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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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マッパの救助隊

~承前






 泣きながら笑っている機関科要員は、全身血まみれだった。

 ギガワット級核融合リアクターを中心とする機関室は、とにかく広く大きい。


 その室内には様々なモノが浮遊し、そしてその中には死体が幾つもあった。

 激しい衝撃と重力発生装置の停止は、機関科クルーを天井に叩き付けたらしい。

 幸運にも即死を免れたとて、艦内にはそれを収容するべき医務室が無い。

 

 艦の前方側がそっくり失われた現状では、緩慢に死を待つより他なかった。


「大丈夫か?」


 機関室の片隅で係留されている負傷者を見舞ったテッド。

 少尉の階級章を見たらしい乗組員は、ホッと安堵の表情を浮かべた。


「艦を…… お願いします……」


 血を吐きながら呟いた老練なクルーは、その言葉を最後に息絶えた。

 その遺体を片隅に寄せ、そっと敬礼を送ったテッド。

 周囲には生き残った動けるクルーが集まり始めた。


「少尉。このリアクターはまだ生きてます。放射能漏れ等はありません」


 中年に手が掛かったらしい年齢の兵曹長が姿を現し、そう言った。

 テッドはこの男がジェフリー兵曹長だと直感した。

 薄汚れたオーバーオールの作業服にはJEFFREYの文字がある。


「分かった。兵曹長」


 辺りを見回せば、指示を受け取ろうと動けるクルーが集結した。

 その目には藁にもすがりたいという悲壮な色があった。


「艦の航海艦橋はまだ生きている様だ。これからそこを目指す」

「了解しました。では、機関を可能な限り復旧します」

「よろしくお願いします。それと……」


 テッド自信も不安だったが、それを押し殺して立派な士官の振りを心掛けた。

 その脳裏に浮かんだのは、いつも余裕風を吹かせるエディだった。


「ハイパードライブはともかく、イオンエンジンを動かせるかどうかが重要だ」

「同感です。可能な限り発生器の復旧を試みます」

「頑張って」


 全ての会話を仲間内へと流していたテッドは、そのまま機関室から艦内通路へと躍り出た。僅かに気圧差があり、機関室側へ開いたドアは勢いよく閉まった。


「こっちの方が負圧だな」

「艦首の方から抜けたんだろ」


 テッドの言葉にヴァルターがゾッとした顔で応えた。

 ふとディージョを見れば、その顔も心なしか精彩を欠いている。


 ――帰れないかもしれない


 その恐怖が心を蝕み始めた。


「とにかくクルーズブリッジへ行こう」

「……だな」


 ハルゼークラスの大型艦とも成れば、船の操船を引き受ける航海艦橋は艦の中央部に設置されるケースが多い。全ての視野はカメラとモニターで行われる。艦から少々の突起を飛び出させた所で、全てを人間の視野には納められないからだ。


「戦闘艦橋はともかく、CICもパーなんだろ?」


 CIC

 コンバット・インフォメーション・センターは戦闘指揮所等とも呼ばれるが、宇宙における戦闘艦艇は、艦の状態から周辺の敵の状態までを全て把握する必要がある関係で、艦中央部前よりのリアクターに挟まれた最も強靱な部分に設置されるケースが多い。

 しかし、艦の事実上半分を失ったハルゼーは、その最も重要なCICを失ってしまった。そして、空母の要でもあるオープンデッキに突き出た戦闘艦橋は全壊。


「艦は事実上死にました…… ってな」


 溜息をこぼしたディージョはテッドに続いて無重力の艦内を移動した。

 幸いにして各所の非常灯が灯っているから真っ暗では無い。しかし、様々な浮遊物が漂う通路は、とにかく移動しずらかった。


「与圧が下がってきた」


 ヴァルターは気圧計を見ながらボソリと漏らした。

 どこかから空気が抜けている。それを一つ一つ塞いでいかないと……


「急ごうぜ」

「あぁ」


 自然と口数が減り、テッド達は航海艦橋へと急ぐ。

 あれだけ巨大だったハルゼーも、今は人が動ける場所など一握りだ。


メスデック(乗員食堂)へは行けないな」

オフィサーズデック(士官食堂)も入れない」


 気圧差の関係か、閉鎖されているハッチはビクともしない状態だ。

 第3リアクターと第4リアクターの間にあるメスデックは、様々なイベントで艦のクルーが集まるには一番の場所とも言える所だ。


「根本的にウォードルーム(士官室)へは入れないんじゃ無いか?」


 ふと重要な事実に気が付いたヴァルターは、中央通路にある大きなハッチに手を掛けた。ハルゼーの士官室は、士官だけで千人近くが乗り組む関係でラウンジエリアとダイニングセクションに分かれていた。その入り口は基本的にここしか無い。


「案の定だぜ」

「やばいな」

「全くだ」


 いつ行っても居心地の悪い士官室だが、無くなったとなれば、それはそれで寂しくもある。ただ、ここで重要なのは、このウォードルームを通過した先にクルーズブリッジがあると言う事だ。

 CICが完全に孤立した艦内でもどん詰まりの構造になっているのに対し、クルーズブリッジは士官室と下士官ら向けメスデックに挟まれた部分に入り口が作られていた。


「いよいよヤベェな」

「さすがのシェルでもニューホライズンは遠いぜ」


 だんだんと口数が減ってきた若者三人組はウォードルームを回避してクルーズブリッジへ入る方法を考える。こうなってくると巨大な艦構造が障害となるのだが、まさかこんな被害を受けるとは考えてもみなかったのだろう。


「報告書に書いた方が良いな」

「そうだな。次の犠牲を減らせるぜ」


 ヴァルターとテッドの会話はまだどこか緩い部分がある。

 地上戦でいつ死んでもおかしくない経験をしているのだから、これ位では動じないと言う変な危険慣れなのかもしれない。


「ただよぉ……」


 貯まらず口を挟んだディージョの表情には不安の色が濃くなっていた。

 地上戦を経験していないのだから仕方が無いのだろうが、土壇場のピンチと言う奴に初めて遭遇したのだろう。


「不安なときは動くしか無いよ」


 ディージョを安心させようとしたのか。

 ヴァルターは気楽な調子でそう言った。


「動く?」

「あぁ。動して良いのか分からないんなら、とにかく突っ走るしかねぇ」

「だけど……」

「迷ってる暇があったら走った方が良いぜ」


 ヴァルターに続きテッドもそう言い切った。

 砲弾の雨が降る街で生き残った経験は伊達では無いと思ったのだ。


「こっちも通風口行けるかな?」

「通風口も吹っ飛んでんじゃね?」

「んじゃ……」


 ヴァルターはニヤリと笑ってヘルメットを持ち上げて見せた。


「直接外から行くか」


 テッドは答える前にニヤッと笑ってヘルメットを被った。

 ヴァルターも同じようにヘルメットを被り、ディージョを見た。


「……マジかよ」


 一瞬だけ迷ったディージョだが『ままよ』と呟いてヘルメットを被った。

 通路の片隅にある通気口を蹴り破り、そこへ身体をねじ込むと、狭いパイプの中をズリズリと前進していくヴァルター。

 テッドがそれに続き、しんがりにディージョが付いた。何枚か気密抜け防止ハッチを通過し、少々ではこじ開けられないハッチへと辿り着く。


「こっから先は与圧が抜けてそうだ」

「派手に行こうぜ」

「だな」


 ヴァルターは迷う事無くハッチを引き開けた。

 気密の取られた部分だけに、グッチ力を入れないと開きそうに無かった。

 ただ、僅かにハッチが持ち上がり、一気に風が抜け始めた時、後方からバタンバタンと音が響き、ややあって完全に気密が抜けて呆気なくハッチが開いた。


『こっから先は無線だな』

『近接無線なら入るな』


 そのままズリズリとパイプを通り抜けていくと、恐らくメスデックだった辺りまで来たヴァルターがパイプからひょっこりと顔を出した。あの広かったメスデックは完全に失われていて、瓦礫の散乱した無重力空間に幾つもの死体が漂っていた。

 酸素を失って苦しそうに事切れている断末魔の表情は、テッドやヴァルターの心を痛めた。


『爆死より苦しそうだ』

『こりゃひでぇ』


 少々ウンザリ気味でメスデックを通過し、断ち切られた通風口の続きを探した三人だが、少々手間取って見つけたその入り口には、必死で逃げ込もうとしたらしい死体が詰まっている状態だった。

 なるべくその表情を見ない様にして死体を取り除き、そのままパイプに進入した三人は再びパイプを進行していく。いくつか開きっぱなしなハッチを通り抜け、テッドのカウントでは三枚目のハッチで与圧された部分に突き当たった。


『ここさ、いきなりクルーズデッキって事は無いよな?』

『いや、そうかもしれねぇ』


 ハッチを押し開けようとしたヴァルターは手を止めてしまった。

 何度か叩いてみたのだが、仮に叩き返されていたとしても真空中では音は伝わらないのだから確かめる事が出来ない。


「ひと思いに押し開けようぜ」

「だな」


 グッと力を入れてハッチを押し開けたヴァルター。

 ハッチの向こうは幸いにしてまだパイプが続いていた。


「ドンドン行こう!」


 貴重な酸素を浪費しない様に素早くパイプへと入った三人は、その後に三枚程のハッチを抜けて進んでいった。視界に浮かぶ気圧計が上昇を続け、ややあって艦内平常気圧にまで達した所に出た。


「言葉が通じるってありがてえぜ」

「ホントだな」


 フゥと一つ息を吐いて五枚目のハッチを抜けたヴァルター。

 そこにはメッシュ状の通風口が開いていて、その向こうはクルーズブリッジになっていた。悲壮な表情で艦の状況を把握するべき端末を操作していた幾人かの航海要員が端末に抱きつく様にしていた。


「大丈夫か!」


 いきなり通風口を蹴り破って入ってきたヴァルターに、最初は悲鳴が上がった。

 だが、ややあってそれが501中隊のサイボーグだと分かった時、今度は誰かがガイガーカウンターを用意していた。


「少尉、とりあえず放射能をチェックしてくれ」

「あ…… 了解です」


 その指示を出したのはハーシェル中尉だった。

 直接の面識は無かったが、ウォードルームで何度か顔を合わせていた。


「君らが来てくれて本当にありがたい」


 今にも泣きそうな表情のハーシェル中尉は、灯りの消えた艦内状況表示パネルの前で艦の様子を推察していた。だが……


「少尉!」


 ガイガーカウンターの針が狂った様に跳ね回り、そこにいた全員が一斉に距離を取って離れた。即死する程では無いが、直ちに影響が出るレベルの数値に近い数字が表示されていた。検査をしていた軍曹も、ゆっくりと離れて行った。


「さて、どうするか」

「例のパイプの所に行ってさ……」

「空気圧で吹き飛ばすか」


 三人で話をまとめたテッド達は、引きつった表情のクルーを前に再び通風口へと手を掛けた。


「ちょっとシャワー浴びてきますわ」

「……すまない。君らと違って」

「分かってますって。俺たち機械だから」


 サムアップで再びパイプへと消えたテッド。                 ただ、心の中のどこかが痛かった。


「……まぁ」

「仕方ねぇよ」


 パイプの中をズリズリと進んでいき、クルーズブリッジからウォードルームへと出る部分まで進んで来たのだが、どうやって放射能を洗い流すかを思いついた訳では無い。


「どうするか……」

「いっそ裸になるか?」

「それ良いな。どうせ表面に付いてるんだしな」


 ウォードルームの通風口から室内に出てみたら、そこは部屋の半分が宇宙空間へ露天している状態になっていた。幸いにしてここの放射線量はそれ程でも無い。


『ここしかねぇだろ』

『だな』


 テッドとヴァルターは迷わずシェル用の走行服を脱ぎ始めた。

 それを見ていたディージョも迷わず服を脱いだ。

 シェル用の走行服は、下着一枚で着込むのが普通だ。

 つまり、三人ともパンイチで宇宙空間に出た事になる……


『どうせならよぉ!』


 ここで悪のり出来るのが大人と子供の違いなのかもしれない。

 テッドは勢いよくマッパになった。

 ディージョもヴァルターもマッパだ。


『行くぜ!』

『嫌がらせタイムスタート!』

『本気かよ!』


 再びパイプを進んでいく三人。

 後にも先にも、宇宙空間でマッパをやったのは、きっとこの三人だけだろう。


 テッドを先頭にヴァルターとディージョが続く。

 どんな状況でもバカをやれるのは若者の特権だ。


 ただ、後に延々と語りぐさになる三人の若き日の記憶だが、実際はそれどころでは無い。クルーズブリッジの酸素は着々と無くなっていて、残された人々が迎えている絶体絶命のピンチは、まだまだ続くのだった。

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