偽情報
※年末進行で首が回りません
~承前
『こちらVFA501 エンタープライズ 応当を求める』
エディ達の目の前には地球帰還船団の旗艦エンタープライズが現れていた。
コロニー船団の最先頭を航行していたエンタープライズは、シリウス艦の自爆を認め、減速してコロニー船へ回避を指示していた。コロニー船が速度を落とせば、その回復には莫大な時間が掛かるからだ。
そして掛かるのは時間だけでは無く、燃料も消耗する事になる。巨大な重力を使ってスイングバイで加速したコロニー船の運動エネルギーは、自力推進だけでは到底獲得できないほどの莫大さだ。
『こちらエンタープライズ管制。意外な所で意外な存在に遭遇したな』
かつて地球から派遣されたシリウス移民団の播種船が大規模流星群にやられた教訓で、コロニー船は各船の間隔を数億キロ単位で離してあるのだった。そして、その先頭をいく旗艦は水先案内人を勤める引率役であり瀬踏み役だ。問題があれば構わず減速して実態の解明に努めるのが仕事と言える。
『我々にとってはアークエンジェルだ。歓迎する』
どこか呆れる様な声にも聞こえるのだが、それはやはりボロボロになったハルゼーの姿を見た事による驚きだろうと思われた。
『何があった?』
至極当然の問いかけがあったので、エディは事のあらましを説明した。
シリウス側の接触によって誘拐行為が行われていると連絡を受け、それを防ぐ為にやってきた……と。
『我々はその様な事態を関知していないが?』
『……申し訳無い。理解の範疇を超えるのでもう一度頼む』
『いや、我々の船団は一度としてシリウス側の接触を受けてない』
無線の中に酷く沈痛な空気が流れた。
言葉を失って黙り込むのでは無く、適当な言葉が無くて黙っているのだ。
『つまり、我々は…… 騙された。謀られたと言う解釈で適当だろうか?』
『残念だがその可能性が高い』
無線の中で誰かが小さく『FUCK……』と呟いた。
シリウスの諜報機関による偽情報に踊らされた事になる。
そして、いま現時点ではシリウス星系に戻る事が極めて難しい。
『月並みだがお見舞い申し上げる』
『……恐れ入る』
『現時点で本艦が出来る支援策について検討する』
正直に言えば、誰一人として期待などしていない。
エンタープライズの任務は、地球帰還船団を無事に地球まで送り届ける事だ。
任務を離れる事など期待する方が難しいと言える。
複雑な権力構造を持つ連邦軍は、その出自組織の意向に大きく左右されるのだ。
――ニューホライズンへ引き返してくれ
――俺たちとハルゼーの生き残りを積んで……
誰もがそう言い出したい衝動を飲み込んでいる。
我慢している。迫り来る恐怖と戦いながら、必死に押さえている。
何の支援も出来ないと言われれば、ここで緩慢に死を待つしか無い。
現状の地球-シリウス航路は軍も定期的に行き来していないのが現状だ。
――この小さなボイドはやがてハルゼーボイドと呼ばれる事に成る……
ふとウッディはそんな事を思った。
仲間三人分のシェルをウインチで係留しているが、状況は芳しくない。
そんな時だった。
『ヴァルターよりエディへ』
『どうしたヴァルター』
『クルーズブリッジへ進入しました。生き残りは38名です』
『艦の状況は?』
『第4リアクターだけ生きてますが、空気生成機は時間の問題ですね』
『全体の生き残りは?』
『ザックリ言えば千人少々です。艦首側はまとめて……』
『そうか』
大型のリアクター船であるハルゼーは、どちらかと言えば艦首側に人員が集中していると言って良い構造だ。艦の後半には巨大なイオンエンジンや、リキッド系反応エンジンのリキッド生成機などが鎮座する危険地帯だ。
それ故に、艦の前半分は居住区や兵装関係の機能が集中している。そこをそっくり叩かれれば、導き出される答えは分かっている。
『艦内状況ですが、クルーズブリッジだけが孤立しています。移動手段は露天環境に出るしかありません。機関室と後部居住区エリアは何とか行き来が出来ます』
ヴァルターは艦内状況を画像つきで報告した。
近接無線の出力は微弱だが、幸いにしてクルーズブリッジの中継機は生きているらしく、出力を増幅してくれている。
『シェルデッキはどうなった?』
『艦内のメンテナンスデッキなどはそっくり消え去りました』
『まぁ、装甲の無いエリアだからな』
小さな溜息を混ぜ込んでエディはぼやいた。
宇宙空母とはいえ艦内はただの隔壁にすぎない。
耐圧隔壁にすれば重量が嵩むのだから歓迎しかねることでもあった。
『それと、艦のCICや戦闘艦橋は完全に失われています』
突入を試みたシーンを動画で転送したヴァルターは、最後に機関室へのシーンを入れた。細いパイプを伝っての移動しか出来ないハルゼーは、その巨大さが困難を助長していた。
『負傷者はどうだ?』
エディの声のトーンが僅かに変わった。
微妙な問題をはらんでいるだけに、気を使っているのだ。
『重傷者は…… 三百名程度、軽傷者は数え切れませんほど居ますが……』
『重症側は芳しくないか?』
『恐らくですが、数時間以内に全滅します』
『……早めに楽にしてやってくれ』
エディの言葉に一瞬だけヴァルターの返答が遅れた。
そして、五秒か六秒かそれ位の時間が経過した後……
『士官の義務だ。苦しませても報われん』
『助けても……』
『そう言うことだ。助かる見込みが無いのに頑張れと言うのは無責任だ』
『……イエッサー』
ヴァルターだけで無くテッドやディージョも返答を返した。
また一歩、少年達は大人への階段を登る事になる。
泣いて喚いて逃げ回って済ませる事の出来ない『責任』と向き合う事になる。
『辛いが、これも士官の背負う責任だ』
誰もが経験できることでは無い。
だが、それを背負い、向き合い、果たす事だけを求められるのが士官だ。
ノホホンと言われた事だけしていれば良い立場では無い。
テッド達はそれをいま痛感しているのだった……
『エンタープライズ管制よりVFA501』
『こちら501マーキュリー少佐』
『自分はCICのエデュー少佐だ。まさか――
名乗りを上げたエデュー少佐は言葉に詰まっていた
――連邦艦隊のヒーローと話をしているとは思ってもみなかった』
『ヒーロー? すまないが、これも理解不能だ』
『何を言っている。マーキュリー少佐と言えば連邦の守護神じゃ無いか』
本気で『はぁ?』と言わんばかりの空気になったエディ。
もちろん、中隊の面々もポカンとした空気になっていた。
『マーキュリー少佐率いるシェル隊が護衛に付けば死なない。そんなのは船乗りの常識だよ。あなたがアークエンジェルなんだ』
無線の中に小さな声で『おいおい』とこぼしたエディ。
ただ、エンタープライズ側の空気がガラリと変わったのを全員が感じた。
『可能な限り救助する。先ずはハルゼーを何とかしよう』
『申し訳無いが頼む。生き残りは千人少々だ』
『流石にそれだけ積むと本艦もどうにもならないが……』
エンタープライズも十分に巨大な船だが、ハルゼーは輪を描けて大きい。
なんとか生き残りすべてを収容したくとも、物理的に不可能に近い。
『ご苦労だが、積めるだけ積んでニューホライズンまで一往復してくれないか』
誰もが言いたかった提案を、エディはさらりと行った。
超光速船ならば、ニューホライズンまで行って帰っても往復三日と言う所だ。
生存者をニューホライズンへ降ろした後、エディ以下を回収する作戦提案だ。
『……検討するので少々待たれたい』
『ハルゼー艦内では着々と酸素を消費している。急いで貰えるとありがたい』
『了解した!』
歯切れの良い言葉で無線の会話が止まった。
ただ、その言葉の向こうにエンタープライズ側の意向が透けて見える。
そして、その無線をワッチしていたハルゼー艦内に歓声が広がる。
文字通り、希望の明かりが灯ったような状態だ。
――頑張っとくと良い事あるんだな……
テッドはふと、そんな感慨を持った。
思えば味方10機足らずで200機に勝負を挑んだ事もあった。
友軍艦艇の楯になりかねない状況で獅子奮迅の戦いをした事もあった。
――じゃぁ行こうか
エディはいつもそうだった。
思えば地上に居た頃から、どんなピンチにも一切動じなかった。
千の銃火に晒されたとて、泰然と歩く男だ。
味方の機甲師団がピンチとみれば突入を命じた。
喜んでしんがりを引き受けた。
味方がそこで助けを求めていると聞けば、後先考えずにそこへ向かった男だ。
――スゲェ……
テッドは無線の中に聞こえるエディを思った。
ただ、テッドはこの時点で完全マッパだったのだが……
『エンタープライズよりマーキュリー少佐。並びにハルゼークルーへ』
『色よい回答を期待したいが』
『万全では無いが悪くない回答と思われる』
どこか勿体ぶる様な声が響く。
皆が固唾を飲んでワッチする中、エンタープライズ艦長の声が響いた。
『マーキュリー少佐』
『おぉ、ブランチ大佐』
『貴官の提案を小官の責任において採用する。ただし、艦内にある余裕は九百人少々だ。一部はハルゼーに残って貰いたい。航海長の計算では68時間後にここへ戻ってこれる筈だ』
ある意味では満額回答とも言えるが、居残りが発生するのは予想外とも言える。
――いったい誰がここに残るのか?
この場での問題はそこに尽きる。
『大佐殿』
『……貴官は?』
『ハルゼークルーズブリッジ現状責任者ウィリアムハーシェル中尉であります』
『ご苦労だ中尉。で、どうした』
『ハルゼー艦内で復旧を試みますので、航空要員等を中心に艦運用以外を……』
『了解した』
『技術士官を中心に下士官を選抜し残艦を命じますので』
『君も災難だな』
『いえ、士官の義務です』
『そうだな』
辛い仕事からも逃げられない士官の辛さは如何ともし難い。
だが、それをしなければならない状況と言う者は確実に存在する。
己を殺して最善を希求し、適切に振る舞わなければならない時がある。
――コレが士官か……
会話を聞いていたテッドの目の前で悲喜こもごもな人間模様が展開され始めた。
残ることを志願するもの。
涙を浮かべて落胆するもの。
苦笑いで自分の仕事に戻るもの。
機関室のなかでもきっと同じ状況だろう。
自分の責任から逃げ出さない者のみが宇宙に出る資格がある。
それは、宇宙開発で国家間がしのぎを削った頃からの一大原則だ。
延々と受け継がれている伝統と言って良いモノだ。
そしてそれは、星と太陽を見ながら大海原を旅した船乗り達の伝統でもあった。
『エンタープライズよりハルゼーへ。ランチを出すので移乗可能なデッキを探してくれ。無い場合には……』
『大佐。残念ですが、気密の取られたハッチは何処にもありません』
『では……』
ここで執れる手段は二つ。
気密服を着たクルーをどこか一つの部屋に集め、部屋の隔壁を破壊して全員を宇宙へ放り出す。もう一つは、船体自体を破壊し、機密の残っている部分をエンタープライズに直付けして人を移す。
いずれにしても貴重品である酸素を、況んやつまり、空気自体を浪費することになる。ハルゼーに残っているクルーの命を、未だに中尉でしかないハーシェルは背負った。
『航海科と機関科以外のハルゼー乗組員は気密服着用で後部デッキに集合せよ』
──あそっか!
後部デッキには真空ポンプがある。
デッキに人を集め、そこで空気を抜いて艦内に戻せば空気の浪費は防げる。
艦構造を知り尽くした乗組員の気転と知恵にテッドは舌を巻いた。
ただ、機関室のスタッフとクルーズブリッジの者は居残りだ。
そもそもクルーズブリッジは孤立しているので気密服なしでは外に出られない。
そして、ここにはまだ機関室から新鮮な空気が来ていて、当面は心配ない。
「テッド少尉。申し訳ないがもうひと働き頼む」
「えぇ、喜んで」
依頼される内容はわかっている。
艦の外で誘導する役だ。
サイボーグを損だと思う時でもあるが、今はそれを飲み込まなければならない。
軍隊と言う組織は、それぞれの特技を活かして生き残りを計るものだ。
「では、艦の外に出ます。無線出力に注意をお願いします」
「わかった」
テッドたちは再び艦の外に出た。シェル命綱付きが有難い。
一気にシェルへ戻り起動させる。
「さて、勝負だ。今回は手強いぞ」
楽しそうに言うエディの声が弾んでいる。
どんな時でも余裕を見せるやり方は大したものだとテッドは思った。
「ランチが見えてきたな」
ヴァルターが見付けたランチはかなり大形だ。
これなら何とかなると思いつつ、テッドは黙って様子を見守った。
遠く220億キロの彼方で光るシリウスも、その作業を見守っていた。




