただ、その艦内から眺める景色は全ての者を絶句させるのに重文な威力だ。

 巨大なコロニーが激しく破壊され、リフトアップ型の展開式ミラーは何処かに失われていた。


「あれじゃぁ……」


 指を指して驚くヴァルターも言葉を失った。

 円筒形コロニーはミラーの展開量をコントロールして筒内の温度を調整する。

 そのミラーがそっくり失われたと言う事は、コロニーとして致命的な問題だ。


「宇宙船にはならねぇな」


 溜息混じりにぼやいたドッド。

 その隣に居るジャンは吐き捨てた。


「随分と仕事熱心な事だな」


 工場コロニー空域を静々と進んでいくエンタープライズは、その船体に様々な障害物を吸着させていた。ワープ航行の直後は船体の周辺に激しい磁場を帯びる関係で、僅かでもそれに反応する素材であれば船体に吸着してしまうのだ。

 宇宙に置ける障害物の回収にも使われる手法で、コレにより金属素材を回収して再融解の上で再利用を図る事も多いのだが、この場合は航行の障害になるだけで無く、様々なセンサーの損傷を引き起こす厄介な存在になる。


「おぃっ! アレ!」


 慌てて指さしたディージョは口をパクパクとさせている。

 指さした先には撃破されたタイプ02が居て、それはVFA102のマークが書き込まれたアストロナイツの部隊機だった。

 腕を組んでジッと見ていたエディは、小さな声で呟いた。


「……大した腕だな」


 コックピットがオープンになっているが、その()()はまだそこで回収を待っている状態だ。シェルの装甲の一番弱い所を精確に一撃で撃ち抜かれたらしく、どうする事も出来ずに撃破されたと思われた。


「善戦したと言って良いのだろうな」

「あぁ」


 アレックスの言葉に短くそう答えたエディ。中隊全員が呆然と見ているそこには、二基のコロニーが完膚無きまでに叩き潰されていた。


「なんか軌道はずれてねぇっすか?」


 首を傾げているロニーは、エンタープライズの壁に背中を押し付け、ジッと目視観察していた。言われてみればそんな気がする……と、テッドやヴァルターも観察を始める。

 原型を留めないほどに破壊されたエンジン周りは多数の部品が失われていて、明らかに重心のバランスを崩していた。


「あれじゃぁ…… シリウスの重力に引っ張られ負けるだろうな」


 軌道要素を計算したらしいオーリスが呟く。

 おそらくネフェトだと思われるそのコロニーは、数年後にはシリウスへ落下すると思われた。


「コロニー二基損失か」


 隠しようのない落胆を見せたエディ。

 分かっていた事だが、それでもいざ現実として突きつけられると落胆する。


 テッドはこの先に酷く不安を覚えた。

 地球帰還事業は大きく頓挫する事になる。


 これからどうなるんだ?と、泣き言の一つも吐き出したい気分だった。

 そして、収容を受けたエンタープライズの士官室で聞いた内容を思い出した。







 ――――――実時間で8時間ほど前







「申し訳無いが…… もう一度頭から頼む」

「……ですから、あの」


 エンタープライズの士官室はやたら狭かった。

 船体に余裕のあるハルゼーは本当に恵まれていたのだとテッドは知った。


 バンデッドですら手狭なエンタープライズのデッキへ13機のシェルを押し込み、艦内の士官室へ集合したテッドたちは、この作戦で何度目になるかわからない絶句状態だ。


「つまり、我々は複数の罠にまとめてはまったと」

「そう言う事になる。いや、我々もそれについては……」


 エンタープライズの航海長であるエデュー少佐に事態説明を受けているエディ。

 常に余裕ある姿を見せてきた男のはずだが、この日ばかりは天を仰いだ。

 そして……


「……Holy shit!」


 室内にいた全員が驚いてエディを見た。

 つねに紳士とはなにかを体現していたエディが悪態を吐いた。

 もちろんテッドだって、エディの人間臭い振る舞いに驚いた。

 ただ、当のエディは頭を降って『信じられない』と言わんばかりだ。


「つまり、我々は同じクソを三度踏んだわけか」


 ぼやき続けるエディだが、実は怒り狂っているのを全員が痛いほど分かってた。 もちろん、ハルゼーに残っていた士官達もだ。


「……しかし、敵に情けを掛けられると言うのが一番悔しいな」


 同席していたエンタープライズ艦長テッド・ブランチ大佐は肩を竦めて笑った。

 いたたまれない居心地の悪さにテッドを含めた全員が顔をしかめた。


「で……」


 話の続きをせがんだアレックスはエデューを見た。

 何を聴きたいのかは言うまでも無い。


「シリウス側の猛攻だが……」


 エデュが一貫して説明しているのは、エンタープライズが遅れた理由だ。


「ハルゼーから収容したクルーをコロニーへと移動させる作業の最中だ。シリウス軍は突然やって来た。我々は最初、それはシリウス軍と認識できなかった」


 エデューが言うに、シリウス軍は非常に統制の取れた艦隊行動を見せていた。

 ただ、その艦艇は連邦軍から強奪したモノではなく、まっさら新品だった。

 そして、各部にはシリウス軍を示す赤バラのマークがあったらしい。


「彼らは200機以上のシェルを送り込んできた。コロニー周辺の連邦軍は善戦したんだが、何せ相手が上手すぎた」

「上手すぎた?」

「あぁ。シェルを含めたこちらの戦闘兵器は次々と撃破され、気が付けば艦艇もコロニーも丸裸だった」


 その言葉にテッド達の表情がガラリと変わった。

 強すぎる相手という言葉が引っ掛かるのだ。

 そしてその言葉が何をイメージさせたのかは、言うまでもない。


「ウルフライダー……」


 ボソリと呟いたヴァルターは薄笑いの横目でテッドを見た。

 デートのあてが外れた形のテッドを遠慮なく冷やかしている。

 ただ、その意味がわかるのは仲間達だけだ。


「で。そんな中を良く出発出来ましたね」

「あぁ、それなんだが、実は903のパイロットがシリウスのパイロットと交信し──


 エディの表情に噛み殺した笑いが浮かび上がった


──我々の任務が向こうに伝わり阻止されると覚悟を決めたら、逆に進路を明け出発を促された」


 衝撃的な話ではあるが、実際は良く来てくれたと感謝するのが先だろう。

 間違い無くコロニーエリアで激しい戦闘を行ったのだろうから、場合によっては回収を受けられた無かった可能性もある。


「まぁ、人助けはしておくものですなぁ」


 幾通りにも受け取れるエディの言葉に全員が薄笑いを浮かべた。

 連邦の関係者にしてみれば、過去幾度もピンチの場に現れているのがエディ達VFA501の面々で有り、また、シリウス側にも恩を売った相手が居るのだ。


「他でも無い、マーキュリー少佐達だからこそだな」


 感心する様に言うエデュー。同じタイミングでエンタープライズの次席士官が姿を現し、ハルゼーの残りクルー全員の収容完了を告げた。士官室にホッとした空気が流れ、テッドはチラリとエディを見た。


 何を聞きたいのかは言うまでも無い事だった。

 中隊を代表して口を開いたのはマイクだった。


「ハルゼーはどうする?」


 マイクは全員が持っていた疑問を口にした。

 苦楽を共にした船だけに、この場で見捨てるのは忍びない。


「自動航行で様子を見るらしいが……」


 アレックスも資料の束を見ながらそう言った。

 ハーシェル中尉を中心にしたハルゼーの航海科スタッフは、ハルゼーの帰還へ向けた手を着々と打っていたようだ。その処置リストは膨大なものだ。


「まさか…… 誰も残らないよな?」


 会話を聞いていたウッディは怪訝な表情で言った。


 完全に無人と言うのは考えにくい事でもある。

 責任の所在として、その顛末を見届ける義務を士官は背負っているのだから。


 だが、現状のハルゼーの残るのは、控えめに表現したとしても無謀な挑戦でしかなく、実際は自殺志願と変わらない事だ。


「ハーシェル中尉から居残りの志願を受けたんだが……」


 突然口を開いたブランチ艦長は酷く残念そうな顔をした。

 艦を預かる者ならば、絶対譲れない事だと十分すぎるほどに承知している。

 ただ、直接では無いにせよ、上官としては『はいそうですか』とも言えない。


 まともにニューホライズンへたどり着ける保証など無い。

 何かあったときには、まず救助など不可能だ。


「私の権限で彼を拘束し、我が艦に押し込んだ」


 なんと言う事だ……

 エディの表情が翳る。

 ただ……


「やむを得ませんな」

「あぁ。自殺しようとする者を止めるのは人間の義務だ」

「……全くもって同感です」


 幾度か頷いたエディ。

 そんな所へ再び次席士官が姿を現した。


「艦長」


 言葉を発さずゆっくり振り返って返答としたブランチ。

 次席士官は背筋を伸ばし報告した。


「ハルゼーの艦内に生存反応なし。残りの全クルーが撤収した事を確認しました」

「オートパイロットはどうなった」

「クルーズブリッジからのコントロールはほぼ不可能ですが、エンジンのジンバルは多少生きていますので……」


 ブランチは大業に頷いた。

 もはや行える事は何も無い。


「モタモタしている時間は無い。今すぐにでも帰還する」


 ブランチ以下、エンタープライズのクルーはブリッジへと上がった。

 士官室へ残された501中隊の面々は、ハルゼーの残存士官と一緒になってワープに備えた。


「戻ったら問答無用でドンパチかな」


 僅かに不安げな言葉を吐いたウッディ。

 基本的に準備周到が基本な男だ。


 全員が顔を見合わせる中、ディージョはボソリと呟く。


「行って帰って16時間。もう終わってるだろ……」


 宇宙とは広く大きな場所だ。

 ワープ航法がどれほど速くとも、それは艦内で経験する時間経過でしか無い。


 実際には片道8時間近い所要時間がある。

 つまり、帰るべきコロニーがもう無いかもしれない。

 だが、帰らないという選択肢は無い。


「いずれにせよ帰るぞ」


 エディはスパッと言い切った。

 テッドは小さく『勿論だ』と呟き、そして士官室の椅子に腰を下ろしてストラップで身体を固定した。


 ――早く!

 ――早く帰るんだ!

 ――まだ居るかも知れない……


 逸る心を押さえつけ冷静を装ったテッド。

 だが、誰が見てもわかるほどにテッドはソワソワとしているのだった。





 ――――――そして8時間後

 

 

 

 

 

「……なんだかなぁ」


 ボソッとぼやいたステンマルクは腕を組んで窓の外を眺めた。

 窓の向こうに見える二基のコロニーも再起不能に近い状態だ。

 幸いにしてエンジンは失われていないが、開閉式ミラーは明後日の方向に開いたきりで稼働状態にあるとは到底思えない。


「ありゃ一度回転を止めないと危ないな」

「あぁ。その上でミラーの修理が最優先だ」


 元技術職なオーリスやステンマルクは盛んに技術的な会話をしている。

 ただ、それは悔しさを噛み殺す為のモノでしか無い。


「……騙されてとんでもねぇ所まで行ってみたらシリウス艦に突っ込み、ハルゼーの前半分はどっかへ消えちまい、帰ってきてみたらコロニーがこのザマとはな」


 ドッドの嘆き節が痛々しいほどだ。

 見事なまでにシリウスの手の上で踊った事になるのだが、もはやどれ程嘆いても手遅れだ。戦術的敗北により戦略的な失敗を引き起こし、その穴は戦術的勝利では取り戻せそうに無い。


「そもそも、俺たちをここから引き剥がす為の作戦だったんだろうな」

「ラインバッカー作戦は裏をかかれたって事か」


 沈痛な反省会が続く中、エディは静かな口調で言った。


「ここまで見事に踊らされるとは思ってもみなかった」


 グッと握りしめたエディの拳が僅かに震えていた。

 悔いと恥と憤りに身を焼かれるエディの姿は、テッドにとっても新鮮だった。


「この借りは必ず返してやるさ……」


 チラリとテッドを見たエディは再び窓の外を見た。

 顎を引き、鋭い視線で虚空を睨み付けて言った。


「倍返しでな……」

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